第8章:新しい恋
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メガネ君は、奈々の家とは別方向へどんどん車を走らせていく。
「こ、困ります。ちょっと、停めてください」
住宅街を走っているとはいえ、見知らぬ土地に、奈々はだんだんと恐怖すら覚えて来た。
そして、奈々の顔にその様子がありありと浮かぶと、メガネ君は我に返って車のスピードを緩め、路肩に車を停めた。
「奈々ちゃん」
「・・・はい」
「さっきのコンビニの店員、元恋人か何かなの?」
やはり、二人の間のただ事じゃない雰囲気は察していたようだ。
「電話するって言ってたから、さ」
そしてあの時の会話も、聞こえていたらしい。
「ち、違います」
「じゃあ・・・ひょっとして、例の好きだった男?」
メガネ君は、ずり落ちてきたメガネを指で押し上げながら言う。
街灯の光がメガネに反射して、なんだか偉い人から尋問を受けている気分になる。
「・・・そう、です」
メガネ君は、ふうと大きなため息をついて、運転席の背もたれにどかっと背を預けて、続けた。
「彼は君のこと振ったって言ってたよね。・・・じゃあどうして電話なんて」
「私もわかりません・・・」
「遊ばれてるんじゃないの?」
心配して言ってくれているのだとわかるより前に、宮田を侮辱されたような気がして、思わず少し声を張り上げて反論してしまった。
「そんな人じゃないです!」
「・・・でも彼女もいるんでしょう?僕は・・・嫌だ」
メガネ君は再び体をこちらに向けて、奈々の手に手を重ね、真剣な表情で、
「僕は奈々ちゃんが幸せになってくれたら嬉しい。たとえ・・・相手が僕じゃなくても。でも・・・そんな男、彼女がいながら電話してくるような男、僕はそんな男に奈々ちゃんを渡したくない」
メガネ君の言うことはもっともだ。
本当にいい人。
いい人すぎて、自分がとても悪い人間だと思わされてしまう。
目の前にこれほど自分のことを思ってくれる人間がいるのに、
自分の頭の中には、別の人間が住んでいるからだ。
「・・・あいつは・・・そんないい加減な男じゃ・・・ないです」
そう。
宮田は、無愛想で他人に無関心に見えるけど、実は律儀で優しくて、情に厚い。
彼女がいながら、フラフラするような男じゃない・・・はず。
きっと何か、事情があるんだ。きっと・・・
何度も傷ついて、何度も泣いて来たくせに、
それでも自分は宮田を信じたくて仕方ないらしい。
「ごめんなさい、メガネ君」
いつかは言わなきゃいけなかった言葉が、少し早まっただけなのか。
それとも、こんな素敵な人は2度と現れないだろう、神様がくれた最大のチャンスを、潰そうとしているのか。
賽は投げて見ないと、わからない。
「私・・・・まだ、彼を忘れられない」
「・・・うん」
「このまま、あなたに会うのも失礼だと思う。もう・・・会うのはやめましょう」
「・・・・」
メガネ君は、何も言わずに、再び車を走らせた。
「悔しいから、少し遠回りして帰るよ」
そして、自宅に着いたのは、いつもと同じ午後10時ごろだった。
「奈々ちゃん、今までありがとう」
車を降りる間際に、メガネ君が微笑んで言った。
ズキン、と心が痛む。
「・・ごめんなさい」
「謝らないで。僕は楽しかったから・・・じゃあ」
メガネ君の車が角を曲がって見えなくなるまで、手を振る。
宮田が以前「告白を断って、目の前で泣かれて、オレは完全に悪人」なんてボヤいていたことを思い出す。
その気持ちを、初めて味わって、なんとなく理解する。
相手に中途半端な期待をさせた自分は、さしずめ極悪人だろう、と自嘲したくなった。
家に帰ると、両親も弟も起きていて、リビングでロードショーなんかを見ているようだった。
「あ、奈々。さっき電話があったわよ」
「あ・・・うん。誰から?」
念のため聞いてみる。
「宮田くんって言ってたけど・・・以前、家に来てくれた子かしら?電話番号が変わったから教えておいてほしいって、伝言」
そして電話番号の書いたメモを渡される。
「あんた、二股はヤメてよね〜?」
「ちょ・・・違うって。どっちもそんなんじゃないから」
メモを片手に2階に上がる。
部屋に入って、ベッドに転がって、まじまじとメモを見る。
時間は22時過ぎ。
何度か、電話をしようと思って起き上がってはみたものの・・・
メガネ君の優しい笑顔が頭に浮かび、その日はどうしても電話することができなかった。