第8章:新しい恋
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夏が来た。
高2の夏は遊園地へ行って、
高3の夏は水族館へ行って、
去年は青い空をただ眺めてた。
4度目の夏も、また青い空を眺めて終わりそう。
「ちょっと出かけてくる」
リビングで煎餅をかじりながらテレビを見ていた母親に告げると、母親は玄関まで出て来て、サンダルを履いている奈々の後ろ姿に向かって、
「どこいくの?」
「本屋」
「ついでに牛乳買って来て」
「・・・・はーい」
そうして再び煎餅をポリっとかじって、またリビングへ戻って行った。
平和な日曜の午後、といった雰囲気。
午後も2時を過ぎたというのに、相変わらずギラついた太陽の熱線は弱まることがない。
日傘を広げて、即席の木陰で涼みながら歩いていく。
本屋は徒歩10分くらいのところで、昔宮田が住んでいたアパートの近くにある。
高校生の頃はよく来ていたが、卒業後はなんとなくこのエリアに足を踏み入れるのが怖くなり、遠ざかっていた。
でも今日は、その怖かったエリアに、なんだか近づいてみたかった。
4度目の夏のノスタルジーが、そうさせるのかもしれない。
自動ドアじゃない扉を開けて、店内に入る。
たしか一昨日、月刊ボクシングファンが発売になったはずだ。
スポーツ雑誌の売っているコーナーまで行こうとしたその先で、奈々の足はピタリと止まった。
「・・・高杉?」
神様は本当にイタズラが好きだ。
別にこんなことを予想していたわけでも、期待していたわけでもない。
ただちょっとだけ、昔の思い出に浸りたかった、そんな未練がましさを見抜かれた気がした。
宮田はもうすでに本を買った後らしく、本屋のロゴの入った紙袋を手にしている。
どんな本を買ったのか知らないが、宮田が本を読むというのが意外すぎて、そしてこんなところで会うとは全く思っていなかった奈々は、正直動揺していた。
動揺を隠すように、精一杯の冷静を装って挨拶をする。
「・・・久しぶりだね」
「ああ・・・そうだな」
試合を見て以来なら3ヶ月程度だが、実際に会話をするのは約1年半ぶりだ。
久々に聞く、懐かしい声・・・たった一言で、甘酸っぱい青春が一瞬にして戻って来てしまう。
胸がぎゅっと詰まって、すべての血液が沸騰しそうだ。
そして口から次の言葉を出そうとした瞬間、頭にフラッシュバックして来たのは、自分の言葉だった。
“もう金輪際、近づかないから安心して”
そうだ。
あの時、試合の帰りに。
“宮田の彼女”に、約束したんだった。
「じゃ、じゃあ・・・バイバイ」
そそくさと挨拶して、宮田の横を通り過ぎようとした時だった。
宮田がぼそりと呟く。
「大学は・・・どうだ?」
意外な一言に、奈々は驚いて、つい足を止めて振り返って宮田を見た。
「あぁ・・・うん、まぁ」
「そっか。受かってたんだな」
「う、いや・・・本命は落ちた」
その一言に宮田は少し戸惑って、奈々から“もう惑わすのやめて”と言われた過去を思い出した。
宮田の心にちょっとした罪悪感のようなものが芽生えそうになった時、奈々はそれを察したらしい、その考えを慌てて遮るように言葉を続けた。
「でも!・・・楽しくやってるよ。サークルに入ったりして、友達もできたし」
「・・そうか」
宮田は少し考えてから、ふっと笑ってみせた。
その微笑みに、どきん、と心臓が高鳴る。
ああ、これだ。
私はこの人の、この笑顔に打たれて、恋に落ちたんだった。
懐かしさで胸がきゅっとなるのを、すうっと息を吸い込んで膨張させる。
「宮田は、背伸びたね」
「そうか?」
「うん」
なぜだか宮田は、少し面白くなさそうな、複雑な表情を浮かべて、ふうっと息をついた。
そして目線を奈々の方へ落として、
「お前は・・・綺麗になったな」
ポンと頭に一つ、手のひらを乗せて笑った。
“女好き”宮田は健在で、普通なら言わないようなセリフをサラッと言うのが憎らしい。
「振ったこと、後悔した?」
昔の調子で、憎まれ口を叩いてみる。
ああ、私また、この調子で話せるんだ、そう思った瞬間だった。
「してるよ」
予想していなかった答えが返って来て、また調子が狂った。
なんと言い返したらいいのか、言葉が見つからなくて、ただ目を見開いて相手を見ているしかなかった。
「じゃあな」
宮田は振り返ることなく、店の外へ出て行った。
突然の出来事に放心し、牛乳を買うのを忘れて帰宅した奈々は、母親にたっぷり嫌味を言われたが、それすらも頭に入らないほど、何も考えられなくなっていた。
部屋の窓から見た4度目の夏の空は、やっぱりまだまだ青くて、どこまでも遠かった。
夏が来た。
高2の夏は遊園地へ行って、
高3の夏は水族館へ行って、
去年は青い空をただ眺めてた。
4度目の夏も、また青い空を眺めて終わりそう。
「ちょっと出かけてくる」
リビングで煎餅をかじりながらテレビを見ていた母親に告げると、母親は玄関まで出て来て、サンダルを履いている奈々の後ろ姿に向かって、
「どこいくの?」
「本屋」
「ついでに牛乳買って来て」
「・・・・はーい」
そうして再び煎餅をポリっとかじって、またリビングへ戻って行った。
平和な日曜の午後、といった雰囲気。
午後も2時を過ぎたというのに、相変わらずギラついた太陽の熱線は弱まることがない。
日傘を広げて、即席の木陰で涼みながら歩いていく。
本屋は徒歩10分くらいのところで、昔宮田が住んでいたアパートの近くにある。
高校生の頃はよく来ていたが、卒業後はなんとなくこのエリアに足を踏み入れるのが怖くなり、遠ざかっていた。
でも今日は、その怖かったエリアに、なんだか近づいてみたかった。
4度目の夏のノスタルジーが、そうさせるのかもしれない。
自動ドアじゃない扉を開けて、店内に入る。
たしか一昨日、月刊ボクシングファンが発売になったはずだ。
スポーツ雑誌の売っているコーナーまで行こうとしたその先で、奈々の足はピタリと止まった。
「・・・高杉?」
神様は本当にイタズラが好きだ。
別にこんなことを予想していたわけでも、期待していたわけでもない。
ただちょっとだけ、昔の思い出に浸りたかった、そんな未練がましさを見抜かれた気がした。
宮田はもうすでに本を買った後らしく、本屋のロゴの入った紙袋を手にしている。
どんな本を買ったのか知らないが、宮田が本を読むというのが意外すぎて、そしてこんなところで会うとは全く思っていなかった奈々は、正直動揺していた。
動揺を隠すように、精一杯の冷静を装って挨拶をする。
「・・・久しぶりだね」
「ああ・・・そうだな」
試合を見て以来なら3ヶ月程度だが、実際に会話をするのは約1年半ぶりだ。
久々に聞く、懐かしい声・・・たった一言で、甘酸っぱい青春が一瞬にして戻って来てしまう。
胸がぎゅっと詰まって、すべての血液が沸騰しそうだ。
そして口から次の言葉を出そうとした瞬間、頭にフラッシュバックして来たのは、自分の言葉だった。
“もう金輪際、近づかないから安心して”
そうだ。
あの時、試合の帰りに。
“宮田の彼女”に、約束したんだった。
「じゃ、じゃあ・・・バイバイ」
そそくさと挨拶して、宮田の横を通り過ぎようとした時だった。
宮田がぼそりと呟く。
「大学は・・・どうだ?」
意外な一言に、奈々は驚いて、つい足を止めて振り返って宮田を見た。
「あぁ・・・うん、まぁ」
「そっか。受かってたんだな」
「う、いや・・・本命は落ちた」
その一言に宮田は少し戸惑って、奈々から“もう惑わすのやめて”と言われた過去を思い出した。
宮田の心にちょっとした罪悪感のようなものが芽生えそうになった時、奈々はそれを察したらしい、その考えを慌てて遮るように言葉を続けた。
「でも!・・・楽しくやってるよ。サークルに入ったりして、友達もできたし」
「・・そうか」
宮田は少し考えてから、ふっと笑ってみせた。
その微笑みに、どきん、と心臓が高鳴る。
ああ、これだ。
私はこの人の、この笑顔に打たれて、恋に落ちたんだった。
懐かしさで胸がきゅっとなるのを、すうっと息を吸い込んで膨張させる。
「宮田は、背伸びたね」
「そうか?」
「うん」
なぜだか宮田は、少し面白くなさそうな、複雑な表情を浮かべて、ふうっと息をついた。
そして目線を奈々の方へ落として、
「お前は・・・綺麗になったな」
ポンと頭に一つ、手のひらを乗せて笑った。
“女好き”宮田は健在で、普通なら言わないようなセリフをサラッと言うのが憎らしい。
「振ったこと、後悔した?」
昔の調子で、憎まれ口を叩いてみる。
ああ、私また、この調子で話せるんだ、そう思った瞬間だった。
「してるよ」
予想していなかった答えが返って来て、また調子が狂った。
なんと言い返したらいいのか、言葉が見つからなくて、ただ目を見開いて相手を見ているしかなかった。
「じゃあな」
宮田は振り返ることなく、店の外へ出て行った。
突然の出来事に放心し、牛乳を買うのを忘れて帰宅した奈々は、母親にたっぷり嫌味を言われたが、それすらも頭に入らないほど、何も考えられなくなっていた。
部屋の窓から見た4度目の夏の空は、やっぱりまだまだ青くて、どこまでも遠かった。