第8章:新しい恋
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「アンタ・・・いい加減にしてくれ」
「一郎くん、怒ってるの?」
「オレはアンタの恋人じゃないし、そもそも以前にアンタのことを振ってる。オレはアンタのことが好きじゃないし、むしろ嫌悪感でいっぱいだ」
はっきりとした口調で相手に伝えたものの、相手はもうすでにそれを普通に受け止めるだけの精神状態ではないらしい。
「どうしたの、一郎くん。高杉さんに何か言われたの?あの子と浮気してたの?ねぇ!あたしと言うものがありながら!」
「だから、お前はオレの恋人でもなんでもないって言ってるだろ!?」
「嘘よ!嘘よ!嘘よ!!」
ヒートアップする室内を、ドアの外の3人は固唾を飲み込んで見ている。
最近テレビで“付きまとい行為”をする犯罪者の報道が度々あり、それゆえに相手が女性といえども油断はできないと感じているのだ。
「一郎くんは嘘ばっかり!あの子とキスしたのも嘘なんでしょう?そんなことするはずないわよねえ!!ねえったら!」
「うるせえな!したよ!だからってお前に関係ねえだろ!!」
ドアの外で思わず「おぉ」と小さい歓声が上がる。
案外ゴシップ好きの中年3人組は、若者の(そして息子であり所属選手の)色恋沙汰の一端を聴いて、思わず胸が高鳴ったようだ。
一方で、叫んだ当の本人は、もうすでにドアの外の存在を忘れかけていた。
「なによ!あたしより高杉さんのほうが好きだっていうの!?」
「そう言う問題じゃねぇよ!とにかく迷惑なんだよ!」
“いやぁ、一郎くんもなかなか言いますなぁ”と川原会長がぼそりと呟いたが、あいにくそのコメディ調のノリについていくには、まだ他の二人の緊張は溶けていなかった。
「一郎くん・・・ひどい・・・」
ううう、と顔を覆いながら泣き始めた“例の彼女”。
するとほどなくして、1階の方が慌ただしくなった。
“例の彼女”の母親が迎えにきたらしい。
「すいません、本当にすいません・・・」
ペコペコと頭を下げながら2階の階段を上がってくる母親に、川原会長もまた頭を下げて応対した。
「お母さんも大変でしょうけど・・・」
「何度も何度もすいません・・・もう2度と近づかないように、しばらく親戚のいる遠方へ遣ることにします・・・・申し訳ありませんでした・・・」
放心状態の娘を抱えて階段を降りていく母親。
宮田の興奮はまだ少し収まっていないようで、ぎゅっと握りしめた拳に力が入ったままだ。
「一郎くん、お疲れ」
緊張を解きほぐすように木田が言う。
「・・・すいませんでした。色々」
「いやいや、これで終わるといいね」
後日、母親からは正式な謝罪と、“例の彼女”を遠方へ行かせたという連絡が入ってきた。
「モテるのも考えものだな、一郎」
「・・・好きでモテてるんじゃないよ」
ハァ、とため息をつきながらバンテージを巻く。
今まで、色々な女子から告白されては、何度も目の前で泣かれてきた。
その度に、自分は何も悪いことをしていないのに、悪いことをしているような罪悪感に見舞われ・・・同時に、泣いている女子にいくばくか、情が移って冷たくしきれない部分もあったりした。
この相手にも、中学時代、そういう中途半端な優しさを見せたことがあったかもしれない。
その甘さが、今回のような“付きまとい行為”を産んだのだったら・・・
「同情なんてするもんじゃねぇな」
ふう、と一息ついて立ち上がり、宮田がそう吐き捨てると父親は少し笑って答えた。
「おいおい、極端だな」
「ロクなことが起きねぇ」
そう言いながら、ふと思い出したのは、奈々のこと。
アイツにも・・・目の前で泣かれたな。
「さようなら」もなかった別れ際を思い出す。
心に残して置きたかったあの笑顔は・・・
今はもう思い出せなくなっていた。