第7章:未練と決別
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宮田がタイに来て1ヶ月。
間柴戦以来の対戦が決まって、陣営は密かに燃えていた。
プロボクシングは、「お金を稼いでなんぼ」な興行の世界。
勝って当然なのはもちろんだし、勝ち方だって要求される。
そして生い立ち、ルックス、パフォーマンスなど、純粋なファイト以外の要素も加わって、プロボクサーというのはジムの「商品」となり、戦って行く。
復帰戦は、宮田個人としては、先の敗戦で失ったものを取り返す大切な一戦であるが、ジム側からすれば、大切に育てて来た商品の「価値」を取り戻す大事な一戦だ。
負けるわけにはいかなかった。
「はぁ」
川原ジムのマネージャー、木田が受話器を戻しながら小さくため息をついたのを、宮田の父は見逃さなかった。
「む。どうした?」
「いえ・・・日本からだったんですけど。またですよ」
「また?」
「ほら、例の彼女」
「・・・ああ」
宮田の父はあからさまに嫌悪感を示して、同じようにため息をついた。
「その件は、一郎には?」
「言えませんよ。ただでさえ試合前でナーバスになってますから」
「うむ・・・」
どうやら、何かしらの面倒が日本の方で起きているらしい。
しかもそれは、今始まったことではなさそうだ。
「少し様子を見よう。あんまりしつこいようなら、警察に相談を」
「わかりました」
試合を1ヶ月後に控え、宮田は減量と調整の段階に入っていった。
捻挫はもちろんすっかり治っているが、長いブランクを経て試合感覚は鈍っているかもしれない。
スパーリングを何度も重ねながら調子を上げて行く。
タイは春先でも蒸し暑く、大量の汗をかく。
にも関わらず、体重は思うように落ちていかない。
デビュー当時は、まだこれほど辛くなかった減量。
試合を重ねるたびに、どんどん、体重が落ちなくなって行く・・・
というか、また身長が伸びている気がする。
「まだ成長する気なのかよ・・・」
体重計に乗りながら、宮田は呪うように呟いた。
普通は高校3年間でひと段落するだろうに、と深いため息をつく。
「高校3年間」…
ふと出てきたキーワードに一瞬、心を乱される。
空を見上げると、モヤモヤとした灰色の雲が集まって、今にも降り出しそうな、不穏な空気を出している。
こんな時くらい、晴れやかな空を見せて欲しいのに。
ビーチを走っていると、よく日本人観光客とすれ違う。
タイは旅費が安いため、見るからに大学生と思われる若い人たちも多く見かける。
アイツは・・・大学に合格したんだろうか。
今頃は、新しい場所で、楽しくやっているだろうか。
走りながら、ブンブンと頭を振って雑念を捨てる。
湿度がどんどん上がって来ていると思ったら、突然の大雨に見舞われた。
タイはよくスコールが降る。
スコールは、頭を駆け巡る雑念を、程よくかき消してから、止んだ。
湿気でモヤモヤしていた空気は雨と共に流れ、頭の上には綺麗な青空が広がっていた。