第6章:失恋
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大学入試の共通テストまであと1ヶ月。
もうどんな雑念も、頭の中に入って来てほしくない。
なのに世間はクリスマスムード一色。
商店街は赤や緑、金銀の飾り付けでいっぱい。
ラジオからは山下達郎やワム!ばかりが流れて来る。
今年もジムで練習するのかな。
それとも………
________
「ちょっと奈々、お醤油切れちゃったから買って来てくれない?」
「えー、受験生にお使いさせる?」
「息抜き、息抜き!」
母親から小銭入れを受け取り、玄関先でコートを羽織る。
5時といえども、もう夜に近いほど薄暗くなってきた冬。
ブーツを履いて、ドアを開けて外に出ると冷たい風がほおを撫でた。
吐く息も白い。コートの中から手袋を取り出して、完全防備だ。
自動ドアを踏んだ瞬間、ジングルベルの音楽が漏れ聞こえて来るスーパー。
暖房もなく、生鮮品のコーナーは底冷えがする。
さっさと買い物を済ませようと足早に調味料コーナーへ進んで行く途中で、今一番会いたくない人物に遭遇してしまった。
「・・・よぉ」
ロングコートに身を包んだ宮田が、買い物かごを下げて立っていた。
「・・・久しぶり」
「ああ」
「ジムの帰り?」
「いや、病院の帰り」
よく見るとジャージではなく、普通のズボンを履いているようだった。
病院帰りということは、松葉杖などはついていないが、まだ捻挫は完治していないのだろう。
「そうなの・・・じゃ、また」
伏し目がちに目線をそらし、早々と宮田に別れを告げてその場を去ろうとすると、宮田は少し慌てたように、奈々の腕を掴んだ。
「ちょっと」
「な、なによ」
宮田はコートのポケットに手を入れて、なにかをまさぐり、そして、
「手」
「え?」
「手、出せよ」
「え?」
「早く」
おそるおそる手を差し出すと、宮田はその上に何かを乗せた。
宮田の指先が一瞬、奈々の手のひらの上に触れる。
それだけでも心臓が飛び出しそうなのに、次に視界に入った文字はさらに奈々の心拍を早めた。
『合格守』
手のひらの中のお守りと、目の前の宮田を交互に眺める。
無表情のまま上下に首を振る奈々を見ながら、宮田は気恥ずかしそうに弁明を始めた。
「病院の帰りに神社の前を通って・・・もうすぐテストなんだろ?」
「あ・・うん・・」
「明日、学校で渡そうと思ってたんだけどよ」
学校・・・その単語を聞いて、頭に何かが過った。
「見舞いに来てくれた礼もしてなかったしな」
見舞い、のキーワードに思わず固まる。
自分が見舞いに来たことを知らないはずの宮田がなぜ知っているのかと一瞬疑問だったが、きっと彼女から聞いたのだろう。
“ひとの彼氏に手を出さないで!”
彼女の悲痛な叫び声がフラッシュバックして、急にハッと顔を上げる。
そして奈々は、宮田にお守りを突きつけた。
「返す」
「は?」
「受け取れない」
「なんでだよ」
手を出したのは私?
違う・・・私じゃない・・・
手を出して来てるのは・・・
あんたの彼氏の方じゃないの!?
目の前で、何のことやら分からないといった顔をしている宮田が、だんだん憎らしくなって来た。
「こ、この、女好きがぁ!!!」
スーパーには似合わない単語が響く。
どこの痴話喧嘩だろうかと、暇そうな人たちがチラチラと、買い物をするふりをして近づいて来るのがわかった。
「なんだよその女好きって」
「うるさい!いらない!宮田なんていらない!」
「なに言ってんだお前」
「いいから返す!!」
奈々はお守りをぐいっと押し付けてそのままレジまで駆け込み、会計をすませると一目散に家路を急いだ。泣きたい気持ちでいっぱいだったけれど、涙を流しながら帰宅するわけにもいかない。
幸いにも、走ったことの爽快感と疲労感は、心のモヤモヤを少し消化するのを助けてくれたらしい。
母親に醤油を渡すと、奈々はまた部屋に閉じこもった。
さっきまで、この手の中にあったはずの、お守り。
宮田が自分のために、買ってくれたお守り。
嬉しかった。
嬉しかったのに。
受け取れないよ、宮田。
大学入試の共通テストまであと1ヶ月。
もうどんな雑念も、頭の中に入って来てほしくない。
なのに世間はクリスマスムード一色。
商店街は赤や緑、金銀の飾り付けでいっぱい。
ラジオからは山下達郎やワム!ばかりが流れて来る。
今年もジムで練習するのかな。
それとも………
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「ちょっと奈々、お醤油切れちゃったから買って来てくれない?」
「えー、受験生にお使いさせる?」
「息抜き、息抜き!」
母親から小銭入れを受け取り、玄関先でコートを羽織る。
5時といえども、もう夜に近いほど薄暗くなってきた冬。
ブーツを履いて、ドアを開けて外に出ると冷たい風がほおを撫でた。
吐く息も白い。コートの中から手袋を取り出して、完全防備だ。
自動ドアを踏んだ瞬間、ジングルベルの音楽が漏れ聞こえて来るスーパー。
暖房もなく、生鮮品のコーナーは底冷えがする。
さっさと買い物を済ませようと足早に調味料コーナーへ進んで行く途中で、今一番会いたくない人物に遭遇してしまった。
「・・・よぉ」
ロングコートに身を包んだ宮田が、買い物かごを下げて立っていた。
「・・・久しぶり」
「ああ」
「ジムの帰り?」
「いや、病院の帰り」
よく見るとジャージではなく、普通のズボンを履いているようだった。
病院帰りということは、松葉杖などはついていないが、まだ捻挫は完治していないのだろう。
「そうなの・・・じゃ、また」
伏し目がちに目線をそらし、早々と宮田に別れを告げてその場を去ろうとすると、宮田は少し慌てたように、奈々の腕を掴んだ。
「ちょっと」
「な、なによ」
宮田はコートのポケットに手を入れて、なにかをまさぐり、そして、
「手」
「え?」
「手、出せよ」
「え?」
「早く」
おそるおそる手を差し出すと、宮田はその上に何かを乗せた。
宮田の指先が一瞬、奈々の手のひらの上に触れる。
それだけでも心臓が飛び出しそうなのに、次に視界に入った文字はさらに奈々の心拍を早めた。
『合格守』
手のひらの中のお守りと、目の前の宮田を交互に眺める。
無表情のまま上下に首を振る奈々を見ながら、宮田は気恥ずかしそうに弁明を始めた。
「病院の帰りに神社の前を通って・・・もうすぐテストなんだろ?」
「あ・・うん・・」
「明日、学校で渡そうと思ってたんだけどよ」
学校・・・その単語を聞いて、頭に何かが過った。
「見舞いに来てくれた礼もしてなかったしな」
見舞い、のキーワードに思わず固まる。
自分が見舞いに来たことを知らないはずの宮田がなぜ知っているのかと一瞬疑問だったが、きっと彼女から聞いたのだろう。
“ひとの彼氏に手を出さないで!”
彼女の悲痛な叫び声がフラッシュバックして、急にハッと顔を上げる。
そして奈々は、宮田にお守りを突きつけた。
「返す」
「は?」
「受け取れない」
「なんでだよ」
手を出したのは私?
違う・・・私じゃない・・・
手を出して来てるのは・・・
あんたの彼氏の方じゃないの!?
目の前で、何のことやら分からないといった顔をしている宮田が、だんだん憎らしくなって来た。
「こ、この、女好きがぁ!!!」
スーパーには似合わない単語が響く。
どこの痴話喧嘩だろうかと、暇そうな人たちがチラチラと、買い物をするふりをして近づいて来るのがわかった。
「なんだよその女好きって」
「うるさい!いらない!宮田なんていらない!」
「なに言ってんだお前」
「いいから返す!!」
奈々はお守りをぐいっと押し付けてそのままレジまで駆け込み、会計をすませると一目散に家路を急いだ。泣きたい気持ちでいっぱいだったけれど、涙を流しながら帰宅するわけにもいかない。
幸いにも、走ったことの爽快感と疲労感は、心のモヤモヤを少し消化するのを助けてくれたらしい。
母親に醤油を渡すと、奈々はまた部屋に閉じこもった。
さっきまで、この手の中にあったはずの、お守り。
宮田が自分のために、買ってくれたお守り。
嬉しかった。
嬉しかったのに。
受け取れないよ、宮田。