第5章:受験生
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11月某日、東日本新人王決定戦の準決勝があった。
この時、奈々は初めて、試合を見に行かなかった。
大切な模試が週末に控えていたからだ。
どうせ宮田が勝つだろう、と何にも心配していなかった試合。
試合翌日に学校に行くと、なにやらザワザワとみんなが噂しているのが耳に入った。
「宮田くん、入院したらしいよ?」
「え?ほんとなのぉ!?」
「相手の選手、足踏んで殴りまくったらしいぞ?」
「俺見に行ってたんだよ!マジ許せねぇよ、勝ってた試合なのによ!」
宮田が、入院?
予期しない言葉に思わず体が硬直する。
「ね、ねぇ、今のほんと?」
「あ、高杉。お前昨日見に行かなかったのか?」
「うん、ねぇそれより、入院って・・・」
「本当だよ。相手にすげぇ殴られて。宮田死んだかと思った」
“死んだかと思った”
残酷なセリフをこんなにも軽く吐く男子生徒を前に、奈々は泣き崩れそうな気持ちを必死で奮い立たせた。
心のどこかで、宮田は負けるはずがないと思っていた。
毎試合、圧倒的な強さで勝っていたから。
チャンピオンになるまでの道のりを、簡単に考えていた。
でも違う。
ボクシングは、死と隣り合わせの危険なスポーツなんだ。
毎試合、毎試合、宮田はそんな覚悟で試合に臨んでいたんだ。
そんなのも知らなかったなんて。
その日の授業は何も手につかなかった。
宮田のクラスの担任に入院先の病院を聞いて、放課後に足を運んだ。
あいにく進路指導と重なって、面会時間の終了に間に合うかどうかの時間になってしまったが、どうにか滑り込む。
大きな総合病院の面構えが、宮田の容態の深刻さを物語っている気がして、心がギュっと押しつぶされそうになる。
「ん・・・君は?」
病室の前に着いた時、ちょうど部屋から出てくる白髪の男性に出くわした。
試合の時に何度か目撃していたので、宮田の父親だとすぐにわかった。
「あ、私、みや・・一郎くんの・・・同級生です。入院したと聞いて・・・」
「ああ・・・ご覧の通りだ。来てくれて申し訳ないんだが、本人から誰も通すなと言われていてね」
閉じたドアの向こうを親指で指して、担任すらも入れさせなかったことを奈々に告げる。
父親も息子のワガママにも似た要求に少し困惑しているらしかった。
「いや、そうだろうなと思って来たので、会わなくていいんです・・・」
宮田の父親が意外そうに目を少し見開いて、何かを言いかけてやめた。
「ただ、心配で・・・今の状態がどうなのかお聞きしてもいいですか?」
「ああ・・・意識ははっきりしていて、CTの結果も問題はなかったよ。ただ足の捻挫が少し長引きそうでな」
「そうですか・・・ありがとうございました。お忙しいのに申し訳ありません」
「いや、こちらこそ、来てもらったのに申し訳ない・・・一郎に伝えておくから、名前を・・」
「あ、いや。いいんです・・・では」
深々とお辞儀をして、奈々はその場を去った。