第5章:受験生
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幻のようなファーストキスと同じく、夏休みは夢みたいに過ぎていった。
夢だったと思い込むにはリアルな感触が唇から離れず、勉強に身を入れようにも変な妄想が後から後から、限りある脳みその空間を支配していく。
「高杉・・・お前、なんだこの成績は」
担任が模試の結果を広げて、バンと机を軽く叩く。
並んだアルファベット「D」の群れが、現実を見せつけてくれる。
「お前1学期までB判定だったろ?夏休み、何をしていたんだ?」
「すいません・・・」
「もっと気合い入れないと、このままじゃ確実に浪人だからな」
進路指導室のドアを開けて、中へ向かって一礼をしてから廊下に出る。
3年生が部活を引退した2学期の放課後は、実に静かだ。
社会科準備室の前を通って、ふっと思い出す。
2年生の時、ここで宮田を匿ったことがあったな・・・
そうしてまた、あの感触を思い出して、頭が真っ白になる。
「ダメだダメだ、本当にダメだ。こんなんじゃ私本当にダメだ」
「ど、どうしたの奈々」
「今すぐ記憶喪失になりたい」
「いやいやダメでしょ受験生が」
同じく進路指導で帰りが遅くなったミズキと一緒にバスに乗り込む。
ミズキも受験生だ。
さすがにデートの回数も減らしているらしいが、夏休みは旅行に行ったりかなり楽しんだらしい。
「成績が少しくらい落ちたからって何よ。あんたならすぐ挽回できるでしょ」
「自信ない・・・」
「夏休み、サボってたようには見えなかったけどねぇ。宮田と何かあった?」
思いがけない人物名の登場に、奈々は前のめりに倒れこみそうになった。
「え、え、いや、なんで宮田が」
「だって好きなんでしょ?宮田のこと」
「う・・・」
あまりのストレートな物言いに言葉に詰まり、何も言い返せない。
「何があったのよ」
「い、言えない」
「告白した?」
「無理無理無理」
「じゃ、された?」
「・・・されてない」
回答に少し間が空いたのをミズキは見逃さなかったようで、
「ほぉ、なんかあったんだねぇ」
とニヤニヤ含み笑いを始めた。
変な勘違いをしてもらっては困る、と奈々は慌てて弁解する。
「告白なんてそんな……」
「じゃ何、キスでもされた?」
「!!」
この子はエスパーか何かかと、奈々は本気でたじろいだ。
「わかりやす〜い」
「いや、べ、べつに、そんなつもりは!」
「やっぱり宮田は女好きだったかぁ・・・」
ミズキがちらりと横を見ると奈々が落ち込んでいそうだったので、さらに面白おかしく続ける。
「女好きっていうかもうただのエロ少年。欲情のままに同級生を・・・」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「目の前にいたからつい・・・」
「う、いや、そんな感じがしてて本当に」
「ばか」
あまりのマイナス思考に、ミズキが苛立って声を荒げた。
「好きでもない女子にそんなことしないって!バカね」
「でも、どういうつもりなの?って聞いたら、“言いたくない”って・・・」
「・・・なにそれ、ちょっと今から問い詰めにいく?」
「やめてよもう」
宮田の煮え切らない態度にもイラついてきたらしいミズキは、髪の毛をくるくると指先に巻きつけながら、爆発しそうな気持ちを抑えていた。
「今、話聞いてもらってさ」
「うん?」
「私も、言いたくないって、思った」
「は?」
「このままでいたい。何も始めたくないし、終わらせたくない」
ふっと窓の外を見る。
5時過ぎの空は少しずつ暗くなっている。
夏が終わって、昼間の時間がどんどん短くなってきた。
限られた時間の中で、最優先にやるべきは、自分の課題だ。
「まぁ、今話してすっきりしたなら、それでいいけどさ。両思いなら付き合えばいいのに。私は恋愛の強さも知ってるつもりよ?」
「そりゃミズキのところは仲良しだもの」
「ケンカもよくするけどね。心の支えがあるって、強いよ?」
確かに、恋愛をしてからどんどんキレイでたくましくなっていったのを、横で感じていた。
でも私は片思いをしてから、ずっと、自分の中で嫌な気持ちが湧いてくるのを無視できなくなっている。
私は特別、なんて思いあがったり。
近寄らないで、なんて差別したり。
私だけ見て、なんて欲張ったり。
自分のことが嫌になる。
そんな汚い自分なんか、誰が好きになるの?
片思いと両思いって違う?
両思いになれば、このモヤモヤした気持ちは消える?
それでも今は、言えない、言いたくない。
だってもし、両思いじゃなかったら?
怖い。
足元が崩れて、立てなくなりそう。
私は醜い片思いでも、この思いを、手放したくなかった。
幻のようなファーストキスと同じく、夏休みは夢みたいに過ぎていった。
夢だったと思い込むにはリアルな感触が唇から離れず、勉強に身を入れようにも変な妄想が後から後から、限りある脳みその空間を支配していく。
「高杉・・・お前、なんだこの成績は」
担任が模試の結果を広げて、バンと机を軽く叩く。
並んだアルファベット「D」の群れが、現実を見せつけてくれる。
「お前1学期までB判定だったろ?夏休み、何をしていたんだ?」
「すいません・・・」
「もっと気合い入れないと、このままじゃ確実に浪人だからな」
進路指導室のドアを開けて、中へ向かって一礼をしてから廊下に出る。
3年生が部活を引退した2学期の放課後は、実に静かだ。
社会科準備室の前を通って、ふっと思い出す。
2年生の時、ここで宮田を匿ったことがあったな・・・
そうしてまた、あの感触を思い出して、頭が真っ白になる。
「ダメだダメだ、本当にダメだ。こんなんじゃ私本当にダメだ」
「ど、どうしたの奈々」
「今すぐ記憶喪失になりたい」
「いやいやダメでしょ受験生が」
同じく進路指導で帰りが遅くなったミズキと一緒にバスに乗り込む。
ミズキも受験生だ。
さすがにデートの回数も減らしているらしいが、夏休みは旅行に行ったりかなり楽しんだらしい。
「成績が少しくらい落ちたからって何よ。あんたならすぐ挽回できるでしょ」
「自信ない・・・」
「夏休み、サボってたようには見えなかったけどねぇ。宮田と何かあった?」
思いがけない人物名の登場に、奈々は前のめりに倒れこみそうになった。
「え、え、いや、なんで宮田が」
「だって好きなんでしょ?宮田のこと」
「う・・・」
あまりのストレートな物言いに言葉に詰まり、何も言い返せない。
「何があったのよ」
「い、言えない」
「告白した?」
「無理無理無理」
「じゃ、された?」
「・・・されてない」
回答に少し間が空いたのをミズキは見逃さなかったようで、
「ほぉ、なんかあったんだねぇ」
とニヤニヤ含み笑いを始めた。
変な勘違いをしてもらっては困る、と奈々は慌てて弁解する。
「告白なんてそんな……」
「じゃ何、キスでもされた?」
「!!」
この子はエスパーか何かかと、奈々は本気でたじろいだ。
「わかりやす〜い」
「いや、べ、べつに、そんなつもりは!」
「やっぱり宮田は女好きだったかぁ・・・」
ミズキがちらりと横を見ると奈々が落ち込んでいそうだったので、さらに面白おかしく続ける。
「女好きっていうかもうただのエロ少年。欲情のままに同級生を・・・」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「目の前にいたからつい・・・」
「う、いや、そんな感じがしてて本当に」
「ばか」
あまりのマイナス思考に、ミズキが苛立って声を荒げた。
「好きでもない女子にそんなことしないって!バカね」
「でも、どういうつもりなの?って聞いたら、“言いたくない”って・・・」
「・・・なにそれ、ちょっと今から問い詰めにいく?」
「やめてよもう」
宮田の煮え切らない態度にもイラついてきたらしいミズキは、髪の毛をくるくると指先に巻きつけながら、爆発しそうな気持ちを抑えていた。
「今、話聞いてもらってさ」
「うん?」
「私も、言いたくないって、思った」
「は?」
「このままでいたい。何も始めたくないし、終わらせたくない」
ふっと窓の外を見る。
5時過ぎの空は少しずつ暗くなっている。
夏が終わって、昼間の時間がどんどん短くなってきた。
限られた時間の中で、最優先にやるべきは、自分の課題だ。
「まぁ、今話してすっきりしたなら、それでいいけどさ。両思いなら付き合えばいいのに。私は恋愛の強さも知ってるつもりよ?」
「そりゃミズキのところは仲良しだもの」
「ケンカもよくするけどね。心の支えがあるって、強いよ?」
確かに、恋愛をしてからどんどんキレイでたくましくなっていったのを、横で感じていた。
でも私は片思いをしてから、ずっと、自分の中で嫌な気持ちが湧いてくるのを無視できなくなっている。
私は特別、なんて思いあがったり。
近寄らないで、なんて差別したり。
私だけ見て、なんて欲張ったり。
自分のことが嫌になる。
そんな汚い自分なんか、誰が好きになるの?
片思いと両思いって違う?
両思いになれば、このモヤモヤした気持ちは消える?
それでも今は、言えない、言いたくない。
だってもし、両思いじゃなかったら?
怖い。
足元が崩れて、立てなくなりそう。
私は醜い片思いでも、この思いを、手放したくなかった。