第5章:受験生
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「わあ、クラゲがたくさん」
そこは270度くらいの角度で水中を見渡せる、小さなホールになっていた。
クラゲ展示用の、特別水槽らしい。
青や赤などのネオンがクラゲを照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。
まるで海の中にいるような気分になり、奈々は感動のあまりしばし立ちすくみ、ただ天井を眺めていた。
「きれいだねぇ」
「・・そうだな」
宮田の腕に自分の肩がつくかつかないかの距離。
二人で顔を上げてクラゲを眺める。
ユラユラと浮かんで移動するクラゲを見ていると、なにか催眠術にかけれているような気にもなった。
あたりがあまりにも静かなのに気づいてふと我に帰ると、ホールの中には宮田と二人しかいなくなっていた。
閉館時間も近づいていて、そろそろ皆帰り支度を始めたのだろう。
そろそろ私たちも行こうか、と宮田に声をかけようとしたところで、ずっと上を見上げていた宮田がふっと目線を奈々に向けた。
かけようとした言葉はすでに喉の奥に引っ込んで、奈々もまた宮田を見つめ返す。
心臓がどくん、と高鳴り、それからどくどくと脈が逸るのがわかった。
魔法にかかったみたいに、宮田から目が逸らせない。
宮田は、奈々の両腕に手をかける。
一年前のあの夏の、あの時の情景が蘇る。
宮田は少し顔を傾けて、頭を下げ、
そのまま静かに口付けた。
『まもなく、閉館のお時間です。館内にいらっしゃるお客様は…』
館内放送が鳴り響き、ホールの外がバタバタと忙しくなった。
宮田はくるりと背を向けて、
「出ようぜ」
と一言つぶやいて、一歩前を歩き始めた。
ホールを出た途端、蛍光灯の光が眩しくて思わず目を細める。
幻想的な雰囲気はすっかりなくなって、今しがたの出来事もまるで夢だったかのように思われる。
思わず唇を触って、確かめる。
あれは夢じゃないよね?
それならなんで彼は、背を向けたまま遠くを歩いているの?
あれから二人は、話すきっかけを失って、ただ黙って帰り道を歩いていた。
7時前とはいえ、夏の夜はまだ完全に訪れたとは言えない薄暗い道。
奈々の家の前について、ようやく宮田が口を開く。
「じゃあな」
奈々の頭にポンと軽く手を乗せ挨拶をしてから、そのまま自宅方向へ歩こうとする宮田。
奈々は反射的にシャツの袖を掴んで、俯いたまま言った。
「・・・どういう意味なの」
「なにが」
宮田が冷たく聞き返すので、一瞬、次の言葉が出せなくなった。
ぎゅっと袖を握る手に力を込めて、再度聞き出す。
「私・・・どう受け止めればいいの」
宮田はしばし黙って、背を向けたまま、つぶやいた。
「言いたくない」
そのまま振り返ることもなく、宮田は離れた。
シャツを掴んでいた手は力なくするりと抜けて、うつむいた顔と同じように、ただ地面を見ていた。