第3章:夏の思い出
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目を開けると、ぼんやり浮かんでくる光景。
睫毛と睫毛が触れ合いそうな距離で見た、宮田の顔。
掴まれた腕が熱い。
「ううう・・・ただでさえ今年は猛暑なのに・・・」
奈々は枕を腕に抱えたまま、ゴロゴロとベッドをのたうちまわっていた。
「全然眠れない・・・」
ちらりと目覚まし時計の方に目をやると、薄ぼんやりと光る蛍光針は、午前4時を指していた。
カーテンの隙間から漏れる光が、だんだん白んじて来た気がする。
家族におやすみを言ったのが11時。
そして5時間もこんな状態が続いている。
予定のない夏休みとはいえ、何にも手につかない夜更かしほど面白いものはない。
「宮田のバカ・・・」
奈々は枕に顔を埋めて、抱きしめる両手に力を入れた。
一方・・・・
まだ夜が明けたかどうか判別のつかない、薄暗い朝ぼらけの中。
宮田はベッドから起き上がると運動着に着替え、日課のロードワークに出かけた。
ジムを移籍して一人暮らしを始めた宮田は、夏休みはバイト三昧。
近所のコンビニで、時給の高い早朝から午後までのシフトに入ることにした。
バイトは朝の6時から。
それまでの時間をロードワークに費やす。
家を出て、河原へ向かって走り出す。
いつものコース、いつもの空気。
昼間の蒸し暑さとは無縁の清涼な風が心地よい。
その心地よさとリズムを崩すように、目の前にノイズが走った。
「おはよう、宮田くん」
いつぞや、図書室で宮田に告白してきた女の子が、河原に佇んで宮田を待っていたようだ。
「会いたくて・・・待ってたの。夏休みだから、学校がないでしょ?」
しおらしく体をくねらせて、女の子が半歩宮田に近づくと、宮田は逆に足を引いて距離を取り、聞いた。
「何か用か?」
女の子がさらに距離を詰めようとしたが、宮田は体を引いてそれを許さない。しばし目と目を合わせて、相手の出方を伺う様な時間が過ぎた。
「会いたかったの」
「・・・迷惑だ」
「好きでいてもいいって、言ったじゃない」
ストレートな拒絶にもひるまず、距離を詰めてくる。
宮田の顔にあからさまな不快感が浮かんだ。
「個人の感情なんて、他人がどうしようもないだろ」
障害物をどける様に、女の子の横を走りながら通り過ぎると、後ろから妙に明るい声が追いかけてきた。
「ボクシングの練習、頑張ってね」
足音で余韻を潰しながら、走り続ける。
いつの間にか夜は明け、湿った空気が体にまとわりついていた。
「いらっしゃいませ」
コンビニの早朝バイトは、忙しい。
出勤直後から掃除、品出し、レジの引き継ぎを行い、それらがひと段落つくころ、通勤するサラリーマンやOLたちの群れが押し寄せる。
息もつけないほどの忙しさに追われ、ようやく通勤ラッシュが終わり、少し息抜きができそうな時間になった頃・・・
「頑張っているのね」
またも、現れた。
「宮田くん、彼女?」
「違います」
店長の冷やかす様な言葉を一瞬で退け、目を瞑る。
「早起きしたから、お腹ペコペコなの」
そういって女の子は、サンドイッチとパックジュースをレジへ差し出す。
宮田は黙って商品をスキャンし、無造作にレジ袋へ突っ込んだ。
「350円」
「ありがとう」
釣銭を渡すとき、指先がほんの一瞬だけ触れた。
「宮田くんの手、あたたかいね」
じっとりと自分を見る目に、宮田は軽く寒気を覚えた。
今しがた言われた“あたたかい手”が一瞬にして冷えたような気さえした。
「夏休み・・・私とデートしてくれない?」
「悪いけど、忙しいから」
宮田は冷たく突き放すと、相手の顔もロクに見ずに体を翻し、背を向けるような形で別の作業に取り掛かった。
相手の姿は見えないが、気配からしてまだその場を離れていないようだ。
そして後から別の客が来る気配もない。
全く、ひと段落した時間帯のコンビニは暇で困る。
「高杉さんとはデートしたのに?」
女のつぶやきが、無視を続ける宮田の背中を刺すように飛んできた。
なぜ・・・・知っている?
一瞬焦りはしたものの、振り向いては相手の思う壺だと思い直して、冷静を装い、無視を続ける。
自動ドアが開いて閉じたのを音で確認して、ようやく振り返ると、がらんとしたいつもの店内が目に入ってきた。
宮田は肩が上下するくらいに息を吸い、やや俯いて呟いた。
「面倒臭ぇ女」