第3章:夏の思い出
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遊園地を後にして、電車とバスを乗り継いで帰宅する。
家まで送ってくれるらしく、宮田の家に帰る方向の分かれ道で、宮田は黙って奈々の家の方向へついてきた。
分岐点から間も無く、高杉と書かれた家の表札の前についた。
「あ、私の家。ここ」
時計を見るとまだ7時前で、あたりも暗くなったとは言えない真夏の夜だが、家の玄関灯がついている。
家族がもうすぐ買って来る娘のためにつけて置いたものだろう。
「送ってくれてありがと」
「遅くなっちまったしな。じゃあ」
「あ」
さらりと別れ帰路につこうとした宮田のシャツを、またもとっさに掴む。
「なんだよ」
「あ、あの」
奈々はすぅっと息を吸って、
「今日は・・・ありがとう」
「・・・いや」
「ボクシングで忙しいのに、遊んでくれて、嬉しかった」
「・・・・・」
「たくさん遊んで、元気になった。楽しかった」
遊園地ではなかなか照れて言えなかったお礼。
日が落ちて薄暗くなった今なら、何度も練習したセリフを一生懸命絞り出せる。
「毎日暑いけど、ボクシングの練習・・・頑張ってね」
よし、言いたいことは全て言えた。
帰りの電車とバスの中で、何度もシミュレーションした成果を発揮できた。
奈々の頭の中はその達成感でいっぱいになった。
「じゃあ、また」と言おうとして顔を上げると、宮田がこちらをまっすぐ見つめていることに気がついた。
目をそらせないほどのまっすぐな瞳に吸い込まれて、奈々は思わず固まる。
心臓が、どくん、と脈打ったその次の瞬間だった。
宮田は、奈々の両腕を優しく掴んで、そのまま、顔を近づけた。
宮田の長い睫毛が、すぐ目の前に迫る。
「かーちゃん!ねーちゃんが帰って来た!」
後ろから飛んで来た大声に反射するように、二人はそれぞれ逆方向に弾け飛んだ。
慌てて振り返ると、玄関のドアの前に奈々の弟が立っているのが見えた。
「あー!!かーちゃん!!ねーちゃんが、かれし連れて来た!!」
「う、うるさい!彼氏じゃない!!」
小6というまだまだ子供でありながら多少の知識を持っているお年頃の弟に、変なことをあれこれ言われては叶わないと、奈々は慌てて玄関にかけよって弟の口をふさいだ。
「ごめん!今日ありがと!また!」
「・・ああ」
外にいる弟を引きずり込むようにして、玄関のドアを閉める。
まだギャーギャーと暴れる弟を羽交い締めにしながら、奈々は先ほどの出来事を思い出しては、羽交い締めする腕に余計な力がこもっていく。
「いてぇよバカ姉!離せよ!く、ぐるじぃ・・」
たった今起きたことに対するパニックに、「お前が変なタイミングで現れなければ・・・!!」という恨み節も加わって、ますます力がこもる。
「もう・・・バカはお前だ!!」
奈々はそう吐き捨てると、弟を廊下に投げ捨てて、まっすぐ2階へ駆け上がり、部屋に閉じこもった。
“すんごい女好き”
ミズキの言葉が頭をぐるぐる回る。
宮田が、まさか、あんな・・・
手の早い男だったなんて・・・
いや、実際、未遂で終わったけど・・・
あれは・・
キス、しようと・・・
したんだよね・・・?
「か、彼女でもないのに・・・」
実際に口に出して言ってみると、余計に現実感を増す事実。
「・・誰にでもするのかな・・」
“すんごい女好き”
またも頭をぐるぐると駆け巡る。
「バカバカバカ!やめて!出ていけぇー!」
枕に顔を埋めて足をジタバタと跳ね上げる。
「ねーちゃん、ご飯だってー」と1階から大声で叫ぶ弟の無邪気な声が腹立たしくて、枕を壁に投げつけて「今行く!」と怒ったように返事をした。