第3章:夏の思い出
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とっさに芽生えた執着心が、考えるより先に手を伸ばさせる。
突然袖を引っ張られ、後ろに重心が崩れた宮田は、「っと」と短い声を上げる。
「どうした?」
「・・・」
引き止めたけれど、何を言いたいのか、言いたかったのか、わからない。
ただただ、袖をひっぱる指に力を込めるだけで、考えがまとまらない。
「用がないなら、行くけど?」
このシチュエーションで、用がないわけがない。
宮田は時々、わざとこういうことを言って来る。
「・・・あ」
「あ?」
「あそぼ、なつやすみ」
小学生か!と自分でも突っ込みたくなるボキャブラリー。
いつもの饒舌な自分はどこへ行ったのか。
どうしてこんな簡単なことも言えなくなったのか。
前はもっと、普通に話していたはずなのに。
しばしの沈黙が、奈々には気の遠くなるような永遠に思われた。
もう顔を上げることもできない。かといって袖を掴む指は緩まない。
どうすることもできずに固まって居たところに、返って来た返事は、
「1日ぐらいならいいけど」
思わず、ハッと顔を上げる。宮田はさらに続けて言った。
「電話するよ」
力の抜けた奈々の指から、袖がすり抜ける。
宮田は後ろ向きのまま手を上げて、別れの合図を送った。
白紙で乾ききっていた夏休みに、1滴、淡い青色のインクが滲んだ気がした。