第2章:惹かれ行く心
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「じゃ、奈々、お先ね!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
嬉しそうに駆けていくミズキの後ろ姿に、いつまでも手を振る。
手作りしたらしいチョコレート。
受け取り先が決まっていて、いいなぁと思う。
「はあ」
思わず漏れるため息。
チョコレートをあげたわけでもなく、受け取ってくれる人もなく。
一緒に帰る友人すらなく。
ひとりぼっちの寂しさを、今日は余計に感じる。
「高杉、前見て歩かないと危ないぜ」
トボトボとこうべを垂れ歩く、ショボくれた後ろ姿を見て声をかけてきたのは、意外にも宮田だった。
「あれ?宮田?今日こっちなの?」
「あぁ」
「へぇ、珍しいねぇ。いつも違うバスでしょ?」
「いつもは、まっすぐジムに向かうんだけどよ」
はぁ、と重たいため息が聞こえ、思わず手元を見ると重そうな紙袋。
「あぁ、そういうこと」
「こんなの持って行ったら何を茶化されるかわかんねぇだろ」
心底迷惑そうな顔をして言うので、なんだか奈々は少しカチンときて
「じゃあ、受け取らなきゃよかったのに」
すると宮田もカチンときたのか、少し強い口調で答えた。
「そのつもりだったんだよ」
「じゃ、どうして」
「最初は断ってたんだ。そしたら、誰かがオレにチョコを押し付けて一目散に逃げて行って」
思わずウンザリした表情を浮かべる宮田。
「一人受け取っちまったら・・・もう断れねぇだろ」
やるせない表情の宮田があまりにもおかしくて、奈々はついつい吹き出してしまった。
「笑うなよ」
「だって・・・なにそれ、お人好し」
「そんなんじゃねぇよ。そいつのしか受け取らなかったら、それもまた誤解されるだろうが。面倒臭ぇんだよ本当に」
宮田の心底ウンザリした怒りが、奈々には返って面白い。
クールで無愛想な宮田が実は、あれこれ考えて振り回される一面もあるなんて。
「宮田、チョコ好きなの?」
「甘いものは殆ど食わねぇな」
「じゃあそのチョコどうするの?」
「捨てる」
「え、えええ!?ダメでしょそれ!!」
まさかの一言に、思わず大声が出た。
「仕方ねぇだろ、誰も食わねぇんだから」
「えー、私、甘いもの好きだけどなぁ」
「・・・でも、お前にあげるわけにもいかないだろ」
「ってか、捨てるのに持って帰るの?」
「学校で捨てられるか?」
「ですよね」
決して軽くはない紙袋の中身。
ジムメイトに茶化されるからと、一旦家に帰る苦労付きのチョコレート。
家に帰って破棄されるだけの、寂しいチョコレート。
それでも、渡した人の目に触れるところでは処分しない。
そして、誰か他の人に譲渡することもない。
宮田は宮田なりに、チョコを渡して来た女の子に対して精一杯、誠意ある対応をしているらしかった。
他人に対して淡白で冷たいと思われがちな宮田だったが、意外と情に厚く律儀な面もあるんだな、と奈々は宮田の核心に触れた気がして、心がじんわりと温かくなった。
そして二人で同じバスに乗り込み、一人用の椅子の前と後ろに座る。
授業のことや担任のことなど、奈々の一方的なおしゃべりに、宮田は浅く相槌を打ちながら付き合ってくれた。
あと1駅で、奈々の降りる駅に着く。
今更新しい話題もできず、かと言って古い話題の続きもない。
宮田はいつの間にか、窓の外を眺めていて、会話はそこで途切れてしまった。
「じゃ、私、ここだから」
「ああ、じゃあな」
窓を見ていた宮田が、目線を少しこちらに向けて挨拶する。
もう二度とないかもしれない。
宮田と同じバスに乗って帰宅するシチュエーション。
何か一言残したくて、とっさに出た言葉。
「あのさ、宮田」
「ん?」
「来年・・・あげるね」
こんなことを言うつもりではなかったのに。
名残惜しさの話題提供にしては重すぎる。
しばしの沈黙が怖くて、ジョークのつもりにして、不敵に笑って去ろうとした瞬間だった。
「楽しみにしてるぜ」
バスが過ぎ去った後。
何かの聞き間違いではないかと、幻のように沸いて消えた言葉が頭を渦巻く。
自宅はバス停からほど近い距離にあるが、まっすぐ家に帰れる表情を作れない。
しばしバス停に立ち尽くして、夕日に染まって赤らんだ頬が静まるのを待った。