第2章:惹かれ行く心
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「高杉、お前日直だろ。地図、社準に戻して置いてくれな」
HRが終わって下校時間になり、みんなが慌ただしく帰り支度をしている教室の片隅で、奈々は担任に出席簿で頭をポカンと叩かれた。
「・・・叩かれなくたって、わかってます」
白衣を翻してさっていく担任の背中に、思わず舌を出す。
いい歳なのに独身。まぁそうでしょうね、と思わず納得の、垢抜けない出で立ち。
説教が嫌味で長ったらしいと評判の担任は、何気ないコミュニケーションでさえも疎まれてしまうらしい。
「奈々、あたし今日ちょっと先に帰るから!」
ミズキは長くて重たい世界地図を一人で運ぶ奈々の横で、少し急ぎ足で済まなそうにお辞儀をする。
「えー、どうしたの」
「で・え・と」
「はぁ〜?」
「じゃ、くわしくはまた今度!」
「なにそれ、聞いてない!!」
軽快なステップを踏んで今にも飛んでいきそうなミズキを追いかけたかったものの、荷物が邪魔をしてうまくいかない。
浮かれた背中に「明日問い詰めてやる!」と叫ぶのが精一杯だった。
「・・・ったく、人使い荒いんだから・・・」
社会科準備室に併設された資料室の扉を開け、隅に立てかけてあるいくつかの地図の横に、苦労して運んできた地図を立てかける。
カーテンが締め切ってあって、ドアを開けていなければ中は真っ暗だ。
ようやく身軽になった奈々がドアから廊下に出る瞬間、やや急ぎ足で歩いてきた宮田とばったり遭遇した。
そして宮田は、奈々を見るなり向きを変え、飛び込むようにして資料室に転がり込み、ドアを閉めた。
「えっ・・・ちょっと、みや」
最後の「た」を言い終える前に、宮田の手のひらに口を塞がれる。
ドアが閉まって真っ暗になり宮田の姿は見えないが、手が奈々の後ろから伸びてきているのはわかる。
宮田は、奈々のすぐ後ろに立っているのだ。
「・・・い・・・おい、宮田!どこだ!みやたぁ!!」
この妙に甲高くて通る声は、担任。どうやら宮田を探しているらしい。
宮田は再度「シッ」と念押しするように、つぶやいた。
しばらくして、声がだんだん遠くなり、聞こえなくなった頃。
奈々は、口を塞いでいる手を掴んで振り向いたが、暗闇で距離感がわからず、おでこ同士を盛大にぶつけてしまった。
「ってぇ」
「ったぁ」
暗闇に小さく響く、情けない声。
「お前…気をつけろよ」
「はぁ?っていうか、なによ急に!」
「バカ、デカい声を出すな」
そういうと宮田はグイッと奈々の頭を引き寄せて、懐で口をふさいだ。
「や・・・ちょっと!変態!」
「うるせぇな、好きでやってんじゃねぇよ」
憎まれ口を叩きながらも、奈々の心拍数はどんどん上がっていく。
真っ暗闇での密着。
しぃんという音が聞こえそうな静寂の中で、自分の鼓動がうるさいくらい高鳴っているのがわかる。
「・・・担任?」
「そう」
「なにをやらかしたの?」
「・・・進学しろってうるせぇんだよ」
宮田の懐の中、小さな声で質問すると、宮田もまたヒソヒソと言葉を返してくる。
どうやら最近、例の担任にネチネチと進路の変更を迫られていたらしい。
先ほども廊下で運悪く目が合ってしまい声をかけられたところを、上手に逃げてきたところらしかった。
「見てきてあげるよ。ちょっと待ってて」
奈々は宮田から体を離し、ドアを静かに開けて外の様子を伺った。人の気配はない。
「今なら誰もいないよ」
「そっか・・・」
ポーカーフェイスの宮田がホッとした表情を見せた。
よっぽどネチネチ言われているんだろうな、と少し同情する。
宮田はドアに手をかけて、顔を出し、左右に首を振って辺りを見回した。
そして、奈々の頭をポンと叩いて、
「ありがとな」
奈々の表情すら顧みることなく、そのまま廊下へ消えていった。
同じ頭ポンポンでも、担任に叩かれた時と全く違う。
奈々はしばしぼうっと立ち尽くして、それからズルズルとその場にへたりこんでしまった。
「もう・・・なんなの、あいつは」
顔の火照りがおさまるまで、しばらくドアの外には出られなかった。