第2章:惹かれ行く心
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学祭が無事に終わり、季節は一気に秋から冬へ。
期末試験のプレッシャーと、クリスマスへの浮かれ具合が交差する12月。
奈々は教室の隅で一人、小さなため息をついた。
「はぁ」
「どうしたのぉ?ため息なんかついて」
隣の席に座っている、中学からの友人ミズキが目ざとく声をかけてきた。
「なんか、燃え尽き症候群みたいな」
奈々が暗い表情で言うと、ミズキは笑って
「いやいや、燃えなきゃいけない期末試験が直ぐそこに迫ってますよ?」
「だよねぇ」
はぁ、とまた小さなため息をついて、参考書をめくる。
やる気が出ない理由は、たしかに学祭に必要以上に入れ込んでしまったことが最大の原因かもしれない。
ただ、そのほかに、奈々には気になっていることがあった。
「宮田ぁ、お前今日日直だろ?黒板消し忘れてるぜ」
クラスの男子が何気なく発した一言に、どきり、と心臓が高鳴る。
宮田は「あぁ、今やるよ」と棒読みで立ち上がり、教壇に立つ。
その様子に、どこからか小さく「きゃぁ」とハートマークのついた奇声が飛んだ。
それに反応してまた、どきり、と一つ高鳴る。
参考書越しに黒板を眺める。
なんてことない、ただ黒板を消しているだけの動作が、いちいち目を引く。
そして、ブンブンと頭を振りたくなるのを堪え、冷静を装う。
いやいやいや、無いわ。
つい何ヶ月か前まで、「アイツを好きだなんて趣味悪すぎ!あーもう絶対嫌!生理的に嫌!」とのたまわっていた相手だ。
ちょっと頭を撫でて微笑まれたくらいで、なにを・・・
「・・ねぇ・・・ねぇったら!聞いてる人の話!?」
思考を遮るかのように入ってきたミズキの声は、奈々の飛んでいた意識を捕まえて引きずり下ろすのに十分なほどの大音量だった。
「え、え?なに?ごめん」
「・・・なに、宮田のこと見てたの?」
「は、はぁ?そんなわけないじゃん!!」
「ふぅーん」
ニヤッと笑いながら腕を組み、ミズキは何かを言いたげに奈々を見下ろしている。
「本当に違うから・・・ちょっとやる気が出てないだけだから・・」
「はいはい。で、帰りに図書室で一緒に勉強しようって言ったの聞こえてた?」
「あー、うんうん。いいよいいよ」
「ったくもぉ」
そして放課後。
奈々はミズキとともに図書室へやってきた。
掃除の時間は過ぎているのに、まだ完全に終わっていないらしい。
貸出カウンター付近で、男子がモップを持ったまま談笑している。
「ちょっとぉ、まだなのー?」
「終わってないけど、どぉぞー」
図書室の掃除は、奈々のクラスが担当している。
今日はいつもの悪ふざけ軍団が掃除当番だったせいで、時間が押していたようだ。
「もう入っちゃうからねぇ?」
ミズキが奈々の腕を引っ張りながら、図書室の奥へと進む。
テスト前のこの時期は、図書室が混み合うため、なるべく良い席を確保したいからだ。
「宮田くん」
図書室の一番奥の方まで向かう途中、本棚の列を1つ隔てた向こうに、二人の人影が見えた。
一人は、今名前を呼ばれた宮田。
もう一人は、見知らぬ女子。
「中学の頃からずっと、好きだったの」
「・・・」
「付き合えるなんて思ってない。でも、一言いいたくて・・・」
「・・・」
「あの・・」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、俯き加減で告白するクラスメイトに対して、宮田は無表情のまま、微動だにせずに相手を見ていた。
その様子を、盗み見する格好になった奈々とミズキは、ただ事では無い様子に思わず声を漏らさぬよう、口を手で押さえながら、息をのみ、次の展開を待った。
「悪いけど・・・」
「う、ううん・・・聞いてくれてありがとう」
「じゃ」
「あ、あの・・・これからも、好きでいてもいい?」
結構積極的!という感想が、奈々とミズキとの間の共通認識らしい。
セリフを聞いた途端に、思わず顔を見合わせた。
「好きにすれば」
本棚を挟んで向こう側の出来事。
宮田と女子がいなくなるのを待って、ようやく二人は口元に当てた手を解放し、大きく息を吐き出した。
「ぷはぁ!・・・ちょっとちょっと、とんでもないとこ見ちゃったね」
ミズキが好奇心丸出しで頰を紅潮させながら、興奮してまくし立てる。
「宮田もなにあれ。好きにすれば、とか言っちゃって。あれじゃあ期待しちゃわない?ねぇ?」
一方で奈々は、心の中に何か、ぐるぐると渦巻くものがあるのを自覚していた。
それがなんなのか、自分でもうすうす気付きながら、それを認めてしまうことが怖くて、一緒に茶化して笑う。
「なんであの無愛想なヤツがあんなにモテるんだろうねぇ」
そう言いながらも、心のモヤモヤは晴れない。
ねぇ、ひょっとしたらあの子も。
宮田の、隠れた優しさを、ふとした笑顔を、
見たことがあったのかな。
それなら、私だけに見せてくれたわけじゃ、ないのかな。
「はぁ」
「どうしたの奈々」
ミズキが不思議そうに見つめる。
「なんでもなーい」
面白く無いこの気持ちの発生源を思わず辿ってしまわないように、奈々は心の蓋をパタンと閉じた。