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01.偽善ごっこ(一緒/ひとりごと/お気に入り)
3年生になり生徒会活動の傍ら、放課後は図書館で受験勉強をすることが増えた。図書館は自宅とも塾の自習室とも違っていて、かえって集中しやすかったからだ。自宅は勉強と孤独に向き合わねばならないし、塾の自習室は同じ受験生がいて切磋琢磨できるものの、なんとなく志望校合格へのプレッシャーをかけられているような気がして、時々息苦しさを感じた。
けれど図書館は、何かを強制されるわけではなくただ僕が僕でいることを許されているような気がして、心地よかった。
今日は放課後、生徒会室で簡単な報告会があり、その後少しだけ課題を進めようと図書館へ向かった。いつも座っている席が空いていたので、そこに座る。そんなに混雑もしていなかったので、隣の席に鞄を置いた。もし小波さんが突然来ても、隣に座ってもらえるように。
図書館で過ごす理由のひとつに、時々現れる小波さんの存在も大きい。ここにいれば、彼女に会えるかもしれないから。だから短い時間でもつい図書館に寄ってしまう。もちろん勉強には手を抜いたりしていないけれど、ここにいる時は彼女が来たらいいのにな、という淡い期待をいつも抑えられずにいる。
教科書とノートを広げて問題文を読み始めたけれど、なんとなく彼女のことが頭から離れず、あいたいな、と小さく独り言のように呟く。
「紺野先輩」
「わっ!!」
「驚かせてごめんなさい。隣、いいですか?」
僕の独り言を聞いていたかのように、小波さんが図書館に現れたので、思わず声をあげてしまう。周りの生徒たちの視線が一斉にこちらを向いたので、気恥ずかしくなった。「どうぞ」と言って僕は鞄を床に置くと、彼女は隣の席に座った。
「先輩、何時までいますか?」
「あともう少ししたら帰るよ」
「私もここで本の続きを読みながら待ってるので、よかったら一緒に帰りませんか」
「もちろん」
小波さんはほっとした様子で「ありがとうございます」と言い、鞄から本を出した。彼女が手に持っていたのは、少し前に僕がおすすめしたミステリー小説のシリーズだった。読んでくれてることが嬉しくて、自然と口元が緩む。
僕はこの時間を気に入っていた。図書館で勉強すること、小波さんと会えること、帰りの時間を一緒に過ごせること。
けれどただ一つ胸が痛むのは、恐らく小波さんは恋愛相談をしたくて僕に声をかけてきたことだ。
休日に一緒に出かけた帰り道、よく彼女の恋愛相談を受けていたのだけど、最近は僕の受験勉強が忙しくて、休日に会う頻度が減った。そしたらある日彼女は「一緒に帰った時に相談してもいいですか?」と聞いてきた。彼女に会える時間が増えることが嬉しくて、ずきずきと痛む心を無視して「いいよ」と答えたのだった。
もしかして2人の恋が進展してしまったんだろうか。聞きたくない報告だったらどうしようと頭を過ぎるものの、それでもやっぱり小波さんと帰れることのほうが嬉しい。
今は勉強に集中しようと、もう一度自分に喝を入れて、目の前の数学の課題に取り組むのだった。
***
キリの良いところまで課題を進め、小波さんに声をかけて、帰ることにした。最終下校時刻よりも早くに学校を出たので、まだまだ空は明るい。
いつもの帰り道、なんてことのない時間なのに、彼女が隣にいるだけで全く違うように感じられるのが不思議だ。
「それで、今日も恋愛相談?」
「はい、紺野先輩、また振られました……」
小波さんは大きく溜め息をついて、落ち込んだ様子だった。よかった、進展したわけじゃなかったんだな、と心の中でほっとする。
「デート、誘ったけどダメだったの?」
「はい、前に先輩と行ったイルカショー、誘ったんですけどだめでした……」
「そっか……」
僕はそんな彼女に寄り添うような相槌を打った。自分の言葉に、本当の気持ちが磁石みたいにくっついて彼女に届かないことをいつも祈っている。
先々週くらいに「デートに誘ったけどだめでした」と相談を受けていて「場所を変えたらどう?」とアドバイスしたばかりだった。今日はそれの報告と新たな相談のようだ。
表向きは「小波さんの気持ちが伝わるといいね」なんて言ってるけど、本当はこうやって彼女が僕に頼ってくれることが、何よりの喜びだった。今まで人から相談を受けることは何度もあったけれど、こんなに幸福感を得たことはない。
「私、そんなに魅力ないですかね……」
「そんなことない!」
こんなに僕は君に惹かれてるのに、と思うと思わず大きな声を出してしまった。僕の気持ちが伝わらないことを祈っているが、自分の気持ちを抑えることの限界も感じ始めている。
大きな声を出してしまった僕に、小波さんは「え」と目を丸くしていた。彼女と話していると、何かおかしなものでも摂取してしまったのだろうか、と思うくらい全ての感情が波のように押し寄せてきて、激しく揺さぶられる。
「ごめん、急に大きな声出して……」
「じゃあどんなところが私の魅力ですか?」
「そうだなあ……、頑張り屋さんなところかな」
小波さんは僕の方を見て尋ねてきたので、今度は失敗しないようにと、平静を装ってなるべく穏やかに、当たり障りのない答えを出した。
そもそも身長差があるので、小波さんが僕を見上げると、どうしても上目遣いになってしまう。それだけですごくかわいいんだけど、明るい表情を浮かべた時の美しさ、他人を気遣える優しさ、目標を決めたらどこまででも頑張れるところ、人のアドバイスを素直に聞き入れられるところ、彼女の魅力なんて、言い始めたらキリがない。
「紺野先輩、本当に優しいです……元気出して、めげずに頑張ります!」
小波さんはそう言って笑って、ガッツポーズをして見せた。
頼ってほしいのは本心だけど、こんなに君に嘘ばかり重ねている男なんて優しくもなんともないんだよ、と心の中で苦笑いする。
君と一緒にいる時間が何よりも僕のお気に入りの時間でそれを壊したくないがために、どんどん嘘を塗り固めているだけだ。
「君の良さが分からない男に、君の心を開け渡しちゃだめだよ」
「え?」
「なんでもない、僕は話を聞くことしかできないけど……また何かあったらいつでも言ってね」
「はい!先輩も受験勉強で忙しいと思うんですけど、また息抜きにどこか一緒に行ってくれますか?」
「もちろん」
不安定な嘘をひとつひとつ積み重ねて、崩れ落ちそうになるのを必死に支えて、それでもいつかすべてがバラバラになってしまったとき、彼女はなんて言うんだろう。はたまた彼女の恋が叶うのが先かもしれない。
迎えたくないエンディングのことばかり想像してしまうけれど、いまはふたりでいるこの時間を噛み締めることにした。
20240907
3年生になり生徒会活動の傍ら、放課後は図書館で受験勉強をすることが増えた。図書館は自宅とも塾の自習室とも違っていて、かえって集中しやすかったからだ。自宅は勉強と孤独に向き合わねばならないし、塾の自習室は同じ受験生がいて切磋琢磨できるものの、なんとなく志望校合格へのプレッシャーをかけられているような気がして、時々息苦しさを感じた。
けれど図書館は、何かを強制されるわけではなくただ僕が僕でいることを許されているような気がして、心地よかった。
今日は放課後、生徒会室で簡単な報告会があり、その後少しだけ課題を進めようと図書館へ向かった。いつも座っている席が空いていたので、そこに座る。そんなに混雑もしていなかったので、隣の席に鞄を置いた。もし小波さんが突然来ても、隣に座ってもらえるように。
図書館で過ごす理由のひとつに、時々現れる小波さんの存在も大きい。ここにいれば、彼女に会えるかもしれないから。だから短い時間でもつい図書館に寄ってしまう。もちろん勉強には手を抜いたりしていないけれど、ここにいる時は彼女が来たらいいのにな、という淡い期待をいつも抑えられずにいる。
教科書とノートを広げて問題文を読み始めたけれど、なんとなく彼女のことが頭から離れず、あいたいな、と小さく独り言のように呟く。
「紺野先輩」
「わっ!!」
「驚かせてごめんなさい。隣、いいですか?」
僕の独り言を聞いていたかのように、小波さんが図書館に現れたので、思わず声をあげてしまう。周りの生徒たちの視線が一斉にこちらを向いたので、気恥ずかしくなった。「どうぞ」と言って僕は鞄を床に置くと、彼女は隣の席に座った。
「先輩、何時までいますか?」
「あともう少ししたら帰るよ」
「私もここで本の続きを読みながら待ってるので、よかったら一緒に帰りませんか」
「もちろん」
小波さんはほっとした様子で「ありがとうございます」と言い、鞄から本を出した。彼女が手に持っていたのは、少し前に僕がおすすめしたミステリー小説のシリーズだった。読んでくれてることが嬉しくて、自然と口元が緩む。
僕はこの時間を気に入っていた。図書館で勉強すること、小波さんと会えること、帰りの時間を一緒に過ごせること。
けれどただ一つ胸が痛むのは、恐らく小波さんは恋愛相談をしたくて僕に声をかけてきたことだ。
休日に一緒に出かけた帰り道、よく彼女の恋愛相談を受けていたのだけど、最近は僕の受験勉強が忙しくて、休日に会う頻度が減った。そしたらある日彼女は「一緒に帰った時に相談してもいいですか?」と聞いてきた。彼女に会える時間が増えることが嬉しくて、ずきずきと痛む心を無視して「いいよ」と答えたのだった。
もしかして2人の恋が進展してしまったんだろうか。聞きたくない報告だったらどうしようと頭を過ぎるものの、それでもやっぱり小波さんと帰れることのほうが嬉しい。
今は勉強に集中しようと、もう一度自分に喝を入れて、目の前の数学の課題に取り組むのだった。
***
キリの良いところまで課題を進め、小波さんに声をかけて、帰ることにした。最終下校時刻よりも早くに学校を出たので、まだまだ空は明るい。
いつもの帰り道、なんてことのない時間なのに、彼女が隣にいるだけで全く違うように感じられるのが不思議だ。
「それで、今日も恋愛相談?」
「はい、紺野先輩、また振られました……」
小波さんは大きく溜め息をついて、落ち込んだ様子だった。よかった、進展したわけじゃなかったんだな、と心の中でほっとする。
「デート、誘ったけどダメだったの?」
「はい、前に先輩と行ったイルカショー、誘ったんですけどだめでした……」
「そっか……」
僕はそんな彼女に寄り添うような相槌を打った。自分の言葉に、本当の気持ちが磁石みたいにくっついて彼女に届かないことをいつも祈っている。
先々週くらいに「デートに誘ったけどだめでした」と相談を受けていて「場所を変えたらどう?」とアドバイスしたばかりだった。今日はそれの報告と新たな相談のようだ。
表向きは「小波さんの気持ちが伝わるといいね」なんて言ってるけど、本当はこうやって彼女が僕に頼ってくれることが、何よりの喜びだった。今まで人から相談を受けることは何度もあったけれど、こんなに幸福感を得たことはない。
「私、そんなに魅力ないですかね……」
「そんなことない!」
こんなに僕は君に惹かれてるのに、と思うと思わず大きな声を出してしまった。僕の気持ちが伝わらないことを祈っているが、自分の気持ちを抑えることの限界も感じ始めている。
大きな声を出してしまった僕に、小波さんは「え」と目を丸くしていた。彼女と話していると、何かおかしなものでも摂取してしまったのだろうか、と思うくらい全ての感情が波のように押し寄せてきて、激しく揺さぶられる。
「ごめん、急に大きな声出して……」
「じゃあどんなところが私の魅力ですか?」
「そうだなあ……、頑張り屋さんなところかな」
小波さんは僕の方を見て尋ねてきたので、今度は失敗しないようにと、平静を装ってなるべく穏やかに、当たり障りのない答えを出した。
そもそも身長差があるので、小波さんが僕を見上げると、どうしても上目遣いになってしまう。それだけですごくかわいいんだけど、明るい表情を浮かべた時の美しさ、他人を気遣える優しさ、目標を決めたらどこまででも頑張れるところ、人のアドバイスを素直に聞き入れられるところ、彼女の魅力なんて、言い始めたらキリがない。
「紺野先輩、本当に優しいです……元気出して、めげずに頑張ります!」
小波さんはそう言って笑って、ガッツポーズをして見せた。
頼ってほしいのは本心だけど、こんなに君に嘘ばかり重ねている男なんて優しくもなんともないんだよ、と心の中で苦笑いする。
君と一緒にいる時間が何よりも僕のお気に入りの時間でそれを壊したくないがために、どんどん嘘を塗り固めているだけだ。
「君の良さが分からない男に、君の心を開け渡しちゃだめだよ」
「え?」
「なんでもない、僕は話を聞くことしかできないけど……また何かあったらいつでも言ってね」
「はい!先輩も受験勉強で忙しいと思うんですけど、また息抜きにどこか一緒に行ってくれますか?」
「もちろん」
不安定な嘘をひとつひとつ積み重ねて、崩れ落ちそうになるのを必死に支えて、それでもいつかすべてがバラバラになってしまったとき、彼女はなんて言うんだろう。はたまた彼女の恋が叶うのが先かもしれない。
迎えたくないエンディングのことばかり想像してしまうけれど、いまはふたりでいるこの時間を噛み締めることにした。
20240907