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12.感情混戦中(はじめて/名前/触れないで)
「美奈子、いや、小波はいるか?」
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、お昼休みが始まった。お弁当を食べようと机の横にかけている手提げバッグに触れた時、廊下のほうから私を呼ぶ声が聞こえた。聞き間違えるはずもない、設楽先輩だ。
顔を上げると、設楽先輩は確かに教室の入り口にいて、そこの近くにいた男子に声をかけていた。男子は一瞬戸惑ったような表情を見せたあと、「小波ならあそこに」と私の方を指差して、先輩と視線が合った。
設楽先輩が突然うちの教室に現れて、しかもみんなの前で堂々と私の名前を呼んでいる、その事実だけでなんだか急にそわそわしてしまう。
ざわめくクラスメイトの声が全て私に向けられているような気がしてきて落ち着かず、がたんと大きな音を教室内に響かせ立ち上がったあと、入り口に移動した。
「美奈子」
「な、なんでしょう」
「あー……、昼ご飯、一緒に食べないか。突然で悪いけど……」
若干目を泳がせてそう言う設楽先輩に、え、と驚きの言葉をぽろりと溢してしまう。先輩からお昼ご飯に誘われるなんて、初めてのことだったから。イエスともノーとも言わない私に、先輩は眉を下げた。
「誰かと先に約束してるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないのでいいですよ。お弁当持ってくるので、ちょっと待っててくださいね」
「分かった。あんまり待たせるなよ、美奈子」
私はこくこくと頷き、急ぎ足でもう一度席に戻ったあと、お弁当と水筒の入った手提げバッグを持って、先輩と一緒に教室から離れた。どこで食べる?と先輩が尋ねてきたので、人気の少ない裏庭に行くことにした。さっき先輩が蕩けるような優しい声で私の名前を呼んだから、心臓がうるさくてどうにかなってしまいそうだった。
***
歩きながら、私は最近の設楽先輩について思いを巡らせた。そもそも、最近の先輩は甘すぎる。まるでクリームたっぷりのシュークリームみたいだ。突然私のことを名前で呼び始めるし、休日のお誘いだって先輩からしてくれるようになったし、先輩と歩く時は私が先輩の背中を見つめていたはずなのに、気がつけば私の隣を歩くようになっていた。
ちらりと横目で設楽先輩を見ると、私の視線に気がついた先輩がこちらを見て「なんだよ」と言った。その一言でさえ、甘さを含んでいる気がした。おかしくなったのは先輩のほうなのか、はたまた私のほうなのか。私はなんでもないです、と全てを誤魔化すように答えた。
目的地の裏庭には私たちの他には誰もおらず、先客がいないことにほっとする。日当たりが悪く、お昼ご飯を食べる場所としてはあまり適していないからだろう。
空いているベンチにふたり並んで座り、いただきますをしてから、設楽先輩はサンドイッチを、私はお弁当を食べ始めた。今日の私のお弁当のおかずは、昨日の晩ご飯の残りの唐揚げがメインで、他にはブロッコリーと、卵焼き、蓮根のきんぴらが入っている。
「設楽先輩のサンドイッチ、美味しそうですね。何が入ってるんですか?」
「トマトとかレタスとか、まあ普通のサンドイッチだ」
設楽先輩が手にしているサンドイッチは色とりどりで断面が美しかった。そういえば先輩の家にはシェフがいると言っていた。シェフの作るサンドイッチは素人が作るのとはやっぱり違うんだろうか、と自分の落ち着かなさを隠すように、どっちでもいいようなことを考える。
「おまえの弁当は美奈子が作ってるのか?」
「まさか。お母さんの手作りです」
「ふーん、料理はするのか?」
「お手伝い程度には……。あっ、今日、おかず詰めるのは自分でやりました。なんでですか?」
「美奈子の手作りなんだったら、俺のサンドイッチと美奈子のお弁当のおかずを交換してやろうかと思っただけだ」
「残念、これはお母さんの唐揚げです」
「まあ、また今度自分で作ってきたら交換してやらないこともない」
さらりとそう言う設楽先輩に、それって先輩のためにお弁当を作ってきてってことですか、と尋ねたかったけれどなんだか核心に触れるのが怖くて、唐揚げと一緒に飲み込んだ。そもそも私は交換してくれなんて一言も言ってないのになぜそういうことになるのか。先輩は、私をどうしたいんだろう。
「美奈子、ご飯粒ついてるぞ」
「えっどこですか」
「ここ」
ふいに設楽先輩の手が私の顔に近づいてきて、頬についていたご飯粒を親指で優しくそっと拭った。先輩はまるで愛おしいものを見るような目で私を見て、「ほら、取れたぞ」と言った。突然触れられた私の頬には一気に熱が集まっていく。顔が熱くて仕方ない。
「あ、ありがとうございます……」
「かわいいやつ」
囁くようにそう言って、最後のトドメを刺すかのように設楽先輩がふわりと微笑んだ。それからまた何事もなかったかのようにもぐもぐとサンドイッチを食べ始め、私は白旗を揚げたい気分だった。別に勝負をしているわけではないけれど、私の負けだ。かわいいなんて、設楽先輩に言われたこと、一回もなかったから。そんなの、今言うなんてずるい。
設楽先輩のことで胸がいっぱいになってしまった私は、その後のご飯の味が全く分からなかったし、先輩が何を話していても、右から左へ流れていくばかりだった。
ただそこにあるのは、私が設楽先輩のことが好きだという気持ちだけだった。生まれたばかりのような気持ちな気がして、誰にも触れられたくないから、もう少し大切に取っておくことする。
20240904
「美奈子、いや、小波はいるか?」
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、お昼休みが始まった。お弁当を食べようと机の横にかけている手提げバッグに触れた時、廊下のほうから私を呼ぶ声が聞こえた。聞き間違えるはずもない、設楽先輩だ。
顔を上げると、設楽先輩は確かに教室の入り口にいて、そこの近くにいた男子に声をかけていた。男子は一瞬戸惑ったような表情を見せたあと、「小波ならあそこに」と私の方を指差して、先輩と視線が合った。
設楽先輩が突然うちの教室に現れて、しかもみんなの前で堂々と私の名前を呼んでいる、その事実だけでなんだか急にそわそわしてしまう。
ざわめくクラスメイトの声が全て私に向けられているような気がしてきて落ち着かず、がたんと大きな音を教室内に響かせ立ち上がったあと、入り口に移動した。
「美奈子」
「な、なんでしょう」
「あー……、昼ご飯、一緒に食べないか。突然で悪いけど……」
若干目を泳がせてそう言う設楽先輩に、え、と驚きの言葉をぽろりと溢してしまう。先輩からお昼ご飯に誘われるなんて、初めてのことだったから。イエスともノーとも言わない私に、先輩は眉を下げた。
「誰かと先に約束してるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないのでいいですよ。お弁当持ってくるので、ちょっと待っててくださいね」
「分かった。あんまり待たせるなよ、美奈子」
私はこくこくと頷き、急ぎ足でもう一度席に戻ったあと、お弁当と水筒の入った手提げバッグを持って、先輩と一緒に教室から離れた。どこで食べる?と先輩が尋ねてきたので、人気の少ない裏庭に行くことにした。さっき先輩が蕩けるような優しい声で私の名前を呼んだから、心臓がうるさくてどうにかなってしまいそうだった。
***
歩きながら、私は最近の設楽先輩について思いを巡らせた。そもそも、最近の先輩は甘すぎる。まるでクリームたっぷりのシュークリームみたいだ。突然私のことを名前で呼び始めるし、休日のお誘いだって先輩からしてくれるようになったし、先輩と歩く時は私が先輩の背中を見つめていたはずなのに、気がつけば私の隣を歩くようになっていた。
ちらりと横目で設楽先輩を見ると、私の視線に気がついた先輩がこちらを見て「なんだよ」と言った。その一言でさえ、甘さを含んでいる気がした。おかしくなったのは先輩のほうなのか、はたまた私のほうなのか。私はなんでもないです、と全てを誤魔化すように答えた。
目的地の裏庭には私たちの他には誰もおらず、先客がいないことにほっとする。日当たりが悪く、お昼ご飯を食べる場所としてはあまり適していないからだろう。
空いているベンチにふたり並んで座り、いただきますをしてから、設楽先輩はサンドイッチを、私はお弁当を食べ始めた。今日の私のお弁当のおかずは、昨日の晩ご飯の残りの唐揚げがメインで、他にはブロッコリーと、卵焼き、蓮根のきんぴらが入っている。
「設楽先輩のサンドイッチ、美味しそうですね。何が入ってるんですか?」
「トマトとかレタスとか、まあ普通のサンドイッチだ」
設楽先輩が手にしているサンドイッチは色とりどりで断面が美しかった。そういえば先輩の家にはシェフがいると言っていた。シェフの作るサンドイッチは素人が作るのとはやっぱり違うんだろうか、と自分の落ち着かなさを隠すように、どっちでもいいようなことを考える。
「おまえの弁当は美奈子が作ってるのか?」
「まさか。お母さんの手作りです」
「ふーん、料理はするのか?」
「お手伝い程度には……。あっ、今日、おかず詰めるのは自分でやりました。なんでですか?」
「美奈子の手作りなんだったら、俺のサンドイッチと美奈子のお弁当のおかずを交換してやろうかと思っただけだ」
「残念、これはお母さんの唐揚げです」
「まあ、また今度自分で作ってきたら交換してやらないこともない」
さらりとそう言う設楽先輩に、それって先輩のためにお弁当を作ってきてってことですか、と尋ねたかったけれどなんだか核心に触れるのが怖くて、唐揚げと一緒に飲み込んだ。そもそも私は交換してくれなんて一言も言ってないのになぜそういうことになるのか。先輩は、私をどうしたいんだろう。
「美奈子、ご飯粒ついてるぞ」
「えっどこですか」
「ここ」
ふいに設楽先輩の手が私の顔に近づいてきて、頬についていたご飯粒を親指で優しくそっと拭った。先輩はまるで愛おしいものを見るような目で私を見て、「ほら、取れたぞ」と言った。突然触れられた私の頬には一気に熱が集まっていく。顔が熱くて仕方ない。
「あ、ありがとうございます……」
「かわいいやつ」
囁くようにそう言って、最後のトドメを刺すかのように設楽先輩がふわりと微笑んだ。それからまた何事もなかったかのようにもぐもぐとサンドイッチを食べ始め、私は白旗を揚げたい気分だった。別に勝負をしているわけではないけれど、私の負けだ。かわいいなんて、設楽先輩に言われたこと、一回もなかったから。そんなの、今言うなんてずるい。
設楽先輩のことで胸がいっぱいになってしまった私は、その後のご飯の味が全く分からなかったし、先輩が何を話していても、右から左へ流れていくばかりだった。
ただそこにあるのは、私が設楽先輩のことが好きだという気持ちだけだった。生まれたばかりのような気持ちな気がして、誰にも触れられたくないから、もう少し大切に取っておくことする。
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