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08.きみのにおい(ジレンマ/気の迷い/デート)
「紺野先輩はいますか?」
昼休み、僕が自分の席で次の授業の準備をしているとき、彼女は突然僕の教室にやって来た。
廊下側のドアからひょっこりと顔を出して、教室にいる僕の姿をきょろきょろと探している。彼女が3年の教室に来るのは初めてのことだった。
彼女は一つ下の後輩だ。たまたま校内で出会って知り合いになり、それから時々休みの日に出かけたり、一緒に帰ったりしている。
最初は僕に妹がいたらこんな感じなんだろうなって思ってたのに、最近はなんだかそんな風に思えなくなってきている。
「こんにちは、僕を訪ねてくるなんて珍しいね? どうしたの?」
僕は彼女と話すために廊下に出た。彼女に近づくと、ふわりと甘い香りがした。シャンプーとか香水とかそういう作られた匂いじゃなくて、たぶん彼女自身の匂いだと気がついたのはつい最近のことだ。そしてそれが落ち着く匂いだと分かったことも。
「あの、今度の日曜日、一緒に水族館へ行きませんか? 前に話してたイルカショー、始まったみたいなんです!」
少し前に、今度水族館でイルカショーが始まる話をしていた。見られるようになったら一緒に行きたいねと言っていたので、それのお誘いのようだった。彼女はいつもはばたきNETをこまめにチェックして、新しい情報を僕に話してくれている。
「もう始まったんだね。いいよ、来週の日曜なら空いてる」
「本当ですか? 楽しみです!」
彼女はにこにことした笑顔を見せた。僕と出かけることを楽しみにしてくれていることが嬉しいし、僕も休みの日に彼女と過ごせるのは嬉しい。
でも僕はイルカショーのことよりも、艶やかで少し赤く色づいた彼女の唇に目を奪われていた。たぶん、元々の色よりも明るい気がするから、リップか何かを塗っているんだろう。
彼女は、このところすごく可愛らしくなった。何が変わったかと言われると説明できないけれど、出会った頃よりも女の子らしく見える。出会った時のように、妹みたいとは全然思えなくなっていた。
たぶんきっとこれは恋で、紛れもなく僕は彼女が好きなんだろう。まさか自分がそんな感情を抱くなんて、一瞬気の迷いかと思ったけど、彼女と話す時だけ少し緊張するし、他の男と仲良く話している姿を見るとむっとしてしまう。
妹だったら、たくさんの人に愛されてて良かったねって思うだろうから、独り占めしたいなんて感情は抱かない。
けれど、いくら可愛くて似合っていても校則で化粧は禁止されてるし、服装チェックの日だったら完全にアウトだ。生徒会長として、彼女に一言言わなければならない。
「いつもみたいにはばたき駅で待ち合わせでいい?」
「分かりました。時間はまた相談しましょう」
デートの約束も大切だけど、僕は「生徒会長」として彼女に注意しなければならない、化粧は校則違反だから今すぐ落としてきてねって。それは何一つ間違ったことではないし、校則で決まっているんだから、正しいことだ。
なのに、僕の口は全然違うことばかりを話してしまっていて、ちっとも言うことを聞いてくれない。
「紺野先輩、私の顔に何かついてますか?」
「えっ」
「さっきからじっと私の顔見てるから……」
「そ、そんなことないよ。何もついてない」
だって、あまりにも君に似合ってて可愛らしくて、明るい色が君から失われるのもなんだか勿体無いから、「僕」からは何も言えそうになかった。
こんなの生徒会長になってから、いや、正しいことなのに言えないなんてこと、生まれて初めてだった。
生徒会長という立場からの意見と、僕自身の意見が真っ向から対立していて、こういうことをジレンマと言うんだろう。
「それなら良かったです。日曜日、楽しみにしてますね」
「うん、ありがとう」
僕は結局最後までそのことに触れられず、教室に戻る彼女を見送った。校則を守ることよりも、彼女の笑顔を曇らせたくない気持ちが勝ってしまった。生徒会長としての自分より、僕を優先してしまった。
「言えなかったなあ……」
自分の席に戻り、ぽつりとそう呟く。生徒会執行部のメンバーに、さっきの場面を目撃されていないかが心配になった。校則違反の注意もできないなんて、生徒会長失格だと指を指されるだろうから。
20241013
「紺野先輩はいますか?」
昼休み、僕が自分の席で次の授業の準備をしているとき、彼女は突然僕の教室にやって来た。
廊下側のドアからひょっこりと顔を出して、教室にいる僕の姿をきょろきょろと探している。彼女が3年の教室に来るのは初めてのことだった。
彼女は一つ下の後輩だ。たまたま校内で出会って知り合いになり、それから時々休みの日に出かけたり、一緒に帰ったりしている。
最初は僕に妹がいたらこんな感じなんだろうなって思ってたのに、最近はなんだかそんな風に思えなくなってきている。
「こんにちは、僕を訪ねてくるなんて珍しいね? どうしたの?」
僕は彼女と話すために廊下に出た。彼女に近づくと、ふわりと甘い香りがした。シャンプーとか香水とかそういう作られた匂いじゃなくて、たぶん彼女自身の匂いだと気がついたのはつい最近のことだ。そしてそれが落ち着く匂いだと分かったことも。
「あの、今度の日曜日、一緒に水族館へ行きませんか? 前に話してたイルカショー、始まったみたいなんです!」
少し前に、今度水族館でイルカショーが始まる話をしていた。見られるようになったら一緒に行きたいねと言っていたので、それのお誘いのようだった。彼女はいつもはばたきNETをこまめにチェックして、新しい情報を僕に話してくれている。
「もう始まったんだね。いいよ、来週の日曜なら空いてる」
「本当ですか? 楽しみです!」
彼女はにこにことした笑顔を見せた。僕と出かけることを楽しみにしてくれていることが嬉しいし、僕も休みの日に彼女と過ごせるのは嬉しい。
でも僕はイルカショーのことよりも、艶やかで少し赤く色づいた彼女の唇に目を奪われていた。たぶん、元々の色よりも明るい気がするから、リップか何かを塗っているんだろう。
彼女は、このところすごく可愛らしくなった。何が変わったかと言われると説明できないけれど、出会った頃よりも女の子らしく見える。出会った時のように、妹みたいとは全然思えなくなっていた。
たぶんきっとこれは恋で、紛れもなく僕は彼女が好きなんだろう。まさか自分がそんな感情を抱くなんて、一瞬気の迷いかと思ったけど、彼女と話す時だけ少し緊張するし、他の男と仲良く話している姿を見るとむっとしてしまう。
妹だったら、たくさんの人に愛されてて良かったねって思うだろうから、独り占めしたいなんて感情は抱かない。
けれど、いくら可愛くて似合っていても校則で化粧は禁止されてるし、服装チェックの日だったら完全にアウトだ。生徒会長として、彼女に一言言わなければならない。
「いつもみたいにはばたき駅で待ち合わせでいい?」
「分かりました。時間はまた相談しましょう」
デートの約束も大切だけど、僕は「生徒会長」として彼女に注意しなければならない、化粧は校則違反だから今すぐ落としてきてねって。それは何一つ間違ったことではないし、校則で決まっているんだから、正しいことだ。
なのに、僕の口は全然違うことばかりを話してしまっていて、ちっとも言うことを聞いてくれない。
「紺野先輩、私の顔に何かついてますか?」
「えっ」
「さっきからじっと私の顔見てるから……」
「そ、そんなことないよ。何もついてない」
だって、あまりにも君に似合ってて可愛らしくて、明るい色が君から失われるのもなんだか勿体無いから、「僕」からは何も言えそうになかった。
こんなの生徒会長になってから、いや、正しいことなのに言えないなんてこと、生まれて初めてだった。
生徒会長という立場からの意見と、僕自身の意見が真っ向から対立していて、こういうことをジレンマと言うんだろう。
「それなら良かったです。日曜日、楽しみにしてますね」
「うん、ありがとう」
僕は結局最後までそのことに触れられず、教室に戻る彼女を見送った。校則を守ることよりも、彼女の笑顔を曇らせたくない気持ちが勝ってしまった。生徒会長としての自分より、僕を優先してしまった。
「言えなかったなあ……」
自分の席に戻り、ぽつりとそう呟く。生徒会執行部のメンバーに、さっきの場面を目撃されていないかが心配になった。校則違反の注意もできないなんて、生徒会長失格だと指を指されるだろうから。
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