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きみにめろめろ!
慌ただしい一日を終えて、眠る前のひととき。
私は片手に携帯を持ったまま、ごろんとベッドに転がり込んだ。身体をマットレスに預けると、なんだか私のこころも底に沈んでいくような気持ちになった。このところ、毎日がうまくいかない。フランス語の勉強は進まないし、バイトもミスが多くて謝ってばかりだった。ちょっぴり、いや、結構つらい。
気分を変えようと、携帯のフォルダに入っている、聖司さんと出かけたときの写真を見返すことにした。いくつも現れる画像をスクロールする。春の森林公園、夏の花火大会や遊園地のナイトパレード、秋のはばたき山、冬のスケート場。他にもたくさん、いろんなところにふたりで出かけた。景色だけの写真がほとんどだけど、たまに一緒に聖司さんが写ってくれたものもあった。ぎこちない顔の聖司さんと、嬉しそうな私。画面の中にいる、少しだけ幼い私たちが可愛らしく見える。春夏秋冬すべてを聖司さんと過ごせていた高校生の頃が懐かしくて愛おしくて、切なくて、さみしい。
***
聖司さんは夏前に、パリへ飛び立った。一流音大に進学すること、聖司さんのピアノの実力を考えれば、留学はわかりきっていたことだった。聖司さんは何度も「一緒にパリに行こう」と私を説得したけれど、私が首を縦には振らなかった。
出発の当日、私は聖司さんを空港まで見送りに行った。寂しくてたまらなかったけど、笑顔で見送ることを決めていた。けれど、最後の最後まで私が行かないことを不満そうにしていた。きっと聖司さんが聞いたらむくれちゃうだろうけど、かわいいと密かに思っていた。飛行機に乗る直前、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「……やっぱり一緒に行かないか、今からでもなんとかなるだろ」
「なんの準備もできてないのに行けません!」「準備なんかいらない、俺はおまえがいればそれでいい」
「だめです、私も自分の力でパリに行って、聖司さんの隣に並びたいです」
聖司さんが、大好きな恋人が、パリに誘ってくれているんだから、素直にうんと言えばよかったのかもしれない。だけど、聖司さんのピアノに対する覚悟を知っているのに、ただ連れて行ってもらうなんて違うと思った。私は私なりのやり方で、堂々と聖司さんの隣に並べるようになりたかった。
「……わかってる、でも早く来いよ。向こうでおまえのこと、待ってるから」
聖司さんは行ってくる、と私の唇に一度だけ短いキスを落として、パリへ旅立った。聖司さんが見えなくなったあと、空港のベンチでひとり泣いた。
***
まだ会えなくなって2ヶ月くらいしか経っていないのに、もう随分前のことのような気がする。
今すぐ聖司さんに会いたいし、パリに飛んでいきたい。そんな気持ちは山々なんだけど、語学の勉強とか、フランスへ行くための旅費とか、もう少し時間がかかりそうで。だけど、こうして私が日本でもがいてる間にも、パリが、聖司さんがどんどん遠のいていく気がする。聖司さんはどんどんピアノが上手くなって、世界を飛び回るようになって、けど私は自分の小さな世界からちっとも出られないままで……なんて、悪い方にばかり想像してしまう。
薄々気づいてはいたけれど、聖司さんがいないと、私は途端にだめになってしまうことを思い知らされた。聖司さんが、足りない!
私は聖司さんに電話をかけてみることにした。
今日本は22時、パリは14時。忙しくて電話に出られないかもしれないけど、言いたいことは伝えなくちゃいけない。あの日の教会で、聖司さんから教わったことだ。アドレス帳から聖司さんの名前を選び、電話番号を表示させた。意外にも2コールで聖司さんは電話に出てくれた。
「もしもし、美奈子?」
「聖司さん、」
「おまえからかけてくるなんて珍しいな、どうしたんだ?」
「聖司さん、がんばれって私に言ってください」
「は?」
「ちょっとがんばれなくなってきてるので、がんばれって言ってください」
「急だな……」
「早く私がパリへ行くためです」
私が真剣な声で伝えたら、聖司さんは黙り込んだ。聞き慣れない言葉や、がやがやとした街の音が聞こえてくる。聖司さんは私の知らない街に溶け込み始めているんだ。焦る気持ちばかりが募る。ああ、おいていかないで。
「愛してる」
「えっ」
「無理するなよ。また連絡する」
ぴっと音声の切れる音がして、電話からは機械音しか聞こえてこなくなった。残っているのは聖司さんの愛の言葉だけ。がんばれをお願いしたのに、愛してるを囁いてくるなんて!そうやって言われたほうががんばれちゃうこと、わかられてるんだなあ。聖司さんにはやっぱりかなわない。
そんな風に囁かれてすぐ眠れるわけもなく。私は身体を起こして、デスクに座り、フランス語のテキストを開いた。今度は私の目の前で、あの美しい街の中で、愛してるって伝えてほしいから。
20240615
慌ただしい一日を終えて、眠る前のひととき。
私は片手に携帯を持ったまま、ごろんとベッドに転がり込んだ。身体をマットレスに預けると、なんだか私のこころも底に沈んでいくような気持ちになった。このところ、毎日がうまくいかない。フランス語の勉強は進まないし、バイトもミスが多くて謝ってばかりだった。ちょっぴり、いや、結構つらい。
気分を変えようと、携帯のフォルダに入っている、聖司さんと出かけたときの写真を見返すことにした。いくつも現れる画像をスクロールする。春の森林公園、夏の花火大会や遊園地のナイトパレード、秋のはばたき山、冬のスケート場。他にもたくさん、いろんなところにふたりで出かけた。景色だけの写真がほとんどだけど、たまに一緒に聖司さんが写ってくれたものもあった。ぎこちない顔の聖司さんと、嬉しそうな私。画面の中にいる、少しだけ幼い私たちが可愛らしく見える。春夏秋冬すべてを聖司さんと過ごせていた高校生の頃が懐かしくて愛おしくて、切なくて、さみしい。
***
聖司さんは夏前に、パリへ飛び立った。一流音大に進学すること、聖司さんのピアノの実力を考えれば、留学はわかりきっていたことだった。聖司さんは何度も「一緒にパリに行こう」と私を説得したけれど、私が首を縦には振らなかった。
出発の当日、私は聖司さんを空港まで見送りに行った。寂しくてたまらなかったけど、笑顔で見送ることを決めていた。けれど、最後の最後まで私が行かないことを不満そうにしていた。きっと聖司さんが聞いたらむくれちゃうだろうけど、かわいいと密かに思っていた。飛行機に乗る直前、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「……やっぱり一緒に行かないか、今からでもなんとかなるだろ」
「なんの準備もできてないのに行けません!」「準備なんかいらない、俺はおまえがいればそれでいい」
「だめです、私も自分の力でパリに行って、聖司さんの隣に並びたいです」
聖司さんが、大好きな恋人が、パリに誘ってくれているんだから、素直にうんと言えばよかったのかもしれない。だけど、聖司さんのピアノに対する覚悟を知っているのに、ただ連れて行ってもらうなんて違うと思った。私は私なりのやり方で、堂々と聖司さんの隣に並べるようになりたかった。
「……わかってる、でも早く来いよ。向こうでおまえのこと、待ってるから」
聖司さんは行ってくる、と私の唇に一度だけ短いキスを落として、パリへ旅立った。聖司さんが見えなくなったあと、空港のベンチでひとり泣いた。
***
まだ会えなくなって2ヶ月くらいしか経っていないのに、もう随分前のことのような気がする。
今すぐ聖司さんに会いたいし、パリに飛んでいきたい。そんな気持ちは山々なんだけど、語学の勉強とか、フランスへ行くための旅費とか、もう少し時間がかかりそうで。だけど、こうして私が日本でもがいてる間にも、パリが、聖司さんがどんどん遠のいていく気がする。聖司さんはどんどんピアノが上手くなって、世界を飛び回るようになって、けど私は自分の小さな世界からちっとも出られないままで……なんて、悪い方にばかり想像してしまう。
薄々気づいてはいたけれど、聖司さんがいないと、私は途端にだめになってしまうことを思い知らされた。聖司さんが、足りない!
私は聖司さんに電話をかけてみることにした。
今日本は22時、パリは14時。忙しくて電話に出られないかもしれないけど、言いたいことは伝えなくちゃいけない。あの日の教会で、聖司さんから教わったことだ。アドレス帳から聖司さんの名前を選び、電話番号を表示させた。意外にも2コールで聖司さんは電話に出てくれた。
「もしもし、美奈子?」
「聖司さん、」
「おまえからかけてくるなんて珍しいな、どうしたんだ?」
「聖司さん、がんばれって私に言ってください」
「は?」
「ちょっとがんばれなくなってきてるので、がんばれって言ってください」
「急だな……」
「早く私がパリへ行くためです」
私が真剣な声で伝えたら、聖司さんは黙り込んだ。聞き慣れない言葉や、がやがやとした街の音が聞こえてくる。聖司さんは私の知らない街に溶け込み始めているんだ。焦る気持ちばかりが募る。ああ、おいていかないで。
「愛してる」
「えっ」
「無理するなよ。また連絡する」
ぴっと音声の切れる音がして、電話からは機械音しか聞こえてこなくなった。残っているのは聖司さんの愛の言葉だけ。がんばれをお願いしたのに、愛してるを囁いてくるなんて!そうやって言われたほうががんばれちゃうこと、わかられてるんだなあ。聖司さんにはやっぱりかなわない。
そんな風に囁かれてすぐ眠れるわけもなく。私は身体を起こして、デスクに座り、フランス語のテキストを開いた。今度は私の目の前で、あの美しい街の中で、愛してるって伝えてほしいから。
20240615