short(GS3)
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ホームルームの終わりの合図と共に、クラスメイトが次々と教室から出ていく。異様に長い一日のように感じた。誰かがドアを開けた瞬間、一気にひんやりとした冬の空気が入ってくる。俺も同じく鞄を持ち、さっさと音楽室へ向かう。
今日はピアノを弾くためではなく、美奈子との約束があるからだった。
先週、美奈子から「来週って、音楽室に来られる日ありますか?」と聞かれた。頭の中で予定を確認したが、用事のある日は特になかったので「いつでもいい」と答えると、彼女はほっとした表情を見せて「じゃあ水曜日にしましょう!」と言った。
「分かった。何か弾いてほしい曲があるのか?」
「えっ、なにもないです!」
「? じゃあなんで音楽室なんだ?」
「それは……その……静かだから!」
「ふうん……水曜日にした理由は?」
「えっと……それは……ほら、授業が早く終わるから時間、たっぷりあるじゃないですか?」
「時間がかかることなのか?」
「あっ、いや特に意味はないんです!」
「ふうん……」
「決して! 何もありません!」
慌てて首をふるふると横に振る美奈子の様子と、会話の噛み合わなさに、何もないわけがなかった。絶対に何かを隠しているに違いない。現に彼女は今も「あはは……」となんとも言い難い変な笑いを浮かべている。
だけどこの場であれこれ聞いたところで何も言わないだろうからそれ以上は追求せず、「分かった」とだけ告げた。
休日に会う約束をすることはよくあるけれど、美奈子がピアノを弾いてほしいという用件以外で俺を音楽室に呼んだことはなかったので、一体何が始まるのか見当もつかない。
でもあいつのことだから、また変なことを企んでいるに違いない。俺だってそんなに暇じゃないんだぞ、とかあれこれ思いながらも、音楽室へ向かう足取りは軽かった。
美奈子との約束を期待していないといえば嘘になる。というより、結構、待ち遠しかった。
音楽室の扉をゆっくり開けると、ピアノの前に明るい髪色の女子が座っているのが見えた。美奈子だ。
先に音楽室に来ていたようで、俺と目が合った彼女はすっと立ち上がって嬉しそうに笑った。
「設楽先輩、こんにちは!」
「もう来てたのか、早いな」
「ホームルームが終わってからすぐ来たので!」
「おまえがピアノの前に座ってるの、珍しい」
「ふふ、そうでしょう? 今日は先輩がそっちの席に座ってください!」
美奈子はどうぞどうぞとピアノのそばから一番前の席に近づき、椅子を引いて俺を案内するので言われるがまま席に座った。まるでいつかの文化祭のことを思い出した。あの時はメイド喫茶で、彼女がメイド服で接客をしていたのだった。
美奈子は何を企んでいるんだろうか。目の前にいる彼女はいつも以上ににこにことした楽しそうな様子だった。
もし相手が彼女じゃなかったらこんな風に呼び出されたって絶対に行かないし、言われた通りになんてしない。
「で、今日はどうしたんだ?」
「実は設楽先輩にお誕生日プレゼントを渡したくて、今日音楽室に来てもらったんです」
「誕生日プレゼント?」
俺が聞き返すと、美奈子はもう一度ピアノの前に座った。
「はい! 拙いんですけど、聴いてほしくて。よろしくお願いします」
何がよろしくなのかさっぱり分からないまま、俺は美奈子の様子を見ていた。彼女は鍵盤に視線を移し、大きな目をきょろきょろさせながら、指を置いた。どうやら何かを弾こうとしてるんだろうか、ぎこちない動きにこちらの方が変に緊張してしまう。
美奈子は分かりやすく大きな息を吸った後、ゆっくりと音を鳴らし始めた。すぐにHAPPY BIRTHDAYのメロディーだと分かった。ピアノを習いたての子どもが弾いているような演奏で、たどたどしいし、聞いていてはらはらするし、滑らかとは程遠い音が続いていく。譜面台に楽譜は置かれているが、目線はずっと鍵盤に釘付けだった。
でも、素直にいい音だな、と思った。美奈子からピアノが弾けるなんて話を聞いたことがないので、おそらく初めて練習をしたんだろう。
演奏が終わり、美奈子がぱっとこちらを向いたと同時に、俺は彼女と彼女の演奏に拍手を送った。彼女の目はきらきらしていて、弾けました! と言わんばかりの自慢げな顔だった。
「設楽先輩、ちょっと早いですけど、お誕生日おめでとうございます!」
「おまえ、ピアノ練習したのか?」
「はい! やったことなかったんですけど、先輩のピアノを聴いて、何か弾いてみたいなってずっと思ってたんです。そしたら家に昔使ってたキーボードがあったので、それで練習しました!」
「……俺のために?」
「はい!」
美奈子は堂々と大きく頷いて答えた。
ピアノの一番近くに座って聴くことができて良かったと思った。美奈子の表情がすごくよく見えたからだ。彼女の鍵盤を追っている目があまりにも真剣で、俺は釘付けになっていた。
俺が知らない間に、しかも俺のために練習を重ねていたのかと想像するだけで、愛おしさが溢れてくる。
「それで、あの、どうでしたか?」
「? どうって?」
「その……誕生日プレゼントになってますか?」
堂々としているかと思えば、次の瞬間には途端に不安な色を浮かべながら、こちらを見ていた。
美奈子の、こうやってくるくる表情の変わるところを好ましく思っている。喜んでいると思えば、急に不安な顔を見せたり、素直に感情を見せてくれるところが好きだ。
「当たり前だろ。こんなプレゼント、初めてもらった」
「本当ですか!? 良かったです!」
花が開くように顔を綻ばせる美奈子につられて自分の頬が緩むのが分かる。
ただひとつ、気になっていることがある。俺の誕生日は今日でもなんでもなくて、来週だ。別に日付にこだわっているわけじゃないけどちょっとフライングじゃないのか、と言い出すタイミングを迷っていた。
「プレゼント、実はこっちも用意していて……」
美奈子はピアノの下に置いていたペーパーバッグを手にとって、俺に手渡した。そのまま袋を覗くと、ラッピングされた袋と、小さな箱がそれぞれ入っていた。
「……2個も?」
「お誕生日プレゼントと、バレンタインのチョコレートが入ってます」
「……なんで?」
ますます美奈子の意図が分からなかった。バレンタインと俺の誕生日だと、バレンタインのほうが3日だけ早い。
「俺の誕生日、いつだか知ってるか?」
「2月17日です」
「バレンタインは?」
「2月14日です! どっちもちゃんと知ってますよ」
「……もらうには、早すぎやしないか」
「だって、設楽先輩バレンタイン当日は荷物多いでしょう? たくさんもらうから」
俺が眉を顰めてそう言うと、美奈子はきょとんとした顔をしていた。
「もしかして去年のことがあったからか?」
「そうです」
去年のバレンタイン、美奈子からもチョコをもらったが、渡しに来てくれたときには既に紙袋から溢れそうなくらいの数になっていた。俺からすればもう誰からもらったかも分からないチョコの山だったが、それを彼女が見て、「荷物持って帰るの大変だろうからやっぱり違う日に持ってきますね」と持ってきていた手作りのチョコを自分の鞄に引っ込めようとしたところを「だったら今食べる」と、その場で食べたのだった。
「誕生日プレゼントは?」
「誕生日の日も設楽先輩、なかなか捕まえられなさそうだから……。本当はお誕生日の当日に音楽室に来てもらいたかったんですけど、ゆっくり会うの難しいかもしれないから、先にお祝いしちゃおうかなって」
設楽先輩は人気者だから、と少し震えた声で寂しそうに話す美奈子に、今すぐ触れたくなって、俺は彼女を自分の腕の中に閉じ込めた。俺が美奈子を求めてるみたいに、もっと、俺を求めて欲しかった。
美奈子は驚いたようで、声にもならない声をあげていたが、やがて俺にくっつくように寄りかかってきた。彼女の髪から鼻腔をくすぐる甘い香りがする。
「当日は、おめでとうって言ってくれないのか?」
「えっ」
「俺はおまえに祝ってもらえればそれでいい。誕生日の当日だって、先に言ってくれれば空けておく」
「あの、でも」
「あと、誕生日の当日、もう一回さっきのピアノが聴きたい」
「ええっ」
「いつもおまえが俺にピアノを弾いてくれって言うんだから、たまにはいいだろ?」
「は、はい……」
俺は片方の手で美奈子の頭を撫でた。柔らかな髪に触れるのが心地良くて、自分の心がじんわりと満たされていくのを感じる。もっと早くこうしてれば良かった、なんて思うくらいに。俺の腕の中で百面相みたいにあわあわしている美奈子が可愛くてしょうがなかった。
「俺の誕生日の予定はこれで決まりだな」
「あの、ところで先輩……恥ずかしいのでそろそろ離してもらえませんか……」
「いやだ。誕生日のお祝いなんだろ? だからもう少しこのままで」
あとホワイトデーとおまえの誕生日、期待してろよ、ともう一度耳元で囁けば、美奈子は顔を茹で蛸みたいに真っ赤にしていた。
今日はピアノを弾くためではなく、美奈子との約束があるからだった。
先週、美奈子から「来週って、音楽室に来られる日ありますか?」と聞かれた。頭の中で予定を確認したが、用事のある日は特になかったので「いつでもいい」と答えると、彼女はほっとした表情を見せて「じゃあ水曜日にしましょう!」と言った。
「分かった。何か弾いてほしい曲があるのか?」
「えっ、なにもないです!」
「? じゃあなんで音楽室なんだ?」
「それは……その……静かだから!」
「ふうん……水曜日にした理由は?」
「えっと……それは……ほら、授業が早く終わるから時間、たっぷりあるじゃないですか?」
「時間がかかることなのか?」
「あっ、いや特に意味はないんです!」
「ふうん……」
「決して! 何もありません!」
慌てて首をふるふると横に振る美奈子の様子と、会話の噛み合わなさに、何もないわけがなかった。絶対に何かを隠しているに違いない。現に彼女は今も「あはは……」となんとも言い難い変な笑いを浮かべている。
だけどこの場であれこれ聞いたところで何も言わないだろうからそれ以上は追求せず、「分かった」とだけ告げた。
休日に会う約束をすることはよくあるけれど、美奈子がピアノを弾いてほしいという用件以外で俺を音楽室に呼んだことはなかったので、一体何が始まるのか見当もつかない。
でもあいつのことだから、また変なことを企んでいるに違いない。俺だってそんなに暇じゃないんだぞ、とかあれこれ思いながらも、音楽室へ向かう足取りは軽かった。
美奈子との約束を期待していないといえば嘘になる。というより、結構、待ち遠しかった。
音楽室の扉をゆっくり開けると、ピアノの前に明るい髪色の女子が座っているのが見えた。美奈子だ。
先に音楽室に来ていたようで、俺と目が合った彼女はすっと立ち上がって嬉しそうに笑った。
「設楽先輩、こんにちは!」
「もう来てたのか、早いな」
「ホームルームが終わってからすぐ来たので!」
「おまえがピアノの前に座ってるの、珍しい」
「ふふ、そうでしょう? 今日は先輩がそっちの席に座ってください!」
美奈子はどうぞどうぞとピアノのそばから一番前の席に近づき、椅子を引いて俺を案内するので言われるがまま席に座った。まるでいつかの文化祭のことを思い出した。あの時はメイド喫茶で、彼女がメイド服で接客をしていたのだった。
美奈子は何を企んでいるんだろうか。目の前にいる彼女はいつも以上ににこにことした楽しそうな様子だった。
もし相手が彼女じゃなかったらこんな風に呼び出されたって絶対に行かないし、言われた通りになんてしない。
「で、今日はどうしたんだ?」
「実は設楽先輩にお誕生日プレゼントを渡したくて、今日音楽室に来てもらったんです」
「誕生日プレゼント?」
俺が聞き返すと、美奈子はもう一度ピアノの前に座った。
「はい! 拙いんですけど、聴いてほしくて。よろしくお願いします」
何がよろしくなのかさっぱり分からないまま、俺は美奈子の様子を見ていた。彼女は鍵盤に視線を移し、大きな目をきょろきょろさせながら、指を置いた。どうやら何かを弾こうとしてるんだろうか、ぎこちない動きにこちらの方が変に緊張してしまう。
美奈子は分かりやすく大きな息を吸った後、ゆっくりと音を鳴らし始めた。すぐにHAPPY BIRTHDAYのメロディーだと分かった。ピアノを習いたての子どもが弾いているような演奏で、たどたどしいし、聞いていてはらはらするし、滑らかとは程遠い音が続いていく。譜面台に楽譜は置かれているが、目線はずっと鍵盤に釘付けだった。
でも、素直にいい音だな、と思った。美奈子からピアノが弾けるなんて話を聞いたことがないので、おそらく初めて練習をしたんだろう。
演奏が終わり、美奈子がぱっとこちらを向いたと同時に、俺は彼女と彼女の演奏に拍手を送った。彼女の目はきらきらしていて、弾けました! と言わんばかりの自慢げな顔だった。
「設楽先輩、ちょっと早いですけど、お誕生日おめでとうございます!」
「おまえ、ピアノ練習したのか?」
「はい! やったことなかったんですけど、先輩のピアノを聴いて、何か弾いてみたいなってずっと思ってたんです。そしたら家に昔使ってたキーボードがあったので、それで練習しました!」
「……俺のために?」
「はい!」
美奈子は堂々と大きく頷いて答えた。
ピアノの一番近くに座って聴くことができて良かったと思った。美奈子の表情がすごくよく見えたからだ。彼女の鍵盤を追っている目があまりにも真剣で、俺は釘付けになっていた。
俺が知らない間に、しかも俺のために練習を重ねていたのかと想像するだけで、愛おしさが溢れてくる。
「それで、あの、どうでしたか?」
「? どうって?」
「その……誕生日プレゼントになってますか?」
堂々としているかと思えば、次の瞬間には途端に不安な色を浮かべながら、こちらを見ていた。
美奈子の、こうやってくるくる表情の変わるところを好ましく思っている。喜んでいると思えば、急に不安な顔を見せたり、素直に感情を見せてくれるところが好きだ。
「当たり前だろ。こんなプレゼント、初めてもらった」
「本当ですか!? 良かったです!」
花が開くように顔を綻ばせる美奈子につられて自分の頬が緩むのが分かる。
ただひとつ、気になっていることがある。俺の誕生日は今日でもなんでもなくて、来週だ。別に日付にこだわっているわけじゃないけどちょっとフライングじゃないのか、と言い出すタイミングを迷っていた。
「プレゼント、実はこっちも用意していて……」
美奈子はピアノの下に置いていたペーパーバッグを手にとって、俺に手渡した。そのまま袋を覗くと、ラッピングされた袋と、小さな箱がそれぞれ入っていた。
「……2個も?」
「お誕生日プレゼントと、バレンタインのチョコレートが入ってます」
「……なんで?」
ますます美奈子の意図が分からなかった。バレンタインと俺の誕生日だと、バレンタインのほうが3日だけ早い。
「俺の誕生日、いつだか知ってるか?」
「2月17日です」
「バレンタインは?」
「2月14日です! どっちもちゃんと知ってますよ」
「……もらうには、早すぎやしないか」
「だって、設楽先輩バレンタイン当日は荷物多いでしょう? たくさんもらうから」
俺が眉を顰めてそう言うと、美奈子はきょとんとした顔をしていた。
「もしかして去年のことがあったからか?」
「そうです」
去年のバレンタイン、美奈子からもチョコをもらったが、渡しに来てくれたときには既に紙袋から溢れそうなくらいの数になっていた。俺からすればもう誰からもらったかも分からないチョコの山だったが、それを彼女が見て、「荷物持って帰るの大変だろうからやっぱり違う日に持ってきますね」と持ってきていた手作りのチョコを自分の鞄に引っ込めようとしたところを「だったら今食べる」と、その場で食べたのだった。
「誕生日プレゼントは?」
「誕生日の日も設楽先輩、なかなか捕まえられなさそうだから……。本当はお誕生日の当日に音楽室に来てもらいたかったんですけど、ゆっくり会うの難しいかもしれないから、先にお祝いしちゃおうかなって」
設楽先輩は人気者だから、と少し震えた声で寂しそうに話す美奈子に、今すぐ触れたくなって、俺は彼女を自分の腕の中に閉じ込めた。俺が美奈子を求めてるみたいに、もっと、俺を求めて欲しかった。
美奈子は驚いたようで、声にもならない声をあげていたが、やがて俺にくっつくように寄りかかってきた。彼女の髪から鼻腔をくすぐる甘い香りがする。
「当日は、おめでとうって言ってくれないのか?」
「えっ」
「俺はおまえに祝ってもらえればそれでいい。誕生日の当日だって、先に言ってくれれば空けておく」
「あの、でも」
「あと、誕生日の当日、もう一回さっきのピアノが聴きたい」
「ええっ」
「いつもおまえが俺にピアノを弾いてくれって言うんだから、たまにはいいだろ?」
「は、はい……」
俺は片方の手で美奈子の頭を撫でた。柔らかな髪に触れるのが心地良くて、自分の心がじんわりと満たされていくのを感じる。もっと早くこうしてれば良かった、なんて思うくらいに。俺の腕の中で百面相みたいにあわあわしている美奈子が可愛くてしょうがなかった。
「俺の誕生日の予定はこれで決まりだな」
「あの、ところで先輩……恥ずかしいのでそろそろ離してもらえませんか……」
「いやだ。誕生日のお祝いなんだろ? だからもう少しこのままで」
あとホワイトデーとおまえの誕生日、期待してろよ、ともう一度耳元で囁けば、美奈子は顔を茹で蛸みたいに真っ赤にしていた。
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