short(GS3)
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(捏造)
はばたき駅近くに漫画喫茶があります
しあわせミルクティー
「もしもし、美奈子です」
「知ってる。ちょっと久しぶりだな、元気か?」
「はい! 聖司さんもお元気ですか?」
「ああ」
今年の春、美奈子は3年生になり、俺は一流音大に進学した。今までは校内ですれ違ったり下校の時に偶然出会えたりと、なんだかんだで顔を合わせていたが、学校が変わるとそう簡単には会えなくなってしまった。音大に入って目まぐるしく環境が変化する中で、美奈子の存在が俺にとってどれだけ大きいかも気づかされた。
平日会えなくなった代わりに、少しずつ電話で話すことが増えた。最初の頃は「聖司さんも忙しいだろうから」と俺を気遣ってメールでのやり取りが主だった。けれど回数が増えていくうちに、だんだんぽちぽちと文字を打つよりも直接言うほうが早いことに気がつき、電話で話すようになった。
電話だったら、俺がはばたき市内にいなくても美奈子の声が聞ける。特に今年の夏は遠出することが多くあまり自宅には帰らなかったが、美奈子への連絡は普段と変わらなかった。携帯電話は好きじゃなかったのに、いつの間にか便利だと感じるようになった。
「アナスタシアでのバイト、まだ続けてるのか?」
「はい。勉強の息抜きにもなるので、ちょっと回数は減らしてるんですけど、続けてます」
「そうか。受験生なんだし、体調には気をつけろよ」
「はーい」
明るい声が電話の向こうから聞こえると、自然と頬が緩んでしまう。もちろん会って話せることが1番だけど、電話で聞く彼女の声も新鮮に感じられて、それも案外悪くない。学内のことやバイト先の出来事など、彼女の他愛もない話を聞いてる時間が心地良かった。会いたいな、と思う気持ちが自然と湧き上がってくる。
「また聖司さんとも出かけたいです。冬の海辺でお散歩とか」
「寒い時期にわざわざそんな寒いところに行くのか? まあいい。ところで次はいつ会える?」
「あっ、今家にいないので、スケジュールが確認できなくて……帰ったらまたメールしてもいいですか?」
「は? 家じゃないってどういうことだ」
美奈子の一言に耳を疑いつつ、自室にある時計を見ると、21時を過ぎていた。今はもう本格的な冬が訪れていて、朝晩は冷え込みも厳しいし、お世辞にも過ごしやすい季節とは言い難い。
電話をし始めたのが19時半ごろ。つまり1時間半も自宅以外の場所にいたということ。こんな季節に、こんな夜遅くに、一体どこに?
「今どこにいるんだ。まさか外じゃないだろうな」
「違います! こんな季節に外で電話なんかしないですよ」
俺は少し早口で責め立てるように言ってしまったのに、美奈子からは相変わらずのほほんとした声が返ってくる。電話口からは彼女の声以外何も聞こえてこなくて、居場所の検討がつかない。
「じゃあどこに」
「はばたき駅の近くの漫画喫茶です」
そう言われ、駅のそばにある雑居ビルのことを思い出した。ちょっと他の建物に比べたら古いビルで、そこに漫画喫茶がある。前を通ることはあっても、中に入ったことはなかった。なんであんなところに。
「今すぐ行くからちょっと待ってろ。絶対そこから動くなよ」
「えっ、聖司さん、」
美奈子の言葉も最後まで聞かず、俺は電話を切った。それからハンガーにかかっていたお気に入りのコートを乱雑に外し、「ちょっと出てくる」とだけ言い残したあと、最低限の荷物だけを持って家を飛び出した。
自室に比べれば外は極寒で、風がかなり冷たい。マフラーをしてこなかったことや、運転手に車を出してもらわなかったことを後悔し、一瞬引き返そうかと思ったが、それよりも足がはばたき駅の方向へ向かっていくほうが先だった。
走りながら少しずつ頭が冴えてきた。思ったよりも俺は動揺しているらしい。もし美奈子に何かあったら、と考えるだけで冷静でいられなかった。
「美奈子!」
目的地に辿り着く頃、美奈子はバイトで貯めて買ったんですと前に言っていたコートを着て、雑居ビルの前に立っていた。
両手にはあ、と白い息を吐いて手をあたためていて、なんだか頬がいつもより赤い気がした。
「動くなって言ったろ!」
「えっ漫画喫茶からは動いてないです」
俺の心配を他所に、やっぱり美奈子はいつものようににっこりと笑った。俺の足、明日は動かないかもしれない、と思うくらいに急いでここまで走ってきたことを、彼女はいつか知ることがあるんだろうか。
「そういうことじゃない、ここで待ってたら、寒いだろ……そもそもおまえ、なんでこんな遅くに、こんなところに……」
「聖司さん、息切れしてる」
「うるさい、こっちは家から走ってきたんだぞ」
「えっ!? すみません……心配かけて……」
「はあ、もういい。とりあえず、家まで送るから、帰るぞ」
何気なく取った美奈子の手は凍えるほど冷たくて、心のどこかが痛んで、彼女の手を思わずぎゅっと握ってしまった。
***
はばたき駅周辺は夜遅くまで開いてる店が何件かあり比較的賑わっているものの、そこから離れると一気に閑静な住宅街に変わる。街灯があるから多少明るさはあるものの夜道には変わりないので、こんな道を美奈子1人で歩かせることにならなくて良かった、と安堵する。
「……わざわざこんな寒い中、迎えに来てもらってごめんなさい」
人気も車通りもなく、ただ俺たちの歩く音だけがコツコツと響く中、美奈子は小さな声で申し訳なさそうに言った。迎えに行ったときはそうでもなかったけれどだんだん罪悪感が生まれてきたのか、歩き始めてからは一度も目が合わなかった。
「なんであんなところで電話してたんだ?」
「……怒ってますか?」
「心配はしたけど、怒ってはない」
街灯よりもひときわ光を放っている自販機の前で足を止め「ちょっと待ってろ」と美奈子の手を離した。
冬だし温かい飲み物一本くらい何かあるだろうと目の前の商品を眺めると、美奈子がいつも飲んでいるホットのミルクティーを見つけた。小さめのサイズでちょうど良さそうだと1本買い、彼女に手渡した。
「風邪引いたら困るだろ。カイロ代わりに使えよ」
「……あったかい。ありがとうございます」
美奈子は俺と目を合わせ、安心したように笑った。俺は彼女の、ミルクティーを持っていない方の手を取って、また歩き始める。
どうやって尋ねれば美奈子は答えてくれるんだろうとしばらく考えていると、美奈子の方から「聖司さん、あのね、」とぽつりぽつりと話し始めたので、黙って聞いていた。
「お母さんとか、家族に聖司さんと喋ってるの聞かれるの、なんか恥ずかしくて……漫画喫茶だったら個室だし話しやすいかなあと思って、あそこにいたんです」
「もしかして、夜電話してた時はいつも外にいたのか?」
「家族がいない日は、何回か……」
「はあ……」
俺が思わず大きな溜め息をつくと、美奈子はまた申し訳なさそうに目を伏せた。この溜め息は彼女じゃなくて自分自身へのものだった。
「無理しなくても言ってくれれば……いや、違うな。……気がつかなくて、ごめん」
「いえ、私が聖司さんとお話したかったから……」
「でも夜遅くに出歩くのは危ないし、俺はおまえを危ない目に遭わせたくない」
「……はい」
「だからもっと会えるようにするとか、何か方法を考えよう」
「えっ、でも聖司さん、すごく忙しいのに」
「話したいのは俺も一緒なんだから、おまえばっかり無理する必要はないんじゃないのか」
俺がそう言うと、美奈子は目を丸くして、何かを言おうとしていたが、あの、とかえっと、とか、言葉になっていなかった。
「? 美奈子?」
「いえ、なんでもないです! 聖司さん、ありがとうございます!」
「とにかく、もうこんな夜遅くに1人で出歩くなよ」
「はあい」
「……ところで、漫画喫茶って漫画読むところじゃないのか?」
「はい! でもゲームもできるし結構色々楽しめます! 今度一緒に行きませんか? 冬の海よりは絶対温かいですよ」
「そうだな」
俺たちは顔を見合わせてふたりで笑った。
***
美奈子を無事家に送り届け、俺も自宅に帰った。家に入るなり俺の姿を見たハウスキーパーが何かあたたかい飲み物でもと言うので、ミルクティーを頼んだ。
自室に入って、早速手帳にびっしりと書き込まれている今月の予定を眺める。分かってはいたが、授業やレッスンでスケジュールは埋め尽くされていた。だけど今までみたいに休日丸一日じゃなくても、彼女の学校の帰り道だとか、バイトの帰りだとか、どうにかして会える時間を作れないかを考える。
美奈子がいまひとりで冷たくて暗い場所にいるかもしれないと心配しているよりは、ずっと幸せな悩みだ。
はばたき駅近くに漫画喫茶があります
しあわせミルクティー
「もしもし、美奈子です」
「知ってる。ちょっと久しぶりだな、元気か?」
「はい! 聖司さんもお元気ですか?」
「ああ」
今年の春、美奈子は3年生になり、俺は一流音大に進学した。今までは校内ですれ違ったり下校の時に偶然出会えたりと、なんだかんだで顔を合わせていたが、学校が変わるとそう簡単には会えなくなってしまった。音大に入って目まぐるしく環境が変化する中で、美奈子の存在が俺にとってどれだけ大きいかも気づかされた。
平日会えなくなった代わりに、少しずつ電話で話すことが増えた。最初の頃は「聖司さんも忙しいだろうから」と俺を気遣ってメールでのやり取りが主だった。けれど回数が増えていくうちに、だんだんぽちぽちと文字を打つよりも直接言うほうが早いことに気がつき、電話で話すようになった。
電話だったら、俺がはばたき市内にいなくても美奈子の声が聞ける。特に今年の夏は遠出することが多くあまり自宅には帰らなかったが、美奈子への連絡は普段と変わらなかった。携帯電話は好きじゃなかったのに、いつの間にか便利だと感じるようになった。
「アナスタシアでのバイト、まだ続けてるのか?」
「はい。勉強の息抜きにもなるので、ちょっと回数は減らしてるんですけど、続けてます」
「そうか。受験生なんだし、体調には気をつけろよ」
「はーい」
明るい声が電話の向こうから聞こえると、自然と頬が緩んでしまう。もちろん会って話せることが1番だけど、電話で聞く彼女の声も新鮮に感じられて、それも案外悪くない。学内のことやバイト先の出来事など、彼女の他愛もない話を聞いてる時間が心地良かった。会いたいな、と思う気持ちが自然と湧き上がってくる。
「また聖司さんとも出かけたいです。冬の海辺でお散歩とか」
「寒い時期にわざわざそんな寒いところに行くのか? まあいい。ところで次はいつ会える?」
「あっ、今家にいないので、スケジュールが確認できなくて……帰ったらまたメールしてもいいですか?」
「は? 家じゃないってどういうことだ」
美奈子の一言に耳を疑いつつ、自室にある時計を見ると、21時を過ぎていた。今はもう本格的な冬が訪れていて、朝晩は冷え込みも厳しいし、お世辞にも過ごしやすい季節とは言い難い。
電話をし始めたのが19時半ごろ。つまり1時間半も自宅以外の場所にいたということ。こんな季節に、こんな夜遅くに、一体どこに?
「今どこにいるんだ。まさか外じゃないだろうな」
「違います! こんな季節に外で電話なんかしないですよ」
俺は少し早口で責め立てるように言ってしまったのに、美奈子からは相変わらずのほほんとした声が返ってくる。電話口からは彼女の声以外何も聞こえてこなくて、居場所の検討がつかない。
「じゃあどこに」
「はばたき駅の近くの漫画喫茶です」
そう言われ、駅のそばにある雑居ビルのことを思い出した。ちょっと他の建物に比べたら古いビルで、そこに漫画喫茶がある。前を通ることはあっても、中に入ったことはなかった。なんであんなところに。
「今すぐ行くからちょっと待ってろ。絶対そこから動くなよ」
「えっ、聖司さん、」
美奈子の言葉も最後まで聞かず、俺は電話を切った。それからハンガーにかかっていたお気に入りのコートを乱雑に外し、「ちょっと出てくる」とだけ言い残したあと、最低限の荷物だけを持って家を飛び出した。
自室に比べれば外は極寒で、風がかなり冷たい。マフラーをしてこなかったことや、運転手に車を出してもらわなかったことを後悔し、一瞬引き返そうかと思ったが、それよりも足がはばたき駅の方向へ向かっていくほうが先だった。
走りながら少しずつ頭が冴えてきた。思ったよりも俺は動揺しているらしい。もし美奈子に何かあったら、と考えるだけで冷静でいられなかった。
「美奈子!」
目的地に辿り着く頃、美奈子はバイトで貯めて買ったんですと前に言っていたコートを着て、雑居ビルの前に立っていた。
両手にはあ、と白い息を吐いて手をあたためていて、なんだか頬がいつもより赤い気がした。
「動くなって言ったろ!」
「えっ漫画喫茶からは動いてないです」
俺の心配を他所に、やっぱり美奈子はいつものようににっこりと笑った。俺の足、明日は動かないかもしれない、と思うくらいに急いでここまで走ってきたことを、彼女はいつか知ることがあるんだろうか。
「そういうことじゃない、ここで待ってたら、寒いだろ……そもそもおまえ、なんでこんな遅くに、こんなところに……」
「聖司さん、息切れしてる」
「うるさい、こっちは家から走ってきたんだぞ」
「えっ!? すみません……心配かけて……」
「はあ、もういい。とりあえず、家まで送るから、帰るぞ」
何気なく取った美奈子の手は凍えるほど冷たくて、心のどこかが痛んで、彼女の手を思わずぎゅっと握ってしまった。
***
はばたき駅周辺は夜遅くまで開いてる店が何件かあり比較的賑わっているものの、そこから離れると一気に閑静な住宅街に変わる。街灯があるから多少明るさはあるものの夜道には変わりないので、こんな道を美奈子1人で歩かせることにならなくて良かった、と安堵する。
「……わざわざこんな寒い中、迎えに来てもらってごめんなさい」
人気も車通りもなく、ただ俺たちの歩く音だけがコツコツと響く中、美奈子は小さな声で申し訳なさそうに言った。迎えに行ったときはそうでもなかったけれどだんだん罪悪感が生まれてきたのか、歩き始めてからは一度も目が合わなかった。
「なんであんなところで電話してたんだ?」
「……怒ってますか?」
「心配はしたけど、怒ってはない」
街灯よりもひときわ光を放っている自販機の前で足を止め「ちょっと待ってろ」と美奈子の手を離した。
冬だし温かい飲み物一本くらい何かあるだろうと目の前の商品を眺めると、美奈子がいつも飲んでいるホットのミルクティーを見つけた。小さめのサイズでちょうど良さそうだと1本買い、彼女に手渡した。
「風邪引いたら困るだろ。カイロ代わりに使えよ」
「……あったかい。ありがとうございます」
美奈子は俺と目を合わせ、安心したように笑った。俺は彼女の、ミルクティーを持っていない方の手を取って、また歩き始める。
どうやって尋ねれば美奈子は答えてくれるんだろうとしばらく考えていると、美奈子の方から「聖司さん、あのね、」とぽつりぽつりと話し始めたので、黙って聞いていた。
「お母さんとか、家族に聖司さんと喋ってるの聞かれるの、なんか恥ずかしくて……漫画喫茶だったら個室だし話しやすいかなあと思って、あそこにいたんです」
「もしかして、夜電話してた時はいつも外にいたのか?」
「家族がいない日は、何回か……」
「はあ……」
俺が思わず大きな溜め息をつくと、美奈子はまた申し訳なさそうに目を伏せた。この溜め息は彼女じゃなくて自分自身へのものだった。
「無理しなくても言ってくれれば……いや、違うな。……気がつかなくて、ごめん」
「いえ、私が聖司さんとお話したかったから……」
「でも夜遅くに出歩くのは危ないし、俺はおまえを危ない目に遭わせたくない」
「……はい」
「だからもっと会えるようにするとか、何か方法を考えよう」
「えっ、でも聖司さん、すごく忙しいのに」
「話したいのは俺も一緒なんだから、おまえばっかり無理する必要はないんじゃないのか」
俺がそう言うと、美奈子は目を丸くして、何かを言おうとしていたが、あの、とかえっと、とか、言葉になっていなかった。
「? 美奈子?」
「いえ、なんでもないです! 聖司さん、ありがとうございます!」
「とにかく、もうこんな夜遅くに1人で出歩くなよ」
「はあい」
「……ところで、漫画喫茶って漫画読むところじゃないのか?」
「はい! でもゲームもできるし結構色々楽しめます! 今度一緒に行きませんか? 冬の海よりは絶対温かいですよ」
「そうだな」
俺たちは顔を見合わせてふたりで笑った。
***
美奈子を無事家に送り届け、俺も自宅に帰った。家に入るなり俺の姿を見たハウスキーパーが何かあたたかい飲み物でもと言うので、ミルクティーを頼んだ。
自室に入って、早速手帳にびっしりと書き込まれている今月の予定を眺める。分かってはいたが、授業やレッスンでスケジュールは埋め尽くされていた。だけど今までみたいに休日丸一日じゃなくても、彼女の学校の帰り道だとか、バイトの帰りだとか、どうにかして会える時間を作れないかを考える。
美奈子がいまひとりで冷たくて暗い場所にいるかもしれないと心配しているよりは、ずっと幸せな悩みだ。
