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センチメンタル・パレード
8月に遊園地で行われる夜のイベントといえば、ナイトパレードだ。この時期は遊園地のオープン時間がいつもより長く、日が傾きかけても乗り物にはまだまだ列ができているし、夕方からパレードを見るために遊びに来る人もいて、夏だけの特別な時間が流れている。
8月最初の日曜日、私は設楽先輩を遊園地に誘い、朝から1日たっぷり遊んだ。「ナイトパレード、せっかくだし見ていくか?」と先輩が提案してくれたので、私たちはパレードが通るメインストリートに向かった。
パレードの観覧席はいつも人で溢れているけれど今日は比較的空いていて、運良く前の方で見られることになった。
小さめのレジャーシートを敷いて、設楽先輩と並んでそこに座る。先輩とナイトパレードを見に来るのは2回目だった。
遊園地の入り口でもらった団扇でふたりしてぱたぱたと仰ぎながら、パレードが始まるのを待っていた。日も落ちてすっかり夜が始まろうとしているのに、蒸し暑くじめじめしていて、汗がじんわりと流れる。団扇から送られてくる風が心地良かった。
「こんなに近くで見られるなんてラッキーですね」
「まあ、日頃の行いがよかったんじゃないか?」
「やった!前に一緒に見た時より近いですよね」
「確かにそうだな」
設楽先輩と他愛もない会話をしていると、アップテンポできらきらした音楽が園内に流れ始める。街灯の照明が落とされ、辺りは一層真っ暗になった。
「ほら、あっちから来たぞ」
設楽先輩の指差す方向を見ると、遠くからきらきらとした煌びやかな光を纏ったパレードの列がゆっくりとこちらに向かって進んでくる。フロートにいるキャストの人がにこやかに観客席に向かって手を振ってくれて、私もひらひらと手を振り返す。「きれいですね」と言って先輩のほうをちらりと見たら、先輩はなんだか浮かない顔をしていた。
「設楽先輩?」
「なあ………だろ」
私の呼びかけに設楽先輩が何か答えてくれたけれど、周りのざわめきに飲まれてしまってうまく聞き取れなかった。私は先輩のほうに少し顔を近づけて「なんていいましたか?」と大きめの声で尋ねた。
「今日、行き先に遊園地を選んだの、わざとだろ」
設楽先輩のゆっくりと話す少し低い声が、私の心臓をどきりと跳ねさせる。ときめきというより、罪悪感を刺激するようなちくちくとした痛み。
「な、なんでですか?」
「今日は花火大会の日なのに、ここに来るなんておかしいだろ」
「……はばたき市民が全員花火大会に行くとは限らないじゃないですか、他にもいっぱいお客さんいますよ」
「でもわざわざ今日俺とここに来る必要もない。ナイトパレードは8月中ずっとやってるんだから」
「8月は忙しくてなかなか遊べないので、この日にしただけです」
「……本当か?」
「本当です」
ひとつひとつピースを嵌めていくように淡々と詰めてくる設楽先輩と、空いてる箇所を見つけてなんとか逃げようとする私。しかもいつもは私が先輩に質問攻めをするのに、今日は立場が逆だ。
その間にも、パレードはどんどん進んでいく。きらきらとたくさんの色を乗せて、はっきりとまっすぐ光っている。今の私にとっては眩しすぎるくらい。
そもそもなんで今設楽先輩はその話をしてきたんだろうか。曖昧な答えでのらりくらりとかわす私に、先輩は「はあ」と大きく溜め息を吐いたあと、困ったように笑った。
「まあいい、また後にする」
それっきり設楽先輩は何も聞いてこなかったので、この話はもう終わったのだと胸をほっと撫で下ろした。けれどパレードがフィナーレを迎える頃、ドン!と音が何度か聞こえ、振り返ると小さく花火が見えた。はばたき市の花火大会が始まったようで、私の心には新たに黒い雲のようなもやもやが生まれてくるのだった。
***
ナイトパレードが終わり、遊園地も今日1日の終わりを迎え、皆がぞろぞろと出口に向かっていく。私たちも例に漏れずそちらへ歩いていると、設楽先輩が「遅くなったから家まで送る。車を呼んでるから」と言うので、お言葉に甘えることにした。
ゲートを出たところに見かけたことのある黒い車が止まっていた。何度かはば学の前で見かけたことのある車で、私たちが近づくと運転手さんが降りてきた。
「坊ちゃま。どちらまで?」
「彼女の家に寄ってほしい」
「かしこまりました」
「小波、こっちだ」
設楽先輩は後部座席のドアを開けてくれたので「お邪魔します」と言って乗り込み、先輩も私の隣に座った。ドラマに出てくるようなシチュエーションで、先輩のスマートなエスコートにほんの少し顔が熱くなる。設楽先輩とこれまで何度も一緒に出かけていて、下校したこともあるけれど、車に乗せてもらうのは初めてのことだった。
「今日のパレードもすごかったですね」
「ああ」
「……」
「……」
私たちの間に流れる空気がどことなくぎこちない。なんだかいつもと違う雰囲気を感じて、手にじんわりと汗をかいている。
このまま家に着いてしまうのもなんだか気まずくて必死に言葉を探したが、沈黙を先に破ったのは設楽先輩のほうだった。
「今日は花火大会があって帰りも混雑するだろうから、車を呼んだんだ」
「なるほど……」
「それに、おまえも会いたくないやつに会っても困るだろ」
「……会いたくないやつ?」
「帰り道にばったり会ったら、おまえも困るだろ。その、俺といるところを見られたりとか」
「誰にですか」
「もう誤魔化すのはよせ」
「何も誤魔化してません」
私がまた逃げるように早口でそう言ったら、設楽先輩がまた大きく息を吐いた。もうその話はやめませんかと言おうとしたけれど、先輩の表情に目を奪われて、はっと息を飲んだ。
「今日本当に過ごしたかった相手、俺じゃないだろ」
設楽先輩は眉を下げて、なぜだか今にも涙が溢れそうな表情をしていたからだった。なんで、先輩がそんな顔するの。
「設楽先輩……?」
「おまえ、前に遊園地に来た時はもっとはしゃいでたのに、今回はやけに静かだった。しかもときどき泣きそうな顔してる時もあったし、いつ泣き出すのかヒヤヒヤしてた」
「……」
「花火大会、あいつのこと誘ったけどうまくいかなかったから、今ここにいるんじゃないのか」
設楽先輩がひとつひとつ埋めていたピースがぱちりと嵌って、完成する。私の強がりも弱さもじんわりと溶かし、全てが先輩に届いてしまった。何も間違ってなんかいない。本当のことから逃げ続けていて、先輩に話さなかった罪悪感で胸がいっぱいになる。
けれど、設楽先輩の責めるでもなく、ただ心配そうにこちらを見ている眼差しに、もう嘘をついたり誤魔化したりしたくなかった。
「ごめんなさい……」
「別に謝ってほしいわけじゃない。いつ話し始めるのか待ってたのに、結局最後まで言ってこなかったから聞いただけだ」
「なんか……言いづらくて……」
「というかだいたい分かるだろ、片思いの相手がいて花火大会の日なのに、別のヤツとわざわざ遊園地に来るなんて、何かあるとしか思えない」
「設楽先輩にはなんでもお見通しですね。……誘ったんですけど、断られちゃったんです」
私はぽつりぽつりと全てを話し始めた。花火大会に誘ったら「ごめん」と断られてしまったこと。怖くて理由は聞けなかったこと。友達と花火大会に行こうと思ったけど、もし彼が他の人と時間を過ごしていて鉢合わせしてしまったらつらいこと。だけど、家で過ごしていても思い悩んでしまいそうだったので先輩を遊園地に誘ったこと。
設楽先輩はひとつひとつに「うん」と頷いて、私の話を遮ることなく、最後まで聞いてくれていた。
「最初から素直にそう言ってくれればよかったんだ。経過聞かせろって言ったのは俺の方なんだから」
「すみません……」
「本当に手のかかるやつ」
設楽先輩は優しい顔をして、私の頭をゆっくりと撫でた。ピアノを弾くための、美しい音楽を奏でるための大切な先輩の手。やさしくてあたたかくて、堰き止めていた想いが言葉から涙に変わって、ぽろぽろと溢れ出す。私は自分の手で涙を拭うけれど、ちっとも止まらない。
「片思いって、こんなにつらいものなんだな」
設楽先輩のどこか遠くを見て切なそうにぽつりと呟いた言葉が、あまりにも私の今の気持ちそのもので、また目の奥からじんわりと、新しい涙が生まれてくる。
設楽先輩の言葉も私の涙も、全てがそのままゆっくりと夜の車内に溶けていった。
20240824
はばたき市花火大会2024
8月に遊園地で行われる夜のイベントといえば、ナイトパレードだ。この時期は遊園地のオープン時間がいつもより長く、日が傾きかけても乗り物にはまだまだ列ができているし、夕方からパレードを見るために遊びに来る人もいて、夏だけの特別な時間が流れている。
8月最初の日曜日、私は設楽先輩を遊園地に誘い、朝から1日たっぷり遊んだ。「ナイトパレード、せっかくだし見ていくか?」と先輩が提案してくれたので、私たちはパレードが通るメインストリートに向かった。
パレードの観覧席はいつも人で溢れているけれど今日は比較的空いていて、運良く前の方で見られることになった。
小さめのレジャーシートを敷いて、設楽先輩と並んでそこに座る。先輩とナイトパレードを見に来るのは2回目だった。
遊園地の入り口でもらった団扇でふたりしてぱたぱたと仰ぎながら、パレードが始まるのを待っていた。日も落ちてすっかり夜が始まろうとしているのに、蒸し暑くじめじめしていて、汗がじんわりと流れる。団扇から送られてくる風が心地良かった。
「こんなに近くで見られるなんてラッキーですね」
「まあ、日頃の行いがよかったんじゃないか?」
「やった!前に一緒に見た時より近いですよね」
「確かにそうだな」
設楽先輩と他愛もない会話をしていると、アップテンポできらきらした音楽が園内に流れ始める。街灯の照明が落とされ、辺りは一層真っ暗になった。
「ほら、あっちから来たぞ」
設楽先輩の指差す方向を見ると、遠くからきらきらとした煌びやかな光を纏ったパレードの列がゆっくりとこちらに向かって進んでくる。フロートにいるキャストの人がにこやかに観客席に向かって手を振ってくれて、私もひらひらと手を振り返す。「きれいですね」と言って先輩のほうをちらりと見たら、先輩はなんだか浮かない顔をしていた。
「設楽先輩?」
「なあ………だろ」
私の呼びかけに設楽先輩が何か答えてくれたけれど、周りのざわめきに飲まれてしまってうまく聞き取れなかった。私は先輩のほうに少し顔を近づけて「なんていいましたか?」と大きめの声で尋ねた。
「今日、行き先に遊園地を選んだの、わざとだろ」
設楽先輩のゆっくりと話す少し低い声が、私の心臓をどきりと跳ねさせる。ときめきというより、罪悪感を刺激するようなちくちくとした痛み。
「な、なんでですか?」
「今日は花火大会の日なのに、ここに来るなんておかしいだろ」
「……はばたき市民が全員花火大会に行くとは限らないじゃないですか、他にもいっぱいお客さんいますよ」
「でもわざわざ今日俺とここに来る必要もない。ナイトパレードは8月中ずっとやってるんだから」
「8月は忙しくてなかなか遊べないので、この日にしただけです」
「……本当か?」
「本当です」
ひとつひとつピースを嵌めていくように淡々と詰めてくる設楽先輩と、空いてる箇所を見つけてなんとか逃げようとする私。しかもいつもは私が先輩に質問攻めをするのに、今日は立場が逆だ。
その間にも、パレードはどんどん進んでいく。きらきらとたくさんの色を乗せて、はっきりとまっすぐ光っている。今の私にとっては眩しすぎるくらい。
そもそもなんで今設楽先輩はその話をしてきたんだろうか。曖昧な答えでのらりくらりとかわす私に、先輩は「はあ」と大きく溜め息を吐いたあと、困ったように笑った。
「まあいい、また後にする」
それっきり設楽先輩は何も聞いてこなかったので、この話はもう終わったのだと胸をほっと撫で下ろした。けれどパレードがフィナーレを迎える頃、ドン!と音が何度か聞こえ、振り返ると小さく花火が見えた。はばたき市の花火大会が始まったようで、私の心には新たに黒い雲のようなもやもやが生まれてくるのだった。
***
ナイトパレードが終わり、遊園地も今日1日の終わりを迎え、皆がぞろぞろと出口に向かっていく。私たちも例に漏れずそちらへ歩いていると、設楽先輩が「遅くなったから家まで送る。車を呼んでるから」と言うので、お言葉に甘えることにした。
ゲートを出たところに見かけたことのある黒い車が止まっていた。何度かはば学の前で見かけたことのある車で、私たちが近づくと運転手さんが降りてきた。
「坊ちゃま。どちらまで?」
「彼女の家に寄ってほしい」
「かしこまりました」
「小波、こっちだ」
設楽先輩は後部座席のドアを開けてくれたので「お邪魔します」と言って乗り込み、先輩も私の隣に座った。ドラマに出てくるようなシチュエーションで、先輩のスマートなエスコートにほんの少し顔が熱くなる。設楽先輩とこれまで何度も一緒に出かけていて、下校したこともあるけれど、車に乗せてもらうのは初めてのことだった。
「今日のパレードもすごかったですね」
「ああ」
「……」
「……」
私たちの間に流れる空気がどことなくぎこちない。なんだかいつもと違う雰囲気を感じて、手にじんわりと汗をかいている。
このまま家に着いてしまうのもなんだか気まずくて必死に言葉を探したが、沈黙を先に破ったのは設楽先輩のほうだった。
「今日は花火大会があって帰りも混雑するだろうから、車を呼んだんだ」
「なるほど……」
「それに、おまえも会いたくないやつに会っても困るだろ」
「……会いたくないやつ?」
「帰り道にばったり会ったら、おまえも困るだろ。その、俺といるところを見られたりとか」
「誰にですか」
「もう誤魔化すのはよせ」
「何も誤魔化してません」
私がまた逃げるように早口でそう言ったら、設楽先輩がまた大きく息を吐いた。もうその話はやめませんかと言おうとしたけれど、先輩の表情に目を奪われて、はっと息を飲んだ。
「今日本当に過ごしたかった相手、俺じゃないだろ」
設楽先輩は眉を下げて、なぜだか今にも涙が溢れそうな表情をしていたからだった。なんで、先輩がそんな顔するの。
「設楽先輩……?」
「おまえ、前に遊園地に来た時はもっとはしゃいでたのに、今回はやけに静かだった。しかもときどき泣きそうな顔してる時もあったし、いつ泣き出すのかヒヤヒヤしてた」
「……」
「花火大会、あいつのこと誘ったけどうまくいかなかったから、今ここにいるんじゃないのか」
設楽先輩がひとつひとつ埋めていたピースがぱちりと嵌って、完成する。私の強がりも弱さもじんわりと溶かし、全てが先輩に届いてしまった。何も間違ってなんかいない。本当のことから逃げ続けていて、先輩に話さなかった罪悪感で胸がいっぱいになる。
けれど、設楽先輩の責めるでもなく、ただ心配そうにこちらを見ている眼差しに、もう嘘をついたり誤魔化したりしたくなかった。
「ごめんなさい……」
「別に謝ってほしいわけじゃない。いつ話し始めるのか待ってたのに、結局最後まで言ってこなかったから聞いただけだ」
「なんか……言いづらくて……」
「というかだいたい分かるだろ、片思いの相手がいて花火大会の日なのに、別のヤツとわざわざ遊園地に来るなんて、何かあるとしか思えない」
「設楽先輩にはなんでもお見通しですね。……誘ったんですけど、断られちゃったんです」
私はぽつりぽつりと全てを話し始めた。花火大会に誘ったら「ごめん」と断られてしまったこと。怖くて理由は聞けなかったこと。友達と花火大会に行こうと思ったけど、もし彼が他の人と時間を過ごしていて鉢合わせしてしまったらつらいこと。だけど、家で過ごしていても思い悩んでしまいそうだったので先輩を遊園地に誘ったこと。
設楽先輩はひとつひとつに「うん」と頷いて、私の話を遮ることなく、最後まで聞いてくれていた。
「最初から素直にそう言ってくれればよかったんだ。経過聞かせろって言ったのは俺の方なんだから」
「すみません……」
「本当に手のかかるやつ」
設楽先輩は優しい顔をして、私の頭をゆっくりと撫でた。ピアノを弾くための、美しい音楽を奏でるための大切な先輩の手。やさしくてあたたかくて、堰き止めていた想いが言葉から涙に変わって、ぽろぽろと溢れ出す。私は自分の手で涙を拭うけれど、ちっとも止まらない。
「片思いって、こんなにつらいものなんだな」
設楽先輩のどこか遠くを見て切なそうにぽつりと呟いた言葉が、あまりにも私の今の気持ちそのもので、また目の奥からじんわりと、新しい涙が生まれてくる。
設楽先輩の言葉も私の涙も、全てがそのままゆっくりと夜の車内に溶けていった。
20240824
はばたき市花火大会2024