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結び目の行方(先輩△)
ようやく週の真ん中が終わった……あと2日か……とだるい身体を引きずり、俺は教室から出た。廊下を歩いて玄関口へ向かっていると、階段の踊り場で見慣れない人たちを見かけた。3年生の生徒会長とピアニストの先輩だ。生徒会長は校門に立って挨拶運動をしていたり、全校生徒の前で話したりしているからよく見かけるし、ピアニストはその名の通りピアノが上手くていつも女子たちが遠巻きに見ている。つまり、二人ともはば学内では有名人だ。なんて名前だっけな……。
ここは2年の教室がある階だから、3年生がいるのはちょっと珍しい。しかも二人とも有名人なので、それなりに目立つ。3人組の女子たちが二人を見つけた途端、驚いた様子であっと小さく声をあげた。それからちらちらと先輩たちの方を見ながら、誰か待ってるのかな、こんなところでどうしたんだろうね、と少し控えめな声で話していた。さぞかしモテるんだろうなあ、バレンタインはすごい数のチョコをもらうんだろうなと勝手な想像をする。当の本人たちは、聞こえていないのか、はたまた言葉を投げられるのも噂をされることにも慣れているのか、さほど気にする様子もなかった。
「なあ、急に誘ったら困るんじゃないのか」
「いいだろ、少しくらい驚かせたって」
「迷惑かけたら悪いだろ」
「ちょっと声かけるくらい別になんともない」
生徒会長は少し不安そうな表情で、ピアニストはなんだか楽しそうだった。一瞬学内で堂々とナンパでもするのかと思ったが、生徒会長に限ってそんな風紀を乱すことはしないだろうから、誰かを待っているんだなと判断した。だけど、俺には関係のない話なので、二人の前をさっさと通り過ぎて、そのまま自宅へ帰った。今週は1週間が長い。足取りが重く、いつも歩いている道なのに遠く感じた。生徒会長とピアニストが紺野と設楽という名前だったことを思い出したのは、翌朝ぐっすり眠って、すっきりした頭になってからだった。
***
「今日の放課後って時間ある?」
隣の席の小波さんが、休み時間に話しかけてきた。彼女とは2年連続同じクラスで、よく勉強の話をする。期末テストの度に順位が張り出されるが、小波さんは最近めきめきと成績を上げてきて、とうとう10番以内に入るようになっていたし、俺もだいたい5番以内にいたので、勉強のやり方やテストの内容について話すことが多かった。
「どうしたの?」
「数学得意だったよね?おすすめの参考書教えてほしいんだ。良かったら放課後本屋さん一緒に行ってほしくて」
「いいよ、特に予定もないし」
「ありがとう!」
小波さんがにっこり笑った。素直で真面目ないい子だなと思う。今日は俺が日直なので、それを終わらせてからということになり、本屋で直接待ち合わせすることにした。
放課後、教室でささっと日誌を書いた。日誌には大迫先生の熱いコメントが毎日添えられている。ゆっくり読みたいところではあるが、小波さんを待たせているので、それはまたの機会とする。
日誌を持って、職員室にいる大迫先生のところへ持っていこうと教室を出た。すると、誰かの話し声が聞こえてきた。声の方向は、階段の踊り場のほうだった。ほとんど人がいないせいか、声がやけに廊下に響いている。会話を聞いていると、男子生徒と女子生徒の声で、女子は小波さんだった。
「ごめんなさい、今日は予定があって……」
「なんだ……」
「すみません、せっかく誘ってもらったのに」
「というか、先週の水曜日もいなかっただろ」
「先週は体調不良で学校休んでたんです………」
「えっそうだったの?風邪?大丈夫?」
ふと、この前の出来事を思い出した。確かにあれは先週の水曜日だったし、小波さんは欠席していた。あの時、2人が待っていたのは小波さんだったんだと分かった。ということはいま小波さんと喋ってるのは紺野さんと設楽さんで、今日も小波さんを待っていたんだろうし、予定があってというのは俺と本屋に行くことだ、とバラバラのピースが少しずつ繋がっていくような気分になった。俺はひとまずその場を動かず、そのまま耳を澄ませていた。
「今日はクラスの子と本屋さんに行くんです」
「本屋?」
「はい、おすすめの参考書を教えてもらおうと思って」
「ふうん………」
「設楽、そんな面白くなさそうな顔するなよ」
「別に俺はそんな顔してない。だいたい面白くなさそうな顔ってどんな顔だよ。むしろ紺野が面白い顔やってみせろよ」
「そういう言い方する時点で図星なんじゃないか」
「ふふふ」
「小波さんもそう思うよね」
「はい」
「二人ともなんなんだよ」
早口でまくし立てる設楽さんと、小波さんと紺野さんの笑い声から、仲睦まじい様子が感じられる。そんな2人の誘いを断って、今日俺と本屋に行く予定でいいのか、急いでないんだったら俺は別の日でもいいのに、という考えが浮かぶも、その場に割り込んで伝える勇気もなく、3人の会話は進んでいく。
「小波さんは勉強熱心だね。僕もいくつかいい参考書を知ってるから、よかったら困り事とかあれば……いや、全然困ってなくても、話を聞かせてほしい」
「ありがとうございます!今日は誘ってもらったのに、ごめんなさい」
「じゃあ別の日にしよう。今週の日曜日、3人で水族館に行かないか」
「はい!私、イルカショーが観たいです!」
「紺野は?」
「僕も空いてるよ。みんなではばたき駅で待ち合わせしよう」
「わかりました、楽しみにしてますね!」
「はは、小波さん、楽しみにしすぎて体調崩さないようにね」
紺野さんも設楽さんもそれじゃあと言って、足音が少しずつ遠のいて行った。小波さんと紺野さんと設楽さんが仲が良いことはよく分かった。というか、こんな学校の中で堂々と休日の約束をするなんて、仲が良いという言葉が適切な関係なんだろうか。どっちかが小波さんと付き合ってるとか?いやいや、付き合ってたら3人で出かけようなんて言わないだろう。なんなんだろう。考えれば考えるほど頭が混乱してきたが、とりあえず職員室へ日誌を提出しに行くことにする。小波さんに聞き耳を立てていたということを知られるのもなんだかバツが悪いし、学校の中で出会したくなかったので、遠回りで向かった。
大迫先生がえらく時間がかかってたけどそんなに気合い入れて日誌を書いてくれたのか!?と目を輝かせていて、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
それから、待ち合わせ場所の本屋へ行き、数学の参考書を一緒に選んだ。小波さんはいつもの小波さんだった。彼女の話によると、三角関数が苦手と言っていた。ひとまず基礎から応用まで網羅していて、解説が詳しいものを提案したら、中身を一通り確認した後、早速購入していた。これ一冊をやっておけば三角関数はマスターできるだろう。
三角という文字面から、またさっきの3人の場面を思い出してしまった。やっぱり三角関係なんだろうか。だとしたら、どちらかが小波さんに想いを伝えて、どちらかが小波さんを諦める日が来るということなんだろうか。というか紺野さんと設楽さんに友情関係があるとすれば、それも壊れてしまう日が来るんだろうか。前に進むことと引き換えに誰かがいなくなるなんて、そんなのごめんだから、小波さんと競えるのが勉強でよかったと思った。
***
「昨日の放課後のこと知ってるか?」
「なに?」
「小波さん、3年の紺野サンと設楽サンからお誘いされてたらしいぜ〜!」
「へえ」
「えっまじかよ、俺小波さんいいなって思ってたのにな〜」
翌日の昼休み、屋上で男子友達2人と昼ご飯を食べているときに、その話題が出た。内心、昨日の放課後に聞き耳を立てていたことがバレたのかと思いびくびくしたが、そうではなかったようだ。俺の他にもあの話を聞いていたヤツがいたということで、早速その話題がはば学内で出回っているらしい。浮ついた話ほど噂が広まっていくのが速い。俺は興味のない振りをして相槌を打ったが、もう1人は興味津々ですぐにその話題に反応していた。
「でもさあ、紺野サンと設楽サンじゃ勝てないだろ、なんてったってどっちも天才だろ」
「まあ小波さんも才能ありまくりだもんな〜」
「あーあ、なんでもできるやつっていいよなあ」
紺野さんと設楽さんのことはよく知らないが、小波さんのは才能だけじゃない、本人の努力だ、と言いたかった。が、変にここで事を荒立てると俺まで噂になってしまうかもしれないし、それはめんどくさいので、何も言わないことに徹した。俺なりのささやかな抵抗だった。その話もそこから特に広がらず、あっという間に午後の小テストの話に移り変わった。ヤマを張ってくれと言われたが、自分でやれよと思ったのでそれも無視した。
***
1ヶ月後、期末テストが行われた。テストの順位が廊下に張り出され、早速見に行った。俺はいつも通り5番以内だったけど、小波さんは全科目満点の1位になっていた。とうとう追い抜かされたが、彼女の熱心な様子を見ていれば納得の結果だ。
一緒に本屋に行った1週間後、小波さんが参考書の感想を教えてくれたし、何度か一緒に勉強会もやった。確かに元々のセンスはあるのかもしれないが、諦めずに取り組もうとする点で、やっぱり彼女は努力のひとだ。他人を才能ありまくりなんて簡単な言葉で片付けるのは、やっぱりよくない。
もう結果を見たのだろうかと辺りを見渡していると、小波さんがちょうど見にきたところだった。結果どうだった?と俺に話しかけながら、俺の隣に立って貼り紙を見上げた。彼女はすぐ1番上にある自分の名前を見つけて、わあと喜びの声を上げた。
「とうとう抜かされちゃったな」
「う、うれしい~~~!」
「おめでとう」
「ありがとう!」
小波さんは目を少し潤ませ、満面の笑みを浮かべつつ、まさか1位がとれるなんて思ってもなかったと驚いた様子だった。それから記念に撮っちゃおうかなとこっそり携帯で、ぱしゃりと写真に収めた。1位の隣にある小波 [#da=2#]という文字が光り輝いて見えた。それは彼女の努力を知っているから、そういう風に見えるんだろう。結果的に俺は順位を抜かれてしまったけれど、数学が苦手じゃなくなってきたかもと喜ぶ小波さんを見るのが嬉しかったし、人に何かを教えるのって面白いのかもなと思い始めていた。
「小波」
「小波さん」
後ろから小波さんを呼ぶ男の声がしたので、振り返ると紺野さんと設楽さんが立っていた。学年が違うのに、わざわざテストの順位まで確認しに来てるのか……と驚きを隠せなかった。というかむしろ毎回確認しに来ていたのかもしれないのに、ずっと俺が知らなかっただけなのかもしれない。紺野さんと設楽さんはちらりと俺の方を見たので、とりあえず軽く会釈をした。
「紺野先輩、設楽先輩、見ましたか!?私1番になれました!!」
「ああ、ちゃんと見た。すごいじゃないか、努力の賜物だな」
「小波さん、おめでとう!」
「ありがとうございます!頑張ったのですごく嬉しいです、でも彼のおかげなんです!」
ね!と急に小波さんが俺に話を振ってきたから、あ、ああ、と少し狼狽えてしまった。2人の目線が小波さんから俺に移った。へえとかふうんとか、声色こそ柔らかかったが、それは小波さんに向けたものだからそうなるわけであって、俺を見る目は全く笑っていなかった。30秒ほど前に会釈したときとは明らかに様子が違っている。この前の会話で、設楽さんが面白くない顔をしていると言っていたが、今日は紺野さんだって充分面白くなさそうな顔をこちらに向けている。ふたりが、小波さんに向けている感情は特別なものだと確信した。
「彼がおすすめの参考書を紹介してくれたり、勉強教えてくれて、満点が取れたんです!」
「へえ、君も優秀なんだね」
彼女は2人をただの先輩としか思っていないから、こんなに無邪気に俺のことを紹介するんだろうか。完全に俺は目で威嚇されているし、生徒会長の言葉もちくちく刺さるような気がする。そもそも紺野さんだって充分優秀なはずなのに、そう言ってくることに恐怖を感じた。設楽さんは黙って俺をじっと睨んでいる。設楽さんはそんなに成績が良くないんだろうかと一瞬思ったが、いまそれを口にできる状況でもない。
「ま、まあ……でももう小波さんに抜かれたので、彼女のほうが優秀です」
「そんなことないよ!いろいろ教えてくれてありがとうね!」
「うん、じゃあ俺はこれで」
「本当にありがとうね!」
話の切れ目を見つけて、逃げるようにその場を去った。最後まで紺野さんと設楽さんの目線が痛かった。俺はべつに小波さんに特別な想いがあるわけではないから勘違いしないでくれ、3人は3人で仲良くやってほしい。俺と小波さんを繋ぐものは勉強だけなんだから。そしてそれは偶然同じクラスで、偶然出席番号が近いという偶然の積み重ねでしかない。
なのに、俺が一流大学に進学して教員免許を取る選択をしたことで、小波さんも同じ大学に進学、紺野さんに至っては同じ学部、そしてなぜか設楽さんも大学内で見かけるしで、結局長い付き合いになってしまうことなど、この時の俺は知る由もなかった。
202406
ようやく週の真ん中が終わった……あと2日か……とだるい身体を引きずり、俺は教室から出た。廊下を歩いて玄関口へ向かっていると、階段の踊り場で見慣れない人たちを見かけた。3年生の生徒会長とピアニストの先輩だ。生徒会長は校門に立って挨拶運動をしていたり、全校生徒の前で話したりしているからよく見かけるし、ピアニストはその名の通りピアノが上手くていつも女子たちが遠巻きに見ている。つまり、二人ともはば学内では有名人だ。なんて名前だっけな……。
ここは2年の教室がある階だから、3年生がいるのはちょっと珍しい。しかも二人とも有名人なので、それなりに目立つ。3人組の女子たちが二人を見つけた途端、驚いた様子であっと小さく声をあげた。それからちらちらと先輩たちの方を見ながら、誰か待ってるのかな、こんなところでどうしたんだろうね、と少し控えめな声で話していた。さぞかしモテるんだろうなあ、バレンタインはすごい数のチョコをもらうんだろうなと勝手な想像をする。当の本人たちは、聞こえていないのか、はたまた言葉を投げられるのも噂をされることにも慣れているのか、さほど気にする様子もなかった。
「なあ、急に誘ったら困るんじゃないのか」
「いいだろ、少しくらい驚かせたって」
「迷惑かけたら悪いだろ」
「ちょっと声かけるくらい別になんともない」
生徒会長は少し不安そうな表情で、ピアニストはなんだか楽しそうだった。一瞬学内で堂々とナンパでもするのかと思ったが、生徒会長に限ってそんな風紀を乱すことはしないだろうから、誰かを待っているんだなと判断した。だけど、俺には関係のない話なので、二人の前をさっさと通り過ぎて、そのまま自宅へ帰った。今週は1週間が長い。足取りが重く、いつも歩いている道なのに遠く感じた。生徒会長とピアニストが紺野と設楽という名前だったことを思い出したのは、翌朝ぐっすり眠って、すっきりした頭になってからだった。
***
「今日の放課後って時間ある?」
隣の席の小波さんが、休み時間に話しかけてきた。彼女とは2年連続同じクラスで、よく勉強の話をする。期末テストの度に順位が張り出されるが、小波さんは最近めきめきと成績を上げてきて、とうとう10番以内に入るようになっていたし、俺もだいたい5番以内にいたので、勉強のやり方やテストの内容について話すことが多かった。
「どうしたの?」
「数学得意だったよね?おすすめの参考書教えてほしいんだ。良かったら放課後本屋さん一緒に行ってほしくて」
「いいよ、特に予定もないし」
「ありがとう!」
小波さんがにっこり笑った。素直で真面目ないい子だなと思う。今日は俺が日直なので、それを終わらせてからということになり、本屋で直接待ち合わせすることにした。
放課後、教室でささっと日誌を書いた。日誌には大迫先生の熱いコメントが毎日添えられている。ゆっくり読みたいところではあるが、小波さんを待たせているので、それはまたの機会とする。
日誌を持って、職員室にいる大迫先生のところへ持っていこうと教室を出た。すると、誰かの話し声が聞こえてきた。声の方向は、階段の踊り場のほうだった。ほとんど人がいないせいか、声がやけに廊下に響いている。会話を聞いていると、男子生徒と女子生徒の声で、女子は小波さんだった。
「ごめんなさい、今日は予定があって……」
「なんだ……」
「すみません、せっかく誘ってもらったのに」
「というか、先週の水曜日もいなかっただろ」
「先週は体調不良で学校休んでたんです………」
「えっそうだったの?風邪?大丈夫?」
ふと、この前の出来事を思い出した。確かにあれは先週の水曜日だったし、小波さんは欠席していた。あの時、2人が待っていたのは小波さんだったんだと分かった。ということはいま小波さんと喋ってるのは紺野さんと設楽さんで、今日も小波さんを待っていたんだろうし、予定があってというのは俺と本屋に行くことだ、とバラバラのピースが少しずつ繋がっていくような気分になった。俺はひとまずその場を動かず、そのまま耳を澄ませていた。
「今日はクラスの子と本屋さんに行くんです」
「本屋?」
「はい、おすすめの参考書を教えてもらおうと思って」
「ふうん………」
「設楽、そんな面白くなさそうな顔するなよ」
「別に俺はそんな顔してない。だいたい面白くなさそうな顔ってどんな顔だよ。むしろ紺野が面白い顔やってみせろよ」
「そういう言い方する時点で図星なんじゃないか」
「ふふふ」
「小波さんもそう思うよね」
「はい」
「二人ともなんなんだよ」
早口でまくし立てる設楽さんと、小波さんと紺野さんの笑い声から、仲睦まじい様子が感じられる。そんな2人の誘いを断って、今日俺と本屋に行く予定でいいのか、急いでないんだったら俺は別の日でもいいのに、という考えが浮かぶも、その場に割り込んで伝える勇気もなく、3人の会話は進んでいく。
「小波さんは勉強熱心だね。僕もいくつかいい参考書を知ってるから、よかったら困り事とかあれば……いや、全然困ってなくても、話を聞かせてほしい」
「ありがとうございます!今日は誘ってもらったのに、ごめんなさい」
「じゃあ別の日にしよう。今週の日曜日、3人で水族館に行かないか」
「はい!私、イルカショーが観たいです!」
「紺野は?」
「僕も空いてるよ。みんなではばたき駅で待ち合わせしよう」
「わかりました、楽しみにしてますね!」
「はは、小波さん、楽しみにしすぎて体調崩さないようにね」
紺野さんも設楽さんもそれじゃあと言って、足音が少しずつ遠のいて行った。小波さんと紺野さんと設楽さんが仲が良いことはよく分かった。というか、こんな学校の中で堂々と休日の約束をするなんて、仲が良いという言葉が適切な関係なんだろうか。どっちかが小波さんと付き合ってるとか?いやいや、付き合ってたら3人で出かけようなんて言わないだろう。なんなんだろう。考えれば考えるほど頭が混乱してきたが、とりあえず職員室へ日誌を提出しに行くことにする。小波さんに聞き耳を立てていたということを知られるのもなんだかバツが悪いし、学校の中で出会したくなかったので、遠回りで向かった。
大迫先生がえらく時間がかかってたけどそんなに気合い入れて日誌を書いてくれたのか!?と目を輝かせていて、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
それから、待ち合わせ場所の本屋へ行き、数学の参考書を一緒に選んだ。小波さんはいつもの小波さんだった。彼女の話によると、三角関数が苦手と言っていた。ひとまず基礎から応用まで網羅していて、解説が詳しいものを提案したら、中身を一通り確認した後、早速購入していた。これ一冊をやっておけば三角関数はマスターできるだろう。
三角という文字面から、またさっきの3人の場面を思い出してしまった。やっぱり三角関係なんだろうか。だとしたら、どちらかが小波さんに想いを伝えて、どちらかが小波さんを諦める日が来るということなんだろうか。というか紺野さんと設楽さんに友情関係があるとすれば、それも壊れてしまう日が来るんだろうか。前に進むことと引き換えに誰かがいなくなるなんて、そんなのごめんだから、小波さんと競えるのが勉強でよかったと思った。
***
「昨日の放課後のこと知ってるか?」
「なに?」
「小波さん、3年の紺野サンと設楽サンからお誘いされてたらしいぜ〜!」
「へえ」
「えっまじかよ、俺小波さんいいなって思ってたのにな〜」
翌日の昼休み、屋上で男子友達2人と昼ご飯を食べているときに、その話題が出た。内心、昨日の放課後に聞き耳を立てていたことがバレたのかと思いびくびくしたが、そうではなかったようだ。俺の他にもあの話を聞いていたヤツがいたということで、早速その話題がはば学内で出回っているらしい。浮ついた話ほど噂が広まっていくのが速い。俺は興味のない振りをして相槌を打ったが、もう1人は興味津々ですぐにその話題に反応していた。
「でもさあ、紺野サンと設楽サンじゃ勝てないだろ、なんてったってどっちも天才だろ」
「まあ小波さんも才能ありまくりだもんな〜」
「あーあ、なんでもできるやつっていいよなあ」
紺野さんと設楽さんのことはよく知らないが、小波さんのは才能だけじゃない、本人の努力だ、と言いたかった。が、変にここで事を荒立てると俺まで噂になってしまうかもしれないし、それはめんどくさいので、何も言わないことに徹した。俺なりのささやかな抵抗だった。その話もそこから特に広がらず、あっという間に午後の小テストの話に移り変わった。ヤマを張ってくれと言われたが、自分でやれよと思ったのでそれも無視した。
***
1ヶ月後、期末テストが行われた。テストの順位が廊下に張り出され、早速見に行った。俺はいつも通り5番以内だったけど、小波さんは全科目満点の1位になっていた。とうとう追い抜かされたが、彼女の熱心な様子を見ていれば納得の結果だ。
一緒に本屋に行った1週間後、小波さんが参考書の感想を教えてくれたし、何度か一緒に勉強会もやった。確かに元々のセンスはあるのかもしれないが、諦めずに取り組もうとする点で、やっぱり彼女は努力のひとだ。他人を才能ありまくりなんて簡単な言葉で片付けるのは、やっぱりよくない。
もう結果を見たのだろうかと辺りを見渡していると、小波さんがちょうど見にきたところだった。結果どうだった?と俺に話しかけながら、俺の隣に立って貼り紙を見上げた。彼女はすぐ1番上にある自分の名前を見つけて、わあと喜びの声を上げた。
「とうとう抜かされちゃったな」
「う、うれしい~~~!」
「おめでとう」
「ありがとう!」
小波さんは目を少し潤ませ、満面の笑みを浮かべつつ、まさか1位がとれるなんて思ってもなかったと驚いた様子だった。それから記念に撮っちゃおうかなとこっそり携帯で、ぱしゃりと写真に収めた。1位の隣にある小波 [#da=2#]という文字が光り輝いて見えた。それは彼女の努力を知っているから、そういう風に見えるんだろう。結果的に俺は順位を抜かれてしまったけれど、数学が苦手じゃなくなってきたかもと喜ぶ小波さんを見るのが嬉しかったし、人に何かを教えるのって面白いのかもなと思い始めていた。
「小波」
「小波さん」
後ろから小波さんを呼ぶ男の声がしたので、振り返ると紺野さんと設楽さんが立っていた。学年が違うのに、わざわざテストの順位まで確認しに来てるのか……と驚きを隠せなかった。というかむしろ毎回確認しに来ていたのかもしれないのに、ずっと俺が知らなかっただけなのかもしれない。紺野さんと設楽さんはちらりと俺の方を見たので、とりあえず軽く会釈をした。
「紺野先輩、設楽先輩、見ましたか!?私1番になれました!!」
「ああ、ちゃんと見た。すごいじゃないか、努力の賜物だな」
「小波さん、おめでとう!」
「ありがとうございます!頑張ったのですごく嬉しいです、でも彼のおかげなんです!」
ね!と急に小波さんが俺に話を振ってきたから、あ、ああ、と少し狼狽えてしまった。2人の目線が小波さんから俺に移った。へえとかふうんとか、声色こそ柔らかかったが、それは小波さんに向けたものだからそうなるわけであって、俺を見る目は全く笑っていなかった。30秒ほど前に会釈したときとは明らかに様子が違っている。この前の会話で、設楽さんが面白くない顔をしていると言っていたが、今日は紺野さんだって充分面白くなさそうな顔をこちらに向けている。ふたりが、小波さんに向けている感情は特別なものだと確信した。
「彼がおすすめの参考書を紹介してくれたり、勉強教えてくれて、満点が取れたんです!」
「へえ、君も優秀なんだね」
彼女は2人をただの先輩としか思っていないから、こんなに無邪気に俺のことを紹介するんだろうか。完全に俺は目で威嚇されているし、生徒会長の言葉もちくちく刺さるような気がする。そもそも紺野さんだって充分優秀なはずなのに、そう言ってくることに恐怖を感じた。設楽さんは黙って俺をじっと睨んでいる。設楽さんはそんなに成績が良くないんだろうかと一瞬思ったが、いまそれを口にできる状況でもない。
「ま、まあ……でももう小波さんに抜かれたので、彼女のほうが優秀です」
「そんなことないよ!いろいろ教えてくれてありがとうね!」
「うん、じゃあ俺はこれで」
「本当にありがとうね!」
話の切れ目を見つけて、逃げるようにその場を去った。最後まで紺野さんと設楽さんの目線が痛かった。俺はべつに小波さんに特別な想いがあるわけではないから勘違いしないでくれ、3人は3人で仲良くやってほしい。俺と小波さんを繋ぐものは勉強だけなんだから。そしてそれは偶然同じクラスで、偶然出席番号が近いという偶然の積み重ねでしかない。
なのに、俺が一流大学に進学して教員免許を取る選択をしたことで、小波さんも同じ大学に進学、紺野さんに至っては同じ学部、そしてなぜか設楽さんも大学内で見かけるしで、結局長い付き合いになってしまうことなど、この時の俺は知る由もなかった。
202406