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それはたぶん恋だよ
お昼休み、お弁当を食べようと屋上に向かっていたところ、設楽先輩を見かけた。あっ、設楽先輩だ、と声をかけようとしたけれど、先輩は他の男子生徒と女子生徒と話をしていた。彼らは先輩の行く先を防ぐように、先輩と向かい合わせに立っていた。
「いいから、頼むよ!出てくれよ!」
「そうよ、クラブにも入ってないんだし、当日は何の予定もないんでしょ?」
「だから何度も断ってるだろ、やらないって」
話し方を見るに、彼らは設楽先輩の同級生のようだ。この通りだから!と男子生徒は顔の前で両手を合わせて頼み込んでいるけれど、設楽先輩は無表情のまま淡々と彼らを見ていた。
「相手は今年のローズクイーン候補なんだよ、あんな美人と一緒に劇に出られるなんて羨ましい限
りだよ」
「じゃあ俺じゃなくておまえがやればいいだろ」
「だめだめ、あの子が設楽くんがいいって言ってるの、だから引き受けて!お願い!」
「俺が知らない女と劇に出る理由がない」「それは目立つし、見応えがあるからに決まってるだろ」
「そうそう、衣装班だって設楽くんの衣装作るの楽しみにしてるのよ」
「知らない。俺は絶対にやらない」
設楽先輩は鋭い目つきで、きっぱりと言い放った。眉を吊り上げ、口元が下がっていて、間違いなく不機嫌だ。同級生に対しても容赦のない設楽先輩だったが、そこをなんとかさあ、と彼らも生むことなく食い下がっている。何度も繰り返されているやり取りで、断られる方も慣れてきているのかもしれないと思った。あと3週間ほどで文化祭があるので、彼らが頼んでいるのはおそらく学園演劇の話についてだ。
学園演劇は、文化祭の大きな出し物のひとつだ。
設楽先輩とローズクイーン候補の人が出演するとなれば、話題性はばっちりだろう。しかもふたりが並べば華やかなオーラのある舞台になるだろうから、大盛り上がりの大成功で間違いなしだ。だけど、設楽先輩と他の女の人が並んでいる姿を想像しただけで、私の心が針を刺すように、ちくちくと痛む。はて、なんで私の心が痛むんだろう。
もしかして私体調悪いのかな……教室で休んでいようかな……と屋上へ向かうことをやめ、くるりと身体を教室の方へ向けたところ、設楽先輩に名前を呼ばれた。
「美奈子」
設楽先輩から呼ばれる私の名前は、とても柔らかな響きだった。いつもデートにお誘いしてくれるときや、出かけるときに呼んでくれる、私の好きな声。再び設楽先輩の方向を向くと、先輩は先ほどとは打って変わって、眉を下げてなんだか困り果てた様子だった。いつか動物園で一緒に見た、かわいい子犬のようにも見えた。
そんな顔見せるなんてずるいよと思いながら、私は先輩の隣に並んだ。
「設楽先輩」
「なあ、こいつらなんとかしてくれないか」
「そんなこと言われても……」
「君からも頼んでくれよ、設楽に今年の学園演劇に出て欲しいんだよ!」
困り果ててる設楽先輩を横目に、男子生徒は私にまで頼んできた。設楽先輩も困っているが、この人たちもよっぽど先輩に劇に出てほしいようだった。どちらの気持ちも分からなくもなかった。
「俺は何度も断ってるのにしつこくて…………」
「設楽が出てくれたら体育館は超満員間違いないって」
「そんなの興味ない」
「設楽~~!」
設楽先輩は心底どうでもよさそうに言い捨て、男子生徒ははぁ……と大きく溜め息をつき、がっくりと項垂れていた。一方、女子生徒のほうは無言のままだが、やたらと視線を感じた。頭のてっぺんから足の先まで全身を見られているような。
さっき私のこと名前で呼んでたの聞こえてたよね、もしかして実はシタラーズだったりして……と若干どきっとしつつ、視線をそちらに移してみると、やっぱり目が合った。女子生徒はにっこりと口角を上げて笑った。
「ねえ、あなたのこと知らなかったんだけど、すごくかわいいわね……決めた、今年の学園演劇出てみない?」
「私!?」
「設楽くんは諦めて、この子とペアになる男子を改めて探すほうが早そうだわ。そうしましょ」「えっ、まあそうだなぁ、もう日も迫ってきてる
し……」
「設楽くん、今までしつこく頼んで悪かったわね。
彼女に頼むからもういいわ」
「なっ」
目を丸くする設楽先輩をスルーして、女子生徒は私のほうにさっと近づいてきた。興味が先輩から私に移ったらしい。あんなに先輩に拘っていたのに、あまりにもあっさりしすぎてはいないかと思いつつも、先輩を助けられたといえば助けられたんだろうか。男子生徒もやれやれ、とりあえず一歩前進だなと独り言のように呟いていて、先輩のことはどうでもよくなったようだった。先輩1人を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでい
く。
「あなたなんて名前?何年生?」
「あっ、2年の小波美奈子です」
「部活には入ってる?」「入ってないです」
「じゃあ放課後の練習も来れるね、連絡先教えてくれる?」
予想もしなかった展開になっているが、でもせっかくだし、やってみようかなとその気になってきた私は、携帯を制服のポケットから出そうとした。すると、突然隣に立っていた設楽先輩が、私の右肩をぐっと抱き寄せた。
「ああもう!学園演劇は俺が美奈子と出る!」
設楽先輩の早口で、少し高い声が頭上に響いた。
さっきまでと言ってることが真逆で、今度は私が目を丸くした。先輩の顔をそっと見上げると、眉間に皺を寄せて、苛立ちがピークに達しているようだった。
「設楽くん、出たくないんでしょ?もういいわよ」
「気が変わったんだ。だから俺が出る」
「…………あっ、そういうことね」
何かを察したのか女子生徒は口元をゆるませながら笑って、私と設楽先輩を交互に見ていた。先輩の眉間の皺はどんどん深くなっていくし、私は自分の鼓動がどきどきと早くなるのを感じる。先輩にぴったりとくっついている体のすべてが、なんだかとても熱い気がする。
「なにが、」
「じゃあ今年の学園演劇の主演は設楽くんと小波さんで決まりね。何か決まったら連絡するわ」「とりあえずなんとかなりそうだな!じゃ!」
何か言い返そうとした設楽先輩をスルーして、さあここから忙しくなるぞ、脚本さっさと仕上げないとね、とわいわい騒ぎながら、彼らは満足した様子でその場からいなくなった。設楽先輩は急に悪かった、と言って私をそっと離した。
「学園演劇、一緒に出てくれるんですか?」
「ああ」
「……あんなに嫌がってたのに?」
「だから、気が変わったんだ」
「設楽先輩、演劇やったことありますか?」
「ないけど、どうにかなるだろ。学園の文化祭の出し物レベルなんだから」
「確かに先輩が出てるような大舞台じゃないですけど……でも、無理しなくても大丈夫ですよ」
「無理なんかしてない」
設楽先輩と私の間にスペースができて、だんだん我に返ってきて、矢継ぎ早に質問をしてしまった。なんとなく勢いで了承してしまったけど、よくよく聞いたら主演と言っていた。
「しかも主演ですよ、結構責任重大だし……」
「おまえも誘われてたんだから、主演かどうか聞いてても、あの流れだと引き受けてただろ。断るの下手そうだし」
「うっ……」
「だったら、一緒に出るほうがいいんだから、これで良かったんだ。だいたいおまえの隣に他の男が並んでるところなんか…………」
「……設楽先輩?」
設楽先輩の声がだんだん低く小さくなって、うまく聞き取れなかった。先輩は伏し目がちで、頬を赤らめていた。
「っ、なんでもない!それより昼食は済ませたの
か」
「あっ、まだです」
「もうすぐ昼休みが終わる。さっさと済ませてこいよ」
じゃあまたな、と設楽先輩はそそくさと居なくなってしまった。去り際の先輩の耳は赤かった。
なんだか慌ただしいお昼休みになったな。私もお昼ご飯さっさと食べなきゃと慌てて教室へ戻ったので、さっきまで感じていたちくちくとした痛みのことなど、すっかり忘れてしまった。
20240609
お昼休み、お弁当を食べようと屋上に向かっていたところ、設楽先輩を見かけた。あっ、設楽先輩だ、と声をかけようとしたけれど、先輩は他の男子生徒と女子生徒と話をしていた。彼らは先輩の行く先を防ぐように、先輩と向かい合わせに立っていた。
「いいから、頼むよ!出てくれよ!」
「そうよ、クラブにも入ってないんだし、当日は何の予定もないんでしょ?」
「だから何度も断ってるだろ、やらないって」
話し方を見るに、彼らは設楽先輩の同級生のようだ。この通りだから!と男子生徒は顔の前で両手を合わせて頼み込んでいるけれど、設楽先輩は無表情のまま淡々と彼らを見ていた。
「相手は今年のローズクイーン候補なんだよ、あんな美人と一緒に劇に出られるなんて羨ましい限
りだよ」
「じゃあ俺じゃなくておまえがやればいいだろ」
「だめだめ、あの子が設楽くんがいいって言ってるの、だから引き受けて!お願い!」
「俺が知らない女と劇に出る理由がない」「それは目立つし、見応えがあるからに決まってるだろ」
「そうそう、衣装班だって設楽くんの衣装作るの楽しみにしてるのよ」
「知らない。俺は絶対にやらない」
設楽先輩は鋭い目つきで、きっぱりと言い放った。眉を吊り上げ、口元が下がっていて、間違いなく不機嫌だ。同級生に対しても容赦のない設楽先輩だったが、そこをなんとかさあ、と彼らも生むことなく食い下がっている。何度も繰り返されているやり取りで、断られる方も慣れてきているのかもしれないと思った。あと3週間ほどで文化祭があるので、彼らが頼んでいるのはおそらく学園演劇の話についてだ。
学園演劇は、文化祭の大きな出し物のひとつだ。
設楽先輩とローズクイーン候補の人が出演するとなれば、話題性はばっちりだろう。しかもふたりが並べば華やかなオーラのある舞台になるだろうから、大盛り上がりの大成功で間違いなしだ。だけど、設楽先輩と他の女の人が並んでいる姿を想像しただけで、私の心が針を刺すように、ちくちくと痛む。はて、なんで私の心が痛むんだろう。
もしかして私体調悪いのかな……教室で休んでいようかな……と屋上へ向かうことをやめ、くるりと身体を教室の方へ向けたところ、設楽先輩に名前を呼ばれた。
「美奈子」
設楽先輩から呼ばれる私の名前は、とても柔らかな響きだった。いつもデートにお誘いしてくれるときや、出かけるときに呼んでくれる、私の好きな声。再び設楽先輩の方向を向くと、先輩は先ほどとは打って変わって、眉を下げてなんだか困り果てた様子だった。いつか動物園で一緒に見た、かわいい子犬のようにも見えた。
そんな顔見せるなんてずるいよと思いながら、私は先輩の隣に並んだ。
「設楽先輩」
「なあ、こいつらなんとかしてくれないか」
「そんなこと言われても……」
「君からも頼んでくれよ、設楽に今年の学園演劇に出て欲しいんだよ!」
困り果ててる設楽先輩を横目に、男子生徒は私にまで頼んできた。設楽先輩も困っているが、この人たちもよっぽど先輩に劇に出てほしいようだった。どちらの気持ちも分からなくもなかった。
「俺は何度も断ってるのにしつこくて…………」
「設楽が出てくれたら体育館は超満員間違いないって」
「そんなの興味ない」
「設楽~~!」
設楽先輩は心底どうでもよさそうに言い捨て、男子生徒ははぁ……と大きく溜め息をつき、がっくりと項垂れていた。一方、女子生徒のほうは無言のままだが、やたらと視線を感じた。頭のてっぺんから足の先まで全身を見られているような。
さっき私のこと名前で呼んでたの聞こえてたよね、もしかして実はシタラーズだったりして……と若干どきっとしつつ、視線をそちらに移してみると、やっぱり目が合った。女子生徒はにっこりと口角を上げて笑った。
「ねえ、あなたのこと知らなかったんだけど、すごくかわいいわね……決めた、今年の学園演劇出てみない?」
「私!?」
「設楽くんは諦めて、この子とペアになる男子を改めて探すほうが早そうだわ。そうしましょ」「えっ、まあそうだなぁ、もう日も迫ってきてる
し……」
「設楽くん、今までしつこく頼んで悪かったわね。
彼女に頼むからもういいわ」
「なっ」
目を丸くする設楽先輩をスルーして、女子生徒は私のほうにさっと近づいてきた。興味が先輩から私に移ったらしい。あんなに先輩に拘っていたのに、あまりにもあっさりしすぎてはいないかと思いつつも、先輩を助けられたといえば助けられたんだろうか。男子生徒もやれやれ、とりあえず一歩前進だなと独り言のように呟いていて、先輩のことはどうでもよくなったようだった。先輩1人を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでい
く。
「あなたなんて名前?何年生?」
「あっ、2年の小波美奈子です」
「部活には入ってる?」「入ってないです」
「じゃあ放課後の練習も来れるね、連絡先教えてくれる?」
予想もしなかった展開になっているが、でもせっかくだし、やってみようかなとその気になってきた私は、携帯を制服のポケットから出そうとした。すると、突然隣に立っていた設楽先輩が、私の右肩をぐっと抱き寄せた。
「ああもう!学園演劇は俺が美奈子と出る!」
設楽先輩の早口で、少し高い声が頭上に響いた。
さっきまでと言ってることが真逆で、今度は私が目を丸くした。先輩の顔をそっと見上げると、眉間に皺を寄せて、苛立ちがピークに達しているようだった。
「設楽くん、出たくないんでしょ?もういいわよ」
「気が変わったんだ。だから俺が出る」
「…………あっ、そういうことね」
何かを察したのか女子生徒は口元をゆるませながら笑って、私と設楽先輩を交互に見ていた。先輩の眉間の皺はどんどん深くなっていくし、私は自分の鼓動がどきどきと早くなるのを感じる。先輩にぴったりとくっついている体のすべてが、なんだかとても熱い気がする。
「なにが、」
「じゃあ今年の学園演劇の主演は設楽くんと小波さんで決まりね。何か決まったら連絡するわ」「とりあえずなんとかなりそうだな!じゃ!」
何か言い返そうとした設楽先輩をスルーして、さあここから忙しくなるぞ、脚本さっさと仕上げないとね、とわいわい騒ぎながら、彼らは満足した様子でその場からいなくなった。設楽先輩は急に悪かった、と言って私をそっと離した。
「学園演劇、一緒に出てくれるんですか?」
「ああ」
「……あんなに嫌がってたのに?」
「だから、気が変わったんだ」
「設楽先輩、演劇やったことありますか?」
「ないけど、どうにかなるだろ。学園の文化祭の出し物レベルなんだから」
「確かに先輩が出てるような大舞台じゃないですけど……でも、無理しなくても大丈夫ですよ」
「無理なんかしてない」
設楽先輩と私の間にスペースができて、だんだん我に返ってきて、矢継ぎ早に質問をしてしまった。なんとなく勢いで了承してしまったけど、よくよく聞いたら主演と言っていた。
「しかも主演ですよ、結構責任重大だし……」
「おまえも誘われてたんだから、主演かどうか聞いてても、あの流れだと引き受けてただろ。断るの下手そうだし」
「うっ……」
「だったら、一緒に出るほうがいいんだから、これで良かったんだ。だいたいおまえの隣に他の男が並んでるところなんか…………」
「……設楽先輩?」
設楽先輩の声がだんだん低く小さくなって、うまく聞き取れなかった。先輩は伏し目がちで、頬を赤らめていた。
「っ、なんでもない!それより昼食は済ませたの
か」
「あっ、まだです」
「もうすぐ昼休みが終わる。さっさと済ませてこいよ」
じゃあまたな、と設楽先輩はそそくさと居なくなってしまった。去り際の先輩の耳は赤かった。
なんだか慌ただしいお昼休みになったな。私もお昼ご飯さっさと食べなきゃと慌てて教室へ戻ったので、さっきまで感じていたちくちくとした痛みのことなど、すっかり忘れてしまった。
20240609