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来世は他人がいい
「設楽先輩、ちょっと話を聞いてもらえませんか?」
またか……と俺は心の中で溜め息をついた。小波は休日出かけた帰りに、ときどきそうやって声をかけてくる。出かけてる最中は学校での出来事やバイト先の話なと、他愛もない話をして過ごしているが、帰り際になった途端、恋愛相談のタイミングを計り始める。話しかけても返事がはっきりしなくなってしたり、ちらちら俺の顔を横目で見てきたり、顔を赤らめたりするのが合図みたいなもので、かなり分かりやすい。一度本人に指摘したことがあるが、自覚はないようで、そんなことないですよとあっさり流された。でも、小波を見ていれば、いつだってバレバレだった。
「しょうがないやつだな」
「ありがとうございます!」
「ま、暇つぶしにはなりそうだからな」
本当は興味なんか全くないけど、適当な言い訳で誤魔化した。話を聞いて後悔するようなことがあったり、今すぐ帰りたくなるようなことがあっても、少しでも一緒にいられる時間が増えていく喜びには抗えず、結局いつも最後まで話を聞いてしまうのだった。
***
「寒い……」
「海辺なので……」
「当たり前すぎるくらい当たり前な答えだな」
「設楽先輩の寒いも一般的な感想じゃないですか」
帰り道、海辺までふたりで歩いてきた。ざくざくと音を立てながら、砂浜を進む。いつも話を聞く時は人気のない、海のそばだ。寒いから喫茶店とかでもいいだろと抵抗したけれど、いつ誰に聞かれてるかわからないのでそんなところじゃ話せません!と猛反発され、誰も来ない場所を選んだ結果、ここになった。確かに海水浴のシーズンでもないのに、わざわざ夕方にここに来るやつなんていない。今だって俺たちの声と、波の音だけがそこにあった。
それにしたって、季節外れの海はやっぱり寒い。日も暮れてきているから風も冷たいし、気温も下がってきて、肌を刺すような寒さだった。
「で、聞いてほしいことってなんだ」
「はい!この前、彼と水族館に行ったことについての報告です!」
小波は立ち止まって、俺の横に並んで話し始めた。彼というのはもちろん小波の想い人のことを指している。先月、好きな人を水族館のデートに誘いたいから予行演習がしたいんですと言われ、一緒に水族館に出かけた。水槽にいる小さい魚を見てかわいいですねという小波に、あっちの水槽にいる大きいのもかわいいぞと言ったら、小波は目を輝かせて、行ってみましょうと俺の腕を引っ張った。これも予行演習なのか、と頭を過ったが、さすがに聞けなかった。
「ああ、どうだったんだ?」
「ばっちりでした!設楽先輩が本番トチるなよって言うからヒヤヒヤしたんですけど……」
「ふーん……」
平常心を保つのが精一杯で、それしか言えなかった。小波はそれからこんな魚を見てとか、その時彼はこんな風に言ってくれて、と事細かく水族館に出かけた話を続けていたが、ほとんど耳に入ってこなかった。寄せては返す波ばかりを眺めていた。
「設楽先輩が教えてくれた大きな魚もまた見ましたよ」
俺は俺が自分の目で見た、水族館での小波の様子を思い出していた。この魚かわいいですね、とか、これ見たことありますか!?珍しい種類の魚なんじゃないですか!?とか、新しい魚を見るたびに、いちいちリアクションをとっていた。俺は魚を見に来たのか、小波を見に来たのかだんだんよくわからなくなっていた。ただ、表情がくるくる変わる彼女を見ているのは気分がよくて、いい休日を過ごせたと思っていた。
が、小波が本当に行きたかったやつと出かけた話を聞いて、あの日はやっぱり踏み台だったんだなと実感してしまった。彼女からの信頼を失いたくないので、絶対口には出さないが、失敗すれば良かったのに、と今、心の底から思っている。もしもうまくいかないまま、帰ってきて、電話で泣き言でも言い始めたら、俺は理解のある友人のフリをして彼女を慰めるんだろう。
「やっぱり、設楽先輩と下見に行って正解でした!」
何よりも嬉しそうに喋る小波を見るのが、面白くなかった。どんどん自分の中に黒いモヤモヤが膨らんでいくし、こんな気持ち知りたくなかった。どんな思いでも経験がないよりあったほうがいいと以前にこいつに話したことがある。それは今でもそう思うが、うまく活かせるほど大人にはなれていない。
そして小波が、何も気がつかないことにも腹が立っているし、そのままひとりで話を続けている。おい、いま目の前にいるやつのことちゃんと見ろよ!
「それでね、設楽先輩、」
「……なんだよ」
「今度植物園に行こうと思ってるんですけど、また一緒に行ってくれますか?」
「なんで」
「えっ」
平常心なんて、もうほとんど意味を成していなかった。がらがらと崩れて、落ちていく。抑えていた気持ちが一気に溢れ出す。なんでなんだよ。なんで、そんなに甘えた声で俺の名前を呼ぶのに、好きな相手が俺じゃなくて、こんなに何度も出かけたり、一緒に帰ったりしてるのに、俺の気持ちがわからないんだよ、こいつは。
「……また予行演習か?予行演習なんかもういらないんじゃないのか」
「違います!設楽先輩、植物園行ったとき楽しそうだったし、他のコーナーにも行ってみたいから、また一緒に行きたいなって思ったんです」
「……はあ」
今度は心の中じゃなくて、本当に大きな溜息が出た。俺が植物園を気に入ってることは伝わっているらしい。楽しそうにしてた、の一言で俺のこと全然見てないわけでもないのかななんて、こんな簡単なことで、少し落ち着きを取り戻した。彼女の一言一言で、全て振り回されている自分がどうかしている。宇宙人に操られているのかもしれない。
なんで本命がいるのに、俺を予行演習でもないのに、休日に出かけようと誘うのか。答えはとっくに出ている。俺が小波の「友達」だからだ。俺はもうそんな風には思っていないのに。何も分かっていなくて鈍い小波が本当に憎らしいが、結局のところ愛おしいので断れるわけもなかった。
「……仕方ないから行ってやるよ」
「やった!」
小波が満面の笑みを見せた。夕日に照らされて、綺麗だった。進む勇気も引き返す選択肢も、俺はどちらも持ち合わせていない。ただ今は、友達という都合のいい言葉に甘えているしかなかった。
「もう遅くなってきたから、家まで送る」
「はいっ、ありがとうございます!」
こんな気持ちもう二度と知りたくないから、いっそ男に生まれてきてほしい。もしくは来世は他人がいい。俺の人生で、ピアノ以外にこんなに欲しいものがあるなんて、知らなかった。
202405
「設楽先輩、ちょっと話を聞いてもらえませんか?」
またか……と俺は心の中で溜め息をついた。小波は休日出かけた帰りに、ときどきそうやって声をかけてくる。出かけてる最中は学校での出来事やバイト先の話なと、他愛もない話をして過ごしているが、帰り際になった途端、恋愛相談のタイミングを計り始める。話しかけても返事がはっきりしなくなってしたり、ちらちら俺の顔を横目で見てきたり、顔を赤らめたりするのが合図みたいなもので、かなり分かりやすい。一度本人に指摘したことがあるが、自覚はないようで、そんなことないですよとあっさり流された。でも、小波を見ていれば、いつだってバレバレだった。
「しょうがないやつだな」
「ありがとうございます!」
「ま、暇つぶしにはなりそうだからな」
本当は興味なんか全くないけど、適当な言い訳で誤魔化した。話を聞いて後悔するようなことがあったり、今すぐ帰りたくなるようなことがあっても、少しでも一緒にいられる時間が増えていく喜びには抗えず、結局いつも最後まで話を聞いてしまうのだった。
***
「寒い……」
「海辺なので……」
「当たり前すぎるくらい当たり前な答えだな」
「設楽先輩の寒いも一般的な感想じゃないですか」
帰り道、海辺までふたりで歩いてきた。ざくざくと音を立てながら、砂浜を進む。いつも話を聞く時は人気のない、海のそばだ。寒いから喫茶店とかでもいいだろと抵抗したけれど、いつ誰に聞かれてるかわからないのでそんなところじゃ話せません!と猛反発され、誰も来ない場所を選んだ結果、ここになった。確かに海水浴のシーズンでもないのに、わざわざ夕方にここに来るやつなんていない。今だって俺たちの声と、波の音だけがそこにあった。
それにしたって、季節外れの海はやっぱり寒い。日も暮れてきているから風も冷たいし、気温も下がってきて、肌を刺すような寒さだった。
「で、聞いてほしいことってなんだ」
「はい!この前、彼と水族館に行ったことについての報告です!」
小波は立ち止まって、俺の横に並んで話し始めた。彼というのはもちろん小波の想い人のことを指している。先月、好きな人を水族館のデートに誘いたいから予行演習がしたいんですと言われ、一緒に水族館に出かけた。水槽にいる小さい魚を見てかわいいですねという小波に、あっちの水槽にいる大きいのもかわいいぞと言ったら、小波は目を輝かせて、行ってみましょうと俺の腕を引っ張った。これも予行演習なのか、と頭を過ったが、さすがに聞けなかった。
「ああ、どうだったんだ?」
「ばっちりでした!設楽先輩が本番トチるなよって言うからヒヤヒヤしたんですけど……」
「ふーん……」
平常心を保つのが精一杯で、それしか言えなかった。小波はそれからこんな魚を見てとか、その時彼はこんな風に言ってくれて、と事細かく水族館に出かけた話を続けていたが、ほとんど耳に入ってこなかった。寄せては返す波ばかりを眺めていた。
「設楽先輩が教えてくれた大きな魚もまた見ましたよ」
俺は俺が自分の目で見た、水族館での小波の様子を思い出していた。この魚かわいいですね、とか、これ見たことありますか!?珍しい種類の魚なんじゃないですか!?とか、新しい魚を見るたびに、いちいちリアクションをとっていた。俺は魚を見に来たのか、小波を見に来たのかだんだんよくわからなくなっていた。ただ、表情がくるくる変わる彼女を見ているのは気分がよくて、いい休日を過ごせたと思っていた。
が、小波が本当に行きたかったやつと出かけた話を聞いて、あの日はやっぱり踏み台だったんだなと実感してしまった。彼女からの信頼を失いたくないので、絶対口には出さないが、失敗すれば良かったのに、と今、心の底から思っている。もしもうまくいかないまま、帰ってきて、電話で泣き言でも言い始めたら、俺は理解のある友人のフリをして彼女を慰めるんだろう。
「やっぱり、設楽先輩と下見に行って正解でした!」
何よりも嬉しそうに喋る小波を見るのが、面白くなかった。どんどん自分の中に黒いモヤモヤが膨らんでいくし、こんな気持ち知りたくなかった。どんな思いでも経験がないよりあったほうがいいと以前にこいつに話したことがある。それは今でもそう思うが、うまく活かせるほど大人にはなれていない。
そして小波が、何も気がつかないことにも腹が立っているし、そのままひとりで話を続けている。おい、いま目の前にいるやつのことちゃんと見ろよ!
「それでね、設楽先輩、」
「……なんだよ」
「今度植物園に行こうと思ってるんですけど、また一緒に行ってくれますか?」
「なんで」
「えっ」
平常心なんて、もうほとんど意味を成していなかった。がらがらと崩れて、落ちていく。抑えていた気持ちが一気に溢れ出す。なんでなんだよ。なんで、そんなに甘えた声で俺の名前を呼ぶのに、好きな相手が俺じゃなくて、こんなに何度も出かけたり、一緒に帰ったりしてるのに、俺の気持ちがわからないんだよ、こいつは。
「……また予行演習か?予行演習なんかもういらないんじゃないのか」
「違います!設楽先輩、植物園行ったとき楽しそうだったし、他のコーナーにも行ってみたいから、また一緒に行きたいなって思ったんです」
「……はあ」
今度は心の中じゃなくて、本当に大きな溜息が出た。俺が植物園を気に入ってることは伝わっているらしい。楽しそうにしてた、の一言で俺のこと全然見てないわけでもないのかななんて、こんな簡単なことで、少し落ち着きを取り戻した。彼女の一言一言で、全て振り回されている自分がどうかしている。宇宙人に操られているのかもしれない。
なんで本命がいるのに、俺を予行演習でもないのに、休日に出かけようと誘うのか。答えはとっくに出ている。俺が小波の「友達」だからだ。俺はもうそんな風には思っていないのに。何も分かっていなくて鈍い小波が本当に憎らしいが、結局のところ愛おしいので断れるわけもなかった。
「……仕方ないから行ってやるよ」
「やった!」
小波が満面の笑みを見せた。夕日に照らされて、綺麗だった。進む勇気も引き返す選択肢も、俺はどちらも持ち合わせていない。ただ今は、友達という都合のいい言葉に甘えているしかなかった。
「もう遅くなってきたから、家まで送る」
「はいっ、ありがとうございます!」
こんな気持ちもう二度と知りたくないから、いっそ男に生まれてきてほしい。もしくは来世は他人がいい。俺の人生で、ピアノ以外にこんなに欲しいものがあるなんて、知らなかった。
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