第1章 幼少期編
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かつてマルコだったオルニスには生きている者としての特権はない。
空腹は感じず、睡眠欲も性欲もなにもない。そして体温もない。ゾンビの様なものだが、ゾンビの様に太陽が苦手なわけではない。
そんなオルニス最大の弱点は小蘭がいないと何も出来ない事だ。小蘭の魔力がなければ実体化出来ず、オルニス自身は半透明で他人の攻撃は受けずとも小蘭が攻撃されるのを見ていることしか出来なくなる。
小蘭の魔力が最低限安定しなくてはどんなに巨大な力を持っていても宝の持ち腐れで、さくらカードもただのカードになり不死鳥の力も全く機能しない。
この世界ではあと数年、身を守る方法がないという事だった。
「っ、く、っそ……!」
オルニスは小蘭を抱いて必死に足を動かした。姿は見えずとも数個の気配が自身を追っているのが分かる。
先回りをしたのか前方からも近寄ってくる気配に挟み撃ちされないように進行方向を変えてオルニスは逃げている。
赤髪海賊団の船員達から、二人は逃げていた。
赤髪のシャンクスは温厚な男だ。
かつてオルニス――マルコが白髭海賊団の一番隊隊長をしていた頃に四皇としてのし上がった男はいけ好かない男ではあったが、話が分かる奴ではあった。
絶対にそうはならないが、四皇の中で何処かと手を組まなければいけないとなると真っ先に赤髪に連絡を取っただろうしあちらもそうしただろう。
無闇矢鱈に人を傷つけず、力を誇示して暴力で支配もしない。貧しい島に恩恵を授ける事もある。
だから逃げずともちゃんと向き合えば見逃してくれる可能性もあるが、シャンクスは海賊だ。
海賊という生き物は「理不尽」の塊だ。
例え温厚であろうとも、力を誇示して支配をしようとしない男であろうとも、海賊である以上警戒は必須だ。
自分一人ならどうにかするが今は小蘭がおり、そもそも小蘭がいないとオルニスはなにも出来ず、これがオルニスでなければ小蘭はただのお荷物な存在だっただろうが二人は運命共同体の様なものだ。
小蘭がいるからこそオルニスはこの世界に干渉でき、オルニスがいるからこそ小蘭はこの世界で生きる事が出来る。オルニスがいるから小蘭は小さくなって少なくなった魔力を奪われ、小蘭がいるからオルニスは自由に動けない。
皮肉な事だろう。けれどどうしようもない現実だった。
走り続けるオルニスが苦しそうに息をする。
そもそも体温がないので汗をかくことはないが、何故か体力の底はあるらしい。そしてその体力は生前の死ぬ間際から増える事もなく、覇気もどう頑張っても強くはならない。死んで肉体の時間が止まっているので仕方は無いが何故だと嘆きたくはなる。
そして体温がなく、食事もいらないのに何故か血は流れる。この世界に来た当初、紙で指を切って発覚した事だった。まだオルニス達は試した事はないが小蘭が死なない限り死という概念もないが、血を流し続けたら前後不覚になる。出来ること、出来ない事を把握するのは最優先事項だろう。
フーシャ村があるこの島の土地勘は赤髪海賊団にはない。彼らの専門は海であり、いくら拠点にしていてもわざわざ山まで来ないし、最低限の探索はしているが一年住んでいるオルニスより知らないだろう。
それでも強者達には関係がない。土地勘がなかろうがオルニスの気配さえ補足すれば問題は無いのだから。
そうしてシャンクスと遭遇してから数時間後、とうとう囲まれることになった。複数人との鬼ごっこは幕を閉じることになったが、たった一人で逃げ続けたオルニスはそれなりに頑張った方だろう。赤髪海賊団全員がその鬼ごっこに参加したわけではないだろうし、現に追い掛けてきた中にシャンクスやベックマンはいなかった。だが森を疾走するのに適さない体型のルゥ以外の幹部達は軒並み参加していた。
「手こずらせやがって」
そう言って四方を囲んで武器を向ける幹部達。オルニスは肩で息をしなが布にくるまれた小蘭を必死に守ろうと腕に力を込めながら威嚇のために殺気をまき散らすが、複数の幹部連中は勝負があったと息を吐きながらも余裕の笑みを見せている。
オルニスにはもう逃げ場がない。
「やっと捕まえたか」
そこに楽しそうに笑うシャンクスと特に何も顔にうつしていないベックマンが現れた。先程幹部の一人が電伝虫で連絡を入れていたが、その相手がシャンクス達だったのだろう。ルゥがいないのは参加していない船員と共に船で待機をしているのかもしれない。
「もう少し早く諦めてくれよ」
「っ、やなこった……!」
赤髪の幹部や船員達を長時間翻弄しながら逃げ続けたその諦めの悪さにシャンクスは呆れたように肩を竦める。オルニスは肩で息をしながらもフードの下からシャンクスを睨んだ。
「つーか、お頭ァ、なんでおれ達にこいつを追わせたんだ?」
「こんな田舎の島にいる奴にしては骨のある動きをしていたが」
オルニスに武器を向けて視線を逸らすことなく幹部達はぼやく。赤髪の船員から数時間も逃げる事が出来る時点で最弱の海の島にいるにはおかしい話だ。顔を隠しているので札付きだという事は分かるが、それ以外は何も知らない。
突然掛かってきた電話で特徴と怪我をさせずに追うように言われただけで何も説明は受けていない。
「あぁ、そいつマルコなんだよ」
「……はぁ?」
「マルコ?」
サラッと言われた名前に幹部達は首を傾げる。マルコという知り合いがいたか、と幹部達はお互いに確認しあうが知らないという声があがる。ニコニコ笑うシャンクスに変わってため息を吐いたベックマンが代わりに説明をした。
「白髭海賊団一番隊隊長――不死鳥マルコ、だ」
その名前を聞いた瞬間、幹部連中は驚き、銃を持っているものはトリガーに手をかけた。白髭の船員しかも隊長、それも不死鳥マルコとなると大物中の大物だ。手を出したら此方が潰される事になるが、武器は降ろす事が出来ない。
殺気だって近づくな、と身体でそう表現するフードの男は何も言わない。何も言えない。
「どういうことだ、こんな辺鄙な土地に不死鳥マルコがいるなんて知らねェぞ」
「つーか先日白髭の連中新世界で暴れてただろ。飛ぶ能力があっても流石に数日でこっちまで来られるわけねェ」
先日白髭海賊団が暴れたのは赤髪の船にも情報が来たので知っている。それから一週間もたってないのでいくら幻獣種のトリトリの実でも移動は不可能だ。
幹部達は何を言っているのか分からないと言わんばかりに首を傾げる。
現時点でフードの男を「マルコ」だと言っているのはシャンクスだけだ。
「さてマルコ。もう一度聞く、何故此処にいる?」
「……知らないね。そもそも俺は不死鳥マルコじゃねェって言ってんだろ」
オルニスは否定するしかないので否定するが、シャンクスは諦めない。ベックマンは黙って成り行きを見守っており、否定してるがどっちなんだと幹部達も不思議そうにしている。
「そうか。そういえば村長も言っていたが、おまえらが村の外れにある空き家に住みだしてから一年たったんだってな」
「……それがどうした?」
「さっきおれとベックでおまえたちが住んでいるその空き家を見に行ったが、おかしな事に住んでいる形跡はあれど私物がほぼねェんだよ」
「!?……っ、てめェ……!」
金がない。オルニスにはどうにか手に入れたはした金しかなかったので、それは全て小蘭の為に使っている。ミルクやオムツ、服など全て、だ。オルニスの私物はほぼなく、必用なものを優先的に買っていたら必然的にそうなった。オルニスが着ている服ですらそもそもの魂にくっつているものなので実体から半透明になり、また実体になれば汚れは消える。どういう原理かは知らないがそういうものだった。
小屋に入られた。きっと村人達ならおかしな点に気づいたところで触らぬ神に祟り無しと気づかぬフリをするだろうし、ルフィはそもそも気がつかなかっただろう。だがシャンクス達は違う。
「おかしいよなぁ、一年もたってるのに大人用の服どころか食器すらないんだから。あるのはせいぜい子供用ぐらいだ。……どうやって生活してんだ?」
「……さァな。服は毎日洗って使い回し、食器は共有してるんだよ、不法侵入者共」
ニコニコ笑って疑問をなげつけてくるシャンクスにオルニスは吐き捨てる様に返す。
「あァ、そうか。そういえば店の連中が言っていたが、村の商店で子供用品しか買わないみたいだな。食べ物も子供が食べられるものしか買わねぇ。ほら、赤ん坊のミルクとか。お前ミルク飲んで生きてんのか?」
「……どう考えても栄養たりねぇだろ、それ……」
お金の問題もあるが、必用なかったので大人が食べるようなものは一切買っていなかった。貴族のいる街で買うにしても村で買い物を全て済ませている以上わざわざそちらに行って買う理由がない。そして身体の動きから見て栄養失調はあり得ないとシャンクスは続けた。
「そうそう、簡単に作れる様な椅子、机、ベッド。誰でも作れる様な家具はあったなぁ。お前の様な大の大人が横になれるような強度のベッドはなかったし、寝袋もねェ。何処で寝てんだ?」
どうやって生活をしている?その疑問しかない。
オルニスは何も言えなかった。
何故ならオルニスには何も必用ないのだから。
空腹を感じないので食事は必要なく、勿論食器や食べ物は必用ない。
服はこの世界に来た当初に顔を隠したいという願いと共にこの格好になり、汚れないので服は必用ない。
眠気もないので寝る必用もなく、ベッドは必用ない。
オルニスは亡霊だ。
後悔や無念によって成仏出来ずに彷徨った亡霊で……。
黙り込む幹部連中にとってはフードの男が「不死鳥マルコ」であろうがなかろうがそんなものこの際関係なかった。
自分達の船長が男を「気にしている」時点でどちらでも構わない。
フードの下で歯を食いしばり、何も言い返せない自身に腹を立て、口を開こうとしたとき、腕の中にいる重りが消えた。
「……え?」
「は!?」
突然目の前で起った光景に赤髪達は驚きで声をあげる。
この感覚は覚えがあった。この世界に来た当初同じ事をしてしまって草むらに落とし、大怪我をさせたのだから。
頭が真っ白になりながらもオルニスは咄嗟に叫んだ。
「ッ誰かこいつを受け止めてくれェェ!!!!」
絶望した悲鳴の様な声が響き渡る。
普段なら予兆があるのでそうなる前に小屋に帰って安全な場所に降ろしただろう。
けれど今日は違う。赤髪海賊団に追われて逃げ回るあまり、その予兆に気づく事が出来なかった。
実体化をして数時間。魔力の配給が切れてオルニスは亡霊の姿となり、小蘭を地面へと落下させてしまったのだ。
一歳児が大人の腕の高さから地面へと叩きつけられ――。