第1章 幼少期編
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「馬鹿言ってんじゃねェよい!」
赤髪海賊団本船、腕に小蘭を抱いたオルニスは甲板で怒鳴り声をあげた。
正面には海賊団のお頭であるシャンクス、そしてベックマン、取り囲むように他の幹部やクルー達が様子をうかがっている。その張り詰めた空気にオルニスを警戒する者はあれど、シャンクスや幹部達が冷静な顔で対峙しているので戸惑いながらも静観している。
夕日が今まさに水平線の向こう側に消えていこうとしている時間帯だ。
「別に馬鹿な事をしているつもりはないぜ」
「ならもう一度言ってやる!どういう了見でおれたちを船に乗せようっていうんだ!」
「ならおれももう一度言ってやるよ。目的を果たすならこの船に乗っているのが一番良いと思うが」
冷静なシャンクスとは裏腹に、オルニスは酷く気が立っていた。何よりもシャンクスの主張が気にくわないのだ。先程から堂々巡り、シャンクス達はさておき外野となっている一部の幹部は嫌気がさしている。だがオルニスにとっては「はいはい」で流されていい問題ではなかった。
朝食を共に食べたオルニス達はその後、シャンクスに「船に乗る」事を半ば強制的に決められ、幹部達に連れられて山小屋の荷物をまとめさせられた。
何の相談もなしに勝手に決めるなというのはオルニスの主張だが、勝手に決めないとおまえは船に乗らないだろう?と言い放ったのはシャンクスだ。正直否定はしないが、だからといって筋を通すものだろう、と主張したのはオルニスで、シャンクスは一応皆に相談はしたが良いって言ってくれたと言い張り、嫌がれよとオルニスは怒鳴った。
幹部や古株はさておき、赤髪海賊団の下っ端達は正体の知れないオルニスを警戒しているが、悪い人ではないのだろうと遠巻きに見ている。彼らはシャンクスからの相談には「どちらでも」と答えた。幹部や古株は嫌な顔をした者もいれば、面白いと笑った者もいる。それでも最後の決定権はシャンクスにあるので「全てお頭に任せる」と言った。それが真実だ。どう考えても「いい」とは言われてはいないが、シャンクスや本人達が言わなければオルニスが知る事は無い。
「分かってんのか!おれたちがこれからすることは、てめェの大切な仲間が最悪傷つくかもしれねェんだぞ!?」
「知ってるさ、間接的に白ひげ海賊団を敵にまわすことになるからな」
シャンクスの言った「その名」に下っ端達は悲鳴をあげる。世界最強の白ひげ海賊団を敵にまわす、それが何を指すのかを知らぬ者はいない。
オルニスはフードの下で眉間に皺を寄せた。昨夜に散々その話はしたが、それを分かっていながらそれでもシャンクスは船に乗せようとしているのだ。意味が分からない。オルニスは見渡しながら幹部達に止めろと叫ぶが、全員肩を竦めるだけで動こうとはしない。
そういう事なのだ。オルニス達が船に乗る事を本人以外全員が結果的に受けいれているこの状況で、そもそも最初からオルニスに勝ち目などなかったし、どうこう出来るわけもなかった。
「メリットとデメリットを説明しようか。オルニス、おまえたちのメリットはおれ達という「赤髪海賊団」という団体の後ろ盾を得る事、そして航路の決定権はないがうちがどうこうならない限り安全に海を渡る事ができる様になる。なによりおまえが抱えるその幼子――小蘭ちゃんの安全確保も出来るということだ。安全っていうのはまともな生活が出来る事も含まれる。そして何より、おまえの事情を知る者が側にいる。メリットは大きい筈だ」
「………ッ」
「デメリットと言えば立ち位置はあくまで客人。先程言った様にうちの航路への口出しは出来ないし、船上での生活においては全ておれたちのルールに従って貰わなければいけない。勿論奴隷の様に言うことを全て聞けと言っているわけではなくて、決められたルールに従うだけ。客人だから最低限の拒否権はあるが……あくまで拒否権はおまえたちの命が脅かされない限りは使う事は許さない。そして船上での生活においては全員が一蓮托生、船の上での仕事を多少は手伝ってもうらうつもりだ」
仮にもしもシャンクスがいう「船に乗れ」という言葉に頷いたとして、良い方向に進むかは分からない。オルニスは黙り込んだ。メリットとデメリットを天秤に掛けているのかもしれないが、フードを被っている以上は何を思っているのか分からない。腕のなかにいる小蘭だけはオルニスの顔を見る事が出来たが、顔を歪めて下唇を噛み締めている事を誰かに伝える術は持っていない。
「そしておれ達のメリットだ。新世界の海を深く知るおまえが側にいるという事はそれなりに対処が出来る事が増え、そして腕の良い医者が増える。戦闘面においても申し分はない。博識のおまえがいればうちのブレーンであるベンもそれなりに楽しむ事が出来る。なによりおれの暇つぶしになる」
「行き着く先はそこか」
「そこだなぁ。……で、おれたちのデメリットだ。うちかおまえがしくじったら白ひげ海賊団を敵にまわす事になる、以上」
「以上じゃねェよい!!もっと他にあるだろ!!!幼子が船に乗る事とか!敵船の奴が船にいるとか!厄介事に巻き込まれるとか!!」
途中から面倒くさくなったのではないかと思う程、シャンクス側のメリットがおざなりにしか言われなかった。勿論その唯一のデメリットが大きすぎるのだが。
そしてオルニスとそれなりに対峙してきた幹部以外の下っ端や古株達はオルニスの今までの主張で「常識人」だという事を理解する事ができた。どう見ても悪い男ではないのだろう、と。しくじったら「白ひげ海賊団」を敵にまわす事になる男らしいが。
「小蘭ちゃんに関してはメリットだろ。見てみろ、ヤソップがすげェ楽しみにしてんぞ」
「任せとけ!!!!」
「うるっせェよい!!!!」
シャンクスがヤソップを親指でさすのでオルニスはそちらに顔を向けると、輝かしい笑顔で親指をたてるヤソップと目があった。オルニスは片手で小蘭を抱え、自由になった手で親指を下に向ける。勿論の事ながらシャンクスは噴出した。
「なら敵船の奴がいる事に関しては何か説明つくのか!?」
「……つくさ。小蘭ちゃんという存在がいる時点でそもそもおまえはおれ達に何も出来ない。…そうだろ?」
笑っていた時とは一転、シャンクスは何の感情も込める事無く淡々と言い放つ。それが何をさすかだなんて、この場にいる誰もが分かっている。言わば「人質」に等しいのだ。何も出来ない幼子の命を奪う事なんて、この場にいる全員が出来るだろう。だからこそオルニスは何も出来ない。赤髪海賊団に害する事は絶対に出来なくなるのだ。
「……小蘭の命が少しでも脅かされるってのなら、おれは此処にはいられねェよい」
「客人と言ってもおれ自身の客人だ。……おれの客人として迎えられるということは、それがどういう事を指すのかおまえにも分かる筈だ」
赤髪海賊団お頭――船長の客人。客人としての待遇としては最高峰だ。船長の客人ということは、少しでも手を出せば船長の顔に泥を塗る事になる。その当たり前の事が分からない馬鹿はいない。船長に睨まれるだけならいいが、手を出してしまった後の対価がどうなるかだなんて口にしなくても想像ができる。
「勿論、良い印象を与えたり仲良くするかはおまえ達の判断だ。おれはあくまで待遇の話をしているのであって、それ以上はおまえたちの頑張りに掛かっている」
「…………」
理解はしている。此処で赤髪の手を取れば間違いが無い事を。それでもオルニスが迷うのは長年「白ひげ海賊団」にいたからだ。敵船にいる。それも赤髪。悪い男ではないし、最悪の選択肢というわけでもない。ただそれでも、気持ちが追いつかない。勿論オルニスのプライドなんて小蘭の事を思うと、とるに足らない問題だ。屈辱やなんだはオルニスが我慢をすれば良い話だが、巻き込んでしまった、力を貸してくれている小蘭の安全が第一。
小蘭の事を思うと、赤髪海賊団にいる方が良いのではないのか。けれど知らぬ男達に囲まれても……。そう迷っていると、腕の中でもぞりと小蘭が動いた。
「あー」
「!……どうした?」
迷うオルニスの服を小蘭が引っ張った。なんだとオルニスは勿論シャンクス達も小蘭を見る。小蘭は紅葉の様な小さな手で地面を指していた。
「下に降りたいのかい?」
「う」
「……おれから離れるなよい」
オルニスの問いに小蘭は何も言わなかった。まさかと思いながらもオルニスは怪我をしないように小蘭を甲板におろすとものすごい速さでハイハイで移動を始める。
「は!?」
「危ないぞ!!!」
「釘とか落ちてるかもしれねェから早く捕まえろ!!釘落ちてるようには見えないけど!!!」
おろしたオルニスは勿論、周りの大人達も騒ぎ出す。だからといって全員で捕まえるわけにもいかないので、オルニスやヤソップなどの幹部達が捕まえようと前へ出た。ハイハイは止まらず前進をしているのでどんどんシャンクスへと近づいて行く。シャンクスは面白そうにニマニマと笑うと甲板に片膝をついた。
「小蘭!」
オルニスは大慌てで近づいて抱き上げようとするが、小蘭は片手をオルニスへと出して「や」と一言口にした。邪魔をされたくないようだ。周りから噴出す音が聞こえたが、オルニスにはそちらを気に掛ける余裕はない。そのままハイハイで小蘭はシャンクスの前へと移動すると、両足を地面につけて立ち上がろうと動く。周りはハラハラと見守り、オルニスは後ろに尻餅をつかないように真後ろで待機をする。
幼子の立ち上がろうとする本来なら感動する筈の姿を、何故海賊船の甲板で見ているのだろうか。疑問は尽きない、かもしれない。
シャンクスも前から支えようと両手を差し出すが、その小さな手がシャンクスの指を掴んだ。
「えっ」
「小蘭、ばっちぃから離せよい!」
「汚くねェーよ!」
その掴んだ手で身体を支えようとしたのかもしれないが様子がおかしい。小蘭はその掴んだ指をそのまま上下に振る。足がプルプル震えているのは仕方が無いだろう。身体が成長仕切れていないのはどうにもならないのだから。ニコニコ笑いながらシャンクスの指を上下に動かすので周りは何をしているんだと見守るが、一歩後ろで成り行きを見守っていたベックマンが呟いた。
「……もしかして握手をしたいんじゃないのか?」
「えっ」
シャンクスの言葉を聞いてオルニスもシャンクスも小蘭を改めて見るとニコニコ笑いながら頷いている。支えきれていない足のせいで頭が揺れている可能性もあるので、ベックマンはシャンクスの横に片膝をついて小蘭と向き合った。
本来ならベックマンの真顔を前に子供は泣き出すが、普通の子供ではないので小蘭はニコニコと笑いながらベックマンを見ている。
「お嬢ちゃん、握手をしたつもりなら「あい」、そうじゃなかったら「うい」だ」
「あい」
「もう一度」
「あい」
「……握手をしているつもりだそうだ」
ベックマンの言葉にその場は静まり返った。幼子なのでそういう意図があるのかは分からないが、このタイミングでの握手は少々誤解を生む。オルニスは小蘭を改めて回収しようとしたが、背後に近づいてきていたヤソップに止められ、シャンクスはニコニコと笑いながらベックマン方式で小蘭へと質問をする為に口を開いた。
「小蘭ちゃんはおれたちの船に乗りたい?乗りたいのなら「あい」、乗りたくないなら「うい」だ」
「あい」
「もう一回」
「あい」
「乗りたいんだってー!!!!!」
「小蘭!!!!」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるシャンクスを前に、オルニスが声をあげたのは言うまでも無い。といっても、乗る事を決めた小蘭の名前を呼んだだけなのだが。名を呼ばれて咎められた小蘭はそっとオルニスを見ると、オルニスの服の裾をおそるおそる掴んだ。
「……小蘭ちゃんはもしかしてオルニスの事を心配してんの?」
「あい」
戸惑い無く答える。
「おれの船に乗れば安全だと思ってる?」
「あい」
躊躇無く答える。
「オルニスを困らせたい?」
「うい」
それは違う、とはっきりと言った。
全て意味を理解して答えており、シャンクス達は小蘭が元は小学生だった事を知らないので知能が高い幼子だと関心をした。オルニスは何も言えずに黙り込んでいる。
「船に乗るのは自分の為?」
「うい」
「オルニスの為?」
「あい」
「小蘭!」
「オルニス、おまえは黙ってろ」
「……オルニスをおれの船に乗せたい?」
「…………うい」
言葉を話す事が出来ない小蘭としては、本当の思いを伝えられない。それでも、出来る限りの事をシャンクスに伝えようとしている。
小蘭はこの世界の事を良く知らない。だが知らないなりにどうすれば最善へと進む事が出来るのかを必死で考えた。そして赤髪海賊団の手を取ることを選んだのだ。
オルニスの事を心配しながら、同時にずっと世話をさせてしまっているこの状態に申し訳なく思っている。自分というお荷物がいればオルニスは自由に動く事が出来ない。ならば安全な場所にいればオルニスは単独で動く事が出来る。昨日からの言動で赤髪海賊団には少々の不安はあれど悪い様には見えなかった。真っ直ぐにオルニスと言葉を交わしてくれたし、貴重な食料を分けてくれた。幼子相手の食事まで用意してくれた。メリットとデメリットを聞いても悪い様には聞こえない。
けれど、白ひげ海賊団の船員だった過去を持つオルニスを半ば無理矢理赤髪海賊団の船に乗せる事にはどうしても気が進まない。死して尚、家族を思い抜いた男をどうこうなど――。
その思いを見抜いたのか、シャンクスは小蘭を抱き上げて腕の中におさめた。ゆらゆらと揺らしながら笑みを浮かべたその顔で小蘭を見つめる。
「小蘭ちゃん、この船に乗ろうがオルニスはおれのクルーじゃない。それは約束する。ある程度はおれの言う事は聞いて貰うつもりだが、その「言う事」にオルニスを縛る様な考えはない」
「…………」
「あいつは、自由だ」
静まりかえる甲板でシャンクスの声だけが響く。オルニスはジッとシャンクスとその腕の中にいる小蘭を見つめて俯いた。そして何かを決意したかのように頭をあげると振り返り、シャンクス達を背にかぶっているそのフードに手をかけた。
「……小蘭、すまない」
「う?」
フードをおろしてその顔を晒したのでシャンクスはニヤリと笑い、幹部達も肩を竦める。赤髪海賊団のクルー達全員がオルニスの顔を認識した。皺が多いじいさんという認識が強いが、何処かにある男の面影がある事に古株達は気がついた。
「……赤髪海賊団の船長――シャンクスの好意で船に乗せて貰う事になった。今の名前はオルニス、……かつては白ひげ海賊団に所属し、不死鳥マルコと呼ばれていた」
ざわりと空気が揺れて悲鳴があがりかけるが話が話なので皆は口を紡ぐ。此処で大声を出して外部に情報を流してしまう恐れがある事、そして流してはいけない情報として皆がオルニスを受け止めたからだ。
古株達は手配書でみた「不死鳥マルコ」と面影が似ていた事に気がついていた。年を取っているが、手配者の写真を老化させたらこうなるだろう、と。
「こことは似て異なる別の世界で生きて死んだ亡霊だ。今赤髪が抱いている子供に力を貸してもらってここにいる。ここに手を出す気はないし、傷つける気もない。赤髪海賊団の航路を邪魔する気もない。……おれの目的はただ一つ、訪れるであろう未来を変える、それだけだ」
「つーことで、おれはこいつらを客人として船に乗せるつもりだ。怪しい奴ではあるが、悪い男ではない。ここにいるおれを含めた全員よりも海賊としての経験は豊富で博識。……特別視はしなくていい、ただこの船に幼子と幽霊が乗るだけだと思ってくれ」
正直幹部達以外は何が起きているのか分からないし、オルニスという爺さんが何を言っているのか理解できていない人も多い。だがオルニスが「白ひげ海賊団の実質的ナンバー2の不死鳥マルコ」である事は理解できた。「そんな馬鹿な」「別世界とかある分けない」「ふざけているのか」そう思っているクルーも少なくはないが、東の海にいるとはいえ本来は新世界を航海している海賊故に摩訶不思議な事には慣れていた。
だからこそ「そういうもの」だとクルー達は受け入れる事にした。
「歓迎しよう、不死鳥マルコ、小蘭ちゃん」
「……オルニスだ」
シャンクスは腕の中にいる小蘭をオルニスへと渡し、オルニスが片腕で抱いたのを確認すると手を出した。ジッとオルニスは差し出された手を見つめ、ゆっくりとその手を握る。皆の視線を集める中での握手となった。
世界一の魔道士の娘――小蘭
かつて不死鳥マルコと呼ばれた男――オルニス
客人として、これから先十年以上を赤髪海賊団と行動を共にする事となる。
さぁ、オルニス
悪巧みをはじめよう