第1章 幼少期編
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次の日、漸くオルニスは実体化をする事が出来た。遅いぐらいではあったが、半透明でいるよりかは断然マシなので喜ぶに越した事はない。
備え付けられていた置き時計で時間を確認すると朝の八時前。オルニス自身は眠気がやってこないので一晩中起きていたが、幼子の小蘭は勿論寝る時間は長いので起きるまでジッと待っていた。
目を覚ました小蘭を抱き上げてこれからどうしようかと考えながら揺らしていると、見計らった様にヤソップが現れる。ヤソップは強い見聞色の使い手なので動いたのを察知したのかもしれない。
「お、起きてたか。おはようさん」
「……、……あぁ」
お互いの立場故に大きなぶつかり合いをした事は無いが、赤髪のクルーしかも幹部がにこやかに挨拶をしてくるとは思ってもいなかった。一瞬驚いて言葉を返せなかったが、ヤソップは嫌な顔をひとつしなかった。
「朝飯の用意してるから食堂行くぞ」
「…………いや、」
「行くぞ」
朝食まで頂くのは少し……と思ったので緩く首を振るが、ヤソップは気にせずオルニスの腕を掴んで部屋から引きずりだした。腕の中に小蘭がいるから暴れられないのを分かっていて腕を掴んでいるのだろう。オルニスは嫌そうに顔を歪めたが、どうにもならないと小さくため息を吐いてヤソップに連れられて自らの意思で足を動かした。
食堂までの道中、すれ違う赤髪のクルー達に挨拶され続けて狼狽えながらも頷く事に徹したオルニスに、先を歩くヤソップは笑いを堪えていたのは言うまでもない。
「おー、おはよう。ヤソップもありがとなー」
「おぉ、構わねェよ」
「…………これはどういう、」
食堂へと入ると、部屋の隅の方にシャンクスと一部の幹部を除いた面子が集まっていた。他には数名のクルーしかいないので恐らく時間的には遅かったのかもしれない。赤髪の方針などオルニスは知らないが、白ひげ海賊団在籍時にはこの時間帯でも人は一杯だった。単純にクルーの数の差なのかもしれないが。
ヤソップに連れられて部屋の隅まで行くと、座るのを促された。一番壁際だったのは逃がさない為と勘ぐるが、正面がシャンクスではなくベックマン、オルニスと小蘭の横が昨日離乳食を食べさせてくれたヤソップなあたり、もしかしたらそうではないのかもしれないが、信用はないのでどうかは分からない。
椅子の前にたったオルニスは自分の席に置いてあるトレーの食事を見てそっとシャンクスを見る。
「……おれは食べないと言ったはずだが」
「聞いたがおれには知ったこっちゃねェな」
昨日酒を勧められた時にしっかりとそう伝えていた筈だが、シャンクスは勿論無視をした。成人男性が食べる量としては多少少ないかもしれないが量の問題などどっちでも構わない。貴重な食べ物を娯楽としてしか摂取しなくてもいいオルニスには食事をする気など全くなかったというのに。
「…………ベックマン」
「お前の分だ」
藁にも縋る思いで正面のベックマンを見るが、間を入れる事無く首を振られた。そのうえ自分側にあったソースの瓶を近くに置いてくれる始末。そっと他の幹部達を見ると、そろいもそろって自分の近くにある調味料を欲しいかと聞いてきた。違う、そうじゃない。その言葉はヤソップに小蘭を奪い取られた事によって飲み込まれた。
「うっしじゃあ今日も朝ご飯食べるか!」
「お、おい……!」
「あー心配すんな。おれは一足先に食ってるから気にせずあんたは朝飯食え」
「そっちは心配してねェよい」
まるでヤソップが食事が出来ないのを気にしているかの様に言われたが、ヤソップの事など全く心配していないし、オルニスは奪われた小蘭の事について咎めただけだ。少し離れた所から聞こえるシャンクスの笑い声をBGMにオルニスは肩を落として座るしかなかった。
椅子に座ったといえどフォークを持つ気にはなれない。お腹が空かないので食事をするという概念が、死んでから小蘭と出会うまで、そしてここ一年はなかった。美味しそうという感覚はあっても、食べたいという感覚は持ち合わせていない。フードの下からジッと食事を見ていると、食後の珈琲を口にしているベックマンが話しかけてきた。
「腹は空かないのか」
「……まぁ。空腹感というものがそもそも存在しない」
「へぇ、便利だな。おれは腹が減って読書を中断しなくちゃならねェときがあるのがとても嫌なんだ」
生前は食事をしていたので食事の楽しさは知っているだろう。けれど空腹感がないので食事をあまり必要としなくなっている相手にベックマンはそう言い放ち、他の面子はハラハラと二人を見た。人によってはベックマンが無神経だと思うかもしれないが、少なくとも言われたオルニスは嫌な気持ちにはならなかった。
「てめェは生きてんだから食えよい」
「そうだな。初めて晩飯をすっぽかした時にお頭に激怒された事があってな、それが鬱陶しくて食べるようにはしている」
「ベンひでェ!」
人間の三大欲求よりも読書が好きなベックマンにとっては気になった本があれば食事よりも本をとる。食事を取らなければ有事の際に動けなくなるのでそういった事はしない方が良いが、やはり仲間に激怒された様だ。肩を竦めたベックマンに、シャンクスは嘆きの声をあげる。
「……とにかく、あんたの為に用意したもんだ。気にせず食っとけ」
「……食事を必要としない奴にわざわざ用意するのは食材の無駄だろ、何とも赤髪海賊団は太っ腹だねい」
大人しく拒否をしてもそれが通らないのなら嫌味で回避だとオルニスはそう吐き捨てた。これで挑発にのれば「食べなくてもいい」と怒って皿を引いてくれると思ったが、相手はそれなりの男達、誰もその嫌味には乗らない。
「そうだろ!おれァ心が大海原の様に広いからな!」
だっはっはっ!と太陽の様に笑いながらシャンクスは言う。フードの下でオルニスが青筋を立てたのは言うまでもない。
「数日前に酒瓶一本ルゥに飲まれて喧嘩してた男がいう台詞じゃねェな」
「しかも安物」
「心せっま」
そんなシャンクスに勿論幹部達は野次を飛ばす。喧嘩相手のルゥですら声をあげたのでシャンクスは不満げに叫んだ
「おまえらだって勝手に飲まれたら怒るだろ!」
「怒る」
「そんな事で怒らねェよ」
「まァ、腹立つわな」
「後で酒奢って貰うから怒らねェ」
ワイワイガヤガヤとシャンクスは幹部達と言い合いになっているのを見て、オルニスは勿論、食事をしている小蘭ですら仲良しだと思った。会話に入っていないヤソップは小蘭の食事補助にデレデレとしている。思った以上に楽しいらしい。
最初は当事者だったオルニスもどんどん蚊帳の外に追いやられていくので呆気にとられて口を挟めない。それを正面から見ていたベックマンはため息を吐いた。
「騒がしいだろう、だが時期になれる。……お頭が大海原の様に心が広いかはさておき、食っとけ」
「……だが、」
「ならこう言えば食うか。もしこの先何処かの島でガキを連れて食事をする時、お前だけ何も口にしないのは側から見て不審だぞ。珈琲一つ……そもそも水一つ飲めないとなると、大多数は気にしなくても少数派は気になる」
「…………それは、」
「……そもそも顔を晒さずにフードを被った男となるとそれなりに記憶に残るかもしれないが」
煙草の煙を吐き出しながらさらりとベックマンは現実を口にした。まさにその通りだ。本人がどれだけ「いらない」と言ってもそれは本人だけの問題で、外野からはそれが奇異に見える。ましてやオルニスが「死者」である事は半透明では無い限りぱっと見では分からない。
まるで食育だ、なんてベックマンはいつものポーカーフェイスを浮かべながら心の中で思った。自分より年上のおっさん相手にする事ではないが、とも。
「オルニス、食っとけ。別にてめェとガキの二食程度で揺らぐ程、うちは食材調達に悩んじゃいねェさ」
「…………」
「それに……いくら死者であろうとも、自分からそれを受けいれてこの先の時を歩むより、受け入れながらも人間の特権を楽しんだ方が楽しいと思うぜ」
「特権」
「そう。三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲。……後者二つは体質上無理かもしれないが、だからこそ残り一つの食欲ぐらい楽しんどけ」
いつの間にかシャンクス達の騒ぎも静まり返っていた。皆の視線はベックマン、そしてオルニスに集まっている。
オルニスはそっと目の前に置かれているフォークを見ると意を決した様に手にとり、皿の上に盛られているウインナーへ突きさして口へと持っていった。
咀嚼をしているであろうオルニスを見て、珈琲のおかわりが欲しかったのか、ベックマンは近くに置いてあったポットに手を伸ばしてマグカップに珈琲を注ぎながら口角を上げる。
「どうだ、美味いだろう」
「……悪く、ねェよい」
ぽそりと呟いたオルニスの言葉にベックマンは満足そうに頷き、オルニスの前に置いてあった空のマグカップに持っていたポットを傾けて珈琲を注ぐ。
無言でフォークを持つ手を動かすオルニスを見て、食事を再開した小蘭はそっと笑みを浮かべた。子供ながらに心配していたのを見抜いたのか、ヤソップは上機嫌で幼女の頭を撫でて二人で笑い合った。
久々の食事は悪くないものだった。
オルニスはこの先何が起こってもこの日の事は忘れないだろう。
それから数時間後、赤髪海賊団の船長に爆弾発言を落とされて仰天する事になる。
「あ、そうそう。おまえら荷物纏めておけよ、近々出発するから」
「……は?」
「おまえらの部屋は泊まった部屋にするとして、もっと家具が必要だよなァ」
「は!?何言ってんだよい!?」
「小蘭ちゃんは何色好き?赤?蒼?おれとしては赤色好きだったら嬉しいけど、お前の色が蒼だからなァ」
「聞けよ!!」
赤髪の船長は二人を船に乗せる事を勝手に決めていた。勿論オルニスが激怒したのは言うまでも無い。
確かに限界だったのはある。それによって力を貸してくれている小蘭を不自由な目にあわせている後ろめたさと後悔を感じる事も稀ではない。
だが、だからといってこれはないだろう。突然そんな事を言われても。しかも半ば無理矢理。
幹部達に小屋まで連れて行かれて強制的に荷物を纏めさせられている状況において、オルニスには為す術も無かった。
幸運ではあった、フーシャ村に降り立った事は。
村や周辺の海は平和、村人達は詮索はせずに放っておいてくれるし、ルフィの相手をするのは大変だが悪い気になった事は無い。
だが唯一の不幸はこの村を赤髪海賊団が拠点にしていた事。
そして
赤髪海賊団に見つかった事。
それだけはオルニス達の最大の不幸であった。
そして目を付けられた時点で逃げられるわけがなく、一時的にでも逃げたのは無駄なあがきだったのは言うまでも無い。
そして大きな幸運でもあった。
何の後ろ盾もなかったオルニス達が大海賊の後ろ盾を手にする事になったのだから。
赤髪海賊団に見つかった事は偶然だったのか、それとも必然だったのか。
その答えは誰にも分からないが、少なくともこの世に偶然はなく、あるの必然だけ。
例え偶然であろうが必然であろうが、死した蒼い不死鳥と幼くなった世界一の魔道士の娘は、この出会いによって大きな力を得る事になる。
備え付けられていた置き時計で時間を確認すると朝の八時前。オルニス自身は眠気がやってこないので一晩中起きていたが、幼子の小蘭は勿論寝る時間は長いので起きるまでジッと待っていた。
目を覚ました小蘭を抱き上げてこれからどうしようかと考えながら揺らしていると、見計らった様にヤソップが現れる。ヤソップは強い見聞色の使い手なので動いたのを察知したのかもしれない。
「お、起きてたか。おはようさん」
「……、……あぁ」
お互いの立場故に大きなぶつかり合いをした事は無いが、赤髪のクルーしかも幹部がにこやかに挨拶をしてくるとは思ってもいなかった。一瞬驚いて言葉を返せなかったが、ヤソップは嫌な顔をひとつしなかった。
「朝飯の用意してるから食堂行くぞ」
「…………いや、」
「行くぞ」
朝食まで頂くのは少し……と思ったので緩く首を振るが、ヤソップは気にせずオルニスの腕を掴んで部屋から引きずりだした。腕の中に小蘭がいるから暴れられないのを分かっていて腕を掴んでいるのだろう。オルニスは嫌そうに顔を歪めたが、どうにもならないと小さくため息を吐いてヤソップに連れられて自らの意思で足を動かした。
食堂までの道中、すれ違う赤髪のクルー達に挨拶され続けて狼狽えながらも頷く事に徹したオルニスに、先を歩くヤソップは笑いを堪えていたのは言うまでもない。
「おー、おはよう。ヤソップもありがとなー」
「おぉ、構わねェよ」
「…………これはどういう、」
食堂へと入ると、部屋の隅の方にシャンクスと一部の幹部を除いた面子が集まっていた。他には数名のクルーしかいないので恐らく時間的には遅かったのかもしれない。赤髪の方針などオルニスは知らないが、白ひげ海賊団在籍時にはこの時間帯でも人は一杯だった。単純にクルーの数の差なのかもしれないが。
ヤソップに連れられて部屋の隅まで行くと、座るのを促された。一番壁際だったのは逃がさない為と勘ぐるが、正面がシャンクスではなくベックマン、オルニスと小蘭の横が昨日離乳食を食べさせてくれたヤソップなあたり、もしかしたらそうではないのかもしれないが、信用はないのでどうかは分からない。
椅子の前にたったオルニスは自分の席に置いてあるトレーの食事を見てそっとシャンクスを見る。
「……おれは食べないと言ったはずだが」
「聞いたがおれには知ったこっちゃねェな」
昨日酒を勧められた時にしっかりとそう伝えていた筈だが、シャンクスは勿論無視をした。成人男性が食べる量としては多少少ないかもしれないが量の問題などどっちでも構わない。貴重な食べ物を娯楽としてしか摂取しなくてもいいオルニスには食事をする気など全くなかったというのに。
「…………ベックマン」
「お前の分だ」
藁にも縋る思いで正面のベックマンを見るが、間を入れる事無く首を振られた。そのうえ自分側にあったソースの瓶を近くに置いてくれる始末。そっと他の幹部達を見ると、そろいもそろって自分の近くにある調味料を欲しいかと聞いてきた。違う、そうじゃない。その言葉はヤソップに小蘭を奪い取られた事によって飲み込まれた。
「うっしじゃあ今日も朝ご飯食べるか!」
「お、おい……!」
「あー心配すんな。おれは一足先に食ってるから気にせずあんたは朝飯食え」
「そっちは心配してねェよい」
まるでヤソップが食事が出来ないのを気にしているかの様に言われたが、ヤソップの事など全く心配していないし、オルニスは奪われた小蘭の事について咎めただけだ。少し離れた所から聞こえるシャンクスの笑い声をBGMにオルニスは肩を落として座るしかなかった。
椅子に座ったといえどフォークを持つ気にはなれない。お腹が空かないので食事をするという概念が、死んでから小蘭と出会うまで、そしてここ一年はなかった。美味しそうという感覚はあっても、食べたいという感覚は持ち合わせていない。フードの下からジッと食事を見ていると、食後の珈琲を口にしているベックマンが話しかけてきた。
「腹は空かないのか」
「……まぁ。空腹感というものがそもそも存在しない」
「へぇ、便利だな。おれは腹が減って読書を中断しなくちゃならねェときがあるのがとても嫌なんだ」
生前は食事をしていたので食事の楽しさは知っているだろう。けれど空腹感がないので食事をあまり必要としなくなっている相手にベックマンはそう言い放ち、他の面子はハラハラと二人を見た。人によってはベックマンが無神経だと思うかもしれないが、少なくとも言われたオルニスは嫌な気持ちにはならなかった。
「てめェは生きてんだから食えよい」
「そうだな。初めて晩飯をすっぽかした時にお頭に激怒された事があってな、それが鬱陶しくて食べるようにはしている」
「ベンひでェ!」
人間の三大欲求よりも読書が好きなベックマンにとっては気になった本があれば食事よりも本をとる。食事を取らなければ有事の際に動けなくなるのでそういった事はしない方が良いが、やはり仲間に激怒された様だ。肩を竦めたベックマンに、シャンクスは嘆きの声をあげる。
「……とにかく、あんたの為に用意したもんだ。気にせず食っとけ」
「……食事を必要としない奴にわざわざ用意するのは食材の無駄だろ、何とも赤髪海賊団は太っ腹だねい」
大人しく拒否をしてもそれが通らないのなら嫌味で回避だとオルニスはそう吐き捨てた。これで挑発にのれば「食べなくてもいい」と怒って皿を引いてくれると思ったが、相手はそれなりの男達、誰もその嫌味には乗らない。
「そうだろ!おれァ心が大海原の様に広いからな!」
だっはっはっ!と太陽の様に笑いながらシャンクスは言う。フードの下でオルニスが青筋を立てたのは言うまでもない。
「数日前に酒瓶一本ルゥに飲まれて喧嘩してた男がいう台詞じゃねェな」
「しかも安物」
「心せっま」
そんなシャンクスに勿論幹部達は野次を飛ばす。喧嘩相手のルゥですら声をあげたのでシャンクスは不満げに叫んだ
「おまえらだって勝手に飲まれたら怒るだろ!」
「怒る」
「そんな事で怒らねェよ」
「まァ、腹立つわな」
「後で酒奢って貰うから怒らねェ」
ワイワイガヤガヤとシャンクスは幹部達と言い合いになっているのを見て、オルニスは勿論、食事をしている小蘭ですら仲良しだと思った。会話に入っていないヤソップは小蘭の食事補助にデレデレとしている。思った以上に楽しいらしい。
最初は当事者だったオルニスもどんどん蚊帳の外に追いやられていくので呆気にとられて口を挟めない。それを正面から見ていたベックマンはため息を吐いた。
「騒がしいだろう、だが時期になれる。……お頭が大海原の様に心が広いかはさておき、食っとけ」
「……だが、」
「ならこう言えば食うか。もしこの先何処かの島でガキを連れて食事をする時、お前だけ何も口にしないのは側から見て不審だぞ。珈琲一つ……そもそも水一つ飲めないとなると、大多数は気にしなくても少数派は気になる」
「…………それは、」
「……そもそも顔を晒さずにフードを被った男となるとそれなりに記憶に残るかもしれないが」
煙草の煙を吐き出しながらさらりとベックマンは現実を口にした。まさにその通りだ。本人がどれだけ「いらない」と言ってもそれは本人だけの問題で、外野からはそれが奇異に見える。ましてやオルニスが「死者」である事は半透明では無い限りぱっと見では分からない。
まるで食育だ、なんてベックマンはいつものポーカーフェイスを浮かべながら心の中で思った。自分より年上のおっさん相手にする事ではないが、とも。
「オルニス、食っとけ。別にてめェとガキの二食程度で揺らぐ程、うちは食材調達に悩んじゃいねェさ」
「…………」
「それに……いくら死者であろうとも、自分からそれを受けいれてこの先の時を歩むより、受け入れながらも人間の特権を楽しんだ方が楽しいと思うぜ」
「特権」
「そう。三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲。……後者二つは体質上無理かもしれないが、だからこそ残り一つの食欲ぐらい楽しんどけ」
いつの間にかシャンクス達の騒ぎも静まり返っていた。皆の視線はベックマン、そしてオルニスに集まっている。
オルニスはそっと目の前に置かれているフォークを見ると意を決した様に手にとり、皿の上に盛られているウインナーへ突きさして口へと持っていった。
咀嚼をしているであろうオルニスを見て、珈琲のおかわりが欲しかったのか、ベックマンは近くに置いてあったポットに手を伸ばしてマグカップに珈琲を注ぎながら口角を上げる。
「どうだ、美味いだろう」
「……悪く、ねェよい」
ぽそりと呟いたオルニスの言葉にベックマンは満足そうに頷き、オルニスの前に置いてあった空のマグカップに持っていたポットを傾けて珈琲を注ぐ。
無言でフォークを持つ手を動かすオルニスを見て、食事を再開した小蘭はそっと笑みを浮かべた。子供ながらに心配していたのを見抜いたのか、ヤソップは上機嫌で幼女の頭を撫でて二人で笑い合った。
久々の食事は悪くないものだった。
オルニスはこの先何が起こってもこの日の事は忘れないだろう。
それから数時間後、赤髪海賊団の船長に爆弾発言を落とされて仰天する事になる。
「あ、そうそう。おまえら荷物纏めておけよ、近々出発するから」
「……は?」
「おまえらの部屋は泊まった部屋にするとして、もっと家具が必要だよなァ」
「は!?何言ってんだよい!?」
「小蘭ちゃんは何色好き?赤?蒼?おれとしては赤色好きだったら嬉しいけど、お前の色が蒼だからなァ」
「聞けよ!!」
赤髪の船長は二人を船に乗せる事を勝手に決めていた。勿論オルニスが激怒したのは言うまでも無い。
確かに限界だったのはある。それによって力を貸してくれている小蘭を不自由な目にあわせている後ろめたさと後悔を感じる事も稀ではない。
だが、だからといってこれはないだろう。突然そんな事を言われても。しかも半ば無理矢理。
幹部達に小屋まで連れて行かれて強制的に荷物を纏めさせられている状況において、オルニスには為す術も無かった。
幸運ではあった、フーシャ村に降り立った事は。
村や周辺の海は平和、村人達は詮索はせずに放っておいてくれるし、ルフィの相手をするのは大変だが悪い気になった事は無い。
だが唯一の不幸はこの村を赤髪海賊団が拠点にしていた事。
そして
赤髪海賊団に見つかった事。
それだけはオルニス達の最大の不幸であった。
そして目を付けられた時点で逃げられるわけがなく、一時的にでも逃げたのは無駄なあがきだったのは言うまでも無い。
そして大きな幸運でもあった。
何の後ろ盾もなかったオルニス達が大海賊の後ろ盾を手にする事になったのだから。
赤髪海賊団に見つかった事は偶然だったのか、それとも必然だったのか。
その答えは誰にも分からないが、少なくともこの世に偶然はなく、あるの必然だけ。
例え偶然であろうが必然であろうが、死した蒼い不死鳥と幼くなった世界一の魔道士の娘は、この出会いによって大きな力を得る事になる。