第1章 幼少期編
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この世界に来た当初、まだ魔力云々が良く分かっていない時にオルニスは「オルニス」として初めての絶望感を味わった。
どれぐらいなら実体化出来るか、このぐらいになったら危機感をもたなければいけない、そういうのがまだ分からず手探り状態だった日、オルニスはその手から大切な子を地面に落としてしまった。何かに躓いて落としたりしたわけではなく、魔力が足りなくなって実体化を保てなくなりストンと落ちていってしまったのだ。
本人も何が起ったのか分からず落ち、オルニスは慌てて再度受け止めようと動いたがすり抜けていき、小蘭は地面に叩きつけられた。中身は十の子供ではあったが、肉体年齢は首も座らぬ赤子、不幸中の幸いだったのが下が生い茂る原っぱだった事。塗装された道や砂利道ではなく、石もないただの原っぱ。
草というクッションがあったとはいえ、地面に叩きつけられたも同然。痛みに泣き叫ぶ赤子を前にオルニスはパニックを起こして必死に抱き上げようとしたが、その腕は半日以上先の翌朝になるまで赤子を掴む事はできなかった。
「ッ誰かこいつを受け止めてくれェェ!!!!」
絶望に満ちた悲鳴の様な声をが上がり、咄嗟に動いたのはやはりシャンクスであった。目の前に居たフードの男が突然半透明になり、その腕にいた気配――布で見えないが恐らく幼子だろう――が落ちた中で悲鳴と共に掛けだした。
囲んでいた仲間を押し退けて咄嗟に両手を差し出す。地面すれすれでシャンクスはオルニスの腕から落ちた幼子を受け止め、何とか数歩前に進みながらもよろめきながら崩れた体勢を整えた。
静まりかえる場、誰も何も口にしない。勢いよく走り出してギリギリのところで受け止めたシャンクスは少し茫然とオルニスと幼子を交互に見ている。突然半透明になった男と、腕の中にいた幼子。
そのシャンクスにオルニスは駆け寄った。慌てて幹部達は武器を向けたが、それはベックマンに止められる。いいのか、と幹部達はシャンクス達とベックマンを交互に見るが、ベックマンは静かに首を振るだけだった。
「ッ小蘭……!」
大慌てで駆け寄ってきたオルニスにシャンクは少しだけたじろいたが、フードで見えなくてもその顔が心から焦り、意識が全て幼子に向かっている事に気づいてからは特に何も口にしなかった。
「小蘭、大丈夫か……!?怪我はねェかよい!!痛いとこは!?どこも捻ってねェかい!?」
オルニスは周りの事など見えていなかった。秘かに目を見開くシャンクス達など気にもしていない。脳裏に浮かんでは消えるのはあの絶望の日。泣き叫ぶ赤子を前に抱き上げる事も出来ずに立ち尽くすしかなかった。
「あぁぁァ、すまねェ、本当にすまねェよい……!こんなつもりじゃなかったんだ!!!おれのエゴでお前をまた怪我をさせ……!!」
そっと半透明の指をシャンクスの腕の中にいる小蘭に伸ばすが、それは空を切る。その手ではなにもつかめない。フードの下で顔を歪めたのが分かったのだろう、シャンクスの腕の中で幼子は小さく「ぅ、」と声をあげ、その直ぐ側にある半透明の指を握ろうと手を伸ばした。
勿論触れる訳もなかったのだが、まるで大丈夫だと言わんばかりのその行動にオルニスの視界がぼやけた。下手したら小蘭は死んでいたかもしれないのに、その失態を何も言わずに許してくれたかのような錯覚に陥って泣きそうだった。
それをジッと目の前で見つめていたシャンクスはそっと目を伏せてしっかりとオルニスを見据える。
「……改めて聞くが、お前は不死鳥マルコで良いな?」
確信の声。オルニスの声の質、話し方などを聞いて、それはもう確信だ。確かめているのではない、それはもうそうだと認めさせるかのような言葉。
ハッと肩を揺らしたオルニスはそっとシャンクスを見て、背後にいる幹部達を見るともうどうにもならないと小さく頷いた。
「……この世界の不死鳥マルコではないし、もう既に捨てた名だが……おれは、かつて「マルコ」と名乗っていたよい」
そう言って顔を隠していたフードを取ると、出てきたのはこの海の何処かにいる白髭海賊団のマルコの面影を残す年老いた男だった。
もう少し人が来ない場所に移動しよう、と言ったのはシャンクスがその顔を見て直ぐの事だった。騒動があった場所もそれなりに森の中だったが、念には念をいれて奧の方へと入ろうという提案だったが誰も否定せずに皆で動き出した。
先頭を歩くのはシャンクスで、その腕の中には小蘭がいる。その数歩後ろをフードを被り直したオルニスが歩き、その後ろの少し離れた場所にベックマン達がいる。
そうして無言で歩く団体は目立ったが、周りに誰もいないので特に何も問題は無い。
シャンクスは腕の中の少女を見て、そっと後ろを歩くオルニスを見る。オルニスの顔は見えないがきっと険しい顔をしている事だろう、とシャンクスはぼんやりと思った。
そして歩いて数分、森の奥深くへと着くと、シャンクスは足を止めてオルニスの前に立った。オルニスも足を止めて何処を見ればいいのか分からないままジッとシャンクスを見る。ベックマン達は声が聞こえる程度の場所まで離れて木にもたれ掛かったり、根元に座り込んだりと各々の体勢で耳を傾けた。
「それで?おまえは一体何者なんだ」
「……かつて「不死鳥マルコ」と呼ばれていた、今はただの亡霊だ」
腕にいる幼子に不安を与えないようにか小さく左右に揺らしながらシャンクスは疑問を投げかけた。オルニスは吐き捨てるように答える。
「……亡霊?……死んでいるのか?」
「あァ、死んでるねぃ。とっくの昔に海へ還ったよい」
「…………」
どこかおざなりな返答にどう返したら良いのか分からない。オルニスが死者である事は分かった。現に今は身体が半透明なので幽霊の様なものだと思う事が出来る。だが「かつてマルコだった」と言う言葉は意味が分からない。
シャンクスは勿論、話を聞いている幹部達もオルニスの言葉の意味を理解しようと考える。
「……赤髪、お前さんは後悔した事があるかよぃ?」
「……後悔?」
今にも消え入りそうな小さな声でそう聞かれ、勿論聞き逃す事はしなかったシャンクスはどういう事だと復唱する。人間誰だって後悔はするし、シャンクスも何度も後悔はしてきた。だがそれが今何故関係しているのか、と訝しげにオルニスを見る。
「おれはねぃ、たくさん後悔したよい。なんにも守れなくて、沢山のものがこの手からこぼれ落ちて、けれどおれ自身は能力故に助かって……後悔ばかりの人生だったよぃ」
「……おまえの言たい事はよく分からないが、……後悔ばかりと言えどそれでも白髭の親父さんと共にいた日々は幸せだっただろう?」
「勿論だ」
後悔ばかりの人生なんて悲し過ぎるだろう、とシャンクス達は思う。ベックマン達はさておき、シャンクスは「白髭海賊団」とはそれなりの付き合いだ。その中で何度も刃を向け合った男が後悔ばかりしていたなんて思えなかった。殺伐とした戦いばかりではなく、酒盛りだってしていた仲故に。
海賊業をしていたら仲間を失うなんてザラにある。それに堪えたとも考えられたが、そこまで心が弱い男ではなかった事をシャンクスは知っている。
そうやって考え込むシャンクスを前に隠しているフードを手で取りながらオルニスは笑った。心底幸せだったとオルニスは笑う。シャンクスの言う通り親父と共にいた日々「は」幸せだったのだから。
「後悔して、後悔して、後悔して、そうやって死んだおれは、なんの奇跡か小蘭と出会う事ができてねぃ」
「…………小蘭、というのはこの、」
「そう、てめェが抱いているその子だい。その子に出会っておれは亡霊としてやり直すことにした。……後悔しない為に。そして望みを叶える為に」
「…………」
シャンクスは腕の中にいる幼子を見る。何処からどう見ても普通の子だった。少し大人しいのかもしれないが、死んだ男の望みを叶えようとするなんて思えない。能力者か、と思ったが第六感が「違う」と叫んでいる。
「赤髪、てめェは敵船の奴だがそれなりに筋は通っているし話が分かる奴だということを前提に話す。
おれは生きている時は「不死鳥マルコ」と呼ばれていた。生前の懸賞金は十億はとっくの昔に超えている。そんなおれが沢山の未練を抱えてこの世界にやってきた。この世界でおれは小蘭の力を借りて起るであろう「未来への後悔」に抗う為に戦う。
この世界に「おれ自身」はいるから決しておれは望む未来で共には立てないだろう。それでも「おれ」は大切な人達を守りたい」
不死鳥マルコとしてはもう生きられないけれど、この力でおれがかつて守れなかったものを守りたい。
オルニスは吹く風に髪の毛をなびかせながら目を細め、まるで悪戯っ子の様に笑った。しわが多い顔をくしゃくしゃにして。