彼女は歩きだした。
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朝ご飯を食べ終え、クナイやその他忍具、いざとなった時用の『例の巻物』を腰のポーチに入れて靴を履く。腕にはしっかりとくーちゃんがいる。
玄関まで来た花の「いってらっしゃい」の言葉に元気よく挨拶をして、ルカは家を出た。
今日は初の演習だ。
************
厄日かもしれない、そうルカは心の中で呟いた。
「……あ、」
「お」
班が決まって自己紹介をした次の日、演習の為に家を出たルカはあと数分で演習場に着くというところでアスマと鉢合わせをしてしまった。
担当上忍で目的地も一緒なので会うのはおかしくはないが、昨日初めて顔を合わせた異性の上司と二人っきりになるのは人見知りでなくても何処か気まずい。それでも慣れていかければいけないのでルカは小さく息を吸うと声を出した。
「……おはよう、ございます」
「おう、おはよう」
挨拶は基本中の基本、いくら人見知りであろうと挨拶をしないという選択肢はない。それにかつてルカは社会人だったのでそういう事には少々敏感だった。
ルカの震える声の挨拶にアスマは気にする事無く笑顔を見せながら挨拶を返す。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そして適度に距離をあけてアスマとルカは演習場へと歩き出した。が、二人の間には一切会話はない。どちらもお喋りではないのでそうなるのは必然だった。
気まずい空気が流れる中、アスマが漸く口を開いた。無表情で前を向いて歩くルカに気づかれない程度にアスマは彼女を観察をしたが、一欠片も心を開いていない事に気がついた。
これからの為にも少しでも多く自ら交流しなければいけないと思って声をかけたが、ルカはアスマが思っていた以上にコミュニケーション能力が低かった。
「……ルカ」
「っは、はい」
「お前まだ集合時間の一時間前だぞ」
突然名前を呼ばれてルカは誰が見ても分かるぐらい肩を揺らし、動揺して少しだけ後ずさりをした。ルカは恐る恐る目線が高いアスマを見上げ、アスマもルカの反応に申し訳なく思ったのか少し困り顔でルカを見下ろしている
集合時間の一時間前、流石に早すぎる。ルカは一瞬考え込むと小さく笑った。
ルカ自身、確かに不安などを含めて色々と思う事はあるけれど、新しい環境に入っていく事自体は苦手なわけではない。むしろほんの少しだけ楽しみだと思っている。その気持ちは彼女にとっては無意識で、アスマに時間が早いと言われ、何故早かったのかを考えて漸く気がついた事だった。
ルカが少しだけ笑ったのをアスマが見逃す訳もなく、けれど指摘する事でもないので「そういう顔も出来るのか」と内心ホッとしたのは秘密だ。
ただ時間が早いと指摘はしたが、そのルカと鉢合わせをしたアスマ自身にも「早い時間」はブーメランとなって返ってくる。
「それは、まぁ……猿飛先生も、人のこと言えない、じゃないですか……」
「……さ、猿飛先生…!?」
ルカの指摘に返事をする事も出来ずにアスマはギョッとした。気まずそうに後頭部をかきながらマジマジとルカを見つめる。
突然声を上げられ、一歩後ろに下がるという挙動不審のアスマを目の前にしたルカはその背中に冷や汗を流した。「何か変な事を言っただろうか}「もしかして名前を間違えたのだろうか」その思いがぐるぐると脳内で渦巻く。
「えっ、ぁ……せ、せんせいは、先生は猿飛アスマ先生ですよね……?」
覚え間違いをしてしまったのかもしれない。そう思ってルカは慌てて聞くと、アスマはルカの不安に気がついて慌てて弁解をした。
「あぁ、間違ってはいない。大丈夫だ」
「じゃあ、なんで……?」
名前を言い間違えたのならまだしもそうではないというのなら「猿飛先生」の何がいけないのか。ルカは首を傾げた。
アスマは少々気まずそうに咳払いをするとルカと目を合わせる為に腰を下ろした。
「なぁルカ」
「なん、ですか…?」
「猿飛じゃなくてアスマって呼んでくれねぇか?」
「……ぇ……?」
目が合った瞬間に条件反射で逃げる様に後ろに下がったルカは投げかけられた言葉を聞いておそるおそるとアスマを見る。
アスマは何処か儚い微笑みを浮かべている。
何でだ、とルカはマジマジとアスマを見つめ、アスマもルカを見つめる。
両者引かずに数分の時が流れた時にルカは漸く気がついた。
仲良くしたいとか、そっちの方が呼ばれやすいとかそういう軽い理由ではないのはアスマの笑顔から分かる。
あとはその「猿飛」という家名。
「……あぁ、そういう事か」
「…………、」
三代目火影は「猿飛」だ。
「……親が優秀なら……大変、ですね」
「っ!」
「まぁ……私には、関係ありません。
ね、アスマ先生」
「!」
アスマが何故そう言って来たかを理解したルカが微笑みながら言うと、アスマはクシャリと満面の笑みを見せて豪快に笑い、両手を伸ばしてルカの頭を撫でた。
髪の毛がぐしゃぐしゃになってもアスマはなで回し、ルカはなされるがままに立ち尽くした。
誰にでもあるコンプレックス。親が優秀なら息子も優秀なんて方程式が成り立つこの世界ではアスマの様な男は生きにくいのかもしれない。
周りからのプレッシャーや、何をしてもあの人の子なら当たり前、そんな世界で生きていたら嫌気がさすのは無理もなく、そうして突き進めば自分自身は必要ではないのだろうか、と思い込んで自暴自棄になってしまう。
そうならなかったのはアスマの――。
漸く解放され、手ぐしで髪の毛を整えるルカは上機嫌で笑うアスマをぼんやりと見上げた。
ルカにはプレッシャーなどは分からないけれど『必要ない』と思ってしまう事がいかに悲しい事かよく分かる。
この世界に生まれてからまずはじめにした事が一族と縁を切ることだったから。
私は一族に必要なかったもの。
その言葉を飲み込んで、ルカは先を歩き出したアスマの背を追い掛けた。