彼女は歩きだした。
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次の日、不安ながらも少し楽しみにしていた班決めが行われた。ルカは窓際の一番後ろで一人静かに自分の名前を呼ばれる時を待っている。
「班は力のバランスが均等になるよう、こっちで決めた」
イルカ先生の説明を軽く聞きながら膝の上にいる熊の人形「くーちゃん」を抱きしめる。「あぁ、誰と一緒の班になるんだろう」その思いでいっぱいだ。
「七班―うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケ」
ルカには親しい友達もいないし周りとあまり関わることはないけれど、七班に個性的な人たちが集まっている事だけは分かる。
三人一組、もしくは四人一組なのでこの班にルカが入る可能性があるので彼女は祈った。ここは嫌だ、と。悪い人達ではないのは分かるが些か三人全員が個性の塊だ。
「八班―日向ヒナタ、犬塚キビ、油女シノ」
誰かと関わるのが苦手なので多少の差はあれど誰と一緒でも大変だが、この八班は良いと思う。元気いっぱいな犬塚君はうるさそうだが、あとの二人は静かだから居心地が良さそう、なんて思ってたら直ぐに九班のメンバーの名前が呼ばれ落胆。
それは予想もしていなかった班決めであった。
「十班―奈良シカマル、山中イノ、秋道チョウジ、そして此処は四人一組になる。水橋ルカ」
ルカの名前が呼ばれた。無事に班が決まった事にホッとはしたものの、少しだけ憂鬱でもあった。ルカ以外の三人は猪鹿蝶トリオだからだ。親世代が有名な連携をとれる人たちで、その中に「部外者」が入ったらきっと足を引っ張る。そんな未来が見えており、ルカはこの先やっていく自信がなくなってぎゅっとくーちゃんを抱きしめて俯いた。
その後は担当上忍がくるまで解散になり暇になった。最低でも一時間は上忍が来ないと知らせを受けており、時刻が昼だったので必然的に食事の時間となって荷物を持って教室から抜け出した。
アカデミーから少し離れた場所の木の下で幹に背中を預けて花が作った弁当箱を開く。膝にくーちゃんを置き、横には口寄せで呼んだ忍猫の一匹である三毛猫のタマ。
食事をする時は一人っきりで口寄せで呼んだ忍猫と共にいる事を知っている花は必ず猫用の弁当もつけてくれている。ルカはゆっくりご飯を口に運び、忍猫も嬉しそうに魚にかぶりついた。
それから十数分後に食べ終わったがまだ時間があったのでくーちゃんとタマを抱きしめながらぼーっと空を見上げていると、誰かが近付いている気配がした。ルカは此処が人通りが少ないと知っているのでいつも活用していたが今まで一度も人と遭遇したことがない。
一人の空間を求めて此処にいるルカは離れる為に立ち上がると、此方に足を進めていた誰かが背中に向かって話しかけてきた。少し距離はあるが静かなこの場所ではお互いに声は届く。
「お前今日も一人かよ」
驚いて振り向くとそこには男性が二人。一人は口に何かを加えており、もう一人は色白で目の下にくまがある。二人とも額当てをバンダナのようにしており、中忍以上の人が着るベストもしている。
ルカは答える事無くジッと二人を見ているとそのうちの一人である色白の人が微笑みながら話しかけてくれた。
「そう警戒しないでください」
ゴホっと咳き込みながら言った。何と答えれば良いか分からないので黙り込んでいると、腕を組みながらジッとルカを見つめていたもう一人が口を開く。
「お前今日アカデミー卒業した一人だろ」
「…………は、い」
知らない人に話しかえられるのが苦手なルカはくーちゃんを抱きしめながら頷く。タマはルカの足元でジッと二人を見つめており、契約主の危機かどうかを見定めている。
「お前なんでいつも一人でいんの?」
「……え?」
「俺ら此処が見える建物にいんだけど、いつも此処に一人でいるよな」
何時も此処にいる事がバレていたようだ。そう声を掛けられて思わず顔をあげていたが、見られていた事を知って恥ずかしくなって直ぐに俯いた。そんなルカを見て二人は顔を見合わせて困った様に後頭部を掻く。
「えっと、君の名前はなんですか?」
「……わたし?」
「ええ」
「………水橋…ルカ」
「ルカちゃんですね、私は月光ハヤテ、隣は不知火ゲンマ。これでも特別上忍をしています」
思った以上に地位は高かった。特別上忍といえば専門的な分野に長けている人達で、どちらにしても畏縮はしてしまう。タダでさえ知らない人を相手にしているのだから無理もない。
「お前一人でいて寂しくねーのか」
ゲンマがジッとルカを見つめながら抑揚のない声で言った。ジッと見つめてくる彼の瞳は何でも見通しそうな程に透明だ。足元にいるタマが心配そうにルカを見上げる。
「……寂しく、ない」
「へぇ。今時のガキは連れだって行動するけどお前中々強いんだな」
「……え?」
返答は強がる事しか出来なかった。寂しくはないけれど本当にそうなのかと聞かれたら何も答えられない。まさか見ず知らずの人に肯定的な事を言われるとは思わなかったので思わず頭を上げると、二人はもう2~3mの距離まで近づいていた。それに驚いて一歩下がるがハヤテはにっこり笑いながら視線を合わせる為にルカの前でしゃがんだ。
「窓からここを見るとルカちゃんはいつも一人でいて、少しだけ心配してたんですよ。小さな子供がいつもこの木の下で座り込んでいるんですから」
「………」
「思い切って近づいてみると額当てをしているので今日卒業した子だと分かって話しかけてみることにしたんです」
ハヤテはゲンマと同じような透き通った瞳でルカを見つめる。探る目ではあるが冷たい印象はない。けれどその瞳が恐かったので俯くと、頭上から確信を突いた言葉が振ってきた。
ゲンマの声だ。
「お前人と関わるのが苦手なのか」
何も喋らないルカの頭をゲンマはわしゃわしゃと撫でる。無言は肯定と取ったのかもしれないが、ルカにとっても本当に図星だったので間をあけて静かに頷いた。
「そんなんでこれからやっていけんのか?」
「ゲンマ!」
ルカが今一番心配している事をゲンマに言われて肩を揺らすと、見ていたハヤテがゲンマを咎めるような声を上げた。悩む相手を思うのならもう少しオブラートに包め、と言いたいのだろう。だがルカにとっても図星なので震える声で言うしかなかった。
「………やって、けない…」
「……自覚してんのか」
「……ど、どうしよう」
キュッと下唇を噛み締めながらルカが声を震わせる。現実を実感すると心がギュッと締められる感じがした。無自覚であるより自覚している方がまだマシかと二人は少しだけ関心したが、思った以上に少女にとっては深刻な悩みだったのかどんどん青白くなっていくその顔に直ぐに眉間に皺を寄せた。
「あ?」
「ルカちゃん?」
「……これからあの班でやっていく自信、ない…」
「…………」
ゲンマの言うとおりルカにはやっていく自信が全くなかった。どうしたら良いかも分からない。どうすれば良いのかも分からない。くーちゃんを抱きしめながらルカがその場にしゃがみこむと、二人は何を思ったのかルカの両側に座り込んだ。驚いて身じろぐがゲンマの方が速かった。
「よし、お前も座れ」
「わっ!」
ゲンマに肩を押され、今度こそルカは地面に座り込んだ。驚いてゲンマを見ると彼はルカを見てニヒルに笑っており彼女は固まった。
何を企んでいるのだろうか、からりと喉が渇く。足元にいた忍猫は警戒しながらもゲンマ達に敵意がない事に狼狽えている。
「ルカちゃん、私達でよければお話……聞きますよ?」
「……え?」
「まぁなんだ。未来ある若者の悩み相談にのってやるって言ってんだよ」
「…………」
二人とルカは初対面なのに相談に乗ってくれるなんて言いだしたのでルカは驚きでいっぱいになった。二人とて暇ではないが、里の将来を担う子供なのでお節介を焼くのも悪くはないと微笑む。
そんな二人の優しさは嬉しいものではあったが、ルカには今まで花以外にそんな人がいなかったので狼狽えるのは当たり前で、声を出せずにゆっくりと何かを言いたげにパクパクと口を開閉するだけになってしまう。
その姿にゲンマは眉を寄せた。
「お前相談すら苦手なのか」
「……私を育ててくれている人しか、相談できる人いなかったから…」
「……そうか。なら俺らがその相談人の仲間入りだな」
「……?」
「良いから話してみてください」
多少は強引だったかもしれない。ルカの狼狽えっぷりを見ると二人にはそう思わずにいられなかったが、少女「育ててくれている人にしか相談出来ない」という言葉から彼女が孤独の中でに生きているという現実が見えてくる。
何とも危うい少女だと二人は思った。このまま放置するわけにもいかないし、放置するつもりもない。
ハヤテがルカの頭を優しく撫でながら促すと、ルカ自身もなんだかんだと少しずつ落ち着いてきて、悩みを話そうという気持ちが沸いてくる。ハヤテの手が花のように温かかったからかもしれない。
ルカはポツリ、ポツリと話を始めた。
「……私は、人が怖い。どう関わったらいいか分からない。でも血の繋がりも何もない私を育ててくれる人に恩返しをしたくて忍の道を選びました……。勿論その事に関して何も後悔はない。……だから今日の班決め…とっても楽しみにしてた……けど、その班のメンバーが私はとても嫌だった……」
「……嫌?」
「二人なら知ってるはずだけど、猪鹿蝶ってわかりますか?」
「勿論。チョウザさん、イノイチさん、シカクさんのフォーメーションだろ」
有名なトリオの名前だ、二人とも未熟なアカデミー生ではないので知らない訳がない。当たり前のようにゲンマが答えた。
「私の班、そこの息子さん達と一緒なんです。別にその人たちが嫌いなわけじゃない。……けど、私はその仲の良い出来上がったチームに入っていく自信がない……。私だけ余りで、絶対足引っ張る……それが嫌なんです」
その現実を改めて口にするとこれからの未来が現実味をおびて涙まで出てきた。声が震え、ギュッと身体を縮こめる。心配しているのか「にゃおーん」というタマの鳴き声が辺りに響き渡った。
モヤモヤとする内心とは裏腹に左側から大きなため息がルカの耳に届いた。左側にいたのはゲンマで彼が大きくため息を吐いたのだろう。ルカの肩が大げさな程跳ねる。
「お前な……そんな事心配してたのかよ」
「そんな事って!私には死活問題で……!」
「元祖猪鹿蝶は元祖、そして今は今だろ」
ゲンマはルカが聞き逃さないようにゆっくりと、そしてしっかりとその言葉を口にした。そのチームにルカが入った以上「猪鹿蝶」に捕らわれたり、わざわざ比べたりするのは実に愚かな事なのだとゲンマは言う。
「……え?」
「そりゃあそこに入っていくのは怖いだろうな。けどお前はお前だ。その息子たちがお前になんか酷いこと言ったのか?」
「……言われてない、です」
「なら何も心配はいりませんよ」
分からない、と不安そうにしているルカの頭を今度は右側から伸びてきた腕がゆっくりと優しく撫でる。
「出来上がったところに入っていくのはとても大変な事です。けれどあなたは今日卒業したばかりで、息子さん達も卒業したばかり。これから沢山の任務を受け、沢山の困難があり、沢山の出会いがある。その中でチームワークなんてものは変わっていくんですよ」
「……変わっていく?」
「ええ。……そして、貴方達はこれからなんです」
だから始まってもいないうちから脅えるのは止めなさい、そうハヤテは言い切った。猪鹿蝶のコンビネーションは凄い、畏縮するのも無理はない。けれど班決めがそうなった以上きっと何か思惑があるのだろう。
「四人の力を見せつけてやるのです」
ハヤテの力強いその言葉の後、三人の間に優しい風が吹いた。
「……これ、から」
「ええ、何も心配いりません」
「………」
「だから自分に自信をもて。……『そんなもの』持ってるぐらいなんだからよ」
「!」
自分に言い聞かせるように小さく呟くルカを見てニッと笑いながらゲンマはルカが持つ熊の人形を指さす。ルカは大きく目を見開き肩をゆらすと二人から隠すようにくーちゃんを抱きしめた。直接指摘をされたのは初めてだった。
「ルカちゃん、ゲンマは実力のある方です。私には分からないですけど……その熊の人形には何かあるんでしょうね」
「…………」
ハヤテには分からなかった様だが、本当の意味で気づかれるのも時間の問題だろう、これがただの「人形」ではないという事に。
「まぁそんな心配そうな顔すんなって。俺は褒めてるんだよ、そんなもの持ってるんだからお前は下忍の中でも相当な実力者だろうな。……そんなお前ならそのお前が怖がる班でもやっていけるさ」
ゲンマはニッと笑って今度はルカの額を優しく人差し指で押した。その悪戯心と優しさは勿論熊の人形を褒めてくれた事もあって、少しだけ元気が出てきたルカは小さく微笑む。
「……ありがとう、ございます。不知火さん、月光さん」
「ゲンマ」
「ハヤテ」
「……え?」
面倒くさかっただろう自分に話しかけてくれたうえ励ましてくれた事も含め、ルカはお礼を言って頭を軽く下げると二人は自らの名前を口にした。二人の意図が分からずルカは頭を傾げるとハヤテはニッコリ笑いながら言った。
「親しみを込めて下の名前で呼んでください」
「あれだ。友達のいないお前の友達になってやるってことだよ」
「……と、友達?」
ルカが思わず目をパチパチさせるとゲンマはおかしそうにくくっと笑った。馬鹿にしたような笑みではない。眩しい何かを見ているかのような笑みだ。
「俺お前の事気に入った。だから友達になってやる。ちなみに相談役にもな」
大人の余裕というものかもしれないが、何処に気に入る要素があったのかは分からない。それでも誰かに友達になろうだなんて言われたのは初めてだった。ルカの頬が赤く染まっていく。
「まぁ俺たちも任務あるし年齢なんて一回り以上違うが、困った事があったら何でも相談しろ。少しぐらいなら力になってやるよ」
「ゲンマなんて三十路ですからねぇ」
「うるっせ」
苦笑い気味で後頭部を撫でるゲンマにハヤテが少しだけ笑いながら現実を突きつけた。十代前半の女子に三十路の男が友達を持ちかけるなんて事案もいいところだが、そんな空気は全くない。本当に好意からくるものだろう、それが分かったからかルカは少しだけ期待した。
「……良いん、ですか?」
「えぇ。その代り、貴方の秘密をいつか話してくださいね?」
「!?」
今度はハヤテがにっこり笑う。なんて侮れない人たちなんだろうか、と背中に汗を感じた。ルカが沢山の秘密を抱えている事も、そして先程熊の人形の事も気がつかれた。
だが、優しく声をかけてくれて励ましてくれたこの二人なら信用できるかもしれないという期待は胸にある。
「……わ、分かりました。ゲンマさん、ハヤテさん」
「おう」
「これから頑張ってくださいね」
引っ込み思案で他人にあまり何も言わないルカが綺麗だと思える程の笑みを見せながら、二人は今日何度目かの彼女の頭に手を伸ばした。
新しい出会いは第一歩を踏み出す切っ掛けだった、そうしてこれからもこの二人がルカを支えてくれる事になる。
これから不安だけどなんだか頑張れるような、そんな気がした。