彼女は立ち向かう。
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「おはよう」
「おはよう、ルカちゃん。疲れてたのね、帰ってきて直ぐに倒れてびっくりしたわ」
予選が終わり、漸く家に帰ってくる事ができた。
迎えに出てきた花の顔を見たルカは感極まって抱きつきに行き、花もギュッとルカを抱きしめた。それなりに強いといっても死ぬ可能性がある中忍試験、待つ事しか出来ない花にとっては気が気じゃなかっただろう。
玄関で靴を脱いで家へとあがったが力尽きてしまった。はしたないと分かっていても耐えきれずにゆっくりと床に寝そべって眠りこみ、少したってから花に起こされて何とか風呂へと入ったものの、夕ご飯を食べる事無く布団に倒れ込んだ。
平気な顔をしていたが疲労が溜まっていた様だ。
「うぅ、ごめんなさい」
「良いのよ、予選を通過したんでしょ?頑張ったじゃない」
そして翌日、普段の起床時間より三時間も遅く起きたルカは朝食の支度をしていた花にルカはパジャマのまま話しかけた。
三時間といえど元々起きるのが早いので、世間一般的に見ても十分朝食の時間帯だ。
花は嬉しそうに包丁を動かしながら後ろで寝起きの為ボーっとしているルカへと言葉を返す。
「…え?誰から聞いたの?」
「シロに聞いたわ。……とっても無理したらしいじゃないの」
そう言った花の声は少しだけ暗い。無理をしたらダメだと言う気はないが、だからといって自分から命を削る真似はして欲しくはない。
「っシロ喋ったの!?」
「聞いたら答えてくれたわ」
「…………」
ルカと契約している忍猫達の中でシロだけ唯一花とも契約している。と、いってもそもそもシロは花が契約していた口寄せ動物で、シロ以外はシロの紹介から契約となった。花自身は結界の代償により忍としてはやっていけないのでシロ以外とは契約をしていない。できなかった、という方が正しいが。
何も話す事も出来ずに眠りについてしまったルカの代わりに、花はシロを呼び出し中忍試験の事を聞いていた。
「ルカちゃん、本選出場おめでとう!」
「…うん!」
包丁を持つ手を止めて、花はルカへと満面の笑みを見せた。ルカも喜んで貰えた事が嬉しくて、ニコニコと笑みを浮かべる。
その後は顔を洗ってらっしゃい、という言葉に頷いて小走りで洗面所へと向かった。
***************
「相手はどんな方なの?」
「『山守すばる君』っていう男の子。木の葉の忍で私より二歳上らしいよ」
「そう。本選が楽しみね」
机の上に出来上がった料理を並べ、花と顔を洗って着替えてきたルカは向かい合う。
「いただきます」の挨拶をすると、食べ物を口に運びながら合間合間でゆっくりと話をした。
予選を勝ち抜いたルカの相手は二つ年上の山守すばるという少年で、年齢だけで言うとネジ達と同級生らしい。
「…本選は楽しみだけど、…やっぱり『あの家が』が心配で、さ…」
「……そう、ね。…力を使わないのにこした事はないけど…山守すばるさんに失礼だもの」
二人は今でも自分達を苦しめる「あの家」を思い浮かべてぶるりと小さく震えた。
卑怯な手を使う相手に正攻法で回避するのは無理なので、我武者羅に逃げて隠れるしかない。
「……花さん、あのね。私、…実際問題を抜きにして考えたらやっぱり全力で戦いたいんだ。予選を見て思ったんだけど、皆全力で戦っていて、キラキラしてたんだ。それにね…!」
「……、……やはり私は間違っていたのね」
決意を秘めた少女の顔を見て、花は動かしていた手を止めた。
今にも泣き出しそうな笑みを浮かべながら花はそう囁く。
「……え?」
「私は貴方を守りたい一心に小さい頃から貴方に「力を隠しなさい」と言い続けてきた。その結果……あなたはその言葉に縛られてしまった」
花は箸を置くと悲しそうに、ただしっかりと真剣な顔でルカを見つた。ルカもそれにつられ箸を置き、じっと花を見つめる。
二人の間は嫌な雰囲気に包まれている。
「先の事は分からないのに、勝手にあの家に狙われるなんて思い込んで…」
「…思い込みじゃない。実際あの家は実力主義だし、私の『命』を狙ってた」
「そう。…その状況が貴方をめちゃくちゃにしたの」
「……………」
幼少期――人間の友達を作れずにずっと花と二人でお人形遊びをし、少し大きくなると命を狙われたから武器を持ち、アカデミーに入ると人に接する方法を知らなかったがばかりに周りに馴染めず、臆病になった。
前世の記憶も大きいが花が知るわけもなく、それを抜いても大部分は幼少期が原因だろう。
「……あのね、……私とっても怖かった。キラキラしている皆を見て思うことがあったけど、それを上回るほどの恐怖があった」
「…………」
「…………予選だって、自ら敗けようとした」
「………っ…ごめん、なさい…」
大切な子にそんな選択をさせてしまった自身が酷く恨めしい。花はぎゅっと下唇を噛んだ。
涙が溢れそうだったが、少女が泣いていないのに泣けるわけがなかった。
「けど、皆が私に勇気をくれたの。何も知らないのに一緒に戦うって言ってくれた…!」
「……!」
その時の事を思い出したのかふんわりと優しく笑う。
三人の頼もしい声に励まされて少女は予選で勝ち抜いた。例えどんなに強い力を持っていようと心が弱ければ力は持ち腐れで、その声がなければきっとルカは負けていただろう。
「だから、何だか大丈夫な気がした。だから予選も戦った。水遁も、剣も、きゅうちゃんだって出しちゃった。それでも皆は私を笑って迎えてくれた」
「…そう…。優しくて強い仲間に出会えたのね」
「うん。…皆の前では恥ずかしく言えないけど……自慢の、仲間なんだ」
笑顔でそう言い切ったルカを前に、花にはその笑顔が眩しすぎて少しだけ目を細めた。
かつて自分が惹かれて、何もかも捨ててついていったあの人に似ているから。もうこの世にはいないけど、あの人は太陽だった。
ルカにとっても、十班の面子は暗い道を歩くその足元を照らしてくれる太陽なのだろう。
それならば、もう大丈夫だろう――花はそう確信した。
「……なら、もう私がいなくても貴方は大丈夫、ね……?」
「!!…っなんでそんな事言うの!?」
いつもと変わりない笑みを浮かべた花の突然の残酷な言葉に、ルカは机を叩いて立ち上がる。
花は箸を持ちなおして食べ始めた。花は冷静な顔をしているが、反面ルカは顔面蒼白だ。
ずっと一緒にいるつもりなのだから。自分を愛してくれる花を、自分が愛する花を、ルカはそばにいる事を望んでいる。
「なんでそんな悲しい事言うの!?私、花さんがいなくなるなんて嫌!」
「私だって貴方と離れるのは嫌よ?けれど私はいずれ死ぬ。…老いには勝てないもの」
問題は浮き彫りだ。二人の年齢差は半世紀近い、どうあがいても花は老いには勝てないのだから。
普通に生きて、何事も無く眠る様に息を引き取ったとしても、ルカと一緒にいる事が出来る時間はそう長くはない。
ルカが考えないようにしていた事だったが、それをまさか花自身が口にするなんて。
「っ…でも…!」
「ずっと思ってたの。貴方にもし仲間ができなかったり、上手くいかなかったら…。私はそんな事になってしまっていたら、死ぬに死ねない。これでももうだいぶ生きたのよ?あなたの数倍生きてるの。……そろそろ、彼に会いたいわ」
「……………」
「勿論、自然の摂理には乗るつもり。自ら命をたつなんて事はしない。……あの人に怒られちゃうからね」
困ったように花は笑うが、ルカにとっては心中穏やかではない。
ただそれでも、どうしようもないこの状況にルカは黙って座るしかなかった。
彼女が生涯愛している砂の彼の事を思うなら尚更――。
「……突然、何でこんなこと言いだしたの?」
「…ふふふ、何故でしょう?」
「花さん…!」
誤魔化すように微笑む花に、ルカはまた声を荒げた。
普段から大人しく口数も多い訳ではない少女がこうも興奮して叫ぶ事は先ずない。
花は少しだけ驚きながらもゆったりと口を開いた。
「…なんだか、とっても嫌な予感がするの」
「嫌な、予感……?」
「そう。身の毛もよだつような……嫌な予感」
花は得に勘が鋭い人ではない。けれど長年生きてきたその経験が警告音を鳴らしている。
ちらりと此処とは違う机に置いてある写真を見ながら言う。
「…それに、あの人が残した傀儡達も調子が悪いの」
「…………あ、」
「…え?どうしたの?」
傀儡師でもある花は数体の傀儡を持っている。メンテナンスと共に傀儡遊びをしているのでほぼ毎日その手に傀儡は触れていた。
砂の彼がうつっている写真を見る花を見て、ルカは思い出した。その写真にうつる彼から花へ、そしてルカへと渡った傀儡の事を――。
「ごめんなさい、花さん。……きゅうちゃん、壊れちゃった…」
あのバラバラになった九官鳥をルカは思い出す。
あれはもう木端微塵レベルだった。
起爆札による至近距離の爆発なので、そうなるのも無理はないだろう。
「…そう」
「…怒らないの?」
顔色をうかがう様な素振りを見せるルカに、花はゆっくりと首を振った。
「怒るわけないじゃない。どうして怒るなんて思うの」
「だって…九官鳥は、あの人の形見、でしょ…」
言いにくそうに俯きながらルカはちらちらと花を見るが、花は困ったように笑っているだけで、その言葉通りこれっぽっちも怒ってはいなかった。
九官鳥は砂の彼の残した傀儡の一つだ。元々、砂の彼が相棒として使っていたのが、彼の死後はそれを花が受け継ぎ、ルカが傀儡に興味を持ち出した際に譲渡したのが九官鳥だ。
四十年以上前に作られたものなので部品をかえたり、ガタがきたところは花やルカが直しているがとっくの昔に限度を迎えており、例え今この時代と昔とで傀儡の構造が変わっていなくても、九官鳥は旧式傀儡と言えただろう。
だからどんなにメンテナンスをしようが、元は一昔前のものなので耐久性にはかける。早かろうが遅かろうが形あるものはいつかは壊れる。だからこそ悲観する気は花にはなかった。
「どれぐらい壊れているかは分からないけれど、恐らく今から頑張ってもぎりぎり本選には間に合わないでしょうね…」
「…そっか」
「どうする?本選では傀儡を使わないでおく?」
「ううん。『海斗』と『句海』を連れていくよ。…いざとなったらあの二人に力を貸してもらう」
九官鳥の「きゅーちゃん」以外にルカは数体の傀儡を持っている。海斗と句海という名前をつけている様だが、その詳細はまだ分からない。
それでも「連れて行く」という言葉通り、九官鳥と違って普段は持ち歩いていない様だ。
「分かったわ。九官鳥は私が直しておくわ。…貴方は本選の事を考えなさい」
「うん。……花さん、ごめんね」
二人ともと食べ終わり立ち上がるとルカが二人分の食器を流し台に運ぶ。そしてスポンジに泡をつけて洗い出した。
机を拭きエプロンをとった花が背を向けて食器を洗うルカの背中に言葉を投げかけた。
「…同じ班の子にはまだ話してないんでしょ?」
「………、…うん。」
皿を洗っている手を止めて流れていく水を眺める。後ろを振り向くのはまだ怖い。
後ろにいるのは少女にとって絶対的な味方であるというのに、話をする事を恐れて顔を見ることが出来ない。
それほどまでにルカにとっては大きな出来事なのだ。
「私は、あの子達に話をするのをお勧めするわ」
「……………」
「『一緒に戦う』がその場限りの言葉でも、そうじゃなくても…、否応なくルカちゃん達は巻き込まれていく。それなら話して、あの子達を引き離すなり、共にいてもらうなりした方が良い。…それが最善だと思うの」
「……うん、分かってる」
分かっていても、恐い。その気持ちをしっかりとくみ取った花は、ルカに聞こえるぐらいの小さな声で囁いた。
「………私はまだ一度しか同じ班の子供たちに会っていないけれど、大丈夫、だと思うわ」
それだけを言うと洗濯物を干しにいくのか気配が遠ざかってくのが分かった。ルカは慌ててスポンジを置くと流れ出る水を止めて振り返る。
「…っ花さん、あのね、私!」
―前世の記憶が…―
その言葉を言おうとしたが、花は振り向きながら言葉を被せた。
「そこから先はを私は一番に聞くつもりはないわ。…貴方の仲間に一番に聞いてもらいなさい」
「……………」
「どんな理由があろうとも、貴方は貴方でかわりない。……だって私達は家族でしょう?」
迷い無く言われた言葉にルカは涙が溢れそうだった。
花はにっこり笑うと鼻歌をうたいながら洗濯機を置いてある洗面所へと向かっていった。
ルカはその場にずるずると座り込み、小さく息を吐く。
「……やっぱり、花さんには適わないなぁ…」
その時々に何よりも欲しい言葉を必ず口にして背中を押してくれる。花は誰よりも少女を愛していた。
洗い場に背を預け困ったように笑うルカはだれが見ても幸せそうだったという。