彼女は歩きだした。
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「……あ、」
「お」
正式に下忍になり、Dランクの任務を数回こなし初めて休日の日。甘味処で団子を買って家で食べようと計画していたルカは、一目を避けるように道の端を歩いていると前から見知った彼が歩いてきたので立ち止まった。相手も町中で偶然出会うのは初めてだったので少しだけ驚いている。
「……げ、んまさん」
「ルカか。久しぶりだな」
「……お久しぶりです」
前から歩いてきたのは不知火ゲンマだった。友達宣言らしき事をしてから一度も会っていないので両者共に少し懐かしく感じて少しだけ表情を緩める。
「あれからどうだ」
「……お二人の言う通り、なんとか、頑張ってます」
前回はルカが馴染めないと弱気になっていた時だったのでゲンマはそれなりに心配していた。次会った時に話を聞こうと思っていたが中々会う事は無かったのでばったり会えたのは良かったのかも知れない。
無理だった、恐い、そういう返事がくるかもしれないと心の何処かでは思っていたゲンマはルカの想像以上の前向きな言葉にほっと胸をなで下ろした。よかった、と心から思う。
「そうか。馴染めてるか?」
「……多分」
「……はぁ、」
だが馴染めているかを聞いてみると分からないのか視線を逸らす。俯いて熊の人形を抱きしめるルカを見て、ゲンマはあからさまにため息を吐くとしゃがんでルカと目線を合わせた。
俯くルカはジッと見つめてくるゲンマの視線が恐かったのか抱いているクマの人形をそっと抱きしめた。
「他の奴らはお前に何か敵意を向けてくるか?」
「……ううん」
「いやがらせは?」
「…そんなのない」
「じゃあ会う日はちゃんと挨拶してるか?」
「勿論」
「世間話は?」
「……なんとか。相槌ばっか、だけど…」
「なら嫌われてねーよ。お前はちゃんと馴染めてる」
「…本当に?」
「あぁ」
ゲンマの質問にしどろもどろではあるが答えていくルカの言葉を聞いてゲンマは大丈夫だと確信した。他の班よりかは若干コミュニケーションを取れていないかもしれないが、最初の恐がっていた時よりかは断然に進歩しているのだから今はこれぐらいで良いだろうと頷いた。
不安そうにしているルカにニッと笑いかけると彼女の頭をガシガシ撫でて立ち上がった。ルカもつられて顔をあげる。
「あれからちょっと俺らも心配してたんだ。上手くやってんのかなーって」
「…………」
「でも心配いらねぇみたいだな」
性格上、友達と言えど過度の心配をする気はないが、せっかく半ば無理矢理友達になったのだ。それに未来ある若者には不安で押しつぶされる毎日より、笑って過ごして欲しいとは思う。
「…そう、かな?」
「ちゃんとやってけるなら大丈夫だ」
それでも不安そうにするルカを前にゲンマは真剣な顔で腕をくんだ。小さなルカを見下ろしてジッと見つめる。
「もっと自信を持て。そして周りを信じろ」
「……うん」
「何がそんなにお前を怖がらせるのか俺には分からねぇけど、大丈夫だ。俺が保障する」
「うん」
ゲンマはルカの事情など全く知らないし、知る切欠と遭遇すれば知るだろうがわざわざ調べる気はない。何も知らないからこそ助言出来る事もあり、そもそもその事情を知る権利はゲンマよりももっと他にいる。ゲンマは友人としてこの小さな未来ある子供を時に支えるだけなのだから。
「おや」
そんな二人にある人物が近付いてきた。ごほりとから空咳をしたので直ぐに誰か分かった。
「ハヤテ、さん」
「こんにちは、ルカちゃん」
「……こんにちは」
ゲンマとハヤトは特別一緒にいるわけでもないし、今日もゲンマは非番でハヤテは任務帰りだった。ルカとゲンマが会えたのが偶然だったように、ここにハヤテが現れたのも偶然だった。ゲンマも口にくわえている千本を揺らしながら「お疲れ」と労りの言葉を口にする。
「どうしたんですか」
労りの言葉にお礼を言った後、ゴホッと独特の咳をしながらハヤテはルカを見ると彼女は少し気まずそうに笑う。ゲンマはため息を吐くと今していた会話をハヤテへと伝えると、やはりハヤテも眉間に皺を寄せた。
「過剰な自身は命取りになりますけど、自身がなさすぎるのも命取りですよ」
「……うん」
「……そうですね。何か自信がつくような事をしてみませんか?」
ハヤテの助言は流石にルカも分かっている様だが心が追いついていないのかもしれない。少しだけ考え込んだハヤテは一つの提案を思いついた。
ルカは首を傾げるが、そんな彼女にハヤテは少しだけ微笑んでいる。
「私も昔はとても消極的でした。まぁ今もそんなに積極的ではありませんが。そんな私が剣術に出会い、惹かれ、鍛錬し、自分の武器と誇れた時、何だか自信がついたんです。……ルカちゃんにもそういうものがあれば自身がつくのではないでしょうか?」
ハヤテの独白にゲンマは少し驚きながらも黙って聞いた。月光ハヤテが個人的な主張をしない男であるのは有名な話だ。忍なので間違ってはないが、寡黙なところもあるので拍車がかかっている。
ルカはそっとハヤテを見上げた。
「ルカちゃん、今の君に何か誇れるものはありますか?」
「……ある」
「ほう」
「へえ」
静かに肯定したルカに驚きながらも関心する二人。「クマの人形」を持っている以上ただの弱気な子ではない事は薄々感じていたが、間をあけながらもしっかりと頷いた少女に二人は小さく口角を上げた。
「それ見せてくれよ」
「私も興味あります」
興味が湧いたゲンマはずいっとルカの顔に自分の顔を近づけてニヤッと笑い、ハヤテも腕を組んで彼女を見た。
ルカはギュッと熊を抱きしめて俯く。反応としては嫌と言っている様なものだろう。
「嫌なのか?」
「……嫌じゃないけど、」
ルカはボソボソと小さな声でつぶやくのだが相手は聴覚の良い忍で特別上忍達だ。ちゃんとその見せたくない理由は耳に入ってきた。
「私のは、『趣味』だがら。……あの子は『友達』だし、あまり使ってるところを見られたくないし、……せめてここぞって時に出したいの」
趣味・友達・見られたくないなどあまり言葉としては繋がっていないのだが、二人はその趣味とやらが彼女自身の『切り札』だと言うことだけは分かった。
「……それってさ本当に誰にも見せてねぇーの?」
「……はい」
「担当上忍にも?」
「はい。……多分その時がきても、それは自分が出したいと思った時にしか……。少なくとも自分から言うつもりはありません」
「へぇ」
近しい大人といえば担当上忍だ。二人の脳裏にアスマの顔が浮かぶがルカは首を振る。例え担当上忍であろうとも言わなければいけない決まりはないのだから彼女の言いたいことは分かる。わざわざ自分の手の内を明かす事を忍びは好まない。
それでもこの臆病な少女が誇っているものを見てみたいのだ。
「なら私たちは誰にも言いません。それこそ拷問されても言いません。誓います」
そのあまりの頑固さと拷問されても言わないという誓いに、ルカは若干戸惑いながらも真っ直ぐに自分を見つめてくる二人に渋々と頷く。
「大丈夫だ。俺らは友達を裏切らねぇよ」
ルカがもっと安心できる様にゲンマがハヤテに続いてそう言うと、少女は少しだけ嬉しそうに笑った。
************
あれから三人はあまり人が来ない演習場へと移動した。ハヤテは任務帰りだったので一度離れ、後からその演習場で二人と合流した。
誰にも見られないようにゲンマとハヤテの合同で結界を張る。特別上忍が張る結界なのだからそう容易く破られはしないだろう。
ハヤテとゲンマが横に並び、その向かい側にルカが一人で立つ。その間は十数メートルは離れている。
「……いきます」
「はい、お願いします」
丁寧にハヤテが言葉を返すとルカは少し笑い、腰につけていたウェストバッグから一本の巻物を取り出して開く。
そして印を組むと巻物に右手を置いた。
煙と共に現れたそれは。
「傀儡!?」
ゲンマが驚いて叫び、ハヤテは声を出さないものの目を見開く。
そう、巻物から出てきたのは傀儡人形だった。
「傀儡『九官鳥』です!」
全身黒く顔である場所には仮面があり、その名の通り黄色い嘴がある。
ルカはチャクラ糸で九官鳥を操えると二人へと瞬く間に近づいていった。二人は迫る傀儡に後ずさりを小さくしたが、傀儡はその二人を中心に周りをぐるぐるとまわる。
「私はこの子をきゅうちゃんと呼んでいます。人にとったら武器だったり道具、人形だと思いますが……私にとったら大切な『友達』です」
ルカはゆっくりと二人に近づいていく。五メートルぐらいまで距離を近づけると九官鳥は二人から離れ、ルカの隣へとふわりと着地してその両足で立った。
「っお前凄いじゃねーか!」
ゲンマはハヤテと顔を見合わせると破顔してルカへと近づき、彼女の頭をガシガシと撫でる。
褒められて少し嬉しいのかルカは顔を綻ばせた。
「これがルカちゃんの、誇れるもの……ですか」
「……、はい」
「こんな凄いものを隠し持っているのだからもっと自信を持っても良いのでは」
一歩も動いていないハヤテは九官鳥を見つめながらそっと呟く。ルカはゆっくりと頷いた。
普通の忍なら自信家でなくても傀儡師として胸を張れるだろう。現に二人が今まで見てきた傀儡師達は皆そうであった。
ハヤテの質問――というより困惑した気持ちを感じ取ったルカは少し苦笑いを見せると巻物の中に九官鳥を戻し、それをバッグに戻した。
「私はこの子達『傀儡』を一度も武器だとは思ったことがありません。勿論この熊も然り。だから私には誇れるものがあっても、誇れる武器はないんです」
普段おどおどしている少女がはっきりとそう口にする。その変わりように二人は少し驚いたが、これが彼女の素の姿なのだと直ぐに気が付いた。
「この考え方を馬鹿にする人がいると思います。だって人形は人形でしかなく、傀儡は傀儡でしかないのだから。
けれど人形にも表情があります、感情があります。私にはわかります。
だから友達なんです!他人にとったらかわいそうだと思うけど、動物も人形も傀儡も、私にとったら大切な友達、誇れる友達です!
だからっ…私に誇れる友達はいても……他に誇れるものがない。……自分に自信なんか持てません…っ!」
そう言い切り少し涙を溜めるルカの姿を見てゲンマもハヤテも顔を顰めて少し考え込んだ。
あんなにすごい傀儡を持っていて、けれどそれを武器として使いたくない少女。
彼女にどうしたら自信を持ってもらえるのだろうか。
ハヤテの頭にある考えが過った。
「……ルカちゃん、ならば誇れる武器を作りませんか?」
「……え?」
「私の剣術はまだまだ弱い。けれど私の持つ全てをお教えします。
だから私の弟子になりませんか?」
そのハヤテの衝撃発言にゲンマも、勿論ルカも驚いた。
特別上忍としてチームワーは当たり前として、人より単独任務を遂行するのが得意なハヤテが弟子を持つ。
ゲンマはそっとハヤテを見ると、ハヤテはその透き通った漆黒の瞳をジッとルカに向けていた。
「勿論強制はしません。そして剣術は直接敵の肉を切り裂きます。ですから生半可な気持ちでは精神的にダメージを受けます。……それでも、それでももし何か誇れる武器が欲しくて剣を操る覚悟があるのなら、私の弟子になりませんか?」
いつの間にかハヤテの片手には剣があった。それこそがハヤテの誇る剣だろう。
ルカはギュッとクマを抱きしめて俯く。不安になると人形を抱きしめるのがルカの癖だった。
どうすれば良いか分からない。けれど彼女には一つ聞きたいことがあった。
「なぜ、二人は……私に構うんですか?……なぜ、ハヤテさんは……私に良くしてくれるんですか…?」
ルカはそれが知りたかった。
こんなどこにでもいる下忍を、弱い弱い子供に構う必要が何処にある。
担当上忍でもあるまい、忙しい身である筈なのに。
無視しとけば良かったのだ。声などかける必要などなかったのだ。
「友達だからだよ」
ルカの心情を知ってか知らずかゲンマは答える。
「……なら、なんでこんな私と友達になってくれたんですか…?」
ルカの不安な震える声色に今度はハヤテが答える。
「簡単な事です。私たちは貴方達に興味を持った。これからこの里を守っていく子供に興味を持った。それに貴方はいつも一人でいた。人は…一人では生きていけません。
別に私達だって暇なわけではないし、優しい人間でもありません。けれど、私たちは貴方に興味を持ち、仲良くしてみたいと思った。
だから貴方と友達になったんです。」
「…………」
「そして弟子にならないかと誘ったのも、貴方から無限の可能性を見つけたからです。貴方が強くなり、成長していく姿を見たい、ただそれだけです」
ハヤテの真っ直ぐな瞳と言葉にルカはギュッと下唇を噛み、ハヤテとゲンマの顔を見つめる。
彼らはとても真剣だった。ルカもまた真剣だった。
未来をしっかりと見据えてくれる大人に出会えたのは本当に幸運な事だろう。
「…私は、弱いです」
「当たり前だ。お前はまだまだひよっこの下忍なんだから」
「途中で投げ出してしまうかもしれません」
「それでもいいです。けれど投げ出してしまうような教えをするつもりはありません」
「……私なんかよりよっぽど優秀な方がいると思います」
「ハヤテはお前が良いと言ってるんだ」
胸が温かい。何だか、自分の存在を必要としてくれている気がした。
そして少女は決意した。
「私を、弟子にしてください!!
ハヤテ師匠」
青年は微笑む。
「必ず、貴方を強くしてみせます。たった一人の私の弟子、ルカ」
剣術を教える月光ハヤテ、そしてそのあと彼も一つの提案をだし、体術と幻術、忍術を教える不知火ゲンマ――二人の師匠が誕生した。
友達でありながら師匠でもある彼らが彼女に良い変化をもたらせられるのかはまだ誰にも分からないが、少女はまた一歩前身しただろう。
報告をうけたアスマが驚いて煙草を口から落としたのは言うまでも無い。