その手に触れるまで
スマホとミラーリングしたテレビには、三年ほど前に流行ったインド映画が流れている。人を殴ってみたり、たまに踊ったり。今は中盤くらいなのだろうか。壮大なバックミュージックが流れ、主人公が軽やかに敵をなぎ倒していく。
「やばい。さすがに主人公強すぎじゃない?」
「やっぱりアクションは派手にやらないとなんじゃない?」
泊りに来た幼馴染は、酒を煽りながらそう答える。映画を楽しんでいるのかそうでないのか、彼の様子を見ても分からなかった。
「うわ!木の枝で刺されたけど!」
映画の中で主人公の男が、敵の幹部に木の枝で右胸を刺されている。主人公はあり得ないほどに強いが、やはり一対多の状況は辛そうだ。苦痛に歪む表情に、つい目を細めてしまう。
「でもめっちゃ生きてない?何もなかったように動いてるけど」
「主人公補正なのかな」
痛そうだと思ったのは一瞬で、主人公の男はすぐに木の枝を抜き、その枝で敵を薙ぎ払っていった。
金曜の夜、幼馴染の瑛人と、俺の家で映画を見ることが恒例となっている。視聴する映画は最近サブスクに追加されたものであったり、数十年前の映画であったり、ホラーであったり、恋愛ものであったりと、年代ジャンル問わず様々である。
正直、そこまで映画に興味はない。アニメやドラマに比べれば、一本で完結する分見やすいとは思うが、一人のときは、映画を見る時間があるならばゲームをプレイする時間に回す。だが、それでも映画を見るのは、瑛人の隣にいる口実をつくるためだ。社会人になった今、平日はお互い仕事や家事に追われ、瑛人に会う時間が中々取れない。しかし、金曜の映画鑑賞だけは、大学で一人暮らしを始めた頃から続いている。
本当は、瑛人との距離をもっと縮めたい。大学の頃も、一緒に過ごす時間が長くなれば距離が縮まるのではないか、酒を飲んだらもっと心を打ち明けられるのではないかと考えていた。しかし、小学校時代からの仲はいまさら変えられない。酒の力を使って告白をしようと考えたこともあったが、どうやら俺は下戸らしく、ショート缶の半分を飲んだところで眠ってしまった。
社会人になってからは物理的な距離を縮めようと、二人掛けのソファを購入した。大学の頃はカーペットに自由に座っていたため、少しは距離が近づいた。だが、その効果は思っていたほどではなく、今ではお互いにソファの端のひじ掛けに寄りかかってしまい、真ん中にはもう一人座れるくらいの間が空いてしまっている。
どうにも上手くいかないが、一つ救いなのは、この金曜の映画鑑賞を、瑛人がずっと続けてくれることだ。映画を見た後、瑛人は俺の家に泊まる。そのまま土曜、ときには日曜も共に過ごすのだが、仕事以外の用事で瑛人が来なかったことはない。俺とは違い、瑛人は整った顔立ちをしているため恋人には困らなさそうであるし、学生時代では異様なモテっぷりを近くで見てきている。実は俺の知らないところで恋人がいるのかもしれないが、それでも、休日は俺を優先してくれているような様子が嬉しかった。
「にしても今のアクションすごかったね。暴力って感じが」
そう言いながら、瑛人は冷蔵庫へと向かう。新しい酒を取りに行ったのだろう。酒の弱い俺とは違い、瑛人はザルであった。今日もこれで五缶目くらいではないだろうか。
「鉄パイプのとことかすごかったよね。一振りで五、六人吹っ飛ばされてくし、必要以上に殴るし」
「光輝ってああいうの大丈夫だったっけ」
戻ってきた瑛人が、先程よりも俺に近い位置に座り、そう問いかける。
「ちょっと苦手かも。映画自体は面白いけど、痛そうなのはやっぱちょっと」
「だよね。見るのやめる?」
「さすがにいまさら過ぎるでしょ。もう二時間以上見てるのに」
映画はクライマックスに差し掛かっているのに何を言い出すのかと思い、瑛人の方を向く。
「冗談だよ」
そう言って笑った瑛人の横顔が綺麗で、映画を忘れ、思わず見惚れてしまった。
「どうしたの?俺の顔、何かついてる?」
視線に気付いた瑛人がこちらを向き、そう尋ねてくる。向き合う形になったことで、いつもよりも距離が近くなる。心臓が少し早く動くのが分かった。
「いや、何でもない」
緊張してしまい、上手い返しが思いつかない。雑に問いかけを流し、映画に集中しようと視線をテレビへと戻す。
ちょうど、主人公がボスと対峙しているシーンであった。最初は交渉しようとしていた主人公であったが、会話が通じないと分かると、先程の敵から奪ったナイフを投げつけた。敵はそれを首の動きだけで華麗に避けると、一気に主人公との距離を詰め殴りかかる。強い主人公だが、さすがにボス相手には苦戦しているようだ。
「相手強くない?」
主人公が少し劣勢になってきたところで落ち着かない気持ちになってしまい、瑛人に話しかける。
「最初の方でも部下のことめっちゃ殴ってたもんね」
「うわ、俺あのシーン怖くてあんま見てなかった」
「金槌で顔面いってたからね。ちょっと直視しづらいよね」
「無理無理無理、怖すぎ」
そんな話をしているうちに、主人公がいつの間にか仕掛けていた爆弾が爆発した。敵が驚いている内に、主人公は立てかけてあった刀を手に持ち、距離を詰める。その直後、敵の首を掻っ切った。
「うわ!え、無理。首が」
思ってもいなかった倒し方に驚き、つい瑛人の手を握ってしまう。
「すごかったね今の。光輝、大丈夫?」
瑛人は一度俺の手をほどき、指と指が絡まるように手を繋ぎ直した。
「だ、大丈夫。びっくりしちゃった」
「そっか。もうボスは倒れたし、救急車のシーンになったから大丈夫だと思うよ」
瑛人の手を握り、目をテレビから逸らしていたが、どうやら瑛人の言う通り、もうアクションシ―ンは終わったようだ。救急車のサイレン音が高く鳴り響いている。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
少しずつ平静を取り戻していくと、今の状況の異常さに気が付く。
「手!ごめん」
恋人繋ぎをしている状況に、顔が赤くなるのを感じる。それに、瑛人との距離も、手を繋いだ拍子に近付いてしまったようだ。
「いいよ、このままで」
慌てて手を離そうとするが、その瞬間、手を握られる力が強くなる。手の大きさの差か、筋力の差か。俺では瑛人の手を振りほどくことができない。
「いや、もう落ち着いたし。あとはエンディングだけだろうから大丈夫だよ」
そう言って、もう一度手を振りほどこうとしてみるが、やはり全くほどけない。
「俺と手繋いだままなの、嫌?」
「嫌ってわけじゃないけど」
こちらを見つめ、首を傾げてくる瑛人に、映画以上のドキドキを感じてしまう。勿論手を繋ぐことは嫌ではないし、むしろ今まで願ってやまないことであったわけだが、これでは俺の心臓がもたない。
「じゃあさ、このままでいい?俺、ずっと光輝と手、繋ぎたかったんだよね」
「え?」
「本気で嫌って言ってくれれば離すよ。それに、今日は帰ることにするし」
瑛人の言葉は聞こえているはずなのに、意味が入ってこない。俺に都合のいい幻聴が聞こえているのではないか。もしかしたら、一時間ほど前に瑛人から一口もらった酒で酔ってしまったのかもしれない。
「ねえ、逃げるなら今のうちだよ」
そう言って、瑛人は徐々に近付いてくる。あんなに遠く感じていた距離が、今では驚くほど近く感じる。これが幻聴でも幻覚でもないのなら。今こそ、ずっと出せなかった勇気を出すときだ。
「逃げないよ。俺もずっと、瑛人と手、繋ぎたかった」
映画は今頃、エンドロールが流れているのだろうか。来週の金曜、俺たちはどんな関係になっているのだろう。そんなことを思いながら、俺は瑛人に向って手を伸ばした。
「やばい。さすがに主人公強すぎじゃない?」
「やっぱりアクションは派手にやらないとなんじゃない?」
泊りに来た幼馴染は、酒を煽りながらそう答える。映画を楽しんでいるのかそうでないのか、彼の様子を見ても分からなかった。
「うわ!木の枝で刺されたけど!」
映画の中で主人公の男が、敵の幹部に木の枝で右胸を刺されている。主人公はあり得ないほどに強いが、やはり一対多の状況は辛そうだ。苦痛に歪む表情に、つい目を細めてしまう。
「でもめっちゃ生きてない?何もなかったように動いてるけど」
「主人公補正なのかな」
痛そうだと思ったのは一瞬で、主人公の男はすぐに木の枝を抜き、その枝で敵を薙ぎ払っていった。
金曜の夜、幼馴染の瑛人と、俺の家で映画を見ることが恒例となっている。視聴する映画は最近サブスクに追加されたものであったり、数十年前の映画であったり、ホラーであったり、恋愛ものであったりと、年代ジャンル問わず様々である。
正直、そこまで映画に興味はない。アニメやドラマに比べれば、一本で完結する分見やすいとは思うが、一人のときは、映画を見る時間があるならばゲームをプレイする時間に回す。だが、それでも映画を見るのは、瑛人の隣にいる口実をつくるためだ。社会人になった今、平日はお互い仕事や家事に追われ、瑛人に会う時間が中々取れない。しかし、金曜の映画鑑賞だけは、大学で一人暮らしを始めた頃から続いている。
本当は、瑛人との距離をもっと縮めたい。大学の頃も、一緒に過ごす時間が長くなれば距離が縮まるのではないか、酒を飲んだらもっと心を打ち明けられるのではないかと考えていた。しかし、小学校時代からの仲はいまさら変えられない。酒の力を使って告白をしようと考えたこともあったが、どうやら俺は下戸らしく、ショート缶の半分を飲んだところで眠ってしまった。
社会人になってからは物理的な距離を縮めようと、二人掛けのソファを購入した。大学の頃はカーペットに自由に座っていたため、少しは距離が近づいた。だが、その効果は思っていたほどではなく、今ではお互いにソファの端のひじ掛けに寄りかかってしまい、真ん中にはもう一人座れるくらいの間が空いてしまっている。
どうにも上手くいかないが、一つ救いなのは、この金曜の映画鑑賞を、瑛人がずっと続けてくれることだ。映画を見た後、瑛人は俺の家に泊まる。そのまま土曜、ときには日曜も共に過ごすのだが、仕事以外の用事で瑛人が来なかったことはない。俺とは違い、瑛人は整った顔立ちをしているため恋人には困らなさそうであるし、学生時代では異様なモテっぷりを近くで見てきている。実は俺の知らないところで恋人がいるのかもしれないが、それでも、休日は俺を優先してくれているような様子が嬉しかった。
「にしても今のアクションすごかったね。暴力って感じが」
そう言いながら、瑛人は冷蔵庫へと向かう。新しい酒を取りに行ったのだろう。酒の弱い俺とは違い、瑛人はザルであった。今日もこれで五缶目くらいではないだろうか。
「鉄パイプのとことかすごかったよね。一振りで五、六人吹っ飛ばされてくし、必要以上に殴るし」
「光輝ってああいうの大丈夫だったっけ」
戻ってきた瑛人が、先程よりも俺に近い位置に座り、そう問いかける。
「ちょっと苦手かも。映画自体は面白いけど、痛そうなのはやっぱちょっと」
「だよね。見るのやめる?」
「さすがにいまさら過ぎるでしょ。もう二時間以上見てるのに」
映画はクライマックスに差し掛かっているのに何を言い出すのかと思い、瑛人の方を向く。
「冗談だよ」
そう言って笑った瑛人の横顔が綺麗で、映画を忘れ、思わず見惚れてしまった。
「どうしたの?俺の顔、何かついてる?」
視線に気付いた瑛人がこちらを向き、そう尋ねてくる。向き合う形になったことで、いつもよりも距離が近くなる。心臓が少し早く動くのが分かった。
「いや、何でもない」
緊張してしまい、上手い返しが思いつかない。雑に問いかけを流し、映画に集中しようと視線をテレビへと戻す。
ちょうど、主人公がボスと対峙しているシーンであった。最初は交渉しようとしていた主人公であったが、会話が通じないと分かると、先程の敵から奪ったナイフを投げつけた。敵はそれを首の動きだけで華麗に避けると、一気に主人公との距離を詰め殴りかかる。強い主人公だが、さすがにボス相手には苦戦しているようだ。
「相手強くない?」
主人公が少し劣勢になってきたところで落ち着かない気持ちになってしまい、瑛人に話しかける。
「最初の方でも部下のことめっちゃ殴ってたもんね」
「うわ、俺あのシーン怖くてあんま見てなかった」
「金槌で顔面いってたからね。ちょっと直視しづらいよね」
「無理無理無理、怖すぎ」
そんな話をしているうちに、主人公がいつの間にか仕掛けていた爆弾が爆発した。敵が驚いている内に、主人公は立てかけてあった刀を手に持ち、距離を詰める。その直後、敵の首を掻っ切った。
「うわ!え、無理。首が」
思ってもいなかった倒し方に驚き、つい瑛人の手を握ってしまう。
「すごかったね今の。光輝、大丈夫?」
瑛人は一度俺の手をほどき、指と指が絡まるように手を繋ぎ直した。
「だ、大丈夫。びっくりしちゃった」
「そっか。もうボスは倒れたし、救急車のシーンになったから大丈夫だと思うよ」
瑛人の手を握り、目をテレビから逸らしていたが、どうやら瑛人の言う通り、もうアクションシ―ンは終わったようだ。救急車のサイレン音が高く鳴り響いている。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
少しずつ平静を取り戻していくと、今の状況の異常さに気が付く。
「手!ごめん」
恋人繋ぎをしている状況に、顔が赤くなるのを感じる。それに、瑛人との距離も、手を繋いだ拍子に近付いてしまったようだ。
「いいよ、このままで」
慌てて手を離そうとするが、その瞬間、手を握られる力が強くなる。手の大きさの差か、筋力の差か。俺では瑛人の手を振りほどくことができない。
「いや、もう落ち着いたし。あとはエンディングだけだろうから大丈夫だよ」
そう言って、もう一度手を振りほどこうとしてみるが、やはり全くほどけない。
「俺と手繋いだままなの、嫌?」
「嫌ってわけじゃないけど」
こちらを見つめ、首を傾げてくる瑛人に、映画以上のドキドキを感じてしまう。勿論手を繋ぐことは嫌ではないし、むしろ今まで願ってやまないことであったわけだが、これでは俺の心臓がもたない。
「じゃあさ、このままでいい?俺、ずっと光輝と手、繋ぎたかったんだよね」
「え?」
「本気で嫌って言ってくれれば離すよ。それに、今日は帰ることにするし」
瑛人の言葉は聞こえているはずなのに、意味が入ってこない。俺に都合のいい幻聴が聞こえているのではないか。もしかしたら、一時間ほど前に瑛人から一口もらった酒で酔ってしまったのかもしれない。
「ねえ、逃げるなら今のうちだよ」
そう言って、瑛人は徐々に近付いてくる。あんなに遠く感じていた距離が、今では驚くほど近く感じる。これが幻聴でも幻覚でもないのなら。今こそ、ずっと出せなかった勇気を出すときだ。
「逃げないよ。俺もずっと、瑛人と手、繋ぎたかった」
映画は今頃、エンドロールが流れているのだろうか。来週の金曜、俺たちはどんな関係になっているのだろう。そんなことを思いながら、俺は瑛人に向って手を伸ばした。
1/1ページ
