風の報せ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
曇天の下、心なしかいつもより重たい足を引きずるように、スーパーへ夕飯の買い出しに行った帰り道。
朝から降ったり止んだりを繰り返していた雨がようやくきちんと止んで、雲の切れ間から夕陽がひょっこり顔を出していた。
路面のいたるところに生まれた水たまりは、鏡と化して辺りの風景を反射させている。
「…綺麗。」
ふと思い立ち、顔の前に両手でフレームを作る。
四角い枠の中には、絵画のような美しい世界が広がって、どこにでもあるような住宅街が、非現実的な世界に見えてくる。
どこか懐かしさを感じさせる風景を目の前にして、作品に残したいという思いがふつふつと込み上げてくるが、生憎今の私には成す術がない。
いつも持ち歩いているフィルムカメラをお留守番させてきた、30分前の自分を殴ってやりたい。
やるせなさを感じながらも足を進め、フレームの中の美しい世界を少しずつ壊していく。
夕飯の支度に追われ始める時間帯。
住宅街には美味しそうな匂いが漂っていて、この家はカレーかな?こっちの家は焼き魚だろうな、なんて他所の家の夕飯を想像しながら歩く。
「ん?イカ焼き?」
家まであと少しというところで、ふいに住宅街らしからぬ懐かしい香りが鼻をくすぐる。
夏祭りには気が早い。頭の中は?でいっぱいになるも、特有の香ばしい匂いとともに、忘れかけていた彼女の姿が脳裏に浮かんで、思わず頬が緩む。
ーーーーーーーーーー
初恋の相手でもある彼女、もとい詩乃と出会ったのは、10年以上前、私たちが中学1年生のとき。
その頃の私は人付き合いが苦手だったが、人懐っこい笑顔で誰とでも分け隔てなく接する詩乃には素の自分をさらけ出せて、仲良くなるのに時間はかからなかった。
そんな彼女に恋焦がれるようになるのも一瞬で、梅雨が明けた頃にはもう好きになっていたと思う。
毎日バレーに明け暮れていた詩乃と、美術部の幽霊部員だった私。
学校以外の場所で時間を共にすることは難しかったけれど、教室でくだらない話をしたり、授業中に居眠りしている姿を後ろから眺めたり、そんな些細な日常が幸せだった。
2年生、3年生とクラスが離れた私たちは、近すぎず遠すぎずの微妙な距離で中学を卒業。
数週間後の入学式、クラスメイトとして再会した詩乃と私の距離は、微妙な距離から親しい友人へと、さして長くない1学期の間に、ぐんと縮まった。
その矢先だった、父の転勤と夏休み終わりの引っ越しが急遽決まったのは。
あまりにも早すぎる別れに父を恨んだけれど、一人だけこっちに残ることもできなくて。
最後に一生忘れられない特大の思い出を作ろうと、勇気をだして詩乃を夏祭りに誘ったのだ。
ーーーーーーーーーー
「ごめーん、待った?」
「全然、私も今来たとこ…」
待ち合わせ場所である、神社の鳥居の前に現れた詩乃の姿に、言葉を失う。
「…変、やった?」
「ううん、めっちゃ綺麗。」
「よかった~。せっかくの夏生ちゃんとのデートなんやもん、はりきっちゃった。」
白地に紫の花柄の浴衣を着て、少し恥ずかしそうに笑う姿はなんとも可愛らしくて、ついつい口角が上がってしまう。
「なら、行こっか?」
「うん。」
近所の小さな神社のお祭り。
お祭りっぽいBGMが流れる神社は、たくさんの屋台が並び、大晦日ぶりの大賑わいで、がやがやと騒がしい。
騒がしい場所は基本苦手だけど、詩乃が隣にいるというだけでテンションが上がってしまうのだから、私は案外ちょろいのかもしれない。
「夏生ちゃん、行くよ!」
「うぇっ、ちょっと!」
急に私の手を引いて走り出した詩乃。
人混みをかき分けるようにどんどん進んでいくから、こけないように一生懸命ついていく。
浴衣を着ている人とは思えない速度で進むこと20秒。
「っはぁ、はぁ……、イカ焼き?」
「私ね、ずっと食べたかったの!夏生ちゃんも食べる?」
「あぁ、うん。」
イカ焼き2つください~、なんてとびきりの笑顔でおじさんに頼んでいる姿をみて、ふつふつと笑いが込み上げてくる。
「も~、なに笑ってるん?」
「だって、イカ焼きって、ふふっ。なんかりんご飴とか、わたあめとか、かわいいもの食べそうって思ってたから、なんかおかしくて。」
「だっておいしいやん、イカ焼き。りんご飴も好きやけど。」
両手にイカ焼きを持って眉を顰める、そんな姿すらも可愛くて。
ほんと、反則だと思う。
「夏生ちゃん、左手出して~。」
「ん?あっ、ありがとう。」
「右手も出して~。」
「へっ?」
「はぐれんように、ね。次どこ行く~?夏生ちゃん決めていいよ。」
スマートに繋がれた右手に感じる、柔らかな感触に脳の機能が停止してしまって、正直ここから先の記憶はない。
ーーーーーーーーーー
詩乃にはなんとなく引っ越すことを言えなくて。
新学期が始まり、私の転校を知った詩乃から怒りのメールが届いたっけ。
しばらくは取り合ってた連絡も、日が経つにつれどんどん減っていって、高校卒業後のことは何も知らない。
素敵な人と出会って、結婚して、お母さんになってたりするのかな。
いったい何を考えているのか。
勝手に妄想して、胸が苦しくなっている自分に嫌気がさす。
最後に詩乃に会ってから早10年。
たくさんの出会いがあったのに、詩乃以上に好きになれる人はどこにもいなくて。
いつも通り、静まりかえった薄暗い部屋の鍵を開ける。
「何だ、これ。」
扉を開けると、玄関に一通の茶封筒が落ちていて、差出人の欄には懐かしの母校の名前。
「……同窓会のお知らせ、」
夕方のチャイムが薄らと聞こえる1K。
私の古ぼけた時計も、針が動き始めた。
1/1ページ
