君と、永遠を。
その後穢れの件については特に何の変化もないまま一週間が過ぎた。私と大和は定期的に発生する穢れを祓っている。そんな生活が続いていたが、ある夜、大和が寝たのを確認した私がいつものように庭の桜を見ているともう残り少ないはずの桜の木が急に満開になった。どうしたのか縁側から降り木に近づく。するとその根元に居たのは桜の柄の着物を着た私だった。
「私……は、ここにいるよね……?」
じゃあ目の前のこの女性は誰なのか? 思い見てみると女性が静かに口を開いた。
「あなたの存在を、もう見過ごすことが出来ません」
私のものとは違う透明感がある澄んだ声が聞こえ、彼女は私の姿を取っているがそれはただの入れ物なのだろう事がうかがえた。そしてその言葉の内容が気になる。私の存在を見過ごせないと言った。それはどういうことなのか? そして彼女は何者なのか、問えばこう返ってきた。
「私はあなた方が言うところの神と呼ぶ存在の一部。あなたの主が本来契約を結ぶはずだった存在です」
大和が契約を結ぶはずだった存在。大和と契約を結んだ私が邪魔だという事だろうか?
「私が、邪魔だという事ですか?」
「邪魔、とは違います。私はあなたの主が私の主に相応しいと認めなければ力を貸したりはしません。その試練すら受けていない相手の宝玉に住まうあなたが邪魔、という事があろうはずもありません」
では何故私の前に現れたのか? そして彼女は己のことを神の一部だと言った。神様が簡単に人前、いや、私の様な式神の前にそうやすやすと現れるとは思えなかった。
「では、何故今ここにいらっしゃるんですか?」
「……先程も申し上げた通り、あなたの存在を見過ごせなくなったからです」
「どういうことですか?」
私がそう問えば彼女は少し俯いた後こう言った。
「……その力がどこから来るのか、何故あなたに強い力があるのか、考えた事はありませんか?」
そう言われてその事について深く考えた事は無かったと思い至る。大和も、大和の家の人も特に何も言ってこなかったし、大和の父親も目障りだとは思っていても役に立つ道具くらいには思っていただろう。
「単刀直入に言いましょう。あなたの力はあなたの主の欲から生まれています」
「え……」
「今のあなたは、あなたの主の強い欲、いえ、その純粋さから意志と言い換えましょう。その意志から出来ているのです」
「じゃあ、私は……私は、あの穢れと同じ……? 意志を持つ穢れだっていうの……? だから、見過ごせない……」
今の姿も大和が望んだもので、私が生きていたらこうなっていたという姿ではない。共に成長したわけではないのだ。この前の誓いも、大和が望んだもので私の意志などもうすでに無くなっているのだ。そう思うと足元から崩れていくようだった。思わずその場に座り込んでしまった私の元へ神様がやってきた。
「意志を持つ穢れ、とは少し違います。意志を持つ穢れはその欲を生み出した者の意志を反映しますが、あなたの場合は貴方の魂を基に構成されています。力を与えているのがあなたの主というだけで、あなたが思うのとは違い、あなたの今の姿も、あなたの思いも、全てあなたの物です」
私の心を見透かしたかのように微笑む神様に、私は思わず涙が出た。そんな私を見て神様は少し悲しそうな表情をしてこう続けた。
「我々にとっても今回の状況は初めての事であり、あまりにもあなたがたが純粋にお互いを想い合っていたので、大事にならないのであればそのままにしておこう、そういう決断をくだしていました。ですが……」
「どうしたんです?」
「……あなたの強い力を察知した意志のある穢れが生まれようとしています。その穢れの主はあなたの主からあなたを奪い取り、その強大な力を戦の為に使おうとしています」
でも私の力を奪ったところで私は従う気はないし、それに祓い師でなければこの力は使えないはず。そう問えば神様はその祓い師の中の何者かが穢れの主に協力しているという。私の情報を仕入れるのも定期的に集まり情報交換を行う祓い師ならばいつかは辿り着く。そして祓い師の使う術式の一部に式神を強制的に従えるものがあるらしい。私が囚われればその術式を使い、私の意志を奪いその強い力を穢れではなく人間に向けて使い始めると神様は言う。式神の力はあくまで人の世を守るためと神様が力を貸してくれているもので、それが人に対して使われると力を貸した神様がいる世界にも悪いことが起こるらしい。
「穢れの主はこの平穏な日々を壊し、己の欲を満たすためだけに戦をしようとしています。あなたを狙う祓い師は、高額な謝礼をすでに受け取り準備を進めています。ですから、手遅れになる前に、あなたとあなたの主の契約を強制的に排除……」
「そのような事、誰が許すか!」
凛とした声に振り向けば大和が怒りの形相で立っていた。
「大和……」
「……あなたの前に姿を現す気はありませんでしたが、仕方ありませんね。どこから聞いていましたか?」
神様が問うのに大和は大和の意志が私に力を与えているというところからだと返した。その言葉に神様は大和を見てこう続けた。
「ならば状況は理解しましたね。このままあなた方を放置しておくことは出来ません。人界だけに被害が及ぶのならまだしも、今回の件は神界にも事を及ぼす穢れになりかねません」
このまま大和とはお別れになるんだ。そう思うと悲しくて涙が止まらなかった。そんな私の涙を拭うかのように大和が手を目元にやると強い口調でこう言った。
「貴様、私と響希の契約を強制的に解除したからと言って本当に事が解決すると本気で思っているのか?」
「どういう事です?」
「私と響希の契約を解除し、響希を常世に逝かせたとして、人間の欲は尽きることがない。その戦がしたいという穢れの主は、響希が居なくなったとて次の駒になる式神を探し戦をするだろう。響希を逝かせようと残そうと、意志を持った穢れは必ず生まれる。ならば響希を囮にその穢れの主ごと消した方が早い。それに協力する祓い師も共にな」
大和の言葉に神様は考え込んだ。思うところがあるようだ。そして暫くそうしていたが、重い口を開いた。
「ですが、万が一彼女が奪われたら、その際人界神界共に起こる災害は、その他を利用したものと比べようがないものになるでしょう。あなたには、彼女を奪われない、守り切る絶対の自信があるというのですか?」
「当然だ。響希は私のものだ。他の誰にもやるつもりはない。それに、万が一にも響希が奪われるような事になれば、その時は私自ら命を絶つ。響希の力の源たる私が死ねば、響希の力はなくなる。そうだろう?」
「……その覚悟があるのなら、もうしばらく見守る事にいたしましょう。ですが、もし意志を持つ穢れが発生し、戦を起こし穢れが神界にも及ぶようなことになれば、その時はあなたと彼女二人共の魂を消滅させます。そうなれば、転生は二度と叶いません。それでも、あなたには事を成すだけの覚悟はありますか?」
「そのような事には私がさせん。約束しよう。響希も、世も守ると」
大和の言葉を聞いた神様は頷くとその場から消えた。
「響希! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないよ大和……あんな啖呵切ってどうするの……」
泣きながら訴える私に大和は考えがあるから心配するなと告げた。
「考えって?」
「ああ、祓い師の集まりにお前を連れ出席する」
大和は今まで一度もその集まりに出席したことが無かったが、それに出るとはどういうことなのか? 視線で訴えればこう返ってきた。
「先程の話を聞いただろう? 式神を強制的に従える術式は、祓い師の中でも高位の者しか使えん。高位の祓い師はその力を悪用しないように見張る意味を込めて集会に出席することを義務付けられているからな。今回のターゲットも恐らく出席するだろう。その場に餌であるお前が行けば何らかの反応を示すはずだ」
高位の祓い師の実力を知らないが、大和は大丈夫なのだろうか? 大和が強い事を知っていても、不安になってしまった。それをどう勘違いしたのか大和がこう言った。
「お前を奪われたりはしない。お前の事は、命に代えても私が守る」
「……大和の事は信じてるけど、さっきの言葉は本当?」
どの言葉なのか、そう問われて私が奪われるようなことがあれば死ぬと言った話だと言えば頷かれてしまった。大和が死ぬなんて考えたくもない。そんなの、絶対嫌だ。だが神様にあんな啖呵を切った以上もう後戻りはできない。私には大和を守るために何をしてあげられるんだろう……。
三日後、定期的に行われる祓い師の集会の日がやってきた。大和の父親は大和が出席することに酷く驚き、そしてそれに私を連れて行く事を酷く嫌がっていたが、いつものように大和が力で黙らせた。結果大和の父親は怪我で欠席扱いになり、その報告という形で参加する、という名目になったのだった。
「フム、クズもたまには役に立つな」
「それってお父さんの事……?」
会場である大きなお屋敷に着くなり大和が口を開いたのに返す。大和としては常に不参加のこの集会にいきなり顔を出したのでは敵に怪しまれる可能性も考えていたのだそうだ。それが朝の一件で自然な参加になったことを指しているらしい。
この屋敷まで大和の家からはそこまで距離がなく、徒歩で移動であったためにここまで会話をしていなかった。途中何度か大和が問いかけてくることはあったが、人目を気にした私はだんまりを決め込んでいた。屋敷ではこの集会に参加するのであろう祓い師達が多くいる。その場で話している理由はただ一つ。私が囮だからだ。あたりを見回しても私と大和の会話を不審そうに見る人しかいない。まぁこれが通常の反応だろう。
やがて集会が始まると大和に声がかけられ、私もヤマトと共にその会場へと入った。会場の中に皆が輪になって座っており、大和は大和の父親の席へと促された。私はその少し後ろに立っている。
会議の内容は近頃穢れが減少傾向にある事を懸念しての意見交換だった。私が気になったのはその会議の内容よりずっと私に視線をよこしていたとある男だった。その男はちょうど大和の向かいに座っており、最初は私の気にしすぎかと思ったのだが、それにしては何だか他の人が纏う雰囲気と違っていた。どこか、穢れに近いような、そんな気配を感じた。
会議が終わり、大和にその事を告げようとした時、その男が大和に声をかけて来た。
「まさかあなたが来られるとは。お父上のお怪我とはそんなに酷いものなのですか?」
「ええ、あの怪我ではここへ来ることは勿論、暫く立ち上がることも不可能でしょう」
「そのような酷い怪我とは……そんなに強い穢れと戦われたのですか?」
男は大和の父親が心配だという風を装いながら大和にそう問う。その身にまとう雰囲気は近くに来るとより穢れが強いものだと感じた。
「穢れではありませんよ。ただ、怪我が酷いので暫く集会には私が顔を出すことになると思います。若輩者ですが、よろしくおねがいいたします」
「ここでの事が分からなければ何なりとご質問ください。……しかしお父上がその様に酷い怪我とは見舞いに行きたいものですな……」
あなたの父上とは仲が良いもので。そう男は言うと大和のお父さんを案じる言葉と挨拶を残して去っていった。
その場はそれで解散となり、他の者たちは交流をしているようだったが、大和は足早にその場を立ち去り、私は大和が何も言わなかった為その後を黙ってついて行った。
大和の屋敷に帰り、大和の自室に入ると漸く大和が口を開いた。
「響希、お前の見解を聞きたい」
問われ素直に先程の男が怪しいと、纏う雰囲気に穢れに似たものを強く感じたと告げれば大和は腕を組み頷いた。
「やはりな。私も似た気配を感じた。かなり注意深く観察せねばわからぬ程度であったが、式神のお前が強く感じるという事は間違いがないだろう」
「でもどうしてあんなに強く穢れの気配がしたの? 穢れが強く育ちつつあって紐づけされていたとして、欲の主ならともかく、あの人は今回の穢れの主じゃないはず」
ただの協力者だ。そう問えば大和はこう続けた。
「協力者というだけでも十分だ。頻繁に欲の主とやり取りをしていれば、いや、あの男の欲すら飲み込んでいる可能性が高い」
となれば穢れが具現化する前に手を打たねば神様が言っていた通り手遅れになる。私は捕まっていないが、どうせなら穢れが具現化する前に手を打ちたい。大和もそう思っているのかあの男に文をしたためるという。
「手紙? なんて書くの?」
何か企んでませんか? なんて書くわけにもいかないし。そう思っていると大和は文をしたためながらこう言った。
「内容ならば既にあの男が話していただろう?」
言われあの男の言葉を思い起こし思い至る。
「お見舞いに呼ぶ、って事?」
「そうだ。そうすればあちらはお前を捕らえるいい機会だと準備を整え万全の態勢でやってくるだろう。それを完膚なきまでに叩く」
「完膚なきまでにって……どうやって?」
私の問いに大和は底冷えのするような笑みを浮かべながらこう言った。
「私のものに手をだそうとした罪、その身に思い知らせてやるさ」
その言葉に今は部屋で絶対安静で寝ている大和のお父さんの姿が脳裏によぎったのだった。
大和が文を出した翌週、早速相手は罠にかかった。大和の案内の元大和の父親の部屋へと行き、そこからは大和の父親に任せ大和は退室した。父親と男が会っている間に私と大和は庭に行き大和が使うという術式の準備を完了させた。あとはここにあの男をおびき寄せるだけとなった。男は大和の父親と仲が良いと言っていた割には部屋の滞在時間が短く、部屋から出てきたのがちょうど術式を完成させた辺りだったらしく、私たちが戻ると既に部屋に居て、大和の姿を確認すると直ぐに寄ってきた。そんな様子に術式が完成するのが先で良かったと私は密かに胸をなでおろしたのだった。
「このままお帰しすると父に叱られてしまいます。どうぞ、お茶をお召し上がりください」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
大和の父親の話を少しした後に大和にそう言われ、大和に促されるまま男は術式が仕掛けてある庭の縁側に腰掛けた。それを確認した大和は私を残しお茶を取ってくると一度去っていった。もちろんそれはわざとだ。因みに私は大和と男が話している間に術式の中心である庭に散歩を装い移動した。男は大和が居なくなったのを何度か確認すると立ち上がりこちらへと手を伸ばしながら近づいてきた。
「漸く、二人になれましたな。お嬢さん」
私が黙って男を見つめるのに男は静かに懐に忍ばせていた宝玉を取り出した。
「あなたの主が戻る前に、さっさとこちらに移って頂きましょう」
そう言うと男は術式を発動させた。それに反応するように地面が輝き方陣を浮かばせる。それに男は慌てた様子もなくこう言った。
「気づいていたのか。だがあの青二才の技など、私に掛かれば簡単に……」
「簡単に、どうした?」
大和の声に男は大和を振り向くことも、口を動かすこともできない。ただ先程と変わらぬ姿勢でただ宝玉を私に向けている。当然男が発動させようとした術式も、収束している。
「どうした? 何か言いたい事があるのではないか? 言ってみたらどうだ? 許可するぞ?」
大和が男の隣に立ちそう言う。男は動かないが、その頬に汗が伝ったのが見えた。
「ああ、喋れないか。そうだろうな。術式に反応して体の自由を完全に奪う術だからな。さて、これはなんだ? 見たところ式を入れる宝玉の様だが……この姿から察するに、私の響希を捕らえようとしていたようだが? 弁明したいことがあるなら言ってみろ?」
男の頬を伝う冷や汗が増えていく。それを見ながらも大和が纏う雰囲気が氷のように冷たくなっていくのに私まで恐怖を感じた。
「弁明もないようだ。仕方ない。私は手加減が苦手なのだが、私のものに二度と手を出す気を起こさせないようにしなければならんな。……響希、こちらへ来い」
大和に呼ばれ私は縁側まで離れた。それを確認した大和が新たな術を手に集中させたのが見えた。そこから先は、私の口からはとても言えない。
いつもの親子喧嘩並みを想定していたのだが、それ以上の、いや、それ以上っていうか、あの人死んじゃうんじゃないかって言うくらいの重傷を負わせた大和は男が術が解け動けるようになった途端に痛いと訴えるのを無視し、二度とこんなことはしないと確約させると共に術を施した紙に血判まで押させ、更には欲の主が誰なのか聞きだすことにも成功した。因みに解放された男はその直後用件は終わったとばかりに大和に強制的に玄関に叩き出され、それを発見した男を連れて来たお連れの者の手によって救出され移動用の籠に乗せられ帰っていった。
「やりすぎじゃないかな……」
「命を取らなかっただけありがたいと思ってもらいたいものだ」
男が去った後、大和の自室で先程の事を思い出し呟けば大和にそう言われてしまう。この後多分この件の事を知った大和のお父さんと大和のバトルが起こるんだろうなぁという事まで考えてしまって少し頭が痛くなった。
「それより、あの男が存外素直に吐いたから、今回の件は手早く片付けられそうだ」
「あ、欲の主? 誰?」
私の問いに大和はこの辺りの地域の住人ではなく、少し離れた領地の領主の加納秀久という人物だと告げた。その男は欲深い男で、周囲の領地に踏み入っては色々と揉め事を起こしているらしい。私たちがいる領地の領主ともトラブルを起こしていそうだが、それはこちらの領主が優秀なためうまくかわしてきているのだろう。その加納という男の欲は強欲。意志を持つほどの穢れとなると恐らく彼の欲は周辺地域全てを掌握する事。それを成しえるために式神や祓い師という一般人には対処できない方法まで使って事を起こそうとしているのだろうと大和は言った。
「でもここから離れてるんだよね? 繋がりもないから手紙も出せないし、どうするの?」
「こちらから出向いてやればいい。幸い向こうはお前の力を望んでいるようなのでな。そうであるならばこちらの出方は簡単だ」
「遠いんだよね? 家、大丈夫?」
「幸い煩い家主は暫く絶対安静で動けん。文句を言う輩もいないさ」
二日後、私と大和はその加納なる人物の居る領地に向かうため出発した。他の領地に行くための通行手形は大和がすぐさま用意し、優秀な役人が多いのかそれはすぐさま発行され、想定より早く出発することが出来たのだった。ただ、この通行手形を受け取る際、役人に気を付けた方がいいと荷物を手放すなとか色々注意を受けた。
そんな領地に行って大和は大丈夫なのか心配になってしまう。そんな私に大和が加納がいる領地に入れば私に会話をするように言った。何故か問うと私と会話をしていれば自然と一人でしゃべっているようになる。そんな変人と関わろうとする人間は居ないだろうという。そう言われてみれば、そういう場所では役に立つのかもしれないと思った私はすぐさま了承したのだった。
三日ほど歩き、加納の領地に到着した。途中何度ももっと休憩をした方がいいと大和に訴えたが、大和は聞く耳を持ってくれず、ほぼ最短で到着した次第だ。境で通行手形を見せ、無事領地を越えると私はすぐさま口を開いた。
「領地に入ったんだし、まずは休憩。いい? 大和?」
「……仕方ない」
漸く休憩を取る気になってくれた大和に領地に入ってすぐに見えたお茶屋さんを勧める。大和が椅子に座ると店員さんがすぐさま寄って来た。
「お客様だなんて何日ぶりかしら? いらっしゃい。何にします?」
そう言ってメニューを出してくる。そこにはお団子は勿論、うどんという文字が見えたので、大和は旅立ってから碌に食事もとっていないしとうどんを頼むよう訴えると大和はそれは聞いてくれた。注文を確認した店員さんが奥に入っていく。
「客が珍しいと言っていたな。このような領地の境にあるというのに、行きかう人間は居ない、という事か?」
「かなぁ? 役人さんにもあまりここは治安が良くないって言われたし、みんな来ないのかも?」
私たちが話していると店員さんが頼んでいたうどんを持ってきたので大和がお金を支払った。
「お団子とかもお勧めですので、よろしければ是非」
「客が珍しいと言ったな? 行きかう人間は居ないのか?」
大和が店員さんに問うのに店員さんは困ったように笑った。
「二か月ほど前に前領主が亡くなりましてねぇ。その頃はもっと活気もあったんですが、今の領主になってから領主に雇われた賊がうろつき始めまして、誰も寄り付かないんですよ。そちらの領地で通行手形貰う時に何か言われませんでした?」
「……治安が良くない、とは聞いた。今の領主について聞きたい。どのような人物だ?」
「そうですねぇ。あまり大きな声では言えませんが、前領主の父親とは似ても似つかない気性の荒い方で、賊を雇い近隣の領地に無断侵入させその地を襲い、それを鎮めたいなら見返りを寄こすように訴えるような方です」
「領主がその様な行いをしていて、こちらの領地の住民から苦情は出ないのか?」
大和としてはこちらでも穢れが発生するのではないかという懸念もあったのだろうが、返って来た言葉は思いもよらないものだった。
「それが、むしろ歓迎されているんです。現領主はそれで手に入れた力を基にこの領地を栄えさせると宣言している上に住民にもそれなりの施しを……」
この領地の土地は元々痩せていて、作物を作るのが難しいらしい。それ故他の領地からの輸入に頼っていたが、加納はその領地も手に入れ住民のものにすると今から宣言しているそうだ。そして他の領地から横領している金品のいくつかも住民への支援に使っていると。
「そうか。お前も商いが上手く行くと良いな」
そう言い大和が立ち去るのに慌ててついていく。背後からお団子はよろしかったですか~という店員さんの声が聞こえていたが、大和が止まることはなかった。
「それにしても、住民まで賛成してるなんて思わなかったなぁ」
よそ者だとわかればすぐさま標的になるだろう。大和は旅支度をしているし、一目でよそ者だとわかってしまう。役人さんが注意するわけだと思った。
「加納という男、人心掌握術に長けているようだな。それにしてもただ他を征服したいだけかと思っていたが……もう少し情報が欲しいところだな」
「情報、って言ってもさっきの店員さんみたいに優しくしてくれるかなぁ?」
「それは期待できんな。見ろ」
気づけば街に入っていたらしく、そこを行きかう人が大和を睨んでいた。これは一人で会話をしているように見えるから、という理由ではなさそうだ。ひそひそ声でよそ者だという声まで聞こえる。
「どうするの? 大和?」
私の問いに大和は暫く考え込んだ後私にこう提案してきた。
「響希、お前の地の力を使ってはくれないか?」
「良いよ。どうするの?」
問えば大和は少し曲がったところにあった斜面をを指さし、そこを肥えた土地に変えるように言う。地の力は余り自信がないが、肥えた土地というのなら地だけでなく水も使った方が良いかと思い自分なりに肥えた土地、というのをイメージして力を使ってみた。すると地面はみるみる潤い、灰色を混ぜたような色をした硬そうだった地面が茶色く柔らかいものとなった。
「響希、上出来だ」
「上手く行った、のかな?」
思っていると大和の様子をじっと睨んで観察していた人々が集まって来ていた。その視線は先程私が変えた斜面にくぎ付けだ。
「お、おい、これどうなってるんだ? あんなに痩せた土地が、一瞬で……」
「どうなってるの?!」
「お、おい! 土が柔らかいぞ!」
住民が口々に述べるのに大和が大きな声でこう言った。
「私は隣の領地から派遣された術者だ。私の術をもってすればお前たちの土地を肥えたものにすることも容易い。望むものはいるか?」
その言葉に近くにいた住人は我先にと大和に詰め寄る。その後大和はその場にいた住民たちが望んだ土地全てを肥えた土地に変えた。というか変えたのは私なんだけど、力を与えてくれているのは大和だから大和が変えたと言ってもいいだろう。
その日は夜も大分更けたころに漸く宿に泊まることが出来たのだった。
「でも大和、土地を肥えさせてどうするの? うちの領地の使者まで名乗って」
「ああ、今後加納の欲を押さえたとて、この地の住民の不満を取り除かなければ根本的な解決にはならないと判断した」
「根本的な解決って、ここの住民の穢れ?」
「それもあるが、加納の後続者が現れる可能性も捨てきれん。加納がただの私欲だけで動いているかどうかが現時点でわからなくなったからな」
確かに現時点では加納という男に対する情報が少なすぎるし、何より私と大和の力が人の為になるのならそれもいいかと思うことにした。
呑気に考えていられたのは夜の間だけで、翌朝は噂を聞きつけ宿に密集する人々であふれかえっていた。
「大和、この量どうするの?」
「一つ一つ解決していく」
大和の言葉に忙しくなりそうだと気を引き締め大和の後に続き、その日から三日間かけて何とか集まった住人の願いをかなえることに成功したのだった。そして願いを叶え終わった私たちの元に、加納自らが出向いてきたのだ。
「初めまして、加納秀久という。君が噂の術者だな?」
「峰津院大和と申します」
宿屋の二階の私たちが取っている部屋とは別の部屋に大和と私は通された。とは言ってもこの加納という男にも宿屋の人にも私は見えていないのだけれど。
「単刀直入で申し訳ないが、私は君を雇いたいと思っている」
大和にそう言う加納の体からは穢れが蔓延して今にも膨張しそうだ。それに大和は気づいているのかもしれないが、加納に話を合わせてこう言った。
「といいますと?」
「実は私はこの土地の領主でな。君の力を見込んで、君の力を我が領地の為に使ってもらえないかと、そう思っている」
「詳しくお話を聞かせてもらえますか?」
大和の問いに加納はすぐには返事をせず、明日領主の館に訪れるように言い残すとその日は帰っていった。
「穢れ、酷かった」
「お前もそう思ったか」
加納が去った後取っている部屋へと戻り私が呟いたのに大和が同意する。領地や住民の為に力を使うだけならあんな風な穢れにはならないはずだ。加納は今日は引いたが、明日館へ行けばその野望を明かすのだろう。その時、穢れが一気に爆発してしまうという事も起こりえるかもしれない。それほどまでに加納の周りには穢れがまとわりついていた。
「大和、明日気を付けてね。大和は私と違って生きてるんだから、怪我とかしたら……」
「そう心配するな。それより、穢れが爆発するのを抑える方が問題だ。人の身である私ですらあれほど感じ取れたのだ。恐らくこれまでに住民が抱えていた不満も飲み込んでいるだろう」
穢れの爆発を防ぐ方法、そんなのあるのだろうか? あそこまで強くなってしまっては、いつ爆発してもおかしくない。そうなれば神様との約束も果たせなくなってしまう。心配する私の頭を撫でるように大和の手が私の頭上を動いた。
翌日、領主の館を訪れると人懐っこい笑みを浮かべた二十代前半くらいの男性に出迎えられた。彼は加納の弟で、どうやら大和と私の肥えた土地に変えたという噂を知っているらしい。領主の部屋へと続く廊下を歩く間中、しきりにその感謝を大和に述べている。
「本当に感謝してるんですよ! 兄上は賊なんて雇ってましたけど、あんなもの雇わなくても他の領地の領主様はこの土地を見捨てなかったんですね!」
大和がうちの領地からの使者だと名乗っていたことを疑っていないらしいことから、前領主の時はうちとはそんなに悪い関係ではなかったのだという事がうかがえた。
「しかも貴方が変えてくださった土地は肥えているだけでなく、その成長も早いって。すでに芽が出たという報告も上がっているんですよ!」
嬉しそうにそう話す男に、そんなことになっているのかと改めて自分たちがした事を思い返してしまった。
「……お前は、兄をどう思っている?」
ふと大和が問うのに案内をしていた男は先程までの喜びを一転させ、足を止めて俯いた。
「……何故、そんな事を聞くんですか?」
「私には兄弟が居ないので、純粋な興味だと思ってくれ」
「な、なぁんだ。ただの興味ですか!」
大和の言葉に男は顔を上げ、明るさを取り戻した。
「強引な所はありますけど、兄の事は好きですよ。そりゃ賊まで雇って他の地を侵略まがいの行為までしたのは間違ってますけど、でもそれも住民のためを思っての行為ですから。……俺は、そう信じてます」
最後の言葉は消え入りそうな声だったが、恐らく大和の耳にも入っただろう。男はその後無言になり、気づけば加納がいる部屋へと通されていた。
「来たか。大和君。ああ、大和君と呼んでも?」
「構いません」
大和を見て加納が笑顔になったが、加納は大和の後ろで加納を見つめていた彼の弟を見ると弟をにらんでこう言った。
「貴様、まだいたのか。お前は部屋に籠っていろ」
言われた弟は一瞬俯き扉を閉め去っていったようだった。
「さて、大和君、昨日の話だが、考えてくれたかね?」
「まだ詳しいお話を伺っていませんので何とも言えません」
大和の言葉に加納はそうだなと呟くとこう言った。
「君はこの世界をどう思う?」
「どう思う、とは?」
「現在は各地でそれぞれの領主が収めているが、それが一つにまとまり、頂点に優秀な人材が立ち、その指示の元土地を収めればいい、そうは思わないか?」
「現状で不服がある、という事ですか?」
大和の問いに加納は目を瞑り続ける。
「ああ。今は各領地で貧困の差がある。優秀な人材が頂点に立ち、それを均等なものにすれば君たち祓い師が言う穢れも少なくなるのではないのか?」
「私が祓い師だとご存じなのならば、あなたが頂点に立つ手助けなどできない、という事もご存じのはずですが?」
大義を翳そうとする加納に大和が包み隠さず言うと彼は笑った。
「話が早くて助かるよ大和君。君が私が雇った祓い師が求めていた式神を連れているのだろう? 名前を聞いてすぐわかったよ」
加納が纏う穢れが、加納の頭上に集まり始めているのが分かった。大和は見えないから、まだ気づいていない。
「君の力が、いや、君の式神の力があればこの世界を統一することも容易いだろう。大和君、君の望みはなんだ? 力を貸してくれるなら、何でも叶えよう」
「……貴様に叶えてもらう願いなど、持ち合わせていない」
「そうか、残念だ」
加納がそう呟くと同時に加納の頭上に集まっていた穢れが、一気に加納と同じ姿となった。その手には何故か宝玉の様な丸い物体が。
「君が協力しないのならば、君からその式神を奪い取るとしよう」
加納の言葉と共に穢れの加納が手に持っていた宝玉の様な物体から一気に淀みが私の元へと襲い掛かって来た。それに水の力をぶつけ、相殺する。
「響希!」
穢れが具現化したため、大和にもその様子が見えている。大和も穢れの加納が私を捕らえようとしていることに気づいた様で、私に攻撃を避け続けるよう指示すると、何かの術を唱え始めた。その間にも穢れ加納の攻撃は続く。
「避けろって言われても……っ!」
手数が多すぎて避ける方向避ける方向に淀みが迫ってくる。そんな中で逃げ続けるのは限度があった。攻撃の手を速めてくる穢れに、私の反応が遅れた、その時だった。大和が加納本体に対して術式を発動させたのだ。
「ぐぅっ! な、にを……」
加納が苦しむと穢れの加納も苦しんでいるようで、その攻撃は寸での所で私には届かず、穢れが収束していく。そこを一気に叩くよう大和が私に指示を飛ばした。私は力をありったけ収束させ、穢れに叩き込んだ。すると穢れは一気に浄化できたのだった。
それを確認した大和が加納本人を術式から解放した。すると加納はその場に倒れ込んだ。
「あの人大丈夫なの?!」
思わず叫んで大和を見ると、大和は少し複雑そうな顔をしていた。
「……余りこの手段は使いたくなかったが、致し方なかった」
まさか殺してしまったのか? 思い問えば違うと返って来た。だったら、何が問題なのか? 問おうとすると部屋のドアが勢いよく開いた。
「兄上! 今すごい音が! って兄上?!」
加納の弟が倒れている加納に駆け寄り抱き起こす。彼は大和を睨むとこう叫んだ。
「兄上に何をしたんですか! 事と次第によってはあなたとて許しません!」
その叫びに加納が目を覚ました。
「あれ? 僕は何でこんなところに? ここは父上のお部屋?」
「兄上……?」
先程までの威圧感がある雰囲気とは打って変わって子供の様な雰囲気を纏った加納に弟は勿論私も目を疑った。
「お兄ちゃん誰? 義久は? 義久はどこ?」
「義久は俺ですよ? 何を言っているんですか?」
義久というのが加納の弟の名なのだろう。加納の弟が加納に訴えるのにも加納は首を振ってこう言った。
「義久は僕より二つ下だから、お兄ちゃんみたいな大人じゃないよ!」
「どういう事なの大和……」
「すまない。もうこれしか方法が無かった……」
戸惑う私の言葉に、大和はそう言うと加納の弟、義久の元へと向かった。突然変わってしまった兄の様子に戸惑う義久に言い聞かせるように、そして私にも伝えるように大和はこう言った。
「お前の兄は他人を巻き込むほどの穢れを持っていた。その穢れは加納自身を変えない事には一度抑えたところで再び発生するのが目に見えていた。だから私は加納の記憶を幼少の頃まで消したのだ。お前には辛いだろうが、こうするしか穢れを祓いきる方法が無かった」
大和はそう言うと義久に深々と頭を下げた。その様子を義久は黙って見ていたが、静かに口を開いた。
「その穢れっていうのはよくわかりませんが、兄上の野望が度を越していることは、俺にも分かっていたんです……」
義久はそう言うと静かにこう続けた。
「兄上は野望の為に父を殺したんです。兄上がみんなを騙していることも俺は知ってたんです。だけど、誰にも言えなかった……信じていたかった……」
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「……ごめんなさい兄上……俺が止めていれば、俺がしっかりしていれば…」
そう言って泣く義久の頭を加納がやさしく撫でた。それに義久はハッとしたように加納を見つめた。
「義久が泣いたとき、こうしてあげるんだ。そうしたら、義久は泣き止むから。僕はお兄ちゃんだから、義久を守ってあげてるんだ! えらいでしょ? だから、お兄ちゃんも泣いてちゃだめだよ?」
「あに、うえ……!」
義久が加納を抱きしめるのに、私はこの場にこれ以上いるべきではないと感じ、大和を引き連れその場を後にしたのだった。
翌朝、大和に話があると義久が宿を訪ねて来た。
「昨日は、ありがとうございました」
義久の言葉になんと返したらいいのかわからないのだろう。大和は俯き黙り込んでいる。そんな大和に義久は微笑むと、こう続けた。
「兄上があんな野望を抱いた発端は、ただ俺たちを守りたいからだったんじゃないかって、今ではそう思ってます。それがどんどん本来の目的も、兄上すら飲み込んで、それでああなってしまったんだと、そう思ってます。だから、貴方がそんなに気に病む必要はないんです。あなたはこの領地の救世主なんですよ? それがそんなに暗い顔であなたの領地に帰したんじゃ、俺がみんなに何言われるかわかったもんじゃない! だから、顔を上げてください」
大和が顔を上げると義久は強いまなざしを大和に向けこう言った。
「これからはこの領地も、兄上も俺が守ります。それで、どこの領地にも負けない、素晴らしい土地にしてみせます。信じて、くれませんか?」
「……信じよう。この土地が、どの土地より優れた場所になると」
大和がそう言うと義久は最初に会った時と同じように満面の笑顔を見せ、兄上や役人を待たせているからとその場を後にした。
「……ここはもう大丈夫そうだね」
「……そうだな」
「帰ろう? 大和」
私が手を伸ばせば大和は静かにその手を重ねてくれた。
帰り道、再びあのお茶屋さんで休憩している。恐らくここで休憩を取らなければ家に着くまで大和は強行軍で行くだろうという事が目に見えていたからだ。大和が今度は店員さんお勧めのお団子を食べているのを見ながらふと思った事を聞いてみた。
「そういえば、穢れが具現化したのに、昔みたいな大事にならなかったの、なんで?」
「ああ、恐らくあの時の加納の穢れは一部だ。その一部が具現化し、その望みがお前を手に入れることであったから、私の術が付け入る隙があった。あと以前のは大衆の欲だったからな。今回とはそこも違う」
なるほどとうなずいていると大和がこうも続けた。
「それと、あの時お前が祓ったのは加納の欲ではなくこの地域の住人とこの前の祓い師が抱えていた欲だ。加納の欲に関しては、私が記憶の忘却という手段で消したからな」
「対個人となると、こういう手段もあるんだね~」
「今回はたまたまうまく行っただけだ。後処理の事なども考えると、良策とはとても言えん」
大和の言葉にそれもそうかと納得する。今回は事前にこの地を変えたことと、義久さんが居たからうまくまとまったけど、実際穢れと対峙するときはほとんどが穢れが具現化した後だ。そうなってしまっては今回の様な手段はおろか真っ向勝負くらいしか手は無いのかもしれない。そんな事を考えている間に大和も食べ終わったようで出発するぞと言われ私は慌ててその後をついて行ったのだった。
行きと同じように三日かけて家にたどり着き、思っていた通り大和のお父さんと大和のバトルが開催されて夜、大和が寝静まった頃を見計らってあの神様がやってきた。今度は桜の下にいる、なんてもんじゃなくて勝手に大和の部屋に入って来ていた。
「ええと、神様、だよね? どうしたんですか?」
あの問題は解決させましたと報告すれば神様はこう言った。
「はい、知っていますよ。あなたたちの頑張りは、我々も見ておりました」
「じゃあどうして……」
「あなたたちの頑張りに、褒美を取らせようという声が上がりまして、私が代理で持ってきたのです」
それはうれしいけれど、神様からのご褒美なんてなんだか恐れ多い。そう思っていると神様は寝ている大和の上に手をかざし、何事かを呟いた。
「大和に何を……」
「とある術を授けました。これで起きた時には彼にはその術が使える事でしょう」
「何の術ですか? まさか悪いものじゃないですよね?」
神様に限ってそんな事はしないと思っていても思わず問うてしまった。それに神様は気分を害した風もなく笑顔を私に向けこう言った。
「あなたにも深く関係する術です。確かに授けましたので、私はこれで失礼します」
これからも見守っている。そう言い残し神様は消えた。
その翌朝、飛び起きた大和に私は手を取られた。あれ? 手を取られたっておかしくない? 私は式神で、見える事は出来ても触れないはず。なのに確かに大和の手のぬくもりが感じられて……。
「な、なんで大和私の手を触ってるの?! ていうか触れるの!?」
軽くパニックを起こし始めている私の肩を大和が掴んだ。そう、掴んだのだ。
「落ち着けという方が無理かもしれんが、昨日、神が来たな?」
「来たけど、大和寝てたんじゃ……」
「ああ、確かに私は眠っていた。だが気づけば式神に触れられる術式を覚えていた。試してみたらこうだ。このような術は私は学んだことも、そんな術が記された書物もない。となれば残るは神の仕業だという事だ」
なるほどと納得しかけたが、大和の適応能力というか理解力の速さは異常ではないかと今更思ってしまった。そんな事を考えている間にも大和は私の手を撫でている。
「このように触れられる日が、また来ようとは……」
大和が感慨深くそう言うのに、私の目からは自然と涙があふれていた。大和に触れる。触れるんだ。そう思うと嬉しくて、嬉しくて涙が止まらない。
「響希」
名を呼ばれ大和を見るが涙で霞んでよく見えない。そんな私の唇に、柔らかいものが触れた。それが何なのか理解すると涙は一気に止まった。
「大和……今……」
「漸く泣き止んだな」
「って! えぇぇぇぇぇっ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ私を大和が笑い、そして大和は私の手を取った。
「お前に触れられるのは逝く時だと思っていたが、こうして触れられるのなら、今のうちに目印をつけておきたい」
「目印?」
私が問うと大和は微笑み、私の左手薬指の付け根に口づけを落とした。それに顔を赤くしていると今度は大和は自分の左手を私の前に出した。
「私がさっきしたことを、お前もしろ」
「な、なんか恥ずかしいけど……」
言いながら大和の手に顔を近づけ、大和がしたように大和の左手薬指に口づけた。その後大和が何事かの術を唱えると私と大和の左手薬指におそろいの桜の模様が現れた。
「これが、お互いがお互いのものであるという目印だ。私たちの魂が無くなるまで残るようにしてある」
だから次の生、その次の生でもお互いをこれを目印に探そうと大和は言い、私は返事の代わりに口づけを返す事で答えた。
「私……は、ここにいるよね……?」
じゃあ目の前のこの女性は誰なのか? 思い見てみると女性が静かに口を開いた。
「あなたの存在を、もう見過ごすことが出来ません」
私のものとは違う透明感がある澄んだ声が聞こえ、彼女は私の姿を取っているがそれはただの入れ物なのだろう事がうかがえた。そしてその言葉の内容が気になる。私の存在を見過ごせないと言った。それはどういうことなのか? そして彼女は何者なのか、問えばこう返ってきた。
「私はあなた方が言うところの神と呼ぶ存在の一部。あなたの主が本来契約を結ぶはずだった存在です」
大和が契約を結ぶはずだった存在。大和と契約を結んだ私が邪魔だという事だろうか?
「私が、邪魔だという事ですか?」
「邪魔、とは違います。私はあなたの主が私の主に相応しいと認めなければ力を貸したりはしません。その試練すら受けていない相手の宝玉に住まうあなたが邪魔、という事があろうはずもありません」
では何故私の前に現れたのか? そして彼女は己のことを神の一部だと言った。神様が簡単に人前、いや、私の様な式神の前にそうやすやすと現れるとは思えなかった。
「では、何故今ここにいらっしゃるんですか?」
「……先程も申し上げた通り、あなたの存在を見過ごせなくなったからです」
「どういうことですか?」
私がそう問えば彼女は少し俯いた後こう言った。
「……その力がどこから来るのか、何故あなたに強い力があるのか、考えた事はありませんか?」
そう言われてその事について深く考えた事は無かったと思い至る。大和も、大和の家の人も特に何も言ってこなかったし、大和の父親も目障りだとは思っていても役に立つ道具くらいには思っていただろう。
「単刀直入に言いましょう。あなたの力はあなたの主の欲から生まれています」
「え……」
「今のあなたは、あなたの主の強い欲、いえ、その純粋さから意志と言い換えましょう。その意志から出来ているのです」
「じゃあ、私は……私は、あの穢れと同じ……? 意志を持つ穢れだっていうの……? だから、見過ごせない……」
今の姿も大和が望んだもので、私が生きていたらこうなっていたという姿ではない。共に成長したわけではないのだ。この前の誓いも、大和が望んだもので私の意志などもうすでに無くなっているのだ。そう思うと足元から崩れていくようだった。思わずその場に座り込んでしまった私の元へ神様がやってきた。
「意志を持つ穢れ、とは少し違います。意志を持つ穢れはその欲を生み出した者の意志を反映しますが、あなたの場合は貴方の魂を基に構成されています。力を与えているのがあなたの主というだけで、あなたが思うのとは違い、あなたの今の姿も、あなたの思いも、全てあなたの物です」
私の心を見透かしたかのように微笑む神様に、私は思わず涙が出た。そんな私を見て神様は少し悲しそうな表情をしてこう続けた。
「我々にとっても今回の状況は初めての事であり、あまりにもあなたがたが純粋にお互いを想い合っていたので、大事にならないのであればそのままにしておこう、そういう決断をくだしていました。ですが……」
「どうしたんです?」
「……あなたの強い力を察知した意志のある穢れが生まれようとしています。その穢れの主はあなたの主からあなたを奪い取り、その強大な力を戦の為に使おうとしています」
でも私の力を奪ったところで私は従う気はないし、それに祓い師でなければこの力は使えないはず。そう問えば神様はその祓い師の中の何者かが穢れの主に協力しているという。私の情報を仕入れるのも定期的に集まり情報交換を行う祓い師ならばいつかは辿り着く。そして祓い師の使う術式の一部に式神を強制的に従えるものがあるらしい。私が囚われればその術式を使い、私の意志を奪いその強い力を穢れではなく人間に向けて使い始めると神様は言う。式神の力はあくまで人の世を守るためと神様が力を貸してくれているもので、それが人に対して使われると力を貸した神様がいる世界にも悪いことが起こるらしい。
「穢れの主はこの平穏な日々を壊し、己の欲を満たすためだけに戦をしようとしています。あなたを狙う祓い師は、高額な謝礼をすでに受け取り準備を進めています。ですから、手遅れになる前に、あなたとあなたの主の契約を強制的に排除……」
「そのような事、誰が許すか!」
凛とした声に振り向けば大和が怒りの形相で立っていた。
「大和……」
「……あなたの前に姿を現す気はありませんでしたが、仕方ありませんね。どこから聞いていましたか?」
神様が問うのに大和は大和の意志が私に力を与えているというところからだと返した。その言葉に神様は大和を見てこう続けた。
「ならば状況は理解しましたね。このままあなた方を放置しておくことは出来ません。人界だけに被害が及ぶのならまだしも、今回の件は神界にも事を及ぼす穢れになりかねません」
このまま大和とはお別れになるんだ。そう思うと悲しくて涙が止まらなかった。そんな私の涙を拭うかのように大和が手を目元にやると強い口調でこう言った。
「貴様、私と響希の契約を強制的に解除したからと言って本当に事が解決すると本気で思っているのか?」
「どういう事です?」
「私と響希の契約を解除し、響希を常世に逝かせたとして、人間の欲は尽きることがない。その戦がしたいという穢れの主は、響希が居なくなったとて次の駒になる式神を探し戦をするだろう。響希を逝かせようと残そうと、意志を持った穢れは必ず生まれる。ならば響希を囮にその穢れの主ごと消した方が早い。それに協力する祓い師も共にな」
大和の言葉に神様は考え込んだ。思うところがあるようだ。そして暫くそうしていたが、重い口を開いた。
「ですが、万が一彼女が奪われたら、その際人界神界共に起こる災害は、その他を利用したものと比べようがないものになるでしょう。あなたには、彼女を奪われない、守り切る絶対の自信があるというのですか?」
「当然だ。響希は私のものだ。他の誰にもやるつもりはない。それに、万が一にも響希が奪われるような事になれば、その時は私自ら命を絶つ。響希の力の源たる私が死ねば、響希の力はなくなる。そうだろう?」
「……その覚悟があるのなら、もうしばらく見守る事にいたしましょう。ですが、もし意志を持つ穢れが発生し、戦を起こし穢れが神界にも及ぶようなことになれば、その時はあなたと彼女二人共の魂を消滅させます。そうなれば、転生は二度と叶いません。それでも、あなたには事を成すだけの覚悟はありますか?」
「そのような事には私がさせん。約束しよう。響希も、世も守ると」
大和の言葉を聞いた神様は頷くとその場から消えた。
「響希! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないよ大和……あんな啖呵切ってどうするの……」
泣きながら訴える私に大和は考えがあるから心配するなと告げた。
「考えって?」
「ああ、祓い師の集まりにお前を連れ出席する」
大和は今まで一度もその集まりに出席したことが無かったが、それに出るとはどういうことなのか? 視線で訴えればこう返ってきた。
「先程の話を聞いただろう? 式神を強制的に従える術式は、祓い師の中でも高位の者しか使えん。高位の祓い師はその力を悪用しないように見張る意味を込めて集会に出席することを義務付けられているからな。今回のターゲットも恐らく出席するだろう。その場に餌であるお前が行けば何らかの反応を示すはずだ」
高位の祓い師の実力を知らないが、大和は大丈夫なのだろうか? 大和が強い事を知っていても、不安になってしまった。それをどう勘違いしたのか大和がこう言った。
「お前を奪われたりはしない。お前の事は、命に代えても私が守る」
「……大和の事は信じてるけど、さっきの言葉は本当?」
どの言葉なのか、そう問われて私が奪われるようなことがあれば死ぬと言った話だと言えば頷かれてしまった。大和が死ぬなんて考えたくもない。そんなの、絶対嫌だ。だが神様にあんな啖呵を切った以上もう後戻りはできない。私には大和を守るために何をしてあげられるんだろう……。
三日後、定期的に行われる祓い師の集会の日がやってきた。大和の父親は大和が出席することに酷く驚き、そしてそれに私を連れて行く事を酷く嫌がっていたが、いつものように大和が力で黙らせた。結果大和の父親は怪我で欠席扱いになり、その報告という形で参加する、という名目になったのだった。
「フム、クズもたまには役に立つな」
「それってお父さんの事……?」
会場である大きなお屋敷に着くなり大和が口を開いたのに返す。大和としては常に不参加のこの集会にいきなり顔を出したのでは敵に怪しまれる可能性も考えていたのだそうだ。それが朝の一件で自然な参加になったことを指しているらしい。
この屋敷まで大和の家からはそこまで距離がなく、徒歩で移動であったためにここまで会話をしていなかった。途中何度か大和が問いかけてくることはあったが、人目を気にした私はだんまりを決め込んでいた。屋敷ではこの集会に参加するのであろう祓い師達が多くいる。その場で話している理由はただ一つ。私が囮だからだ。あたりを見回しても私と大和の会話を不審そうに見る人しかいない。まぁこれが通常の反応だろう。
やがて集会が始まると大和に声がかけられ、私もヤマトと共にその会場へと入った。会場の中に皆が輪になって座っており、大和は大和の父親の席へと促された。私はその少し後ろに立っている。
会議の内容は近頃穢れが減少傾向にある事を懸念しての意見交換だった。私が気になったのはその会議の内容よりずっと私に視線をよこしていたとある男だった。その男はちょうど大和の向かいに座っており、最初は私の気にしすぎかと思ったのだが、それにしては何だか他の人が纏う雰囲気と違っていた。どこか、穢れに近いような、そんな気配を感じた。
会議が終わり、大和にその事を告げようとした時、その男が大和に声をかけて来た。
「まさかあなたが来られるとは。お父上のお怪我とはそんなに酷いものなのですか?」
「ええ、あの怪我ではここへ来ることは勿論、暫く立ち上がることも不可能でしょう」
「そのような酷い怪我とは……そんなに強い穢れと戦われたのですか?」
男は大和の父親が心配だという風を装いながら大和にそう問う。その身にまとう雰囲気は近くに来るとより穢れが強いものだと感じた。
「穢れではありませんよ。ただ、怪我が酷いので暫く集会には私が顔を出すことになると思います。若輩者ですが、よろしくおねがいいたします」
「ここでの事が分からなければ何なりとご質問ください。……しかしお父上がその様に酷い怪我とは見舞いに行きたいものですな……」
あなたの父上とは仲が良いもので。そう男は言うと大和のお父さんを案じる言葉と挨拶を残して去っていった。
その場はそれで解散となり、他の者たちは交流をしているようだったが、大和は足早にその場を立ち去り、私は大和が何も言わなかった為その後を黙ってついて行った。
大和の屋敷に帰り、大和の自室に入ると漸く大和が口を開いた。
「響希、お前の見解を聞きたい」
問われ素直に先程の男が怪しいと、纏う雰囲気に穢れに似たものを強く感じたと告げれば大和は腕を組み頷いた。
「やはりな。私も似た気配を感じた。かなり注意深く観察せねばわからぬ程度であったが、式神のお前が強く感じるという事は間違いがないだろう」
「でもどうしてあんなに強く穢れの気配がしたの? 穢れが強く育ちつつあって紐づけされていたとして、欲の主ならともかく、あの人は今回の穢れの主じゃないはず」
ただの協力者だ。そう問えば大和はこう続けた。
「協力者というだけでも十分だ。頻繁に欲の主とやり取りをしていれば、いや、あの男の欲すら飲み込んでいる可能性が高い」
となれば穢れが具現化する前に手を打たねば神様が言っていた通り手遅れになる。私は捕まっていないが、どうせなら穢れが具現化する前に手を打ちたい。大和もそう思っているのかあの男に文をしたためるという。
「手紙? なんて書くの?」
何か企んでませんか? なんて書くわけにもいかないし。そう思っていると大和は文をしたためながらこう言った。
「内容ならば既にあの男が話していただろう?」
言われあの男の言葉を思い起こし思い至る。
「お見舞いに呼ぶ、って事?」
「そうだ。そうすればあちらはお前を捕らえるいい機会だと準備を整え万全の態勢でやってくるだろう。それを完膚なきまでに叩く」
「完膚なきまでにって……どうやって?」
私の問いに大和は底冷えのするような笑みを浮かべながらこう言った。
「私のものに手をだそうとした罪、その身に思い知らせてやるさ」
その言葉に今は部屋で絶対安静で寝ている大和のお父さんの姿が脳裏によぎったのだった。
大和が文を出した翌週、早速相手は罠にかかった。大和の案内の元大和の父親の部屋へと行き、そこからは大和の父親に任せ大和は退室した。父親と男が会っている間に私と大和は庭に行き大和が使うという術式の準備を完了させた。あとはここにあの男をおびき寄せるだけとなった。男は大和の父親と仲が良いと言っていた割には部屋の滞在時間が短く、部屋から出てきたのがちょうど術式を完成させた辺りだったらしく、私たちが戻ると既に部屋に居て、大和の姿を確認すると直ぐに寄ってきた。そんな様子に術式が完成するのが先で良かったと私は密かに胸をなでおろしたのだった。
「このままお帰しすると父に叱られてしまいます。どうぞ、お茶をお召し上がりください」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
大和の父親の話を少しした後に大和にそう言われ、大和に促されるまま男は術式が仕掛けてある庭の縁側に腰掛けた。それを確認した大和は私を残しお茶を取ってくると一度去っていった。もちろんそれはわざとだ。因みに私は大和と男が話している間に術式の中心である庭に散歩を装い移動した。男は大和が居なくなったのを何度か確認すると立ち上がりこちらへと手を伸ばしながら近づいてきた。
「漸く、二人になれましたな。お嬢さん」
私が黙って男を見つめるのに男は静かに懐に忍ばせていた宝玉を取り出した。
「あなたの主が戻る前に、さっさとこちらに移って頂きましょう」
そう言うと男は術式を発動させた。それに反応するように地面が輝き方陣を浮かばせる。それに男は慌てた様子もなくこう言った。
「気づいていたのか。だがあの青二才の技など、私に掛かれば簡単に……」
「簡単に、どうした?」
大和の声に男は大和を振り向くことも、口を動かすこともできない。ただ先程と変わらぬ姿勢でただ宝玉を私に向けている。当然男が発動させようとした術式も、収束している。
「どうした? 何か言いたい事があるのではないか? 言ってみたらどうだ? 許可するぞ?」
大和が男の隣に立ちそう言う。男は動かないが、その頬に汗が伝ったのが見えた。
「ああ、喋れないか。そうだろうな。術式に反応して体の自由を完全に奪う術だからな。さて、これはなんだ? 見たところ式を入れる宝玉の様だが……この姿から察するに、私の響希を捕らえようとしていたようだが? 弁明したいことがあるなら言ってみろ?」
男の頬を伝う冷や汗が増えていく。それを見ながらも大和が纏う雰囲気が氷のように冷たくなっていくのに私まで恐怖を感じた。
「弁明もないようだ。仕方ない。私は手加減が苦手なのだが、私のものに二度と手を出す気を起こさせないようにしなければならんな。……響希、こちらへ来い」
大和に呼ばれ私は縁側まで離れた。それを確認した大和が新たな術を手に集中させたのが見えた。そこから先は、私の口からはとても言えない。
いつもの親子喧嘩並みを想定していたのだが、それ以上の、いや、それ以上っていうか、あの人死んじゃうんじゃないかって言うくらいの重傷を負わせた大和は男が術が解け動けるようになった途端に痛いと訴えるのを無視し、二度とこんなことはしないと確約させると共に術を施した紙に血判まで押させ、更には欲の主が誰なのか聞きだすことにも成功した。因みに解放された男はその直後用件は終わったとばかりに大和に強制的に玄関に叩き出され、それを発見した男を連れて来たお連れの者の手によって救出され移動用の籠に乗せられ帰っていった。
「やりすぎじゃないかな……」
「命を取らなかっただけありがたいと思ってもらいたいものだ」
男が去った後、大和の自室で先程の事を思い出し呟けば大和にそう言われてしまう。この後多分この件の事を知った大和のお父さんと大和のバトルが起こるんだろうなぁという事まで考えてしまって少し頭が痛くなった。
「それより、あの男が存外素直に吐いたから、今回の件は手早く片付けられそうだ」
「あ、欲の主? 誰?」
私の問いに大和はこの辺りの地域の住人ではなく、少し離れた領地の領主の加納秀久という人物だと告げた。その男は欲深い男で、周囲の領地に踏み入っては色々と揉め事を起こしているらしい。私たちがいる領地の領主ともトラブルを起こしていそうだが、それはこちらの領主が優秀なためうまくかわしてきているのだろう。その加納という男の欲は強欲。意志を持つほどの穢れとなると恐らく彼の欲は周辺地域全てを掌握する事。それを成しえるために式神や祓い師という一般人には対処できない方法まで使って事を起こそうとしているのだろうと大和は言った。
「でもここから離れてるんだよね? 繋がりもないから手紙も出せないし、どうするの?」
「こちらから出向いてやればいい。幸い向こうはお前の力を望んでいるようなのでな。そうであるならばこちらの出方は簡単だ」
「遠いんだよね? 家、大丈夫?」
「幸い煩い家主は暫く絶対安静で動けん。文句を言う輩もいないさ」
二日後、私と大和はその加納なる人物の居る領地に向かうため出発した。他の領地に行くための通行手形は大和がすぐさま用意し、優秀な役人が多いのかそれはすぐさま発行され、想定より早く出発することが出来たのだった。ただ、この通行手形を受け取る際、役人に気を付けた方がいいと荷物を手放すなとか色々注意を受けた。
そんな領地に行って大和は大丈夫なのか心配になってしまう。そんな私に大和が加納がいる領地に入れば私に会話をするように言った。何故か問うと私と会話をしていれば自然と一人でしゃべっているようになる。そんな変人と関わろうとする人間は居ないだろうという。そう言われてみれば、そういう場所では役に立つのかもしれないと思った私はすぐさま了承したのだった。
三日ほど歩き、加納の領地に到着した。途中何度ももっと休憩をした方がいいと大和に訴えたが、大和は聞く耳を持ってくれず、ほぼ最短で到着した次第だ。境で通行手形を見せ、無事領地を越えると私はすぐさま口を開いた。
「領地に入ったんだし、まずは休憩。いい? 大和?」
「……仕方ない」
漸く休憩を取る気になってくれた大和に領地に入ってすぐに見えたお茶屋さんを勧める。大和が椅子に座ると店員さんがすぐさま寄って来た。
「お客様だなんて何日ぶりかしら? いらっしゃい。何にします?」
そう言ってメニューを出してくる。そこにはお団子は勿論、うどんという文字が見えたので、大和は旅立ってから碌に食事もとっていないしとうどんを頼むよう訴えると大和はそれは聞いてくれた。注文を確認した店員さんが奥に入っていく。
「客が珍しいと言っていたな。このような領地の境にあるというのに、行きかう人間は居ない、という事か?」
「かなぁ? 役人さんにもあまりここは治安が良くないって言われたし、みんな来ないのかも?」
私たちが話していると店員さんが頼んでいたうどんを持ってきたので大和がお金を支払った。
「お団子とかもお勧めですので、よろしければ是非」
「客が珍しいと言ったな? 行きかう人間は居ないのか?」
大和が店員さんに問うのに店員さんは困ったように笑った。
「二か月ほど前に前領主が亡くなりましてねぇ。その頃はもっと活気もあったんですが、今の領主になってから領主に雇われた賊がうろつき始めまして、誰も寄り付かないんですよ。そちらの領地で通行手形貰う時に何か言われませんでした?」
「……治安が良くない、とは聞いた。今の領主について聞きたい。どのような人物だ?」
「そうですねぇ。あまり大きな声では言えませんが、前領主の父親とは似ても似つかない気性の荒い方で、賊を雇い近隣の領地に無断侵入させその地を襲い、それを鎮めたいなら見返りを寄こすように訴えるような方です」
「領主がその様な行いをしていて、こちらの領地の住民から苦情は出ないのか?」
大和としてはこちらでも穢れが発生するのではないかという懸念もあったのだろうが、返って来た言葉は思いもよらないものだった。
「それが、むしろ歓迎されているんです。現領主はそれで手に入れた力を基にこの領地を栄えさせると宣言している上に住民にもそれなりの施しを……」
この領地の土地は元々痩せていて、作物を作るのが難しいらしい。それ故他の領地からの輸入に頼っていたが、加納はその領地も手に入れ住民のものにすると今から宣言しているそうだ。そして他の領地から横領している金品のいくつかも住民への支援に使っていると。
「そうか。お前も商いが上手く行くと良いな」
そう言い大和が立ち去るのに慌ててついていく。背後からお団子はよろしかったですか~という店員さんの声が聞こえていたが、大和が止まることはなかった。
「それにしても、住民まで賛成してるなんて思わなかったなぁ」
よそ者だとわかればすぐさま標的になるだろう。大和は旅支度をしているし、一目でよそ者だとわかってしまう。役人さんが注意するわけだと思った。
「加納という男、人心掌握術に長けているようだな。それにしてもただ他を征服したいだけかと思っていたが……もう少し情報が欲しいところだな」
「情報、って言ってもさっきの店員さんみたいに優しくしてくれるかなぁ?」
「それは期待できんな。見ろ」
気づけば街に入っていたらしく、そこを行きかう人が大和を睨んでいた。これは一人で会話をしているように見えるから、という理由ではなさそうだ。ひそひそ声でよそ者だという声まで聞こえる。
「どうするの? 大和?」
私の問いに大和は暫く考え込んだ後私にこう提案してきた。
「響希、お前の地の力を使ってはくれないか?」
「良いよ。どうするの?」
問えば大和は少し曲がったところにあった斜面をを指さし、そこを肥えた土地に変えるように言う。地の力は余り自信がないが、肥えた土地というのなら地だけでなく水も使った方が良いかと思い自分なりに肥えた土地、というのをイメージして力を使ってみた。すると地面はみるみる潤い、灰色を混ぜたような色をした硬そうだった地面が茶色く柔らかいものとなった。
「響希、上出来だ」
「上手く行った、のかな?」
思っていると大和の様子をじっと睨んで観察していた人々が集まって来ていた。その視線は先程私が変えた斜面にくぎ付けだ。
「お、おい、これどうなってるんだ? あんなに痩せた土地が、一瞬で……」
「どうなってるの?!」
「お、おい! 土が柔らかいぞ!」
住民が口々に述べるのに大和が大きな声でこう言った。
「私は隣の領地から派遣された術者だ。私の術をもってすればお前たちの土地を肥えたものにすることも容易い。望むものはいるか?」
その言葉に近くにいた住人は我先にと大和に詰め寄る。その後大和はその場にいた住民たちが望んだ土地全てを肥えた土地に変えた。というか変えたのは私なんだけど、力を与えてくれているのは大和だから大和が変えたと言ってもいいだろう。
その日は夜も大分更けたころに漸く宿に泊まることが出来たのだった。
「でも大和、土地を肥えさせてどうするの? うちの領地の使者まで名乗って」
「ああ、今後加納の欲を押さえたとて、この地の住民の不満を取り除かなければ根本的な解決にはならないと判断した」
「根本的な解決って、ここの住民の穢れ?」
「それもあるが、加納の後続者が現れる可能性も捨てきれん。加納がただの私欲だけで動いているかどうかが現時点でわからなくなったからな」
確かに現時点では加納という男に対する情報が少なすぎるし、何より私と大和の力が人の為になるのならそれもいいかと思うことにした。
呑気に考えていられたのは夜の間だけで、翌朝は噂を聞きつけ宿に密集する人々であふれかえっていた。
「大和、この量どうするの?」
「一つ一つ解決していく」
大和の言葉に忙しくなりそうだと気を引き締め大和の後に続き、その日から三日間かけて何とか集まった住人の願いをかなえることに成功したのだった。そして願いを叶え終わった私たちの元に、加納自らが出向いてきたのだ。
「初めまして、加納秀久という。君が噂の術者だな?」
「峰津院大和と申します」
宿屋の二階の私たちが取っている部屋とは別の部屋に大和と私は通された。とは言ってもこの加納という男にも宿屋の人にも私は見えていないのだけれど。
「単刀直入で申し訳ないが、私は君を雇いたいと思っている」
大和にそう言う加納の体からは穢れが蔓延して今にも膨張しそうだ。それに大和は気づいているのかもしれないが、加納に話を合わせてこう言った。
「といいますと?」
「実は私はこの土地の領主でな。君の力を見込んで、君の力を我が領地の為に使ってもらえないかと、そう思っている」
「詳しくお話を聞かせてもらえますか?」
大和の問いに加納はすぐには返事をせず、明日領主の館に訪れるように言い残すとその日は帰っていった。
「穢れ、酷かった」
「お前もそう思ったか」
加納が去った後取っている部屋へと戻り私が呟いたのに大和が同意する。領地や住民の為に力を使うだけならあんな風な穢れにはならないはずだ。加納は今日は引いたが、明日館へ行けばその野望を明かすのだろう。その時、穢れが一気に爆発してしまうという事も起こりえるかもしれない。それほどまでに加納の周りには穢れがまとわりついていた。
「大和、明日気を付けてね。大和は私と違って生きてるんだから、怪我とかしたら……」
「そう心配するな。それより、穢れが爆発するのを抑える方が問題だ。人の身である私ですらあれほど感じ取れたのだ。恐らくこれまでに住民が抱えていた不満も飲み込んでいるだろう」
穢れの爆発を防ぐ方法、そんなのあるのだろうか? あそこまで強くなってしまっては、いつ爆発してもおかしくない。そうなれば神様との約束も果たせなくなってしまう。心配する私の頭を撫でるように大和の手が私の頭上を動いた。
翌日、領主の館を訪れると人懐っこい笑みを浮かべた二十代前半くらいの男性に出迎えられた。彼は加納の弟で、どうやら大和と私の肥えた土地に変えたという噂を知っているらしい。領主の部屋へと続く廊下を歩く間中、しきりにその感謝を大和に述べている。
「本当に感謝してるんですよ! 兄上は賊なんて雇ってましたけど、あんなもの雇わなくても他の領地の領主様はこの土地を見捨てなかったんですね!」
大和がうちの領地からの使者だと名乗っていたことを疑っていないらしいことから、前領主の時はうちとはそんなに悪い関係ではなかったのだという事がうかがえた。
「しかも貴方が変えてくださった土地は肥えているだけでなく、その成長も早いって。すでに芽が出たという報告も上がっているんですよ!」
嬉しそうにそう話す男に、そんなことになっているのかと改めて自分たちがした事を思い返してしまった。
「……お前は、兄をどう思っている?」
ふと大和が問うのに案内をしていた男は先程までの喜びを一転させ、足を止めて俯いた。
「……何故、そんな事を聞くんですか?」
「私には兄弟が居ないので、純粋な興味だと思ってくれ」
「な、なぁんだ。ただの興味ですか!」
大和の言葉に男は顔を上げ、明るさを取り戻した。
「強引な所はありますけど、兄の事は好きですよ。そりゃ賊まで雇って他の地を侵略まがいの行為までしたのは間違ってますけど、でもそれも住民のためを思っての行為ですから。……俺は、そう信じてます」
最後の言葉は消え入りそうな声だったが、恐らく大和の耳にも入っただろう。男はその後無言になり、気づけば加納がいる部屋へと通されていた。
「来たか。大和君。ああ、大和君と呼んでも?」
「構いません」
大和を見て加納が笑顔になったが、加納は大和の後ろで加納を見つめていた彼の弟を見ると弟をにらんでこう言った。
「貴様、まだいたのか。お前は部屋に籠っていろ」
言われた弟は一瞬俯き扉を閉め去っていったようだった。
「さて、大和君、昨日の話だが、考えてくれたかね?」
「まだ詳しいお話を伺っていませんので何とも言えません」
大和の言葉に加納はそうだなと呟くとこう言った。
「君はこの世界をどう思う?」
「どう思う、とは?」
「現在は各地でそれぞれの領主が収めているが、それが一つにまとまり、頂点に優秀な人材が立ち、その指示の元土地を収めればいい、そうは思わないか?」
「現状で不服がある、という事ですか?」
大和の問いに加納は目を瞑り続ける。
「ああ。今は各領地で貧困の差がある。優秀な人材が頂点に立ち、それを均等なものにすれば君たち祓い師が言う穢れも少なくなるのではないのか?」
「私が祓い師だとご存じなのならば、あなたが頂点に立つ手助けなどできない、という事もご存じのはずですが?」
大義を翳そうとする加納に大和が包み隠さず言うと彼は笑った。
「話が早くて助かるよ大和君。君が私が雇った祓い師が求めていた式神を連れているのだろう? 名前を聞いてすぐわかったよ」
加納が纏う穢れが、加納の頭上に集まり始めているのが分かった。大和は見えないから、まだ気づいていない。
「君の力が、いや、君の式神の力があればこの世界を統一することも容易いだろう。大和君、君の望みはなんだ? 力を貸してくれるなら、何でも叶えよう」
「……貴様に叶えてもらう願いなど、持ち合わせていない」
「そうか、残念だ」
加納がそう呟くと同時に加納の頭上に集まっていた穢れが、一気に加納と同じ姿となった。その手には何故か宝玉の様な丸い物体が。
「君が協力しないのならば、君からその式神を奪い取るとしよう」
加納の言葉と共に穢れの加納が手に持っていた宝玉の様な物体から一気に淀みが私の元へと襲い掛かって来た。それに水の力をぶつけ、相殺する。
「響希!」
穢れが具現化したため、大和にもその様子が見えている。大和も穢れの加納が私を捕らえようとしていることに気づいた様で、私に攻撃を避け続けるよう指示すると、何かの術を唱え始めた。その間にも穢れ加納の攻撃は続く。
「避けろって言われても……っ!」
手数が多すぎて避ける方向避ける方向に淀みが迫ってくる。そんな中で逃げ続けるのは限度があった。攻撃の手を速めてくる穢れに、私の反応が遅れた、その時だった。大和が加納本体に対して術式を発動させたのだ。
「ぐぅっ! な、にを……」
加納が苦しむと穢れの加納も苦しんでいるようで、その攻撃は寸での所で私には届かず、穢れが収束していく。そこを一気に叩くよう大和が私に指示を飛ばした。私は力をありったけ収束させ、穢れに叩き込んだ。すると穢れは一気に浄化できたのだった。
それを確認した大和が加納本人を術式から解放した。すると加納はその場に倒れ込んだ。
「あの人大丈夫なの?!」
思わず叫んで大和を見ると、大和は少し複雑そうな顔をしていた。
「……余りこの手段は使いたくなかったが、致し方なかった」
まさか殺してしまったのか? 思い問えば違うと返って来た。だったら、何が問題なのか? 問おうとすると部屋のドアが勢いよく開いた。
「兄上! 今すごい音が! って兄上?!」
加納の弟が倒れている加納に駆け寄り抱き起こす。彼は大和を睨むとこう叫んだ。
「兄上に何をしたんですか! 事と次第によってはあなたとて許しません!」
その叫びに加納が目を覚ました。
「あれ? 僕は何でこんなところに? ここは父上のお部屋?」
「兄上……?」
先程までの威圧感がある雰囲気とは打って変わって子供の様な雰囲気を纏った加納に弟は勿論私も目を疑った。
「お兄ちゃん誰? 義久は? 義久はどこ?」
「義久は俺ですよ? 何を言っているんですか?」
義久というのが加納の弟の名なのだろう。加納の弟が加納に訴えるのにも加納は首を振ってこう言った。
「義久は僕より二つ下だから、お兄ちゃんみたいな大人じゃないよ!」
「どういう事なの大和……」
「すまない。もうこれしか方法が無かった……」
戸惑う私の言葉に、大和はそう言うと加納の弟、義久の元へと向かった。突然変わってしまった兄の様子に戸惑う義久に言い聞かせるように、そして私にも伝えるように大和はこう言った。
「お前の兄は他人を巻き込むほどの穢れを持っていた。その穢れは加納自身を変えない事には一度抑えたところで再び発生するのが目に見えていた。だから私は加納の記憶を幼少の頃まで消したのだ。お前には辛いだろうが、こうするしか穢れを祓いきる方法が無かった」
大和はそう言うと義久に深々と頭を下げた。その様子を義久は黙って見ていたが、静かに口を開いた。
「その穢れっていうのはよくわかりませんが、兄上の野望が度を越していることは、俺にも分かっていたんです……」
義久はそう言うと静かにこう続けた。
「兄上は野望の為に父を殺したんです。兄上がみんなを騙していることも俺は知ってたんです。だけど、誰にも言えなかった……信じていたかった……」
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「……ごめんなさい兄上……俺が止めていれば、俺がしっかりしていれば…」
そう言って泣く義久の頭を加納がやさしく撫でた。それに義久はハッとしたように加納を見つめた。
「義久が泣いたとき、こうしてあげるんだ。そうしたら、義久は泣き止むから。僕はお兄ちゃんだから、義久を守ってあげてるんだ! えらいでしょ? だから、お兄ちゃんも泣いてちゃだめだよ?」
「あに、うえ……!」
義久が加納を抱きしめるのに、私はこの場にこれ以上いるべきではないと感じ、大和を引き連れその場を後にしたのだった。
翌朝、大和に話があると義久が宿を訪ねて来た。
「昨日は、ありがとうございました」
義久の言葉になんと返したらいいのかわからないのだろう。大和は俯き黙り込んでいる。そんな大和に義久は微笑むと、こう続けた。
「兄上があんな野望を抱いた発端は、ただ俺たちを守りたいからだったんじゃないかって、今ではそう思ってます。それがどんどん本来の目的も、兄上すら飲み込んで、それでああなってしまったんだと、そう思ってます。だから、貴方がそんなに気に病む必要はないんです。あなたはこの領地の救世主なんですよ? それがそんなに暗い顔であなたの領地に帰したんじゃ、俺がみんなに何言われるかわかったもんじゃない! だから、顔を上げてください」
大和が顔を上げると義久は強いまなざしを大和に向けこう言った。
「これからはこの領地も、兄上も俺が守ります。それで、どこの領地にも負けない、素晴らしい土地にしてみせます。信じて、くれませんか?」
「……信じよう。この土地が、どの土地より優れた場所になると」
大和がそう言うと義久は最初に会った時と同じように満面の笑顔を見せ、兄上や役人を待たせているからとその場を後にした。
「……ここはもう大丈夫そうだね」
「……そうだな」
「帰ろう? 大和」
私が手を伸ばせば大和は静かにその手を重ねてくれた。
帰り道、再びあのお茶屋さんで休憩している。恐らくここで休憩を取らなければ家に着くまで大和は強行軍で行くだろうという事が目に見えていたからだ。大和が今度は店員さんお勧めのお団子を食べているのを見ながらふと思った事を聞いてみた。
「そういえば、穢れが具現化したのに、昔みたいな大事にならなかったの、なんで?」
「ああ、恐らくあの時の加納の穢れは一部だ。その一部が具現化し、その望みがお前を手に入れることであったから、私の術が付け入る隙があった。あと以前のは大衆の欲だったからな。今回とはそこも違う」
なるほどとうなずいていると大和がこうも続けた。
「それと、あの時お前が祓ったのは加納の欲ではなくこの地域の住人とこの前の祓い師が抱えていた欲だ。加納の欲に関しては、私が記憶の忘却という手段で消したからな」
「対個人となると、こういう手段もあるんだね~」
「今回はたまたまうまく行っただけだ。後処理の事なども考えると、良策とはとても言えん」
大和の言葉にそれもそうかと納得する。今回は事前にこの地を変えたことと、義久さんが居たからうまくまとまったけど、実際穢れと対峙するときはほとんどが穢れが具現化した後だ。そうなってしまっては今回の様な手段はおろか真っ向勝負くらいしか手は無いのかもしれない。そんな事を考えている間に大和も食べ終わったようで出発するぞと言われ私は慌ててその後をついて行ったのだった。
行きと同じように三日かけて家にたどり着き、思っていた通り大和のお父さんと大和のバトルが開催されて夜、大和が寝静まった頃を見計らってあの神様がやってきた。今度は桜の下にいる、なんてもんじゃなくて勝手に大和の部屋に入って来ていた。
「ええと、神様、だよね? どうしたんですか?」
あの問題は解決させましたと報告すれば神様はこう言った。
「はい、知っていますよ。あなたたちの頑張りは、我々も見ておりました」
「じゃあどうして……」
「あなたたちの頑張りに、褒美を取らせようという声が上がりまして、私が代理で持ってきたのです」
それはうれしいけれど、神様からのご褒美なんてなんだか恐れ多い。そう思っていると神様は寝ている大和の上に手をかざし、何事かを呟いた。
「大和に何を……」
「とある術を授けました。これで起きた時には彼にはその術が使える事でしょう」
「何の術ですか? まさか悪いものじゃないですよね?」
神様に限ってそんな事はしないと思っていても思わず問うてしまった。それに神様は気分を害した風もなく笑顔を私に向けこう言った。
「あなたにも深く関係する術です。確かに授けましたので、私はこれで失礼します」
これからも見守っている。そう言い残し神様は消えた。
その翌朝、飛び起きた大和に私は手を取られた。あれ? 手を取られたっておかしくない? 私は式神で、見える事は出来ても触れないはず。なのに確かに大和の手のぬくもりが感じられて……。
「な、なんで大和私の手を触ってるの?! ていうか触れるの!?」
軽くパニックを起こし始めている私の肩を大和が掴んだ。そう、掴んだのだ。
「落ち着けという方が無理かもしれんが、昨日、神が来たな?」
「来たけど、大和寝てたんじゃ……」
「ああ、確かに私は眠っていた。だが気づけば式神に触れられる術式を覚えていた。試してみたらこうだ。このような術は私は学んだことも、そんな術が記された書物もない。となれば残るは神の仕業だという事だ」
なるほどと納得しかけたが、大和の適応能力というか理解力の速さは異常ではないかと今更思ってしまった。そんな事を考えている間にも大和は私の手を撫でている。
「このように触れられる日が、また来ようとは……」
大和が感慨深くそう言うのに、私の目からは自然と涙があふれていた。大和に触れる。触れるんだ。そう思うと嬉しくて、嬉しくて涙が止まらない。
「響希」
名を呼ばれ大和を見るが涙で霞んでよく見えない。そんな私の唇に、柔らかいものが触れた。それが何なのか理解すると涙は一気に止まった。
「大和……今……」
「漸く泣き止んだな」
「って! えぇぇぇぇぇっ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ私を大和が笑い、そして大和は私の手を取った。
「お前に触れられるのは逝く時だと思っていたが、こうして触れられるのなら、今のうちに目印をつけておきたい」
「目印?」
私が問うと大和は微笑み、私の左手薬指の付け根に口づけを落とした。それに顔を赤くしていると今度は大和は自分の左手を私の前に出した。
「私がさっきしたことを、お前もしろ」
「な、なんか恥ずかしいけど……」
言いながら大和の手に顔を近づけ、大和がしたように大和の左手薬指に口づけた。その後大和が何事かの術を唱えると私と大和の左手薬指におそろいの桜の模様が現れた。
「これが、お互いがお互いのものであるという目印だ。私たちの魂が無くなるまで残るようにしてある」
だから次の生、その次の生でもお互いをこれを目印に探そうと大和は言い、私は返事の代わりに口づけを返す事で答えた。
