知らなかったこと[松本]
Name chenge
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知らなかったこと 松本 side 2
決意を固めた翌日。
事務所に入ると、いつも賑やかなメカニックの斉藤が、相変わらずの元気な声で話していた。そして、その傍らには赤木がいた。この2人は気が合うのか、何かと2人で親しそうに話し込んでいるのを度々目にしていた。
オレに対してはいつも遠慮がちに微笑むだけなのに、斎藤にはいろんな表情を見せているのだろうか。斉藤は、オレが知らない赤木を知っているのだろうか。
オレは、そんな風に笑わせてやれないのか?
そんな風に、肩を組むなんて……
身体が勝手に動く。
赤木の華奢な二の腕を掴み、思い切り引き寄せる。
「うわぁ!?」
体勢を崩した赤木を、勢いで受け止める形となった。
オレの胸に預けられた背中の温かさに思わず抱きしめたくなる衝動、驚いた赤木の声に我に返った。
「盛り上がるのは良いけど、騒ぎ過ぎるのは感心しないな」
あくまで仕事の先輩として注意したように、冷静に振る舞う。
オレの中に渦巻く嫉妬心と焦りが滲み出ていないだろうか。痛いくらいに胸を叩く心臓の音が、触れた背中越しに伝わっていないだろうか。
オレは今、いったいどんな顔をしているのだろうか。
斉藤が去って、赤木もゆっくりと身体を離していく。そして振り向きオレを見上げる赤木に、どんな表情を向ければいいのか分からず焦りだけがドンドンと増す。
じっと見つめる赤木の視線に心の焦りを見透かされそうに感じて、つい身体を背けた。
気にしないつもりだった。
同僚同士、ただ会話が盛り上がっただけだ、と。
頭ではそう考えているのに、行動は異なる。
わざわざ呼びだすような形で、2人がなにを話していたのかを聞いてしまった。
なんてことは無い。車好きの人間でよくする比喩表現を使った、ただの雑談だった。
2人の『特別』な会話では無かったことに安堵するが、同時にオレ自身が持つ強烈な嫉妬心を自覚させた。
自分の取った幼稚な行動が急に恥ずかしくなり、力なくしゃがみ込む。まともに赤木の顔なんか見れたもんじゃない。
目の前にいる、オレの大切な存在であるFCに触れながら、戸惑う気持ちを落ち着かせる。
確かにFCは、彼女のように傍にいることが当たり前の存在だ。オレのこれまでもこれからも、メカニックとして一生添い遂げたい存在。
「ずっと傍にいることは当たり前じゃないんだ」と、オーナーである涼介さんの言葉が甦る。
FCは決して新しいクルマではない。できるだけ長く維持するためには、細やかなメンテナンスが必要だ。大切に撫でるだけじゃなく、できる限りの手を尽くさなければいけない。
赤木に対しても同じだ。
一緒にいたいなら、傍にいて欲しいなら、自分が行動しなければいけないんだ。
立ち上がって、赤木の方を振り返った。
もう、視線は逸らさない。
「今夜、ドライブに行かないか? 話したいことがあるんだ」
――――――――――
赤木に話したかったこと。
涼介さんと出会ってから、オレが経験した非日常な日々。それを経験したからこそ、今のオレがあること。
それを知った上で、オレの気持ちとこれからの夢を受け止めて欲しい、そう思っていた。
再び訪れた赤城大沼の湖畔。
初めて2人で来た夏の終わりの日と違い、外はすっかり寒くなっていて季節の移り変わりの早さを感じる。赤木を好きになってから、毎日が早く過ぎていく。
ぽつりぽつりと語り始めると、言葉にするよりも速く記憶と感情が蘇り、忘れられない日々を忘れられない夏を熱をもった言葉で紡ぎ出される。
あの時間を、あのメンバー達と過ごせたことは、オレにとって本当に幸せな日々で、そして楽しかった。楽しかったんだ。
赤木にとっては、そんな日々は『普通じゃない』し、クルマに熱狂しているオレ達の感覚は理解しづらいことも分かっている。『カノジョ』なんてややこしい表現で、混乱させたのは申し訳なかったと思う。
それでも、知ってほしかった。これがオレの大切にしてきたことで、オレの全てだから。
オレの話を静かに聞いた赤木は、何か言おうとして言葉に詰まる。
やがて瞳に涙を滲ませ、溢れた涙がぽろぽろとこぼれ、頬を伝う。
その顔がすごく綺麗で、瞳が美しくて。たまらず手を伸ばし、頬に添えた。
白い艶やかな肌。
添えたオレの手はオイルで汚れていて、触れるのを躊躇う気持ちも無かったわけじゃない。ただ、オレが触れた跡が残せるのかもしれないとも考えてしまって、そのまま赤くなった目から溢れる熱い涙を、できるだけ優しくぬぐい頬に触れていた。
温かい赤木の涙。誰にも見せたくない。自分だけにしか見せてほしくない赤木の姿。独り占めにしているこの時間に、悦びを感じてしまっている。
けれど、少し冷静になって涙を流す意味を考えると、クルマに惚れ込んで熱中していた俺のことが嫌になったのだろうか、との考えが浮かび、焦る感情が身体を強ばらす。
唇を結び、まっすぐに俺を射すように見つめる赤木の強い目。
初めて向けられるまっすぐで真剣な眼差しに、思わず怯んでしまう。
だけど……ちゃんと伝えたい、オレの気持ちを。
ずっと俺の傍にいて欲しい。
「赤木、もう一つ聞いてほしいことがあるんだ」
どう思われても、伝える覚悟を決めた。
「嫌です」
キッパリと拒否され、険しい目で見つめられ、覚悟を決めた直後なのに激しく動揺する。添えていた手を引いてしまうほどだ。
伝え方を間違ったのか、どうしてもっと早く伝えなかったのか、『普通』じゃないオレは受け入れられないのか……、混乱の中で埋もれていく決意。
「先に、私が言いたいことを聞いてほしいです」
その言葉にハッとさせられた。
ずっと、赤木を好きだと自覚してからずっと、オレはオレの気持ちやオレの知ってほしいコトばかりを考え、一方的になっていた。自分以外が見えなくなるほど、余裕がなくなっていることに愕然となった。
情けない。年甲斐も無く周りが見えなくなって、赤木がどう思っているのかを気にしているようで、それよりも自分の気持ちを押しつけようとして。
ガッカリされても仕方がない……。
彼女の口から発されようとする言葉に、恐る恐る耳を傾けた。
「好きなんです、松本さんのことが」
彼女から告げられた言葉は、俺と同じ「好き」という気持ちだと理解した瞬間、心が今までに無いほど鳴り喜びで満ち溢れた。赤木から、その言葉が聞けるなんて直前まで思ってもみなかったから。
しかし、同じ気持ちのはずなのに、「いつか」は距離を感じる言葉だ。
嫌だ、俺は今すぐ一緒に居たいんだ。いつかじゃ嫌なんだ。
大人らしく、彼女の気持ちを受け止め彼女の望むことを受け入れてやるべきなんだろうが、それじゃオレは嫌なんだ。
自分の気持ちがこんなに幼稚なこと、知らなかった。
時間をおいている間に赤木の気持ちが変わるんじゃないか、赤木が他に惹かれる相手に出会うんじゃないか……
はやる気持ちが、助手席に座る赤木の身体を強引に引き寄せた。
ミルクティーのように甘い優しい赤木の香り、サラサラと頬に触れる赤木の髪、肩口に埋もれた顔から漏れる速く熱い呼吸。
この距離が欲しかった、この温もりを感じたかった。もう、離さない。
赤木の背中に回した腕に、力を込める。
「好きなんだ、赤木のことが」
これが、オレが聞いてほしかったもう一つのこと。
先に赤木が同じ気持ちだとわかっていたけれど、それでも言葉にする緊張が心臓をけたたましく鳴らす。
オレの言葉にぶるりと身体を震わせ、オレを抱きしめる赤木。
たまらなく愛おしい。離したくない、もっと近づきたい。
運転席と助手席の間にあるセンターコンソールが邪魔だ。無くなればいいのにと思ってさえしまう。FR車にあって当然の物にすら、今は赤木との間を邪魔する存在のようで腹立たしい。赤木の前では、メカニックじゃなくてただの男になってしまう。
赤木が、知らないオレをどんどん教えてくれるんだ。
もっと、もっと、近づきたい。
無理な体勢にかかわらず、更に力を込めて抱きしめた。
「苦しい……」
「わっ、悪い……」
気付けば息ができないくらい抱きしめ合っていた。
腕の力を緩め、少しだけ距離を取る。
わずかな距離ができるだけでも、我慢できない。この隙間に入りこむ空気にさえ嫉妬を感じてしまうくらい、誰にも触れさせたくないんだ。
絡んだ視線が熱い。赤木の瞳の奥に揺れる熱が、自分に向けられていることが嬉しい。
もっと触れたい。
ゆっくりと、唇が合わさる。
もっと触れたい。
赤木の首筋と腰に腕を回し、ぎゅうと抱きしめた。
「可愛いな……誰にも見せたくない」
赤木には、オレの嫉妬深さや幼稚さを見抜かれたようだ。
くすっと息を漏らして、嬉しそうに呟く。
「以外と子どもっぽいところもあるんですね、知らなかった」
「嫌か?」
「いいえ、もっと知りたくなりました、松本さんのこと」
「もっと知ってほしいよ、オレのこと」
車内に外温の低さなんか感じないほど、身体を寄せ合い互いの熱を感じ合う。
抱き合う腕の力強さに、互いの気持ちの重なりを感じ合えた。
『普通』とは言えない時間を過ごしてきたオレと、『普通』の時間を一緒に送ってくれる人。
そばにいる幸せを感じさせてくれる人。
自分の大切なものを、大切に思ってくれる人。
未来へ一緒に歩みたい、2人の未来を2人で知りたくなる、そんな人。
それが、赤木なんだ。
めぐる季節の色とりどりの姿を、これから2人で知っていけることを幸せに思う。
今まで知らなかった。
忘れられない夏の終わり、存在価値を見失うほど弱かった自分のこと、
密かに寄り添ってくれていた彼女の存在に助けられていたこと、
彼女の香りは、俺の胸を高鳴らせること、
冬に始まる恋は温かいこと。
fin.
2024.2.11
決意を固めた翌日。
事務所に入ると、いつも賑やかなメカニックの斉藤が、相変わらずの元気な声で話していた。そして、その傍らには赤木がいた。この2人は気が合うのか、何かと2人で親しそうに話し込んでいるのを度々目にしていた。
オレに対してはいつも遠慮がちに微笑むだけなのに、斎藤にはいろんな表情を見せているのだろうか。斉藤は、オレが知らない赤木を知っているのだろうか。
オレは、そんな風に笑わせてやれないのか?
そんな風に、肩を組むなんて……
身体が勝手に動く。
赤木の華奢な二の腕を掴み、思い切り引き寄せる。
「うわぁ!?」
体勢を崩した赤木を、勢いで受け止める形となった。
オレの胸に預けられた背中の温かさに思わず抱きしめたくなる衝動、驚いた赤木の声に我に返った。
「盛り上がるのは良いけど、騒ぎ過ぎるのは感心しないな」
あくまで仕事の先輩として注意したように、冷静に振る舞う。
オレの中に渦巻く嫉妬心と焦りが滲み出ていないだろうか。痛いくらいに胸を叩く心臓の音が、触れた背中越しに伝わっていないだろうか。
オレは今、いったいどんな顔をしているのだろうか。
斉藤が去って、赤木もゆっくりと身体を離していく。そして振り向きオレを見上げる赤木に、どんな表情を向ければいいのか分からず焦りだけがドンドンと増す。
じっと見つめる赤木の視線に心の焦りを見透かされそうに感じて、つい身体を背けた。
気にしないつもりだった。
同僚同士、ただ会話が盛り上がっただけだ、と。
頭ではそう考えているのに、行動は異なる。
わざわざ呼びだすような形で、2人がなにを話していたのかを聞いてしまった。
なんてことは無い。車好きの人間でよくする比喩表現を使った、ただの雑談だった。
2人の『特別』な会話では無かったことに安堵するが、同時にオレ自身が持つ強烈な嫉妬心を自覚させた。
自分の取った幼稚な行動が急に恥ずかしくなり、力なくしゃがみ込む。まともに赤木の顔なんか見れたもんじゃない。
目の前にいる、オレの大切な存在であるFCに触れながら、戸惑う気持ちを落ち着かせる。
確かにFCは、彼女のように傍にいることが当たり前の存在だ。オレのこれまでもこれからも、メカニックとして一生添い遂げたい存在。
「ずっと傍にいることは当たり前じゃないんだ」と、オーナーである涼介さんの言葉が甦る。
FCは決して新しいクルマではない。できるだけ長く維持するためには、細やかなメンテナンスが必要だ。大切に撫でるだけじゃなく、できる限りの手を尽くさなければいけない。
赤木に対しても同じだ。
一緒にいたいなら、傍にいて欲しいなら、自分が行動しなければいけないんだ。
立ち上がって、赤木の方を振り返った。
もう、視線は逸らさない。
「今夜、ドライブに行かないか? 話したいことがあるんだ」
――――――――――
赤木に話したかったこと。
涼介さんと出会ってから、オレが経験した非日常な日々。それを経験したからこそ、今のオレがあること。
それを知った上で、オレの気持ちとこれからの夢を受け止めて欲しい、そう思っていた。
再び訪れた赤城大沼の湖畔。
初めて2人で来た夏の終わりの日と違い、外はすっかり寒くなっていて季節の移り変わりの早さを感じる。赤木を好きになってから、毎日が早く過ぎていく。
ぽつりぽつりと語り始めると、言葉にするよりも速く記憶と感情が蘇り、忘れられない日々を忘れられない夏を熱をもった言葉で紡ぎ出される。
あの時間を、あのメンバー達と過ごせたことは、オレにとって本当に幸せな日々で、そして楽しかった。楽しかったんだ。
赤木にとっては、そんな日々は『普通じゃない』し、クルマに熱狂しているオレ達の感覚は理解しづらいことも分かっている。『カノジョ』なんてややこしい表現で、混乱させたのは申し訳なかったと思う。
それでも、知ってほしかった。これがオレの大切にしてきたことで、オレの全てだから。
オレの話を静かに聞いた赤木は、何か言おうとして言葉に詰まる。
やがて瞳に涙を滲ませ、溢れた涙がぽろぽろとこぼれ、頬を伝う。
その顔がすごく綺麗で、瞳が美しくて。たまらず手を伸ばし、頬に添えた。
白い艶やかな肌。
添えたオレの手はオイルで汚れていて、触れるのを躊躇う気持ちも無かったわけじゃない。ただ、オレが触れた跡が残せるのかもしれないとも考えてしまって、そのまま赤くなった目から溢れる熱い涙を、できるだけ優しくぬぐい頬に触れていた。
温かい赤木の涙。誰にも見せたくない。自分だけにしか見せてほしくない赤木の姿。独り占めにしているこの時間に、悦びを感じてしまっている。
けれど、少し冷静になって涙を流す意味を考えると、クルマに惚れ込んで熱中していた俺のことが嫌になったのだろうか、との考えが浮かび、焦る感情が身体を強ばらす。
唇を結び、まっすぐに俺を射すように見つめる赤木の強い目。
初めて向けられるまっすぐで真剣な眼差しに、思わず怯んでしまう。
だけど……ちゃんと伝えたい、オレの気持ちを。
ずっと俺の傍にいて欲しい。
「赤木、もう一つ聞いてほしいことがあるんだ」
どう思われても、伝える覚悟を決めた。
「嫌です」
キッパリと拒否され、険しい目で見つめられ、覚悟を決めた直後なのに激しく動揺する。添えていた手を引いてしまうほどだ。
伝え方を間違ったのか、どうしてもっと早く伝えなかったのか、『普通』じゃないオレは受け入れられないのか……、混乱の中で埋もれていく決意。
「先に、私が言いたいことを聞いてほしいです」
その言葉にハッとさせられた。
ずっと、赤木を好きだと自覚してからずっと、オレはオレの気持ちやオレの知ってほしいコトばかりを考え、一方的になっていた。自分以外が見えなくなるほど、余裕がなくなっていることに愕然となった。
情けない。年甲斐も無く周りが見えなくなって、赤木がどう思っているのかを気にしているようで、それよりも自分の気持ちを押しつけようとして。
ガッカリされても仕方がない……。
彼女の口から発されようとする言葉に、恐る恐る耳を傾けた。
「好きなんです、松本さんのことが」
彼女から告げられた言葉は、俺と同じ「好き」という気持ちだと理解した瞬間、心が今までに無いほど鳴り喜びで満ち溢れた。赤木から、その言葉が聞けるなんて直前まで思ってもみなかったから。
しかし、同じ気持ちのはずなのに、「いつか」は距離を感じる言葉だ。
嫌だ、俺は今すぐ一緒に居たいんだ。いつかじゃ嫌なんだ。
大人らしく、彼女の気持ちを受け止め彼女の望むことを受け入れてやるべきなんだろうが、それじゃオレは嫌なんだ。
自分の気持ちがこんなに幼稚なこと、知らなかった。
時間をおいている間に赤木の気持ちが変わるんじゃないか、赤木が他に惹かれる相手に出会うんじゃないか……
はやる気持ちが、助手席に座る赤木の身体を強引に引き寄せた。
ミルクティーのように甘い優しい赤木の香り、サラサラと頬に触れる赤木の髪、肩口に埋もれた顔から漏れる速く熱い呼吸。
この距離が欲しかった、この温もりを感じたかった。もう、離さない。
赤木の背中に回した腕に、力を込める。
「好きなんだ、赤木のことが」
これが、オレが聞いてほしかったもう一つのこと。
先に赤木が同じ気持ちだとわかっていたけれど、それでも言葉にする緊張が心臓をけたたましく鳴らす。
オレの言葉にぶるりと身体を震わせ、オレを抱きしめる赤木。
たまらなく愛おしい。離したくない、もっと近づきたい。
運転席と助手席の間にあるセンターコンソールが邪魔だ。無くなればいいのにと思ってさえしまう。FR車にあって当然の物にすら、今は赤木との間を邪魔する存在のようで腹立たしい。赤木の前では、メカニックじゃなくてただの男になってしまう。
赤木が、知らないオレをどんどん教えてくれるんだ。
もっと、もっと、近づきたい。
無理な体勢にかかわらず、更に力を込めて抱きしめた。
「苦しい……」
「わっ、悪い……」
気付けば息ができないくらい抱きしめ合っていた。
腕の力を緩め、少しだけ距離を取る。
わずかな距離ができるだけでも、我慢できない。この隙間に入りこむ空気にさえ嫉妬を感じてしまうくらい、誰にも触れさせたくないんだ。
絡んだ視線が熱い。赤木の瞳の奥に揺れる熱が、自分に向けられていることが嬉しい。
もっと触れたい。
ゆっくりと、唇が合わさる。
もっと触れたい。
赤木の首筋と腰に腕を回し、ぎゅうと抱きしめた。
「可愛いな……誰にも見せたくない」
赤木には、オレの嫉妬深さや幼稚さを見抜かれたようだ。
くすっと息を漏らして、嬉しそうに呟く。
「以外と子どもっぽいところもあるんですね、知らなかった」
「嫌か?」
「いいえ、もっと知りたくなりました、松本さんのこと」
「もっと知ってほしいよ、オレのこと」
車内に外温の低さなんか感じないほど、身体を寄せ合い互いの熱を感じ合う。
抱き合う腕の力強さに、互いの気持ちの重なりを感じ合えた。
『普通』とは言えない時間を過ごしてきたオレと、『普通』の時間を一緒に送ってくれる人。
そばにいる幸せを感じさせてくれる人。
自分の大切なものを、大切に思ってくれる人。
未来へ一緒に歩みたい、2人の未来を2人で知りたくなる、そんな人。
それが、赤木なんだ。
めぐる季節の色とりどりの姿を、これから2人で知っていけることを幸せに思う。
今まで知らなかった。
忘れられない夏の終わり、存在価値を見失うほど弱かった自分のこと、
密かに寄り添ってくれていた彼女の存在に助けられていたこと、
彼女の香りは、俺の胸を高鳴らせること、
冬に始まる恋は温かいこと。
fin.
2024.2.11