Short Story
Name chenge
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□□□ 視線を交わらせて □□□
彼女と別れてからも、過ごす街は同じだから度々姿を見かけていた。
立ち寄ろうとしたコンビニに、彼女の車が停めてあるのを見つけ、引き返したこともあった。
たまに、彼女がこちらに気づいたような気がして、慌てて顔を逸らすこともあった。
それくらい今もオレは、別れた彼女に対して気まずい気持ちを抱えている。
あの頃のオレは、彼女の存在を気に留めなくなるくらい大事にしていることがあった。
意地、プライド、名声、チーム……。守りたいもの、知らしめたいものがあった。
地元妙義でよそ者のR32 GT-Rに負け、ショックで呆然と過ごす時間。オレを負かしたGT-Rのエンブレムが、リアランプが、頭から離れない。目をつぶっても、だんだん離れていくGT-Rの後ろ姿が浮かび、眠れない。大事なもの全てを失った気がして、飯も喉を通らないほどだった。
その時、彼女は「何か」を言って「何か」をしていた、……のだと思う。
それすら記憶にないほど打ちひしがれていたオレは、弱り切った心と頭で一つの答えに辿り着いた。
GT-Rに乗り換えよう。腕で負けたわけじゃねぇ、誰にも負けない強いマシンが今のオレには必要だ、と。
「S13でなんでダメなの? そんなの、GT-Rが速いだけじゃん!!」
彼女の言葉は、オレの答えを否定した。
カッとなって血が上った勢いで、貯金を叩いて頭金を入れ、生活ギリギリのローンを組んでR32 GT-Rを契約した。
「最近の毅……、怖いよ」
彼女が見せた陰りのある表情。
それすらも、オレの選択を邪魔する様に思えた。
女になんか分かってたまるか、オレの血をたぎらすことなんか。
GT-Rの納車と同時に、オレは、彼女に別れを告げた。
あれから、新たな相棒となったR32 GT-Rと幾つものバトルを経験した。
妙義最速のポジションを確立した。だが、非力なハチロクに、テクニックで負けた。地元妙義でFDに、戦略と心理面で負けた。
負けがショックなことに変わりはない。しかし、相手への敬いからどこか爽快な気持ちに満たされることや、自分の未熟を素直に受け入れ驕ることなく走りと向き合うことができるようになった。その姿勢が、チームの意識をまとまりのあるものへと変えていくことを知った。
GT-Rを手に入れたことで、オレは多くのコトに気付かされたのだ。
今なら、彼女の言葉も素直に受け止められるだろう。
もっと冷静に彼女の言葉に耳を傾けられるだろう。
血が上った頭で衝動的に別れるだなんてことはしないだろう。
何で、別れるなんて言っちまったんだろうな……。
GT-Rに乗り換えたことを後悔したことはない。
ただ、彼女の姿を見かける度に、GT-Rと引き換えに手放した彼女の存在の大きさを思い出すのだ。
自己ベストタイムが縮んだことを、一緒になって喜んでくれたこと。
バトルの勝利を、自分のことのようにはしゃいでくれたこと。
負けたショックで眠れない夜、黙って傍に居てくれたこと。
飯が喉を通らない時に、少しでも、と食べやすいものを作ってくれたこと。
「毅は落ち込むと、悪いことばかり考えて早く答えを出したがるけど、まず身体を休めて」と俺の心の弱さを一番理解してくれていた、彼女の存在を。
そしてそんな彼女を、一時期の感情だけで捨てた愚かな行為を後悔する。
GT-Rが教えてくれた大切なこと。
それに気づけたオレは、あの頃とは違うんだ。だから、「今なら……」と思う気持ちが、何度も湧き上がる。
オレは、変わったんだ。あの頃とは違う。
今度会う時は、視線を逸らさず言いたい。
変わったオレを知った上で、「GT-R の助手席に乗って欲しい」と。
しかし姿を見かける度、知らない装いや雰囲気をまとう彼女に、少しずつ変わっていく彼女に、負い目と怯みを感じ目を合わすことも声を掛けることもできないまま、月日は流れていった。
ーーーーーーーー
妙義に行く前に寄ったコンビニ。
以前彼女の車を見かけて以来、駐車スペースを確認することがクセになっている。彼女の車がないことに、残念と安堵が混じり合った気持ちの悪い感情が胸に充満する。会いたいと思いながら、会うことを恐れている。
「ダセーな」
呟きながらGT-Rを降りた。
結局、走り屋以外の部分は、男としての自信を溢れさすほど変われてはいないのだ。
「ほんと、ダセー……」
気持ちを紛らわせるようにタバコを咥えた瞬間、不意に視線を感じた。
「……たけし?……」
コンビニの入り口に立つ女が、こちらを見ている。
「……お、おう……」
彼女、だ。
逸らしようがないほど、視線が交わる。
驚き見開いた瞳、最後にこの瞳を真っ直ぐに見たのは、別れを告げた日だ。
そして、声を聞いたのも、その日ぶりだった。
「久しぶり、だな……」
本当は、何度も見かけていた。そんなダセーことなんか言えねぇけど。
「元気だった? コンビニ出ようとしたら、毅がいたのでびっくりしたよ」
あんな別れ方をしたのに、付き合っていた頃と変わらない調子で話す彼女に、胸に充満した気まずさが薄れる。
「オレも驚いた。車ねぇし……」
言い終えて、はっと気づく。
ひょっとしたら『男』の車に乗ってきたのじゃないか??
焦るオレを余所に、微笑みながら彼女が答える。
「実はね……車買い替えたんだ」
彼女が指さしたのは、オレのGT-Rの隣にある軽自動車。
自分の車で来ていることが分かり、ほっと胸をなで下ろしつつも、前の車とは印象がガラリと変わっていることに少し寂しさを感じる。
「へぇ、まだそんな古くなかっただろ??」
「まぁね……」
彼女もオレと別れて、変わったんだな。
服装も、髪型も、メイクも……そして車も。
オレがオレ自身を変わったと思っても、彼女はそれ以上に変わっていく。
まだオレは、彼女の隣に並べない。
まだ、迷いなく「助手席に乗って欲しい」なんて、言えない。
続く言葉が浮かばないことを誤魔化すように、咥えたタバコに火をつけた。
細く上る煙を見つめても、気の利いた言葉なんて見つかんねぇ。
自分が走り以外はつまらない男であることに変わりない事実に、嫌気がさした。
「あ、あのねっ……」
にこやかに自分の車を眺めていた彼女が、はにかみながらオレの方を向いた。
あの頃と変わらず、彼女の笑顔はオレの胸を高鳴らす。
「車を買い換えてみたらね、今までよりもっと遠くに行ける気がしてきたよ。なんだか、目指すところがもっと広くなった気がする。ちょっとだけだけど、毅が乗り換えたかった理由分かったよ」
へへへ、と照れ笑う彼女。恥ずかしそうに視線を逸らし、また車の方を向いた。
たくさんの変化を感じる中で、変わらない笑顔。
そして、彼女は彼女なりに、見えないオレの世界を少しでも理解しようとしてくれていたことを知った。
あんな自分勝手な別れ方をしたのに、オレを分かろうとしてくれていたんだな……。
だったら、オレは?
オレはまだ、怯んだままでいいのか?
今の自分の状況を受け入れるだけで、まだ追いついてないと、立ち止まっていていいのか?
背伸びしてでも、「前のオレとは違う」とはったりをかましてでも、彼女を引き留めなくていいのか?
「……今から妙義に走りに行くの? 気をつけてね、じゃあね!」
何も返事をしないオレに、彼女は一瞬困ったように眉をひそめ、そして、そう言って明るく手を振った。
良いのか? オレは、このまま彼女を見送って。
オレは、変わったんだろ? GT-Rを手に入れたおかげで。
また会えるかどうかなんて……わかんねぇだろ!
ビビってんじゃねーぞ!!
自分自身を煽り、奮い立たせた。
「おいっ!」
車に乗り込もうとする彼女の背中を呼び止める。
ピクリと反応し、彼女がオレの方を振り返った。
視線が交わる。
今度も、さっき偶然出会い驚いた時のように目を見開き、動揺で瞳を揺らしている。
ただ、そこには哀しみの色が滲んでいるように見えた。
まるで、別れ話をした時と同じようだ。
「違っ、……えっと……」
そんな表情をさせたかったわけじゃねぇんだ。
勢い込んだオレがしどろもどろになっていることが伝わったのか、彼女は優しく微笑んで待ってくれた。
すぅっと息を吸い込む。
そして吐き出して気持ちを落ち着けてから、改めて彼女を見つめた。
綺麗な瞳が、オレを見つめ返す。
交わった視線、絶対に逸らさないと力を込めた。
「乗ってくれよ、GT-R の助手席に」
上手くは言えねぇ。
でも、伝えたかった。
バクバクと打つ心臓の音が、うるさい。
彼女も視線を逸らさないまま、笑みを深くして言った。
「GT-Rに乗り換えて、感じたこと教えて。GT-R の助手席で」
一度離した彼女と、この先どうなるかなんて、今はそこまで考えられねぇ。
ただ、離れていた時間のお互いを知って、今度は一緒に答えを見つけたいんだ。
R32 GT-Rが成長させてくれたオレと、彼女の答えを。
2024.3.13
彼女と別れてからも、過ごす街は同じだから度々姿を見かけていた。
立ち寄ろうとしたコンビニに、彼女の車が停めてあるのを見つけ、引き返したこともあった。
たまに、彼女がこちらに気づいたような気がして、慌てて顔を逸らすこともあった。
それくらい今もオレは、別れた彼女に対して気まずい気持ちを抱えている。
あの頃のオレは、彼女の存在を気に留めなくなるくらい大事にしていることがあった。
意地、プライド、名声、チーム……。守りたいもの、知らしめたいものがあった。
地元妙義でよそ者のR32 GT-Rに負け、ショックで呆然と過ごす時間。オレを負かしたGT-Rのエンブレムが、リアランプが、頭から離れない。目をつぶっても、だんだん離れていくGT-Rの後ろ姿が浮かび、眠れない。大事なもの全てを失った気がして、飯も喉を通らないほどだった。
その時、彼女は「何か」を言って「何か」をしていた、……のだと思う。
それすら記憶にないほど打ちひしがれていたオレは、弱り切った心と頭で一つの答えに辿り着いた。
GT-Rに乗り換えよう。腕で負けたわけじゃねぇ、誰にも負けない強いマシンが今のオレには必要だ、と。
「S13でなんでダメなの? そんなの、GT-Rが速いだけじゃん!!」
彼女の言葉は、オレの答えを否定した。
カッとなって血が上った勢いで、貯金を叩いて頭金を入れ、生活ギリギリのローンを組んでR32 GT-Rを契約した。
「最近の毅……、怖いよ」
彼女が見せた陰りのある表情。
それすらも、オレの選択を邪魔する様に思えた。
女になんか分かってたまるか、オレの血をたぎらすことなんか。
GT-Rの納車と同時に、オレは、彼女に別れを告げた。
あれから、新たな相棒となったR32 GT-Rと幾つものバトルを経験した。
妙義最速のポジションを確立した。だが、非力なハチロクに、テクニックで負けた。地元妙義でFDに、戦略と心理面で負けた。
負けがショックなことに変わりはない。しかし、相手への敬いからどこか爽快な気持ちに満たされることや、自分の未熟を素直に受け入れ驕ることなく走りと向き合うことができるようになった。その姿勢が、チームの意識をまとまりのあるものへと変えていくことを知った。
GT-Rを手に入れたことで、オレは多くのコトに気付かされたのだ。
今なら、彼女の言葉も素直に受け止められるだろう。
もっと冷静に彼女の言葉に耳を傾けられるだろう。
血が上った頭で衝動的に別れるだなんてことはしないだろう。
何で、別れるなんて言っちまったんだろうな……。
GT-Rに乗り換えたことを後悔したことはない。
ただ、彼女の姿を見かける度に、GT-Rと引き換えに手放した彼女の存在の大きさを思い出すのだ。
自己ベストタイムが縮んだことを、一緒になって喜んでくれたこと。
バトルの勝利を、自分のことのようにはしゃいでくれたこと。
負けたショックで眠れない夜、黙って傍に居てくれたこと。
飯が喉を通らない時に、少しでも、と食べやすいものを作ってくれたこと。
「毅は落ち込むと、悪いことばかり考えて早く答えを出したがるけど、まず身体を休めて」と俺の心の弱さを一番理解してくれていた、彼女の存在を。
そしてそんな彼女を、一時期の感情だけで捨てた愚かな行為を後悔する。
GT-Rが教えてくれた大切なこと。
それに気づけたオレは、あの頃とは違うんだ。だから、「今なら……」と思う気持ちが、何度も湧き上がる。
オレは、変わったんだ。あの頃とは違う。
今度会う時は、視線を逸らさず言いたい。
変わったオレを知った上で、「
しかし姿を見かける度、知らない装いや雰囲気をまとう彼女に、少しずつ変わっていく彼女に、負い目と怯みを感じ目を合わすことも声を掛けることもできないまま、月日は流れていった。
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妙義に行く前に寄ったコンビニ。
以前彼女の車を見かけて以来、駐車スペースを確認することがクセになっている。彼女の車がないことに、残念と安堵が混じり合った気持ちの悪い感情が胸に充満する。会いたいと思いながら、会うことを恐れている。
「ダセーな」
呟きながらGT-Rを降りた。
結局、走り屋以外の部分は、男としての自信を溢れさすほど変われてはいないのだ。
「ほんと、ダセー……」
気持ちを紛らわせるようにタバコを咥えた瞬間、不意に視線を感じた。
「……たけし?……」
コンビニの入り口に立つ女が、こちらを見ている。
「……お、おう……」
彼女、だ。
逸らしようがないほど、視線が交わる。
驚き見開いた瞳、最後にこの瞳を真っ直ぐに見たのは、別れを告げた日だ。
そして、声を聞いたのも、その日ぶりだった。
「久しぶり、だな……」
本当は、何度も見かけていた。そんなダセーことなんか言えねぇけど。
「元気だった? コンビニ出ようとしたら、毅がいたのでびっくりしたよ」
あんな別れ方をしたのに、付き合っていた頃と変わらない調子で話す彼女に、胸に充満した気まずさが薄れる。
「オレも驚いた。車ねぇし……」
言い終えて、はっと気づく。
ひょっとしたら『男』の車に乗ってきたのじゃないか??
焦るオレを余所に、微笑みながら彼女が答える。
「実はね……車買い替えたんだ」
彼女が指さしたのは、オレのGT-Rの隣にある軽自動車。
自分の車で来ていることが分かり、ほっと胸をなで下ろしつつも、前の車とは印象がガラリと変わっていることに少し寂しさを感じる。
「へぇ、まだそんな古くなかっただろ??」
「まぁね……」
彼女もオレと別れて、変わったんだな。
服装も、髪型も、メイクも……そして車も。
オレがオレ自身を変わったと思っても、彼女はそれ以上に変わっていく。
まだオレは、彼女の隣に並べない。
まだ、迷いなく「助手席に乗って欲しい」なんて、言えない。
続く言葉が浮かばないことを誤魔化すように、咥えたタバコに火をつけた。
細く上る煙を見つめても、気の利いた言葉なんて見つかんねぇ。
自分が走り以外はつまらない男であることに変わりない事実に、嫌気がさした。
「あ、あのねっ……」
にこやかに自分の車を眺めていた彼女が、はにかみながらオレの方を向いた。
あの頃と変わらず、彼女の笑顔はオレの胸を高鳴らす。
「車を買い換えてみたらね、今までよりもっと遠くに行ける気がしてきたよ。なんだか、目指すところがもっと広くなった気がする。ちょっとだけだけど、毅が乗り換えたかった理由分かったよ」
へへへ、と照れ笑う彼女。恥ずかしそうに視線を逸らし、また車の方を向いた。
たくさんの変化を感じる中で、変わらない笑顔。
そして、彼女は彼女なりに、見えないオレの世界を少しでも理解しようとしてくれていたことを知った。
あんな自分勝手な別れ方をしたのに、オレを分かろうとしてくれていたんだな……。
だったら、オレは?
オレはまだ、怯んだままでいいのか?
今の自分の状況を受け入れるだけで、まだ追いついてないと、立ち止まっていていいのか?
背伸びしてでも、「前のオレとは違う」とはったりをかましてでも、彼女を引き留めなくていいのか?
「……今から妙義に走りに行くの? 気をつけてね、じゃあね!」
何も返事をしないオレに、彼女は一瞬困ったように眉をひそめ、そして、そう言って明るく手を振った。
良いのか? オレは、このまま彼女を見送って。
オレは、変わったんだろ? GT-Rを手に入れたおかげで。
また会えるかどうかなんて……わかんねぇだろ!
ビビってんじゃねーぞ!!
自分自身を煽り、奮い立たせた。
「おいっ!」
車に乗り込もうとする彼女の背中を呼び止める。
ピクリと反応し、彼女がオレの方を振り返った。
視線が交わる。
今度も、さっき偶然出会い驚いた時のように目を見開き、動揺で瞳を揺らしている。
ただ、そこには哀しみの色が滲んでいるように見えた。
まるで、別れ話をした時と同じようだ。
「違っ、……えっと……」
そんな表情をさせたかったわけじゃねぇんだ。
勢い込んだオレがしどろもどろになっていることが伝わったのか、彼女は優しく微笑んで待ってくれた。
すぅっと息を吸い込む。
そして吐き出して気持ちを落ち着けてから、改めて彼女を見つめた。
綺麗な瞳が、オレを見つめ返す。
交わった視線、絶対に逸らさないと力を込めた。
「乗ってくれよ、
上手くは言えねぇ。
でも、伝えたかった。
バクバクと打つ心臓の音が、うるさい。
彼女も視線を逸らさないまま、笑みを深くして言った。
「GT-Rに乗り換えて、感じたこと教えて。
一度離した彼女と、この先どうなるかなんて、今はそこまで考えられねぇ。
ただ、離れていた時間のお互いを知って、今度は一緒に答えを見つけたいんだ。
R32 GT-Rが成長させてくれたオレと、彼女の答えを。
2024.3.13