Short Story
Name chenge
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□□□ 裸足で駆けるきみ □□□
「海って広いんだな。」
目の前に広がる砂浜から続く海を眺めながら、拓海はひとりごちた。
遠い親戚に会いに行くから、と文太に連れられ珍しく一緒に出かけた。
文太が拓海を連れ出した理由は至って単純、呑むためだ。親戚の家に着くと挨拶もそこそこに宴会が始まり、いづらくなった拓海は静かに外へ抜け出した。
潮の香りが、拓海の鼻を刺激し、この寂れた田舎街が海沿いであることを主張している。
目の前に広がる砂浜には、海開きと共に大勢の人が寄り集まるのだろう。
見渡す先は山々ばかりが見える環境で過ごしている拓海にとって、海は憧れの対象でもあった。
ついスニーカーを脱いで裸足になる。内心ワクワクとした気持ちを抱えながら、砂浜に足を下ろし数歩歩いて速攻で後悔した。ザラついた砂が足指にまとわりつき、跳ねた砂がジーパンにまみれた。払おうと片足をあげるが、不安定な砂面がもう片方の足を取り、拓海はその場に尻餅をつくように勢いよく座り込んだ。服も手も、砂まみれになる。気付けば脱いだスニーカーにも砂が入っているし、風に乗って潮の香りやベタつきが身体中にまとわりつく。憧れの海はあまり心地良いものではない、と冷めた感想を持ってしまう。
人の気配がない海岸で波間に揺れる小さな船を眺めながら、その様がどこか自分のようだと拓海は思った。波に押し流されるままに、どこへ向かっているのかもわからない。目的地もない。ただ、風と波に任せているだけ。ただ毎日が終わっていく自分の日常のようだ、と。
「拓海くん?」
呼ぶ声に振り向くと、そこには親戚の人から「娘だ」と紹介された人がいた。確か、拓海より少し年上と言っていたような。
「オジさん達の話はおもしろくないよね」と、サンダルやスカートが砂にまみれるのも気にする様子もなく、拓海の隣に腰を下ろした。
「私ここの海が好きなんだ。子どもの時からずっと眺めてる」
彼女が海を眺める表情は、拓海のそれとはまったく違う。
広がる海の遠い遠い先、水平線を力強く見つめながら、まるで海の向こう側への憧れが抑え切れないかのような期待に溢れる表情だ。
「アイツは身の程も知らずに都会に出て、夢敗れて田舎に帰ってきたんだ」
と、親戚の誰かがあざ笑うかのように言っていたことを思い出す。
だが拓海には、彼女が夢に破れた悲壮な過去を抱えているようには見えなかった。
「拓海くんって確か高3って言ってたっけ? 卒業後どうするの?」
「まだ決めてないっす」
「やりたいこととか、好きなこととかない?」
「別に……」
進路はどうする将来の夢は何だだなんて、聞き飽きるほど言われているが、拓海にはピンとこない。なんとなく、卒業後は見慣れた地元の景色の中で働くんだろうなとは思うが、それがやりたいことでも無ければ地元が好きな訳でもない。
「そっかぁ……。じゃあさ、前見てごらん。
この海の先は見たことがない広い世界と繋がってるんだよ! すごくない? 見てみたくない? 行ってみたくならない?」
広大な海を見て育てば、こんな考え方になるのだろうか?
少なくとも拓海は群馬の山々を眺めながら、「世界」なんて考えたことはなかった。その先に何があるかなんか、想像もしたことがなかった。
「よく分かんないっす」
「分かんないかぁ……このワクワク感。海を見てたらさ、パワーが貰える。ここから飛び出して挑戦しようって気になるんだ、私」
「へぇー……」
「うわぁー、興味なさそうだね」
「いや、そんなことないっすけど……」
広い世界に飛び込みたいとか、挑戦したい夢があるとか、そんなに熱く思えることがあること自体、拓海には分からない感情だ。
ただ、彼女のように熱くなれるものを持っていないことを、不憫に思われているかのようで、少し腹立たしい気持ちになる。思わず彼女に意地悪な言葉をかけた。
「じゃあ、どうして田舎に戻ってきたんすか?」
そんなに広い世界がいいなら、どうしてこんな狭い田舎に戻ってきたのか。都会に出たって、結局は挫折して帰ってきたのではないか。それならずっとここにいれば良かったのに。
くすりと笑って、彼女は言った。
「戻ってきたのは、負けて夢を諦めたわけじゃないよ」
確かに外の世界は想像以上に厳しくて、砂の上を歩くように足を取られ思うように走れない、荒れ狂う嵐の海に飛び込んだかのように自分の力なんか歯が立たず流される。辛くて苦しくて……と、思い出を語る彼女の表情は険しくなり、本当にもがき苦しんだことが伝わってくる。
「ここが私のホームだからだよ。羽を休めに来たの。また挑戦するために」
想い焦がれた夢があるから私は何度でも飛び出すよ、と夏の太陽のような眩しい笑顔を拓海に見せた。年上の女性にしては、子どもっぽさのある好奇心に満ちた表情だ。
とくん、と拓海の胸が鳴る。
向けられた笑顔のせいなのか、それとも、拓海自身がまだ気づいていない『何か』への憧れを刺激したセリフのせいなのか。
彼女の笑顔から目を逸らせない拓海、その頬についた砂を彼女が指で払う。
とくん、とくん、と拓海の胸が鳴る。
彼女の瞳の奥で光る夢が眩しくて、自分にも『何か』が見つかればこんなに強い瞳になるのだろうかと期待が胸を打つ。
いや、自分なんか熱くなれるモノなんて見つからないだろう。
一瞬高鳴った気持ちを否定するように、拓海は立ち上がりながらジーパンの砂を払う。あまりに自分と違う彼女の考えに、飲まれそうになったことに苦笑する。
調子が狂うこの場から離れようと、スニーカーに手を伸ばした。
「はぁ?! 何すんだよ!!」
拓海が手にするよりも早く、彼女がスニーカーを横取って立ち上がる。
「ほら、走るよ!
ぼーっとしてちゃ、大切なモノが見つかっても逃しちゃうよ!
無我夢中で走りたくなるような、血が騒ぐような熱いこと、見つけようよ!
広い世界、目指そう!」
そう一気に捲し立てるように言って、彼女は波打ち際に向かって裸足で駆け出した。
一瞬に呆気にとられその後ろ姿を見送るが、彼女の衝動的な行動は、すぐに拓海の心を刺激した。
彼女のようになれる時がくるのだろうか……。
彼女のように『何か』を求めて、この先に続く広い世界を見たくなる時がくるのだろうか……
『何か』が何かは、分からない。
分からないけれど、こんなにカタチの無いモノに期待を感じるのは初めてだ。
拓海の足が、一歩一歩、前に歩みを進める。彼女の足跡を辿る。
徐々に、一歩一歩、進む歩みが速くなる。
砂に足を取られ、思うように進まない。
だけど、まっすぐ夢を追いかけるように走る彼女を追って、拓海は裸足で駆け出した。
砂が舞って、衣服を肌を汚すこともいとわず、ただ前に向かって駆ける拓海。
この先に、広い世界へつながる出会いが待っていることを、拓海はまだ知らない。
2023.8.26
「海って広いんだな。」
目の前に広がる砂浜から続く海を眺めながら、拓海はひとりごちた。
遠い親戚に会いに行くから、と文太に連れられ珍しく一緒に出かけた。
文太が拓海を連れ出した理由は至って単純、呑むためだ。親戚の家に着くと挨拶もそこそこに宴会が始まり、いづらくなった拓海は静かに外へ抜け出した。
潮の香りが、拓海の鼻を刺激し、この寂れた田舎街が海沿いであることを主張している。
目の前に広がる砂浜には、海開きと共に大勢の人が寄り集まるのだろう。
見渡す先は山々ばかりが見える環境で過ごしている拓海にとって、海は憧れの対象でもあった。
ついスニーカーを脱いで裸足になる。内心ワクワクとした気持ちを抱えながら、砂浜に足を下ろし数歩歩いて速攻で後悔した。ザラついた砂が足指にまとわりつき、跳ねた砂がジーパンにまみれた。払おうと片足をあげるが、不安定な砂面がもう片方の足を取り、拓海はその場に尻餅をつくように勢いよく座り込んだ。服も手も、砂まみれになる。気付けば脱いだスニーカーにも砂が入っているし、風に乗って潮の香りやベタつきが身体中にまとわりつく。憧れの海はあまり心地良いものではない、と冷めた感想を持ってしまう。
人の気配がない海岸で波間に揺れる小さな船を眺めながら、その様がどこか自分のようだと拓海は思った。波に押し流されるままに、どこへ向かっているのかもわからない。目的地もない。ただ、風と波に任せているだけ。ただ毎日が終わっていく自分の日常のようだ、と。
「拓海くん?」
呼ぶ声に振り向くと、そこには親戚の人から「娘だ」と紹介された人がいた。確か、拓海より少し年上と言っていたような。
「オジさん達の話はおもしろくないよね」と、サンダルやスカートが砂にまみれるのも気にする様子もなく、拓海の隣に腰を下ろした。
「私ここの海が好きなんだ。子どもの時からずっと眺めてる」
彼女が海を眺める表情は、拓海のそれとはまったく違う。
広がる海の遠い遠い先、水平線を力強く見つめながら、まるで海の向こう側への憧れが抑え切れないかのような期待に溢れる表情だ。
「アイツは身の程も知らずに都会に出て、夢敗れて田舎に帰ってきたんだ」
と、親戚の誰かがあざ笑うかのように言っていたことを思い出す。
だが拓海には、彼女が夢に破れた悲壮な過去を抱えているようには見えなかった。
「拓海くんって確か高3って言ってたっけ? 卒業後どうするの?」
「まだ決めてないっす」
「やりたいこととか、好きなこととかない?」
「別に……」
進路はどうする将来の夢は何だだなんて、聞き飽きるほど言われているが、拓海にはピンとこない。なんとなく、卒業後は見慣れた地元の景色の中で働くんだろうなとは思うが、それがやりたいことでも無ければ地元が好きな訳でもない。
「そっかぁ……。じゃあさ、前見てごらん。
この海の先は見たことがない広い世界と繋がってるんだよ! すごくない? 見てみたくない? 行ってみたくならない?」
広大な海を見て育てば、こんな考え方になるのだろうか?
少なくとも拓海は群馬の山々を眺めながら、「世界」なんて考えたことはなかった。その先に何があるかなんか、想像もしたことがなかった。
「よく分かんないっす」
「分かんないかぁ……このワクワク感。海を見てたらさ、パワーが貰える。ここから飛び出して挑戦しようって気になるんだ、私」
「へぇー……」
「うわぁー、興味なさそうだね」
「いや、そんなことないっすけど……」
広い世界に飛び込みたいとか、挑戦したい夢があるとか、そんなに熱く思えることがあること自体、拓海には分からない感情だ。
ただ、彼女のように熱くなれるものを持っていないことを、不憫に思われているかのようで、少し腹立たしい気持ちになる。思わず彼女に意地悪な言葉をかけた。
「じゃあ、どうして田舎に戻ってきたんすか?」
そんなに広い世界がいいなら、どうしてこんな狭い田舎に戻ってきたのか。都会に出たって、結局は挫折して帰ってきたのではないか。それならずっとここにいれば良かったのに。
くすりと笑って、彼女は言った。
「戻ってきたのは、負けて夢を諦めたわけじゃないよ」
確かに外の世界は想像以上に厳しくて、砂の上を歩くように足を取られ思うように走れない、荒れ狂う嵐の海に飛び込んだかのように自分の力なんか歯が立たず流される。辛くて苦しくて……と、思い出を語る彼女の表情は険しくなり、本当にもがき苦しんだことが伝わってくる。
「ここが私のホームだからだよ。羽を休めに来たの。また挑戦するために」
想い焦がれた夢があるから私は何度でも飛び出すよ、と夏の太陽のような眩しい笑顔を拓海に見せた。年上の女性にしては、子どもっぽさのある好奇心に満ちた表情だ。
とくん、と拓海の胸が鳴る。
向けられた笑顔のせいなのか、それとも、拓海自身がまだ気づいていない『何か』への憧れを刺激したセリフのせいなのか。
彼女の笑顔から目を逸らせない拓海、その頬についた砂を彼女が指で払う。
とくん、とくん、と拓海の胸が鳴る。
彼女の瞳の奥で光る夢が眩しくて、自分にも『何か』が見つかればこんなに強い瞳になるのだろうかと期待が胸を打つ。
いや、自分なんか熱くなれるモノなんて見つからないだろう。
一瞬高鳴った気持ちを否定するように、拓海は立ち上がりながらジーパンの砂を払う。あまりに自分と違う彼女の考えに、飲まれそうになったことに苦笑する。
調子が狂うこの場から離れようと、スニーカーに手を伸ばした。
「はぁ?! 何すんだよ!!」
拓海が手にするよりも早く、彼女がスニーカーを横取って立ち上がる。
「ほら、走るよ!
ぼーっとしてちゃ、大切なモノが見つかっても逃しちゃうよ!
無我夢中で走りたくなるような、血が騒ぐような熱いこと、見つけようよ!
広い世界、目指そう!」
そう一気に捲し立てるように言って、彼女は波打ち際に向かって裸足で駆け出した。
一瞬に呆気にとられその後ろ姿を見送るが、彼女の衝動的な行動は、すぐに拓海の心を刺激した。
彼女のようになれる時がくるのだろうか……。
彼女のように『何か』を求めて、この先に続く広い世界を見たくなる時がくるのだろうか……
『何か』が何かは、分からない。
分からないけれど、こんなにカタチの無いモノに期待を感じるのは初めてだ。
拓海の足が、一歩一歩、前に歩みを進める。彼女の足跡を辿る。
徐々に、一歩一歩、進む歩みが速くなる。
砂に足を取られ、思うように進まない。
だけど、まっすぐ夢を追いかけるように走る彼女を追って、拓海は裸足で駆け出した。
砂が舞って、衣服を肌を汚すこともいとわず、ただ前に向かって駆ける拓海。
この先に、広い世界へつながる出会いが待っていることを、拓海はまだ知らない。
2023.8.26