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地獄に双子

2017/02/03 23:33
鉄のラインバレル
数年間に書いた節分小話から派生した、遠藤姉弟と宗美さんの話。それなりにイズ宗風味。



続き





2月3日、JUDAコーポレーションは豆の嵐に包まれた。
「……まさか、こんなコトに、なるなんて……」
思わなかったと、最後の一言を口にする事は叶わず、宗美の口からはぜえぜえと荒い息だけが洩れた。誰もいない給湯室、その入り口から死角になっているスペースの壁にもたれ、そのままずるずると床へとへたり込む。 どきどきと鳴り響く鼓動がうるさい。体力よりも気力の消耗が激しい。乱れた呼吸と思考を整えようと、今一度自分の置かれた状況を振り返ってみる。鬼をモチーフとしたマキナを集めるJUDAコーポレーションでは、鬼は追い出すものではなく迎え入れるもの。百を数えるうちに逃げた鬼を捕まえた人間に今年一番の福が訪れる。それがJUDAコーポレーション流の節分なのだと説明を受けたのは確か1時間ほど前の事だったが、何故だかもう遠い日の出来事ように感じられた。
逃げ出す前にちらりと耳にした「本物の豆撒きを見せてやろう」という特務室室長の声が耳に残って離れない。本物の豆撒きがどんなものなのか確かめる勇気も余裕もなかったが、今このフロアに響き渡る怒号や悲鳴を聞く限り、恐ろしいものでない訳がない。 頭の中でどんどん膨らむ地獄絵図を頭を振って追い払い、とにかく、と呟く。
「……この騒ぎが落ち着くまでは、ココに隠れていれば大丈夫でしょう……多分」
騒ぎが落ち着くのが何時になるかは分からないし、それまでにどれだけの被害が出るかは考えたくはないけれど。
今はとにかく、ただひたすらに気持ちを落ち着けたかった。
ひとまず額に浮かぶ汗を拭おうと、羽織の袂から手拭を取り出そうとした宗美の顔に、ふっと影が落ちる。「見つけましたよ、宗美さん」
「――イズナ君!?」
反射的に名前を呼ぶと、通気孔から顔を覗かせたイズナは、口元に人差し指を立てて宗美の行いをやんわりと嗜めた。慌てて口を両手で覆う宗美に、おかっぱ頭の少年は頬を緩ませた。
「そのままソコで待っていてくださいね――っと」
通気孔から給湯室へと降り立ったイズナは、そのまま宗美の隣へとしゃがみ込む。にっこりと微笑むイズナを見る宗美の目には、安堵と困惑が入り混じり、揺れている。
「どうして、ココが」
「皆が豆撒きに明け暮れている隙に、宗美さんの携帯のGPSを追跡しました」
さらりと告げられた言葉を宗美が理解するよりも早く、イズナの腕が伸びる。伸ばされた腕が、宗美の背中に回される。 抱き着かれたのだと、そう認識した時には全てが終わっていた。
「今だよ姉さん!」
「まかしときイズナ!」
ばさりと頭から降ってきた何かが、イズナもろとも宗美の全身を絡め取る。視線だけで辺りを見回せば、格子のかかった視界の端で、イズナと同じおかっぱ頭が通気孔から顔を覗かせているのが見えた。
「シズナさん……!?」
「よっしゃ! コレでウチらが今年のMVPやな!」 驚いて目を見張る宗美に、シズナはにっかりと快活な笑顔を向ける。
「さってと。ウチら2人が鬼を捕まえたって皆に知らせてくるさかい、宗美さんはイズナとそこで待っててや」
ほなごゆっくり~。
そう言い残して再び通気孔の中へ潜っていったシズナを呆然と見送ったあと、宗美ははたと外の惨状を思い出し、網を被ったまま顔を青くする。
「イズナ君! シズナさんを呼び戻さないと! 外は危険でいっぱいですよ!」
「落ち着いてください宗美さん。姉さんなら大丈夫ですから」
「ですが!」
「このまま通気孔を通って特務室まで戻って、部屋の中の安全を確認次第フロア全体に姉さんと僕が宗美さんを捕まえたというアナウンスを流す、そういうコトになっています。姉さんの放送があるまで、ココでのんびり待ちましょう――それに」
イズナは宗美の背中に回したままの腕に、少しだけ力を込めて言う。
「もう少しだけ、宗美さんとこのままでいたいんです」
ダメですか? と抱き締められたまま耳元でそう言われてしまえば、返す言葉はもう何もない。
返答の代わりにイズナの腰に腕を回す。
嬉しそうに自分の名前を呼ぶ少年の声に、宗美の胸は再びどきどきと鳴り始めるのだった。 



2017.02.03



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