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事実は闇鍋より奇なり

2016/05/27 23:31
鉄のラインバレル
アニメの宗美さんが加藤総司令と石神隊長に振り回される、途中で微妙に如何わしくなるコメディ。
※アニメの宗美さんのキャラが迷子。



続き




シャングリラの通路に漂う、どこか懐かしいだし汁の匂い。
自室から一歩踏み出した途端に鼻腔をくすぐるその匂いに、飲まず食わずで書類と格闘していた僕の胃がきゅうと降参の鳴き声を上げる。
「……折角ですし、ご相伴に与るとしましょうか」
きゅうきゅう鳴き続ける腹を撫で擦りながら、匂いを辿りつつ廊下を歩く。そうして辿り着いたのは、シャングリラの主である加藤総司令の私室だった。
「……どうして総司令の部屋からだしの匂いが……、……!?」
首を傾げた次の瞬間、反射的にぎゅっと眉根が寄る。
鼻の奥にこびりつく甘ったるい香り。
どろりと漂うその芳香は、空腹で敏感になっている嗅覚を容赦なく蹂躙し、芳しいだしの匂いを跡形もなく消し去ってしまった。
途轍もなく嫌な予感を覚えた僕を他所に、扉の向こうからは密やかな、そして楽しげな声が届く。
「あっ、ああっ……そんなに乱暴にかき混ぜないでくださいよぉ……!」
「これぐらいしっかり混ぜないとお前だって困るだろう……って、おい石神。お前今何を入れた」
「またまたあ。ソレを言ったら面白くないでしょ、加藤総司令」
「それはそうだが……お前がそういう口調で喋る時はロクなコトが起きないからなァ」
「とにかく、お次は総司令の番ですよ。溢れさせないように、優しく入れてくださいよ?」
「言われなくても分かっているさ――」
「何をやっているんですか貴方達は!」
どことなく如何わしさの漂う会話を断ち切るように、勢いよくドアを開け放つ。廊下から差し込む光が、明かりの消えた室内で行われている蛮行を照らし出す。
きょとんとした顔で僕を見る加藤機関総司令と私設部隊一番隊隊長、そしてちゃぶ台の上のコンロに置かれている、ぐつぐつと煮えたぎる土鍋。
それらが指し示すものはただひとつ。
闇鍋。
鍋と呼ぶのもおこがましい、この世から根絶すべき忌々しい存在。
「いーしーがーみーい」
「な、何かな宗美く」
「闇鍋なんてふざけた代物を作るなんて料理好きの君らしからぬ蛮行じゃあありませんか、ねえ?」
怒りに任せて石神の襟首を右手で掴んで吊し上げれば、石神はばたばたと足をばたつかせた。やれやれ。暴れれば暴れるほど、自分の首を絞めるだけだというのに。
「ぞ、ぞうびぐん、ぐるじい、ぐるじいよ……」
「あは、良いですねえその声。もっともっと聴かせてくださいよ」
「ぎぶ、ぎぶだよぎぶだっで……ざっぎがらずっどだっぶじでるんだげど!」
ぱしぱしと僕の手を叩いてくる石神を無視していると、ふと、部屋の中を満たす匂いが変わった事に気がついた。
何とも刺激的な、けれども食欲を誘う、どこか懐かしい匂い。
真っ白な炊きたてのご飯が欲しくなる匂いが、胸一杯に満ち満ちる。
「その辺で止めておけ宗美。折角の鍋の席だ。楽しくやろう」
「総司令はこんなモノを鍋だと仰るんですか! 闇鍋を鍋と呼ぶのは鍋料理に対する冒涜ですよ!」
「まあそう言わずに食べてみろ。今最後の食材を入れて味見してみたんだが、かなり美味く出来上がったぞ」
ずい、と僕の目の前に差し出された茶碗。そこから漂う匂いに、再びきゅうと腹が鳴る。その何とも言えない間の抜けた音に、思わず右手の力が緩む。
「げほっ、総司令も……そう言ってるコトだし、一口食べてみれば良いんじゃないかな?」
食わず嫌いは良くないぞー、と、すっかりいつもの調子を取り戻した石神を睨みつけて、総司令から茶碗と箸を受け取る。そこに注がれた黄色みを帯びたつゆには、ごろりとした鶏肉や野菜が浮かんでいる。
恐る恐る、一口。
途端に口の中に広がるえもいわれぬ味わいに、二口三口とつゆを啜らずにはいられなかった。
「ああ、確かにこれは美味いですなあ」
「甘い匂いがした時はどうなるコトかと思ったが、やはりカレー粉は偉大だな」
「あー、カレー粉を入れたなら、さっき俺が入れたチョコレートも良いアクセントになっているんじゃないんですかね」
チョコレートは鍋にいれるものじゃないだろうと訂正する事すら出来なかった。よく火の通った具材をはふはふと頬張れば、みるみるうちに空腹が紛れていく。ああ、なんでこの場には炊きたてのご飯がないんだろう。それだけが残念でならなかった。
「――なあ。出来はどうだ、宗美?」
ことり、と茶碗をちゃぶ台に置いた僕に、総司令が問いかける。空になった茶碗を見れば分かるだろうに。僕の口からも美味しいと言わせたがっていると、こちらを見遣る二人の視線が告げていた。
「…………大変不本意な味がしました」
不貞腐れたように響いてしまった僕の声を聞き遂げて、加藤総司令と石神は悪戯が成功した子供の顔で笑い合うのだった。



2016.05.27




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