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ウィッチ・アクロス・ザ・トゥモロー

2015/01/04 23:25
あしたのファミリアその他
あしたのファミリアと23区の魔法使いのクロスオーバー。



続き




1.  

今から二十五年前。  
世界に、高次元より二人の王が降り立った。  
一人は暁の王、ハルヴァンズ。  
もう一人は宵の王、ヴァナルガンド。  
人知を超える力を持つ二人を、人々は誰からともなく魔王と呼んだ。  
何故彼らがこの世界に現れたのか。未だにその理由は分からない。  
分かっているのは、二人の王が引き起こした魔法戦争の際、彼らは人類を己の兵とするべく、自らの力の断片――魔法を与えたという事。  
魔法戦争の末、二人の魔王が封印された今でも、魔法の力はこの世界に生きる人々に、恩恵と弊害を与え続けていた。  



2.  

渋谷区道玄坂二丁目。  
普段ならば待ち合わせをする学生や若者に囲まれているはずの犬の像を取り囲んでいるのは、立ち入り禁止の黄色いテープと、物々しい装備に身を包んだ複数の男性と一人の少女――東京都内で発生した魔法犯罪の対処を一手に担う、警視庁魔法犯罪科機動警察隊『バセットハウンド』。  
齢十八にしてバセットハウンドの隊長に就任した少女、初雪は、傍らに立つ隊員へと問いかける。
「状況は」
「は。本日十四時十分、渋谷区道玄坂二丁目に大規模な召喚魔法陣が出現。その後魔法陣を展開したと思われる男が逃走したという通報を受け、今現在別働隊が追跡中です」  
初雪と隊員達の目の前では、幾重にも重なり合った幾何学模様が、不気味な燐光を発している。溢れ出る光の明滅の周期は極めて短く、陣の発動は時間の問題だろう、と、初雪は判断した。
「魔法陣の状態を見るに、解体している時間はなさそうだな」
「出現予測時刻は十四時二十五分十三秒です」  
報告を受けた初雪は、腕時計に視線を走らせる。二本の針が指し示す時刻は、十四時二十三分。
「真面目な学生は、学業に勤しんでいる時間だな」 「……彼女が真面目な学生かどうかは、隊長が一番ご存知なのでは……?」
「……言うな。噂をすれば何とやらと言うだろう」
真面目な学生ではない彼女の顔を思い浮かべ、親しみと呆れが入り混じった微笑みを浮かべる初雪。年相応ともいえる表情は、すぐさま厳しいものへと取って代わられた。  
眼前で展開されていた魔法陣の光の明滅が止んだのを確認して、初雪は刀の柄に手をかけ、声の限りに叫ぶ。
「総員構え! 出現したところを一気に叩くぞ!」  隊員達が少女と同じように刀を構えると同時に、魔法陣が一際強く輝いた。  
魔法陣の中心から現れたのは、天気予報図の台風を頭部にした巨人。その灰色の身体は夥しい数の蛇で形作られていて、頭部の中心――台風の目に当たる部分には、巨大な蛇の目玉が一つ浮かんでいる。
「種目テュポーンの出現を確認! これより撃滅に入る!」  
号令を受けた隊員達がテュポーンに斬りかかるも、突如巻き起こった暴風が、彼らの動きを阻害する。刀はもとより、この風では遠距離からの狙撃も難しいだろう。どうしたものかと歯噛みする初雪の頭上を、小柄な影が横切った。
「いひひひひっ!」  
暴れる風に掻き消される事なく響き渡る笑い声の元を、初雪の視線が追いかける。  
先ほど初雪が脳裏に思い浮かべていた、真面目な学生ではない彼女。  
特殊な軽金属で作られた棒に、魔力を通して空を自在に飛ぶ乗り物――星箒に跨ったツインテールの少女と、少女の肩にぶら下がった黒猫。  
国家魔法使い準二級術師、火乃森ヒノと、その相棒エメスが、そこにいた。
「火乃森ヒノ! この――不良学生め! 単位を落としても知らんぞ!」
「いひひっ。ホントは私に来て欲しかった癖にそーゆー事言うなんて、初雪はツンデレちゃんだな!」
「だっ、誰がツンデレだ、誰が!」
「ツンはともかく、初雪がデレた事があったかしら」  眠たげな目に反して、涼やかな声でエメスが言う。  「おい! この間お前達に牛丼とキャットフード奢ってやっただろう! あれがデレでなくて何だと言うのだ!」
「ツンデレ談義は置いておくとして。ヒノ。他所見してると危ないわ」  
という、相棒の忠刻も空しく。
「へ」
「あ」  
ほんの一瞬。風に煽られて星箒のコントロールを誤ったヒノは、テュポーンの目玉の中心へと一直線に激突し――そして。

 次の瞬間、激しい閃光が辺り一面を白く塗り潰した。   

「……う、う」  微かに声を洩らしながら、初雪はよろよろとその場から立ち上がった。  閃光に眩んだ両目が、徐々にその機能を取り戻していく。  暴風を撒き散らす巨人は、消えていた。  それと同時に、少女と黒猫の姿もまた、跡形もなく消え去っていた。 「種目テュポーンの消失を確認しました……ですが、隊長」 「……何だ」 「魔法陣が、再出現しています」  隊員と同じ方向へ目を向けると、告げられた通り、そこには魔法陣が再度展開されていた。しかしその、明滅の速度は、緩やかなものへと変わっている。  衝突した時、互いの魔力が反発し合った結果、テュポーンは一時的に元いた次元へと帰ったのだろう。初雪はそう判断した。ヒノとエメスがどこへ消えたかまでは推測出来なかったが、魔法陣が再出現している以上、それを考えている暇はなさそうだ。 「……目標を撃滅した訳ではないからな。総員、テュポーン再出現に備え待機せよ」  乱れた黒髪もそのままに、苦々しげに吐き捨てる。命を受け散開する隊員達を見遣りながら、初雪は一人、奥歯を強く噛み締めていた。

 火乃森ヒノと、その相棒エメス。  一人と一匹の姿は、暴風とともに初雪の前から姿を消してしまったのだった。



3.  

魔法が普及した世界とは、また別の世界があった。  人間と、怪異と呼ばれる人に在らざるモノが生きる世界の片隅にある、集合住宅日月館。  
その二階の隅に位置する物置き部屋の前に、日月館四代目管理人――日月明日はいた。  
日月館初代管理人であり、また自らの曽祖父でもある日月明寿によってところ狭しと詰め込まれた、あらゆる意味で曰くつきの物品の数々を前に、明日は盛大に溜め息を吐いて。
「正式に管理人を受け継いだなら、やっぱりここの掃除もきちんとしなくちゃだよなあ……」  
ドアを開いたものの、惨憺たる状況の室内に入る気になれず、もにゃもにゃとひとりごちる明日。  
日月館の前身である日月神社から引き継いでいるものもあると、明寿の飼い猫であった、猫亦――日月虎鉄の言葉を思い出す。女になるなんて事態にはならないだろうけれど、またおかしな目に遭うかもしれない。物置の中に散らばった得体の知れない桐箱や巻物を遠い目で見遣る明日の背中に、ひやりとした声が投げかけられる。
「何を黄昏ているんだ、日月明日」
「うわっひゃあっ!」  
驚きのあまり奇声を上げる明日に、肩を竦めて呆れてみせる夜の王――四十九院夜路。
「何だ夜路か。驚かすなよなあ……」
「僕は驚かせてなんかいない。お前が勝手に驚いただけだ」  
呆れたような表情はそのままに、夜路は物置の中へと目を向けると。
「この部屋を掃除するのなら、僕が手伝ってやらない事もない」
「いや、ドアに張り紙張ってあっただろ。管理人以外立ち入り禁止って」
「僕が手伝ってやるからさっさと済ませろ」  
珍しく食い下がる夜路の様子を怪しむ明日の脳裏に、一つの仮説が閃く。
「なあ夜路、お前、確か一時期ひいじいちゃんと一緒に暮らしてたんだよな?」
「……それがどうした」
「もしかして、この中にひいじいちゃんとの思い出の品があったりするのかなー、とか思ったりして」
「…………、…………僕の部屋の隣で五月蠅くされたくないだけだ」  
それ以上探ってくれるな、と視線で訴えてくる夜路に、明日は降参したように苦笑する。こちらとしても、
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうとするかな――」  
明日が物置に足を踏み入れた、その瞬間。  
暴力的なまでに眩しい光が、明日の全身を包み込んだ。
「うわあああっ!?」  
決して軽くはない衝撃を胸元に受け、堪らずうしろに倒れ込む。床と衝突した後頭部が、ごづん、と鈍い音を立てた。
「いったたたた……」  
じんじんと痛む頭を擦りながら起き上がろうとしたが、思うように身体が動かない。状況を確認しようと、明日が辺りを見回すと。
「な」   
頭に黒猫を乗せたツインテールの少女が、その控えめな胸を押しつけるようにして、自分の上にのしかかっていた。  
気を失っているのか、少女も黒猫も、目蓋を閉じたまま明日の上から動こうとしない。
(お、おおおお女の子? 何で女の子が急に現れたの? また神話の時代の品がどうのこうのいう話になっちゃうの? というかこの状況どうしようどうしようどうしよう!)   
ぐるぐると目と脳内を回す明日の上を他所に、夜路は左目に走った痛みに眉を顰めていた。
「ん、んん……」  
明日の上に乗っかっている少女が、薄らと目を開いた瞬間、先ほどよりも強い痛みが夜路の左目を襲った。  ちりちりと、じりじりと。眼球の内側から焼き焦がされるような感触は、突如現れた少女から与えられていると、そう確信する。  
この世のどこでもない最果ての深淵――ブリガドーンと通じる、邪魅の隻眼。  
物理法則すら捻じ曲げる力を持つ自らの左目。それと干渉し合う何かを、この少女は持っている。
「――君は、」  
何者だ、と。  
そう問おうとした夜路の言葉を遮るようにして、ばたばたと複数の足音が殺到する。
「何じゃ何じゃ騒がしいのう!」
「ものすごい音が聞こえましたけど、何かありましたの?」  
星をも崩す力は失ったものの、今なお伝説級の怪異として名を馳せる吸血鬼、ノイクローネ・フェルスティン・フォン・フォーゲルヴァイデ。  
十六歳にしてヘルシング一族最強と謳われる対怪異戦闘のスペシャリスト、早乙女=エイブラハム=呼乃花=ヘルシング。  
吸血鬼と、吸血鬼ハンター。  
宿敵と書いて、友とも恋敵とも読む。
そんな何とも言い難い関係で繋がっている二人の少女は、目の前に広がった光景を見て、仲良くその動きと表情を凍らせた。  
見知らぬ少女(と黒猫)が、意中の少年を押し倒している。  
認めたくない事実を何とか呑み込んで、ノイと呼乃花は揃って悲鳴にも似た声を上げた。
「「あ、明日(さん)が浮気した――――っ!?」」
「ちっが――――う!」  
明日の渾身の叫びは、築約七十年の木造アパートメントを揺るがした。 



4.  

日月館の談話室にて。  
明日を始めとする日月館の関係者と、ツインテールの少女と黒猫――火乃森ヒノとエメスは、互いに自己紹介を済ませていた。  
怪異を平伏せしめる剣を振るう日月館管理人。伝説級の吸血鬼。その眷族である貳口女のメイド――梔子嘲と、幽霊の少女――御手洗花子。陰陽術の使い手である祝言人――千疋マキビ。四十九の怪異を従えていた夜の王と、その右腕――恐神曇天。四代目ヘルシング。
そんな錚々たる面々と相対する、魔法使いとその相棒。  
ここの世界とは別の、魔法と呼ばれる力が広く普及した世界からやってきたという一人と一匹の話を聞き遂げた明日は、おずおずと口を開く。
「ええと、火乃森さんと、エメスさん」
「ヒノで良いぜ、明日」
「エメスで良いわ。明日」
「最初から明日を呼び捨てにするとは……こ奴ら侮れないのじゃ!」
「お前だって最初から俺の事呼び捨てで呼んでただろ」
「名前で呼び合う二人、そして縮まる距離――ああっ! いけません、いけませんわ!」
「話がややこしくなるからちょっと黙ってて!」
わーわーきゃーきゃー騒ぐ吸血鬼と四代目ヘルシングを何とか宥めて、改めて自称魔法使いの少女に向き直る。
「……ええと。ヒノとエメスは、別の世界からやってきた、って事で良いのかな」
「そーゆー事になるんじゃね? だってこの世界には、二人の魔王がやってきたり、人が魔法を使えるようになったりはしてないんだろ?」
「魔王ではないが、夜の王はここにいらっしゃるがな!」
「魔法は使えないけど、魔力に満ち満ちたお姉さまもいるですぅ!」
「花子はともかく、恐神まで張り合おうとするなよなあ……」  
呆れたように溜息を吐く明日に代わって、千疋が話を切り出した。
「魔法使いのお嬢さん。一つ、確かめたい事があるんだけど」
「ああ、良いぜ」
「キミの言う魔法ってのは、東京に封じられた魔王の力を引き出して使うものだっていう話だけど――今ここで、魔法を使う事は出来るかい?」
「出来るかどうかは、試してみなくちゃ分からないな……んーっと。嘲さん、マッチ持ってる?」
「っス」  
テーブルの上に置かれた灰皿に手渡されたマッチを乗せ、その上にゆるりと手をかざす。
「夜明けに降る暁の火よ、我が声に歌え、我が声に踊れ――共に手をとり炎を奏でよ」  
詠唱が終わると同時に、マッチに小さく火が灯る。おお、と感嘆の声を上げる一同。火を灯した張本人であるヒノも、驚いたように目を丸くしている。
「……まさか使えるとは思わなかったぜ」
「でも本調子じゃないみたいね。いつもだったら、天井に届くくらい勢い良く燃え上がるもの」
「やめてやめて! 日月館は木造だから! そんな事になったら燃えちゃうから!」  
涙目になる明日を横目に、千疋は珍しく真剣な面持ちで、ゆるりと口を開く。
「いや。本当ならマッチに火がつく事自体おかしいんだよ、明日クン」
「……どういう事?」
「さっきお嬢さんと子猫ちゃんが言ってただろう? 魔法っていうのは、東京に封印された宵の王の力を引き出すものだ、って。この世界の東京に、魔王なんか封印されちゃいない」  
つまりだ、と、千疋は続ける。
「封印されている魔王の力を借りずに魔法が使えるという事は、キミは魔王か、それと同じレベルの力を持っている。その気になれば、世界を焼き尽くす事が出来る力を、ね」  
違うかい? と問う千疋に。  
ヒノは、暫く口を噤んだあと、諦めたように首を縦に振った。
「……ああ、そうだぜ。私の身体にはもう一人の魔王――暁の王が封印されている」
「なるほどね。キミが魔法を使えるのは、自分の中に眠る魔王の力を引き出したからか。子猫ちゃんの言葉を聞く限り、この世界じゃあ、十全に力を振るえるって訳じゃないみたいだけど」
「引き出したっていうのは、少し違うと思う。私だって、普段は宵の魔王の力を引き出して魔法を使ってる訳だし。暁の魔王の力は、私が封印を解かない限り、目覚める事はないからな」
「そうすると、自分の中の魔王の力を引き出しているというよりは、呪文の詠唱に反応して、暁の魔王の力が漏れ出した、と考えた方が良いみたいだね」  
千疋の言葉を最後に、談話室に沈黙が訪れる。
「――僕の左目が疼く理由が、漸く分かった。君がその身に宿した力は、この世界の均衡を崩す恐れがある。君が暁の王の力を抑えきれないのであれば、僕が封印しなければならない」  
底冷えのする声で言い放たれた言葉に、ヒノはびくりと肩を震わせる。それを見た明日が夜路に食ってかかるよりも早く、黒い影が跳んだ。
「させないわ」  
エメスはヒノを守るように、夜路の前へと躍り出る。 「ヒノを封印なんて、させるものですか」
「そうだ、こっちの世界にくる事が出来たなら、元の帰る方法もきっとあるはずだ! だから、封印するだなんて止めてくれよ!」  
尻尾を逆立てるエメスと、声を荒げる明日に、夜路はゆるゆると首を振って。
「誰もすぐに封印するとは言ってない。それに、君達を元の世界に帰す手立ては、ない訳ではないのだから」  
安堵の表情を浮かべる明日に向かって、夜路は告げる。
「日月明日。火乃森ヒノがこちらの世界にやってきてしまったのは、恐らく彼女の持つ魔力が、僕達の魔力に引き寄せられたからだ。この際だからもう一度言っておく。僕やノイクローネ――怪異と共に暮らすという事は、因果律を曲げ、最悪の場合世界を崩壊させるかもしれない。そんな危険と隣り合わせの生活に、嫌気が差しはしないのか」
「塗壁に言った事、お前も聴いてただろ? ――大丈夫。楽しいから、ってさ」  
試すような夜路の言葉を、明日は真っ直ぐに受け止めて言う。
「因果律とか世界の崩壊とか、そういう難しい事はあとでゆっくり聴くよ。今は、ヒノとエメスを元の世界に戻す方法が知りたい」  
明日の言葉を聞き遂げた夜路は、花子へと視線を送る。
「――御手洗花子。火乃森ヒノの魔力の残滓を頼りに、彼女が元いた世界に、空間跳躍の御手で穴を開ける事は出来るか」
「で、出来なくはないですけど……人が通れるぐらいの穴が開けられるかどうかは、微妙な感じですぅ」 「穴さえ空けば問題ない。僕の眼で、人が通れるぐらいに広げれば良いだけの事だ」
「なあ四十九院サン。アンタの眼で抉じ開けたあとはどうするんだい? まさかそのままにしておく訳にもいかないだろう?」  
千疋の問いを受けて、夜路は淡々と答える。
「日月の剣は、剣である前に鍵だ。僕の力で開けた穴を安全に塞ぐ事が出来るのは、お前だけだ、明日」 「……要するに、日月の剣で穴を斬れば良いって事?」
「そうだ。僕に向かってあれだけ大口を叩いたんだ。出来ないとは言わせないぞ」  
夜路の言葉に、明日は力強く頷いた。    
それから暫くして。  
日月館の玄関前に、ぽっかりと、暗い穴が開いている。花子が空間跳躍の御手で開けた、ヒノがいた世界への扉だ。
「なあ明日」  
宙にぽっかりと空いた穴を背にして、ヒノは明日に向き直る。  
怪異と――人間でないものと暮らすのも、楽しいと。  そう言い切れる管理人に、一つだけ訊いておきたいと、魔法使いの少女は口を開く。
「もし、このまま私とエメスがここに住みたいって言ったら、どうする?」
「うーん……俺は別に構わないけどさ。向こうの世界には、ヒノとエメスを待ってる人がいるんじゃないのか?」  
明日の言葉は、ヒノの脳裏に一人の少女の姿を思い起こさせた。  
警視庁魔法犯罪科機動警察隊、バセットハウンド隊長、初雪。  
自分の大切な、友達。
「……ん。いるぜ」
「だったら、やっぱり向こうの世界に帰った方が良いんじゃないかな。大切な人が突然いなくなるのは、つらいし、悲しいよ」
「……そーだな。さっきの言葉は忘れて良いぜ」  
ヒノはそれまでのしんみりした空気を掻き消すように、いひひ、と屈託なく笑って。
「じゃあな明日、皆! 元気でな!」  
エメスを肩に乗せて、穴の中へと飛び込んだ。



5.  

渋谷区道玄坂二丁目。  
普段ならば待ち合わせをする学生や若者に囲まれているはずの犬の像の周りは、荒れ狂う暴風が支配していた。  
再出現した巨人を前に、バセットハウンドはほぼ壊滅状態へと陥っていた。隊員達の殆どは地面に倒れ伏し、初雪もまた、刀を支えにやっと立っているような状態だった。  
テュポーンが再登場すれば、ヒノとエメスもまた戻ってくるだろう。初雪の目算はあえなく外れてしまった。
「いつもは、呼ばなくてもくる癖に……!」    
ごう、と降り降ろされる巨人の拳に、終わりを覚悟した、その時。  
テュポーンの頭上に、ぽっかりと黒い穴が開いた。  そこから現れた、星箒に乗った魔法使いは、不敵に笑って宣言する。
「行くぜエメス! 景気づけにデカいの一発お見舞いしてやる!」  
一片の迷いのない瞳が、暴風の巨人をしっかりと見据える。
「夜明けに降る暁の火よ、我が手に集いて炎となれ――火焔球(ファイアクーゲル)!!」  
呪文とともに巻き上がる業火は、今度こそ巨人を跡形もなく消滅させた。 「いひひっ! これにてみっしょんこんぷりーとだぜ!」   
地面に降りたヒノとエメスに、初雪は覚束ない足取りで歩み寄った。
「し――心配したんだぞっ、この馬鹿! 大馬鹿者っ!」   
肩と声を震わせる初雪に、ヒノとエメスは顔を見合わせ、そして。
「初雪がデレたぜ」
「初雪がデレたわね」
「お、お前らぁ……!」  
ぽかぽかと、力の入らない手で胸元を叩いてくる初雪に、ヒノの口元に笑みが浮かぶ。  
人と、人に在らざるモノが共存するあの世界は、人から外れた自分が生きるには、居心地の良い場所だったのかもしれないけど。  
この世界には初雪が――人間だろうが化け物だろうが、火乃森ヒノという自分を受け入れてくれる友達がいる。  
ここで生きる理由なんて、ただそれだけで充分だ。
友人の拳を受けながら、魔法使いの少女はもう一度、にひひ、と、愉快げに声を上げて笑うのだった。



2015.01.04



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