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イヤーエンド・カスタマリー

2014/12/31 23:24
あしたのファミリア
國府神くんと狗会さん(こいぬどろ)の年越しの話。やっぱりそこはかとなく國狗。



続き




狗会局長が蕎麦をテーブルへと置いた頃には、今年も残すところ2時間を切っていた。
「いやいや。待たせちゃって悪かったね。お腹が空き過ぎてお腹と背中がくっついちゃったりはしてないね?」
「確かに腹は減っていますが、そこまでではありませんよ」
「なら良かった良かった。さ、伸びない内に食べようじゃないか」
言って、局長は箸を取ると、ちゅるちゅると蕎麦を啜り始める。それに習って蕎麦を口に運んでいると、局長が俺の名前を呼ぶのが聞こえた。
「國府神君は、何で大晦日の晩に蕎麦を食べるか知ってるかね」
「いえ」
「諸説あるみたいだけど、蕎麦は細くて長いから、延命や長寿を願って、って説や、金細工師が金粉や銀粉を集めるのに蕎麦団子を使った事から転じて、お金を集める縁起ものとしたって説が有名だね」
さくさくと小気味良い音を立て、かき揚げを平らげて、局長は更に続けた。
「あと、蕎麦は他の麺類と比べて切れやすいからね。切れやすい蕎麦を食べて、今年一年の災厄を断ち切る、という意味もあるみたいだよ」
災厄。
その二文字は、俺の胸をちくりと刺した。
災厄の凶つなる光――ノイクローネ・フェルスティン・フォン・フォーゲルヴァイデ。
じきに目覚めるだろう、かの吸血鬼が持つ星崩しの力を腹に収め、局長が愛した唯一の家族をこの手にかければ、そこで俺の役目は終わる。
局長と共に年月を重ねる事も、なくなる。なくなって、しまう。
「――ま、蕎麦を食べるだけで災厄を断ち切れたり、延命長寿が叶ったりしたら、苦労はないんだけど」
そうして、一頻り声を上げて笑ったあと、局長は、真っ直ぐに俺を見据えると。
「國府神君。今年一年、僕が差し出したものを、残さず全部食べてくれたね」
「はい」
「来年もまた、色々食べさせてあげるからね。その調子でよろしく頼むよ」
「……心得ています。狗会局長」
「うんうん。良いお返事だ。ご褒美にこの海老天をあげよう」
この時間に油っこいものを食べ過ぎると胃がもたれちゃうんだよねえ。そう言って局長が寄越してきた天ぷらを、口へと運ぶ。
美味いものも不味いものも。局長から与えられるものを食べていく日々にも、いつかは終わりがくる。
だけどそれは、今じゃない。
だから今は、今だけは、局長と共に新しい年を迎えられる幸せを、噛み締めていよう。

――と、そう思っていたのに。

「ねえ。何で日本では、大晦日にお蕎麦を食べるのかしら」
近所のスーパーマーケットで買ってきた蕎麦を茹で、その上に出来合いの海老の天ぷらやかき揚げを乗せる。そんな簡素な年越し蕎麦をテーブルに置くと、先に座っていたドロシーがそんな質問を投げてきた。首を傾げる少女の問いに、いつか局長から聞いた話を言って聞かせる。
「ふうん。もの知りなのね、貴方」
「今のは局長からの受け売りですよ」
「……ん? 僕が何だって?」
「局長は博識だという話ですよ。さあ、冷めないうちに召し上がってください」
リビングにやってきた局長に席に着くよう促して、箸を取る。
狗会局長の復讐は、終わりを告げた。
けれども、俺もドロシーも、局長と共に日々を過ごしている。
来年も、再来年も。二人と一緒に新しい年を迎える事が出来る。その幸せに自然と頬が緩むのを感じながら、俺はゆっくりと口を開く。
「二人とも、今年一年御世話になりました。来年もよろしくお願いします」
告げた言葉に。 二人は穏やかに微笑んで、同じ言葉を返してきたのだった。



2014.12.31



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