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刀の領分

 主の自室に着くまでの間、二人は他愛の無い世間話をしながら肩を並べて歩いた。
「そういえば、あんたとはまだ手合わせしていなかったな。どうだい、今度」
 言って、薬研が一歩、前に出る。
「面白い。今度と言わず、明日にでもどうだ」
 返して、へし切が薬研よりも前に歩を進める。
「明日か! いいね、楽しみだ」
 嬉しそうに言いながら、薬研も前へ。
 次第に二人の歩調は速くなり、いつの間にか我先にと競い合いながら静寂に包まれた廊下を突っ切っていた。
「短刀だからといって手加減はしないからな」と、へし切。
「望むところだ。あんたの機動力は大したもんだが、俺は小回りが利くんでね。油断は禁物だぜ」と、薬研は不敵に笑う。
 闇の中にほの白く浮かぶ光が見える。目標の場所に辿り着き、二人で勢い良く障子戸を開けた頃には、両名とも息が上がっていた。
「……なあにやってんだ? お前ら」
 呆れ顔で主が声をかける。
 この主は、初老で生まれつき両目が殆ど見えない。その代わり、聴力が異常に発達している。突然の入室に露ほども驚きを見せていないのはこのためだ。
「夜中に運動会か? 元気なのは結構だが、チビどもが起きちまうからほどほどにしとけよ」
「た、大将。どっちが早くこの部屋に入ったかわかるか?」
 畳に本を下ろし、その場に座り込んだ薬研が肩で大きく息をしながら問いかける。
 すると、主は眉根を寄せて、
「ああ? お前ら本当に運動会してたのか? ……同着だよ。お前ら二人、仲良く一等賞だ」
 言って、ニッと笑った。
 それを聞いて薬研が吹き出す。そして、傍らに立っているへし切を見上げた。
「あーあ、引き分けかあ。勝負は明日に持ち越しだな、へし切さんよ」
 そう言う彼の表情には悔しさなど微塵も無い。それどころか、ひどく嬉しそうでもある。
 やれやれと小さく息をついて、へし切はそっと微笑んで返した。
「ああ、そうだな。……明日が楽しみだ」


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