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君を忘れるということ

【おまけ】

 不動が修行を終えて帰還した次の日、薬研は不動と共に執務室を訪れた。二人の用件はただ一つ。
「……というわけだ。大将には面倒をかけるが、どうか俺と不動を同じ部隊に組み込んでほしい。一回だけでいいんだ」
 言って、薬研は頭を下げた。不動とは修業後に同じ部隊で出陣することを約束している。
「まあ、それは構わんが」
「本当に!?」明るい表情で不動は身を乗り出した。再び丁寧に伏して、「俺達の我儘に応えて下さり、感謝します」
「……不動よぉ」
 茶を啜り、主が困惑気味に続ける。
「お前って、元はそんな口調だったのか。変わりすぎじゃねーか」
「酔ってたからな」冷静に、薬研。
「酒って凄いな」と、主。
「あの時は……自棄になっていたんです。だから、貴方にも失礼な態度を……」
 赤い顔をしながら、不動はゆっくりと顔を上げた。
「お前も辛い時期だったからな。だが、正直驚いたぞ。薬研、不動は元々こうだったのか?」
「ああ。態度が荒れていたのは自暴自棄になっていたからだが、口調については……」
「あー! 言うなよ、薬研!」
 バタバタと手を振って不動が制止するが、、
「どうやら、あの荒れた口調は俺の言葉遣いを参考にしたらしい」
 構わず、薬研はあっさりと答えた。
「なるほどな。へし切や宗三は綺麗な言葉を使うもんな。あれでは参考にならん」
「いや、別に真似したとか、そんなんじゃなくて!」ますます顔を赤くして、不動。
「結構、板についちまったのか、酔うと今もあの口調が出るんだぜ」
 くつくつと笑って薬研は言った。
「仕方ないだろ! 笑うなよ!」
「そうか。なら、今度三人で呑むか」
「はあ!?」
 主の提案に、不動は勢い良く振り向いた。主は穏やかに微笑んで、
「久々に酔っぱらった不動の声を聞いてみたいと思ってなぁ」
「そんな、悪趣味な……」
 戸惑いながら不動は声を震わせる。その傍らで薬研が明るく笑った。
「名案だな、大将。ちょうどいい機会だ。不動、大将に信長さんや蘭丸さんの話を聞かせてやろうぜ」
 すると、僅かに間が空いた。不動はおずおずと目を上げると、
「……そう、だな。うん。貴方に話したいことが山ほどあるんです」
 そう言って、主に薄く微笑みかけた。そして、
「でも、酔っ払うなんて醜態は絶対に見せませんからね!」
 と、力強く宣言した。
「ほぉ、こりゃ楽しみだ」
 主が悪戯っぽい笑みを浮かべると、薬研もカラカラと笑った。
「根比べだな、不動」
 そんな二人を見ながら不動は小さく溜め息をつき、やれやれと呆れたように笑った。
 その後も話に花が咲き、執務室からは絶え間なく笑い声が響いた。
 窓の外では風が優しく木の葉を揺らし、夏の色を運び始めていた。

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