恋と初恋 ムスクと煙草
それは、あの日と同じ。触れるだけの優しいキスだった。
「これは、同情」
そっと唇を離して、修兄ちゃんは穏やかに言った。
「……酷いな」
そう答えたけど、俺の心は痛まなかった。
何故って、修兄ちゃんが泣きそうな顔で笑ってたから。その表情が、あまりにも切なかったから。
「同じ気持ちだから。わかるんだよ、エーシ。想像なんかじゃなくて。……俺も、そんな時期があった」
俺の頬を両手で包んで、修兄ちゃんはそう言った。
真っ直ぐ俺を見つめるその目は、真剣そのものだった。
「修兄ちゃん……も?」
「うん」
答えて、修兄ちゃんは涙を拭うように俺の瞼にキスをした。
「そんなことまで似るなんて。ずっと一緒に居過ぎたせいかな」
「まさか」
冗談めかして言う修兄ちゃんの言葉に、思わず笑みがこぼれる。それと同時に湧き上がる安心感。
「……だから、言うな。エーシ」
「え?」
「自分のこと、生まれて来なければ良かったのに……みたいにさ。もう言うな。思うな」
「…………」
「同じような人間がここにもいるんだ。そんなこと言ったら、失礼だろ。俺に」
「……うん」
小さく頷くと、修兄ちゃんは満足げに微笑んで、俺の頭をガシガシ撫でた。
「よーし。いい子だ」
「子供扱いして」
目尻の涙を拭って口を尖らせる俺に悪戯っぽい笑みを向けて、修兄ちゃんはもっと乱暴に頭を撫でた。
「頭撫でられるぐらいで拗ねるってトコが、ガーキーなーんーでーすー」
「あー! もう、やめろよなー!」
嬉しかった。
修兄ちゃんが自分と同類の生き物だってことが判明したのもそうだけど、それ以上に、本当のことを知っても変わらないでいてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「……キツいよな」
ひとしきりふざけた後、修兄ちゃんは真面目な声で言った。
俺は乱れた髪を直しながら、その言葉の意味を尋ねた。
「何が?」
「好きな奴が友達……しかも、親友じゃさ」
「あぁ……。うん」
少し間を置いて、俺は思いきって切り出した。
「修兄ちゃんはさ」
「ん?」
「……修兄ちゃんも、あった?俺くらいの時……友達、好きになったりとか」
おずおずと遠慮がちに尋ねると、修兄ちゃんは一瞬瞳を巡らせた後、
「うーん……」
と、考え込むように天井を仰ぎ見た。
「あ、別に言いたくないんならいいんだよ? ただ、ちょっと気になったってだけの話」
「あったよ」
「え?」
「まぁ、俺の場合、友達じゃ無かったけどね」
そう言って、修兄ちゃんは俺の烏龍茶を飲んだ。
「先生だった。新任の熱血教師。……実は引っ越してから、俺の家メチャメチャでね。殆ど家に帰らない生活が続いてたんだよ、俺」
「えっ……」
思いも寄らない言葉に、絶句してしまった。意外だった。穏やかな修兄ちゃんしか知らない俺には、荒れた修兄ちゃんなんて想像もつかない。
「非行少年だった訳ですよ。これでも」
修兄ちゃんは自嘲気味に微笑むと、再びにコップに口をつけた。
「それを……まぁ、ベタだけど、立ち直らせようと頑張ってくれたのが」
「その、先生だったんだ」
妙に慎重な声で修兄ちゃんの言葉を繋げる。すると、修兄ちゃんは無言で頷いた。
「新任で、初めて受け持ったクラスだからかな。すっげー、一生懸命でさ。……俺もお前と同じだな。いつの間にか、好きになってた」
視線を合わせずに話し続ける修兄ちゃんを、俺は少し胸が痛むのを感じながら見つめていた。
それから、俺達は少しの間黙り込んでいた。
不思議な連帯感みたいなのを感じる。
「告白、した?」
呟くように尋ねた。しばしの沈黙。その後で、修兄ちゃんは立ち上がって面倒臭そうに答えた。
「さぁな。どうだったかねー」
「えー」
「もう晩メシだな。ラーメンでも食いに行くか」
「あー、はぐらかした。俺はちゃんと言ったのに。ずりーの」
グダグダぼやく俺を無視して、修兄ちゃんは財布と車のキーを手に戸口に向かった。
「奢ってやるよ」
「え、マジ!?」
声を踊らせて跳ねるように駆け寄る。
現金な俺を見て、修兄ちゃんは呆れ顔で溜め息を漏らした。
「食ったら送ってくからな」
「えー。まだ大丈夫だって」
「ここからお前の家まで、車でも三十分以上かかるんだぞ? 遅くなると悪いだろ」
「泊めてくれないの? 俺、修兄ちゃんとだったらいっかなーって思ってんだけど」
悪戯っぽく笑っておどける俺に、修兄ちゃんは思いっきりデコピンをかました。
「っだ!!」
「バァカ。センセーは自分の生徒に手ェ出さないの。教育実習生の不祥事は学校のメーヨに関わっちゃうだろぉ?」
「冗談だよ。でも、泊まるくらいなら平気だって。男同士だし。幼馴染みだし。周りはどうも思わない……」
ジンジンする額を擦りながら涙目で言うと、修兄ちゃんは小さく舌打ちをして、
「……周りなんか、どうだっていいんだよ」
と呟いた。
それからすぐに踵を返して、ドスドスと不機嫌そうな足取りで玄関へ行ってしまった。
……俺、なんか変なこと言ったかな。
「これは、同情」
そっと唇を離して、修兄ちゃんは穏やかに言った。
「……酷いな」
そう答えたけど、俺の心は痛まなかった。
何故って、修兄ちゃんが泣きそうな顔で笑ってたから。その表情が、あまりにも切なかったから。
「同じ気持ちだから。わかるんだよ、エーシ。想像なんかじゃなくて。……俺も、そんな時期があった」
俺の頬を両手で包んで、修兄ちゃんはそう言った。
真っ直ぐ俺を見つめるその目は、真剣そのものだった。
「修兄ちゃん……も?」
「うん」
答えて、修兄ちゃんは涙を拭うように俺の瞼にキスをした。
「そんなことまで似るなんて。ずっと一緒に居過ぎたせいかな」
「まさか」
冗談めかして言う修兄ちゃんの言葉に、思わず笑みがこぼれる。それと同時に湧き上がる安心感。
「……だから、言うな。エーシ」
「え?」
「自分のこと、生まれて来なければ良かったのに……みたいにさ。もう言うな。思うな」
「…………」
「同じような人間がここにもいるんだ。そんなこと言ったら、失礼だろ。俺に」
「……うん」
小さく頷くと、修兄ちゃんは満足げに微笑んで、俺の頭をガシガシ撫でた。
「よーし。いい子だ」
「子供扱いして」
目尻の涙を拭って口を尖らせる俺に悪戯っぽい笑みを向けて、修兄ちゃんはもっと乱暴に頭を撫でた。
「頭撫でられるぐらいで拗ねるってトコが、ガーキーなーんーでーすー」
「あー! もう、やめろよなー!」
嬉しかった。
修兄ちゃんが自分と同類の生き物だってことが判明したのもそうだけど、それ以上に、本当のことを知っても変わらないでいてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「……キツいよな」
ひとしきりふざけた後、修兄ちゃんは真面目な声で言った。
俺は乱れた髪を直しながら、その言葉の意味を尋ねた。
「何が?」
「好きな奴が友達……しかも、親友じゃさ」
「あぁ……。うん」
少し間を置いて、俺は思いきって切り出した。
「修兄ちゃんはさ」
「ん?」
「……修兄ちゃんも、あった?俺くらいの時……友達、好きになったりとか」
おずおずと遠慮がちに尋ねると、修兄ちゃんは一瞬瞳を巡らせた後、
「うーん……」
と、考え込むように天井を仰ぎ見た。
「あ、別に言いたくないんならいいんだよ? ただ、ちょっと気になったってだけの話」
「あったよ」
「え?」
「まぁ、俺の場合、友達じゃ無かったけどね」
そう言って、修兄ちゃんは俺の烏龍茶を飲んだ。
「先生だった。新任の熱血教師。……実は引っ越してから、俺の家メチャメチャでね。殆ど家に帰らない生活が続いてたんだよ、俺」
「えっ……」
思いも寄らない言葉に、絶句してしまった。意外だった。穏やかな修兄ちゃんしか知らない俺には、荒れた修兄ちゃんなんて想像もつかない。
「非行少年だった訳ですよ。これでも」
修兄ちゃんは自嘲気味に微笑むと、再びにコップに口をつけた。
「それを……まぁ、ベタだけど、立ち直らせようと頑張ってくれたのが」
「その、先生だったんだ」
妙に慎重な声で修兄ちゃんの言葉を繋げる。すると、修兄ちゃんは無言で頷いた。
「新任で、初めて受け持ったクラスだからかな。すっげー、一生懸命でさ。……俺もお前と同じだな。いつの間にか、好きになってた」
視線を合わせずに話し続ける修兄ちゃんを、俺は少し胸が痛むのを感じながら見つめていた。
それから、俺達は少しの間黙り込んでいた。
不思議な連帯感みたいなのを感じる。
「告白、した?」
呟くように尋ねた。しばしの沈黙。その後で、修兄ちゃんは立ち上がって面倒臭そうに答えた。
「さぁな。どうだったかねー」
「えー」
「もう晩メシだな。ラーメンでも食いに行くか」
「あー、はぐらかした。俺はちゃんと言ったのに。ずりーの」
グダグダぼやく俺を無視して、修兄ちゃんは財布と車のキーを手に戸口に向かった。
「奢ってやるよ」
「え、マジ!?」
声を踊らせて跳ねるように駆け寄る。
現金な俺を見て、修兄ちゃんは呆れ顔で溜め息を漏らした。
「食ったら送ってくからな」
「えー。まだ大丈夫だって」
「ここからお前の家まで、車でも三十分以上かかるんだぞ? 遅くなると悪いだろ」
「泊めてくれないの? 俺、修兄ちゃんとだったらいっかなーって思ってんだけど」
悪戯っぽく笑っておどける俺に、修兄ちゃんは思いっきりデコピンをかました。
「っだ!!」
「バァカ。センセーは自分の生徒に手ェ出さないの。教育実習生の不祥事は学校のメーヨに関わっちゃうだろぉ?」
「冗談だよ。でも、泊まるくらいなら平気だって。男同士だし。幼馴染みだし。周りはどうも思わない……」
ジンジンする額を擦りながら涙目で言うと、修兄ちゃんは小さく舌打ちをして、
「……周りなんか、どうだっていいんだよ」
と呟いた。
それからすぐに踵を返して、ドスドスと不機嫌そうな足取りで玄関へ行ってしまった。
……俺、なんか変なこと言ったかな。