夜の次にくるもの
そして、放課後。
俺と斯波は、久し振りに肩を並べて、いつもの帰り道を歩いた。相変わらず、人気の少ない通りだ。住宅地のせいかな。
斯波はずっと何も言わずに俯いている。暗い横顔。
それを横目で見ながら、あぁ、これが斯波なんだなって思った。
こんな顔、少なくともクラスメイトの前ではしない。……以前の俺の前でも。
素直な表情を出せるのは。
少しは俺に心を開いてくれていると自惚れていいのかな。
「久し振りだな。こうして、一緒に帰んの」
なるべく明るい声を出して言った。
斯波は俯いたまま、弱く微笑んで頷いた。
「……うん。そうだな」
空は不思議なピンク色。空気も一緒に染まっている。この優しい色、知ってる。鴇色っていうんだ。
少し強い風が吹いて、俺と斯波の髪を撫でた。
それを合図に、俺は静かに切り出した。
「……嫌じゃ、無かったよ」
斯波が顔を上げたのが、視界の端に見えた。俺は、すかさず横を向いて斯波と視線を合わせた。
「告白」
「…………」
斯波は立ち止まって、真剣な目で俺を見つめた。俺も立ち止まって見つめ返す。
困ったな。
なんか、顔熱くなってきた。それに、心臓が妙に早く鳴ってる。
でも、絶対目は逸らさない。一瞬でも離したら、斯波がいなくなってしまう気がするから。
呼吸を整えて、俺はまた口を開いた。
「お前のこと避けてたのは……、お前が『そう』だからなんかじゃない。そこは、勘違いしてほしくないんだけど。その……。だから、えーと……。あー」
うまく言葉が出てこない。午後の授業中、ずっと何言おうか考えて、掃除中こっそりリハーサルまでしたのに。
こうして面と向かうと頭の中真っ白で。焦ってるせいで顔は真っ赤。
うわ。これって、なんだか愛の告白みたいじゃん。
斯波は、目に力を入れて身動ぎもしない。ちゃんと俺の話を聞こうとしている。
「そ……それで、な!?」
うわっ! 声が裏返った!
……最悪だ。恥ずかしくて、ますます焦る。
「その……。ずっと、恥ずかしかったんだ」
「何が?」
「昔の自分が。無神経な言葉とか行動とかで……ずっとお前のこと傷つけてたよなって。……ほんと、ごめん!!」
そう言って勢い良く頭を下げると、斯波はクスリと笑った。
「大丈夫だよ。俺はお前に何も言って無かったんだし。フェアじゃ無かったんだから、瀬田が謝る必要無い」
「でも」
「ありがとうな、瀬田」
「……何が?」
「考えてくれて」
斯波は少し頬を染めると、伏し目がちにそう言った。
「当たり前、だ。そんなの。……あのな、ずっと気まずかったのだって、別にお前が男だからって訳じゃ無いんだからな!? 相手が女でも、俺、同じ態度してた! だから、お前が男でも女でも関係無いんだ!!」
感情に任せて、一息にまくし立てた。
正直、自分でも何口走ってんだか、わかってない。
熱すぎて、頭から湯気が出そうだ。
「……俺さ、斯波のもんにはなれねーけど。俺、それで良かったって思ってるんだ」
心を落ち着かせて、俺はゆっくりとそう言った。
一瞬、斯波の瞳が揺れた。
その様子を見つめながら、俺は大きく深呼吸して続けた。
「そんな、いつか終わるかもしれない関係とか。俺、嫌なんだよ。お前とは、もっとずっと……。できることなら『友達』とか『親友』とか『恋人』とか、そういうの取っ払った……。そんなのより、ずっと深い付き合いをしたいって……思って」
あぁ。本当に訳わかんねーこと言ってるよ。俺。
言ってる俺からしてこんなだと、それ聞いてる斯波は、もっと訳わかんねーだろうな。
「あー……その、お前の告白聞いて、勝手にそう思っただけだから。お前は気にしなくてもい……」
言葉を失った。
いきなり、ボロボロと斯波の両目から大粒の涙がこぼれたから。
「あー。ごめん。俺、自分じゃ制御できないんだよね。我慢しても、無理なんだ」
そう言って笑うと、斯波は子供みたいにゴシゴシ瞼を擦った。
「おっかしいな。嬉しいんだ。嬉しいのに、涙が止まらない」
「嬉しいからだろ」
「……そっか。そうだね」
「とりあえず、もう泣きやめ。これじゃ、俺が泣かしてるみたいだろ」
「みたい、じゃなくて、ほんとにそうじゃん。これは、お前のせいだ」
コイツは、ずっと暗闇の中にいたんだろうな。何故か、ふと、そう思った。
周りと自分は違うんだと知った時から。
本当の自分、必死に隠して。
俺は、スッと右手を差し出した。斯波が訝しげに俺を見る。
「とりあえず、親友からヨロシクってことで」
照れながらそう言うと、斯波は真っ赤な顔で思いっきり吹き出した。
多分、俺の顔はもっと赤いはず。
斯波は笑いをこらえながら、ゆっくりと右手を差し出して俺の手を握った。
「これからもヨロシクな。親友」
夕日をバックに握手だって。熱いな、俺達。
そんなことを思っていると、斯波はまたクスクス笑って言った。
「さっきのセリフ。愛の告白だよ、殆ど」
うるせーよ、バーカ。
俺と斯波は、久し振りに肩を並べて、いつもの帰り道を歩いた。相変わらず、人気の少ない通りだ。住宅地のせいかな。
斯波はずっと何も言わずに俯いている。暗い横顔。
それを横目で見ながら、あぁ、これが斯波なんだなって思った。
こんな顔、少なくともクラスメイトの前ではしない。……以前の俺の前でも。
素直な表情を出せるのは。
少しは俺に心を開いてくれていると自惚れていいのかな。
「久し振りだな。こうして、一緒に帰んの」
なるべく明るい声を出して言った。
斯波は俯いたまま、弱く微笑んで頷いた。
「……うん。そうだな」
空は不思議なピンク色。空気も一緒に染まっている。この優しい色、知ってる。鴇色っていうんだ。
少し強い風が吹いて、俺と斯波の髪を撫でた。
それを合図に、俺は静かに切り出した。
「……嫌じゃ、無かったよ」
斯波が顔を上げたのが、視界の端に見えた。俺は、すかさず横を向いて斯波と視線を合わせた。
「告白」
「…………」
斯波は立ち止まって、真剣な目で俺を見つめた。俺も立ち止まって見つめ返す。
困ったな。
なんか、顔熱くなってきた。それに、心臓が妙に早く鳴ってる。
でも、絶対目は逸らさない。一瞬でも離したら、斯波がいなくなってしまう気がするから。
呼吸を整えて、俺はまた口を開いた。
「お前のこと避けてたのは……、お前が『そう』だからなんかじゃない。そこは、勘違いしてほしくないんだけど。その……。だから、えーと……。あー」
うまく言葉が出てこない。午後の授業中、ずっと何言おうか考えて、掃除中こっそりリハーサルまでしたのに。
こうして面と向かうと頭の中真っ白で。焦ってるせいで顔は真っ赤。
うわ。これって、なんだか愛の告白みたいじゃん。
斯波は、目に力を入れて身動ぎもしない。ちゃんと俺の話を聞こうとしている。
「そ……それで、な!?」
うわっ! 声が裏返った!
……最悪だ。恥ずかしくて、ますます焦る。
「その……。ずっと、恥ずかしかったんだ」
「何が?」
「昔の自分が。無神経な言葉とか行動とかで……ずっとお前のこと傷つけてたよなって。……ほんと、ごめん!!」
そう言って勢い良く頭を下げると、斯波はクスリと笑った。
「大丈夫だよ。俺はお前に何も言って無かったんだし。フェアじゃ無かったんだから、瀬田が謝る必要無い」
「でも」
「ありがとうな、瀬田」
「……何が?」
「考えてくれて」
斯波は少し頬を染めると、伏し目がちにそう言った。
「当たり前、だ。そんなの。……あのな、ずっと気まずかったのだって、別にお前が男だからって訳じゃ無いんだからな!? 相手が女でも、俺、同じ態度してた! だから、お前が男でも女でも関係無いんだ!!」
感情に任せて、一息にまくし立てた。
正直、自分でも何口走ってんだか、わかってない。
熱すぎて、頭から湯気が出そうだ。
「……俺さ、斯波のもんにはなれねーけど。俺、それで良かったって思ってるんだ」
心を落ち着かせて、俺はゆっくりとそう言った。
一瞬、斯波の瞳が揺れた。
その様子を見つめながら、俺は大きく深呼吸して続けた。
「そんな、いつか終わるかもしれない関係とか。俺、嫌なんだよ。お前とは、もっとずっと……。できることなら『友達』とか『親友』とか『恋人』とか、そういうの取っ払った……。そんなのより、ずっと深い付き合いをしたいって……思って」
あぁ。本当に訳わかんねーこと言ってるよ。俺。
言ってる俺からしてこんなだと、それ聞いてる斯波は、もっと訳わかんねーだろうな。
「あー……その、お前の告白聞いて、勝手にそう思っただけだから。お前は気にしなくてもい……」
言葉を失った。
いきなり、ボロボロと斯波の両目から大粒の涙がこぼれたから。
「あー。ごめん。俺、自分じゃ制御できないんだよね。我慢しても、無理なんだ」
そう言って笑うと、斯波は子供みたいにゴシゴシ瞼を擦った。
「おっかしいな。嬉しいんだ。嬉しいのに、涙が止まらない」
「嬉しいからだろ」
「……そっか。そうだね」
「とりあえず、もう泣きやめ。これじゃ、俺が泣かしてるみたいだろ」
「みたい、じゃなくて、ほんとにそうじゃん。これは、お前のせいだ」
コイツは、ずっと暗闇の中にいたんだろうな。何故か、ふと、そう思った。
周りと自分は違うんだと知った時から。
本当の自分、必死に隠して。
俺は、スッと右手を差し出した。斯波が訝しげに俺を見る。
「とりあえず、親友からヨロシクってことで」
照れながらそう言うと、斯波は真っ赤な顔で思いっきり吹き出した。
多分、俺の顔はもっと赤いはず。
斯波は笑いをこらえながら、ゆっくりと右手を差し出して俺の手を握った。
「これからもヨロシクな。親友」
夕日をバックに握手だって。熱いな、俺達。
そんなことを思っていると、斯波はまたクスクス笑って言った。
「さっきのセリフ。愛の告白だよ、殆ど」
うるせーよ、バーカ。