夜の次にくるもの
「最近のお前の、爆睡居眠りの原因」
「…………」
「もう一人いるんだよな。居眠り常習犯。他の教科ならまだしも、俺の授業まで寝てるっつーのは……相当、重症だ」
突然、声のトーンが落ちた。同時にうなだれて、何故かはわからないけどヘコんでいる。
「先生、それって……」
「わかってんだろ? 斯波だよ。斯波衛士。お前の親友の」
当たり前のように、その名を呼ぶ。
「アイツね、俺のオトート分なワケ。幼馴染みなんだよ。こーんなチビの時から知ってる」
そうおどけながら、先生は親指と人差し指を使って幅を示した。三センチくらいしかない。いくらなんでも、チビすぎるだろ。
何も言わずに呆れていると、先生は真顔に戻って溜め息をついた。
「……アホな奴でね。ほっとけないんだな。オニーサンと致しましては」
「どこまで知ってるんスか?」
「ん?」
「……アイツのこと」
「まぁ、大概のことは。例えば、ちょこーっと周りとズレちゃったこととか……ね」
そうか、とストンと納得した。アイツ、いつも先生の所に行ってたんだ。
懐かしい兄貴分の幼馴染みに相談してたんだ。ずっと。
そりゃ、言えないよな。俺には。
本気だから。
本気だったから、尚更言えなかったんだ。
アイツの気持ちが、痛い。
「フったんだって? アイツのこと」
先生は穏やかな調子で尋ねてきた。斯波の奴。そんなことまで。
「それは……!」
「わかってる。それは、どうしようもないことだ。……けどな」
と、言葉を切って、先生は俺をねめつけた。眼光が鋭く光る。
「無理矢理アイツの気持ち聞き出して、それが扱いきれないものだとわかったら避けんのかよ。お前、それ無責任過ぎるだろ」
「違う!!」
気付いたら、叫んでいた。
違う。全く違う。
アイツを避けてしまうのは、そんな理由なんかじゃない。
「男が好きな友人は、もう普通には見れない?」
「違うっつってんだろ!! 話聞けよ!!」
それを聞くと、先生は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「じゃ、聞かせてくれよ。お前のキモチ」
……あれ?
俺、なんか今、罠にかかったような……。
先生は、いつもの気さくな笑顔に戻っている。
「……アイツの気持ち、聞かなきゃ良かったって思ってる?」
優しく尋ねられ、波立ってた心が静まっていくのを感じた。
俺は俯いて、しばらく自分の靴の先を見つめていた。先生は何も言わずに俺の言葉を待っている。
完全に落ち着きを取り戻した俺は、自分でも驚く程静かな声で答えた。
「ううん。……その逆。良かったよ。知れて」
「なら、なんでアイツのこと避けんの」
「だって……。……気まずい」
「それは、フった立場だから?それとも、アイツが普通とは違うから?」
「フった立場だから……ってのは、もちろんあると思う。傷つけたんだから。でも、それ以上にさ。自己嫌悪。俺、アイツのこと全然わかってなかったんだなーっていう……さ」
首筋を擦りながら、訥々と話した。先生は穏やかな顔で、時折相槌を打ちながら聞いてくれた。
誰にも相談できない胸のモヤモヤ。アイツは、今までずっとこんな思いをしてたんだ。
何でも受け止めてくれる……こんな、兄貴みたいな人が近くにいたら。そうだよな。頼りたくなる。
それを俺は責めて。
あー。ますます自己嫌悪。
「恥ずかしくなるんだよ。今までの俺を振り返ると。絶対、すげー傷つけてた。それわかって、またヘラヘラ近寄れるかよ。アイツに悪くて……」
「でも、このままだと離れるばっかりだぞ」
冷静にそう言われ、俺は言葉に詰まった。
「笑って残りの高校生活を送りたいでしょー?」
明るく言って、先生は立ち上がった。パンパンとズボンについた埃を払う。
温室に満ちた光に、キラキラした粒子が舞っている。その中にいる先生が妙に神々しく見えた。
「先生」
「あー?」
「俺、どうしたらいいかな」
すると、先生は悪戯っぽくニッと笑って、
「言ってみたら。アイツに。自分の気持ち」
と、答えた。
そして、こちらに歩み寄りながら続ける。
「じゃないと、アイツますます勘違いするぞ。あー見えて、考え込むタイプだからな。アホだけど」
「あー……」
確かに。チャラい風貌とは違って、アイツはそうなんだよな。
あのチャラさは、アイツなりの防御線なのかもしれない。自分を守るための。
「話は終わり。良かったよ、お前の気持ち聞けて」
「あ、先生!」
温室を出て行こうとする先生を引き止めて、俺はからかうように言った。
「さっき、すげー怖かった。先生みたいな人でも、あんな顔するんだ」
すると、先生は笑いながら意外なことを口にした。
多分、これは、幼馴染みのアイツでも知らないことだろう。
「そりゃ、ムカつくだろ。初恋の相手が可哀相な目に合ってたら。……内緒だぞ?」
善は急げ。
思い立ったが吉日。
てな訳で、奮起した俺は安彦先生と別れた足で、教室に戻り、斯波に一緒に帰ろうと誘った。強引なのは承知だ。
斯波は呆気にとられていたけど、小さく頷いてくれた。
何事も勢いは大事だ。
「…………」
「もう一人いるんだよな。居眠り常習犯。他の教科ならまだしも、俺の授業まで寝てるっつーのは……相当、重症だ」
突然、声のトーンが落ちた。同時にうなだれて、何故かはわからないけどヘコんでいる。
「先生、それって……」
「わかってんだろ? 斯波だよ。斯波衛士。お前の親友の」
当たり前のように、その名を呼ぶ。
「アイツね、俺のオトート分なワケ。幼馴染みなんだよ。こーんなチビの時から知ってる」
そうおどけながら、先生は親指と人差し指を使って幅を示した。三センチくらいしかない。いくらなんでも、チビすぎるだろ。
何も言わずに呆れていると、先生は真顔に戻って溜め息をついた。
「……アホな奴でね。ほっとけないんだな。オニーサンと致しましては」
「どこまで知ってるんスか?」
「ん?」
「……アイツのこと」
「まぁ、大概のことは。例えば、ちょこーっと周りとズレちゃったこととか……ね」
そうか、とストンと納得した。アイツ、いつも先生の所に行ってたんだ。
懐かしい兄貴分の幼馴染みに相談してたんだ。ずっと。
そりゃ、言えないよな。俺には。
本気だから。
本気だったから、尚更言えなかったんだ。
アイツの気持ちが、痛い。
「フったんだって? アイツのこと」
先生は穏やかな調子で尋ねてきた。斯波の奴。そんなことまで。
「それは……!」
「わかってる。それは、どうしようもないことだ。……けどな」
と、言葉を切って、先生は俺をねめつけた。眼光が鋭く光る。
「無理矢理アイツの気持ち聞き出して、それが扱いきれないものだとわかったら避けんのかよ。お前、それ無責任過ぎるだろ」
「違う!!」
気付いたら、叫んでいた。
違う。全く違う。
アイツを避けてしまうのは、そんな理由なんかじゃない。
「男が好きな友人は、もう普通には見れない?」
「違うっつってんだろ!! 話聞けよ!!」
それを聞くと、先生は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「じゃ、聞かせてくれよ。お前のキモチ」
……あれ?
俺、なんか今、罠にかかったような……。
先生は、いつもの気さくな笑顔に戻っている。
「……アイツの気持ち、聞かなきゃ良かったって思ってる?」
優しく尋ねられ、波立ってた心が静まっていくのを感じた。
俺は俯いて、しばらく自分の靴の先を見つめていた。先生は何も言わずに俺の言葉を待っている。
完全に落ち着きを取り戻した俺は、自分でも驚く程静かな声で答えた。
「ううん。……その逆。良かったよ。知れて」
「なら、なんでアイツのこと避けんの」
「だって……。……気まずい」
「それは、フった立場だから?それとも、アイツが普通とは違うから?」
「フった立場だから……ってのは、もちろんあると思う。傷つけたんだから。でも、それ以上にさ。自己嫌悪。俺、アイツのこと全然わかってなかったんだなーっていう……さ」
首筋を擦りながら、訥々と話した。先生は穏やかな顔で、時折相槌を打ちながら聞いてくれた。
誰にも相談できない胸のモヤモヤ。アイツは、今までずっとこんな思いをしてたんだ。
何でも受け止めてくれる……こんな、兄貴みたいな人が近くにいたら。そうだよな。頼りたくなる。
それを俺は責めて。
あー。ますます自己嫌悪。
「恥ずかしくなるんだよ。今までの俺を振り返ると。絶対、すげー傷つけてた。それわかって、またヘラヘラ近寄れるかよ。アイツに悪くて……」
「でも、このままだと離れるばっかりだぞ」
冷静にそう言われ、俺は言葉に詰まった。
「笑って残りの高校生活を送りたいでしょー?」
明るく言って、先生は立ち上がった。パンパンとズボンについた埃を払う。
温室に満ちた光に、キラキラした粒子が舞っている。その中にいる先生が妙に神々しく見えた。
「先生」
「あー?」
「俺、どうしたらいいかな」
すると、先生は悪戯っぽくニッと笑って、
「言ってみたら。アイツに。自分の気持ち」
と、答えた。
そして、こちらに歩み寄りながら続ける。
「じゃないと、アイツますます勘違いするぞ。あー見えて、考え込むタイプだからな。アホだけど」
「あー……」
確かに。チャラい風貌とは違って、アイツはそうなんだよな。
あのチャラさは、アイツなりの防御線なのかもしれない。自分を守るための。
「話は終わり。良かったよ、お前の気持ち聞けて」
「あ、先生!」
温室を出て行こうとする先生を引き止めて、俺はからかうように言った。
「さっき、すげー怖かった。先生みたいな人でも、あんな顔するんだ」
すると、先生は笑いながら意外なことを口にした。
多分、これは、幼馴染みのアイツでも知らないことだろう。
「そりゃ、ムカつくだろ。初恋の相手が可哀相な目に合ってたら。……内緒だぞ?」
善は急げ。
思い立ったが吉日。
てな訳で、奮起した俺は安彦先生と別れた足で、教室に戻り、斯波に一緒に帰ろうと誘った。強引なのは承知だ。
斯波は呆気にとられていたけど、小さく頷いてくれた。
何事も勢いは大事だ。