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夜の次にくるもの

 ある日の昼休み。
 俺は、あの教育実習生に呼び出された。
 安彦修司。
 端整な顔立ちとスマートな立ち居振る舞いで、初日から女子の視線を釘付けにした。
 でも、それだけじゃない。誰に対しても気さくな態度で接するから男ウケも良い。穏やかで、頼れる兄さんって感じで。
 とにかく目立つ実習生だ。
 なんだろう。呼び出されるようなこと、あの人にはして無……くないな。最近、しょっちゅう居眠りこいてるし。
 でも、それにしては表情が真剣で、怖かった。
 とはいえ、いくらデキる人間でも、まだ実習生の身だ。何でも深刻に受け止めるのかもしれない。
 面倒だな。こっちは、それどころじゃ無いっつーのに。
 実習生の控え室になっている小会議室の中を窺っていると、安彦先生がこっちに気付いて駆け寄って来た。
「悪いな。時間取らせて」
 悪い、とは全く思ってない口調だ。なんか、不機嫌でつっかかる感じ。
「場所を変えよう。ここじゃ、いつサッカーだバスケだって来るかわかんねーから」
 そう言って、返事する間も無く歩き出した。
「なんの話っスか?」
 先生の背中を追いながら尋ねると、
「ここじゃ言えないこと」
 と、低い声で短く答えた。先生は、それ以上何も言うこと無く階段を降りて行った。
 胸騒ぎがする。
 安彦先生が、何かに怒っているのは確かだ。態度でわかる。
 意味わかんねー。
 実は、俺って知らない間に色んな人を傷つけてるのかな。
 斯波の顔を思い浮かべながら、俺は重い足取りで階段を降りた。
 先生について行った先は校舎から少し離れた古い温室。
 園芸部が存在していた数年前までは、ちゃんと使われていた。バラとかパンジーとか、ちょっとした野菜とか……色々植えてたらしいけど、今じゃ見る影も無い。
 こんな寂しい場所だから、当然人気は無い。
 錆び付いた扉を無理矢理開けて、先生は温室に入って行った。続いて、俺も入る。
 さすが温室。
 昼間の日差しが入って暖かい。
「昔も今も、ここは静かだねー」
 懐かしそうに呟いて、先生は、ブロックを積み上げて作られた花壇の縁の土を払った。
 そして、おもむろに腰かけると、観察するような目で俺を見上げた。
 気まずい沈黙が流れる。
「セ……センセー、ここ来たことあるんスか?」
 その視線から逃れるように顔を背けて尋ねてみる。何か話さないと。間がもたない。
「俺、この学校の出身よ? ……っても、まぁ、途中で転校したんだけどな」
「へぇ……。……あー。でー、そのー、話って……」
 おずおずと尋ねると、先生は小さく息を吐いて視線を外した。
「瀬田君さ。この頃、居眠り多いよな。前はそんなこと無かったのに。……どうかしたのかなーって」
 やっぱり、それか。
 でも、言い方が気にかかる。何かを知ってるような、含みのある言い方。
 俺の気のせいか? 
「……別に」
「別に?」
「別に、何も。最近、夜更かしが多いってだけです。すみません」
 わざと丁寧な言葉遣いで答えた。
 先生は何故か不敵な笑みを浮かべて、責めるような目で俺を見ている。
「ふーん。夜更かし、ね」
「……なに」
「別に? なんか悩みでもあるのかなーってだけ」
 遠回しな言い方だ。
 コイツ、何か知ってる……? まさかな。でも、用心しないと。
 俺がヘマしたら、また斯波を傷つける。
 それだけは、絶対に避けなきゃ。
「悩みなんかありません」
 ぞんざいにそう言うと、先生は嘲るように鼻で笑った。
「へぇ?」
「話はそれだけですか? なら、俺はもう……」
 返事を待たずに、俺は踵を返した。
 イラつく。
 あの、人を試すような目に、これ以上晒されていたくない。
 温室から出ようと、一歩踏み出した時、煽るような声が響いた。
「なぁ。人の悩み、無理矢理聞き出した気分はどうだ?」
 心臓を鷲掴みされた感覚に陥って、俺はしばらく身動きがとれなかった。
 やっぱり……コイツ、知ってる。
 唾を飲み込んで、肩越しに先生を覗き見た。組んだ足の上で頬杖をついて、口元だけで笑っている。
「なんスか? それ」
 ポーカーフェースを装って、俺は笑ってみせた。
 先生の表情は変わらず。真っ直ぐ俺を見つめている。
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