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キミ想イ

 放課後の校内は、静かすぎて少し怖い。夕暮れの蜂蜜色の光が廊下に満ちてても、どこか寂しげな感じ。
 それでも、まだ残ってる奴とかはいて。
 そいつらの脇を通り過ぎる。泣き顔のまま。
「あれ……。ちょっと……」
 含み笑いの囁き声。
「ちょっと、ヤダ。何、アイツ。泣いちゃってるの?」
「カワイー」
 クスクス。
 クスクス。
 ピンク色の声で嗤う。
 キャンディーみたいに甘い声が廊下を満たした蜂蜜に溶ける。
 擦れ違う人、全員が驚いたような顔で俺を見た。
 人が泣くのは当たり前のことなのに。
 こんなにジロジロ見られるのは、普段と違うから?
 普通じゃないから?
 涙が止まらない。
 いい加減、泣きやまないと。
 そう思って、目を擦る。
 あ。
 また笑い声。
 ニヤニヤした目でこっち見て、クスクスクスクス。
 もういいや。
 いくらでも笑えば。
 俯いてフラフラ歩いていると、笑い声とは別に、荒い息遣いが前の方から聞こえてきた。
 気になって、鼻を啜りながら顔を上げる。
 心臓が止まるかと思った。
「……なに、泣いてんだよ。お前」
 蜂蜜色の光に透けて、肩で息をしている瀬田がそこにいた。
「瀬……田……。なん……」
 戸惑い立ちすくむ俺を無視して、瀬田はズンズン近付いて来た。
 そして、ガシッと俺の腕を掴むと、
「手間かかせんじゃねーよ! ……とにかく、ここから離れるぞ」
 強い瞳でそう言うと、無理矢理俺の腕を引いて早足で歩き出した。
 混乱。
 なんで、瀬田がここに?
 頭がグラグラする。
 目眩がしそう。
 腕を引かれながら、そっと瀬田の背中を見た。シャツがうっすらと汗で濡れている。
 ……瀬田も、ここまで全力で走って来たのかな。
 俺を追って?
 まさか。
 ただ、何か……。そう。忘れ物かなんかして。そしたら、俺がいて。だから……。
 そうだ。だから。
 期待なんかしちゃいけないよ……な。
 瀬田が向かったのは、見慣れたいつもの教室だった。
 机も椅子も黒板も、全て濃い蜂蜜色に染まっていた。窓の向こうで真っ赤な夕陽が燃えている。眩しくて、まともに見れない。 
「……ったく。なんつー顔してんだよ」
 俺の腕を離さずに、瀬田はガリガリ頭を掻いてぼやいた。
「瀬田……。なんで」
「なに泣いてんだよ!」
 瀬田は振り向いて、噛み付くような勢いで怒鳴った。まだ息があがっている。
「そんな風に……泣く程、なに悩んでるんだよ。俺、何かした!? だから、言えないのか!?」
 必死の形相で問い詰める瀬田を見ながら、俺は弱く頭を振った。
 そうじゃない。
 お前のせいな訳無い。
「じゃぁ、なんで言えねーんだよ! 言わなきゃわかんねーだろ!?」
「瀬田……。どうして、そんなに必死なの」
 鼻を啜って尋ねると、瀬田の表情が一瞬泣きそうに歪んだ。
 こんな瀬田、初めて見る。
「……辛いんだよ。お前が苦しそうにしてると。友達だろ? 何でも話して欲しいんだよ。……そりゃ、俺なんかじゃ、全然頼りにならねーけど。でも、結構、話すだけでも気が楽になったりすんじゃん? 泣くくらいなら話してみろよ。俺、お前の力になりたいんだよ」
 瀬田の気持ちは純粋だ。
 純粋に、ただ悩んでいる『友達』の力になりたいと願っている。
 俺とは、全く違う願いだ。
 眩しい。
「言……える訳、無い」
 瀬田の真っ直ぐさが眩しくて、俺は思わず顔を背けた。
「なんでだよ」
 ギュッと瀬田は腕を掴む手に力を込めた。痛くて、顔が歪む。
「瀬、田……。痛い」
「なんでだよ!?」
 瀬田の声が耳に刺さる。
 頭が痛い。
 もう嫌だ。
 こんなの。
 自分の中で何かが弾けた。
「お前に言ったってわからない!!」
 吐き出すように叫んだ。殆ど絶叫だ。涙が、また滲み出す。
 俺の突然の激昂に、瀬田は鼻白んだ表情で息を飲んだ。
 けど、すぐに元に戻って言い返してきた。
「なんだよ、それ!! 言ってみないとわからねーだろ!!」
「わかるよ!! 言わなくたって、どうなるかわかる!!」
「はぁ!? お前、エスパーかよ!! 意味わかんねーよ! いいから、言ってみろって!!」
 ギュッと掴まれてる腕が痛くて熱い。
「……腕、痛い。離して」
 顔を俯けて、声を抑えてそう言った。
 嘘だ。
 離さないで。
 違う。
 離して。
 二つの自分がいる。
 泣きすぎて、頭が痛い。
「離したら、また逃げるだろ!! ……あったまきた。ぜってー、離さねーからな」
 より一層力を込めて、瀬田は俺の腕を掴んだ。
 ドクン、と心臓が鳴る。

 好きだよ。
 好きだ。

「話してみろよ。なぁ、斯波!!」
 それを話したら、お前はこの手を離してしまうかもしれない。
 だから、言えない。
 でも、言いたい。
「……瀬田。……俺、でも……。やっぱり……」

 嫌われたくない。

 嫌われても構わない。

 逃げたい。

 壊されたい。

 
 『友達』としてじゃなく
 
 
 お前に
 
 好かれたい。
 
 
 伝わる瀬田の体温。俺の腕に焼き付いてしまえばいいのに。

 真っ赤な顔は、涙と鼻水でグシャグシャのみっともない状態で。
 瀬田の顔なんか、真っ直ぐ見れる訳無くて。
 でも、俺は……。
「瀬田。俺……。俺さ……」
 瀬田のこの体温が、火傷のように残ればいい。
 
 この先、どうなっても消えないように。
 

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