キミ想イ
無我夢中で走っていると、擦れ違いざまに思いっきり誰かとぶつかった。
「だっ!!」
ぼやけた視界の端に俺と同じ制服が見えた。
ヤバい。知ってる奴かも。
とっさにそう思って、よろけつつも無理矢理足を踏ん張って走った。
遠くに聞こえる怒声。
そんなのに構ってられなかった。
とにかく涙が溢れて。
溢れて。
溢れて。
どんなに拭っても止まらなくて、走っていないとその場にしゃがみ込んでしまいそうだったから。
嗚咽なのか息切れなのかわからないけど、すごく苦しい。
目の前が滲んで見えない。人や物にぶつからないようにするのがやっとだ。
苦しい。恥ずかしい。辛い。
死にたい。
色んな思いが渦巻いて叫びそうになる。
こんな自分じゃ、どうしようもない。
他人をごまかして、自分にも嘘をつく。
こんなんで、瀬田に何を伝えられるというんだ?
気がつくと、俺の足はある場所へと向かっていた。
屋上の鍵は開いていた。
修兄ちゃんだ。
勢い良く扉を開けて屋上に出る。
「修兄ちゃん!!」
涙を拭うことなく大声で叫んだ。
「修兄ちゃん!! 修兄ちゃん!!」
コンクリートが夕焼けの朱に染まって眩しい。
俺は目を細めて修兄ちゃんを探すけど、どこにもいない。
涙を拭って、迷子の子供のようにまた叫ぶ。
「修兄ちゃん!! 修兄……」
「うるせーな。騒ぐなよ」
不機嫌な声が聞こえて振り返る。
修兄ちゃんは階段室の陰で、壁にもたれて気怠そうに座っていた。
「ここは、俺の秘密の隠れ家なんだぞ。あんま騒ぐとバレるだろーが……って」
煙草を片手にチラリと俺を見上げると、修兄ちゃんは呆れたように溜め息をついた。
「……お前、また泣いてんの?……ったく、男の子だろぉ? ちったぁ、我慢しなさいよ」
「修兄ちゃん!!」
「あぁ?」
「俺と付き合ってよ!!」
涙と鼻水でグシャグシャの顔のまま、叫ぶようにそう言った。
夕日のせいで俺の顔も修兄ちゃんの顔も赤くなっている。
朱色のコンクリートに濃く黒い影が伸びる。
修兄ちゃんは向き直り、小さく息を吐くと、遠い目で煙草を吸った。
「またその話か。嫌だっつったろ?」
細く煙を吐き出して、修兄ちゃんは面倒臭そうに頭を掻いた。
「……修兄ちゃんは、俺のこと嫌い?」
「別に」
「じゃぁ、ちょっとでも好き?」
荒い息で畳みかける俺を、修兄ちゃんはウザったそうに見上げた。
「……かもな」
「なら」
「でも、答えは変わらない」
「なん……」
「お前が俺を好きじゃないから」
俺の言葉を遮って、修兄ちゃんはキッパリとそう言った。
ズシリと胸にきた。
鈍くて重い痛み。
「そ……んなこと無い。俺だって」
「本気で俺のこと、好きだって言えるのか?」
修兄ちゃんは試すように俺を見た。その視線が体に突き刺さる。
胸の奥がギュゥッとして、体が熱い。
「修兄ちゃんが、本気で好きになってくれるなら……」
そう答えると、修兄ちゃんは嘲るように笑った。
「なんだ、そりゃ」
「好きになってもらえたら、俺だって……好きになれる」
「ムリだね。そんな器用じゃないだろ、お前」
そう断言して、また煙草を吸った。
「なれるよ! ……もう、嫌なんだ」
また、視界が滲んできた。
「……アイツは、絶対俺を好きにはならない。告白したって……結局……」
ギリッと下唇を噛み締めて涙が流れるのを耐えたけど、やっぱりダメだった。
嗚咽が漏れて、上手く喋れない。
「す、好きになってくれない奴、好きでいんの……。もう、疲れたよ。ずっと、好きでいるだけで……それで良いなんて思ってたけど……。嘘だ」
涙を拭いながら話す俺を、修兄ちゃんは煙草の灰を落とすこと無く、ただ黙って見上げていた。
「俺だって、好きな奴に好きになってもらいたい!! ……でも、そんなの……奇跡でしかないじゃないか」
涙って、どうしてこんなに出るんだろう。体中の水分が全部流れてしまうようだ。
「言ったのか?」
不意に修兄ちゃんが尋ねてきた。
「え?」
「ソイツに……好きだって」
問われて、ブンブンと頭を左右に振った。勢い良すぎて、一瞬目眩がした。
目の前でチカチカと火花が散る。
「……言えなかった」
「ずっと黙ってるのか? 忘れられるのか? そんな状態で」
答えられず、俺は叱られてる子供みたいに俯いて、唇を噛み締めていた。
「お前は、どうしたいんだ?」
煙草をコンクリートに押しつけて、修兄ちゃんは溜め息混じりに言った。
「……わ、わかんない」
ゴシゴシ目を擦ってそう答えると、修兄ちゃんは呆れたように、今度は深い溜め息をついて呟いた。
「……バカな奴」
バカな奴。
修兄ちゃんの言葉が頭の中で何度もリフレインされる。
どうしたらいいのか。もう自分じゃわからないんだ。
さっき修兄ちゃんから言われたことを。拒絶の言葉を。
もし、アイツから言われたら……避けられたら。奇異なものを見るような目で見られたら。
俺は……多分、壊れてしまう。
「とりあえず、お前もう帰れ。便所で顔洗って、家帰って、頭冷やせ。な?」
「修兄ちゃん……」
煙草の吸い殻を携帯灰皿に入れた修兄ちゃんは、いつまでも泣きやまない俺を見て、困ったように弱く微笑んだ。
そして、
「お前は、大丈夫だよ」
と言った。
いつかの言葉だ。
修兄ちゃんの顔が夕陽に照らされて赤い。
きっと、俺もだ。
「なんで、そんな……。そんなの、何の根拠も無い」
「根拠なんか」
言葉を切って、修兄ちゃんは鼻で笑った。
「必要無いだろ。お前のことだ。……俺が思ってるお前は、大丈夫なんだよ」
むちゃくちゃだ。
だけど、そういうことなんだ。
修兄ちゃんは俺を信じている。
こんな、ふざけてばかりのどうしようもない俺を。
バカだな。
買い被りすぎだよ、修兄ちゃん。
「だっ!!」
ぼやけた視界の端に俺と同じ制服が見えた。
ヤバい。知ってる奴かも。
とっさにそう思って、よろけつつも無理矢理足を踏ん張って走った。
遠くに聞こえる怒声。
そんなのに構ってられなかった。
とにかく涙が溢れて。
溢れて。
溢れて。
どんなに拭っても止まらなくて、走っていないとその場にしゃがみ込んでしまいそうだったから。
嗚咽なのか息切れなのかわからないけど、すごく苦しい。
目の前が滲んで見えない。人や物にぶつからないようにするのがやっとだ。
苦しい。恥ずかしい。辛い。
死にたい。
色んな思いが渦巻いて叫びそうになる。
こんな自分じゃ、どうしようもない。
他人をごまかして、自分にも嘘をつく。
こんなんで、瀬田に何を伝えられるというんだ?
気がつくと、俺の足はある場所へと向かっていた。
屋上の鍵は開いていた。
修兄ちゃんだ。
勢い良く扉を開けて屋上に出る。
「修兄ちゃん!!」
涙を拭うことなく大声で叫んだ。
「修兄ちゃん!! 修兄ちゃん!!」
コンクリートが夕焼けの朱に染まって眩しい。
俺は目を細めて修兄ちゃんを探すけど、どこにもいない。
涙を拭って、迷子の子供のようにまた叫ぶ。
「修兄ちゃん!! 修兄……」
「うるせーな。騒ぐなよ」
不機嫌な声が聞こえて振り返る。
修兄ちゃんは階段室の陰で、壁にもたれて気怠そうに座っていた。
「ここは、俺の秘密の隠れ家なんだぞ。あんま騒ぐとバレるだろーが……って」
煙草を片手にチラリと俺を見上げると、修兄ちゃんは呆れたように溜め息をついた。
「……お前、また泣いてんの?……ったく、男の子だろぉ? ちったぁ、我慢しなさいよ」
「修兄ちゃん!!」
「あぁ?」
「俺と付き合ってよ!!」
涙と鼻水でグシャグシャの顔のまま、叫ぶようにそう言った。
夕日のせいで俺の顔も修兄ちゃんの顔も赤くなっている。
朱色のコンクリートに濃く黒い影が伸びる。
修兄ちゃんは向き直り、小さく息を吐くと、遠い目で煙草を吸った。
「またその話か。嫌だっつったろ?」
細く煙を吐き出して、修兄ちゃんは面倒臭そうに頭を掻いた。
「……修兄ちゃんは、俺のこと嫌い?」
「別に」
「じゃぁ、ちょっとでも好き?」
荒い息で畳みかける俺を、修兄ちゃんはウザったそうに見上げた。
「……かもな」
「なら」
「でも、答えは変わらない」
「なん……」
「お前が俺を好きじゃないから」
俺の言葉を遮って、修兄ちゃんはキッパリとそう言った。
ズシリと胸にきた。
鈍くて重い痛み。
「そ……んなこと無い。俺だって」
「本気で俺のこと、好きだって言えるのか?」
修兄ちゃんは試すように俺を見た。その視線が体に突き刺さる。
胸の奥がギュゥッとして、体が熱い。
「修兄ちゃんが、本気で好きになってくれるなら……」
そう答えると、修兄ちゃんは嘲るように笑った。
「なんだ、そりゃ」
「好きになってもらえたら、俺だって……好きになれる」
「ムリだね。そんな器用じゃないだろ、お前」
そう断言して、また煙草を吸った。
「なれるよ! ……もう、嫌なんだ」
また、視界が滲んできた。
「……アイツは、絶対俺を好きにはならない。告白したって……結局……」
ギリッと下唇を噛み締めて涙が流れるのを耐えたけど、やっぱりダメだった。
嗚咽が漏れて、上手く喋れない。
「す、好きになってくれない奴、好きでいんの……。もう、疲れたよ。ずっと、好きでいるだけで……それで良いなんて思ってたけど……。嘘だ」
涙を拭いながら話す俺を、修兄ちゃんは煙草の灰を落とすこと無く、ただ黙って見上げていた。
「俺だって、好きな奴に好きになってもらいたい!! ……でも、そんなの……奇跡でしかないじゃないか」
涙って、どうしてこんなに出るんだろう。体中の水分が全部流れてしまうようだ。
「言ったのか?」
不意に修兄ちゃんが尋ねてきた。
「え?」
「ソイツに……好きだって」
問われて、ブンブンと頭を左右に振った。勢い良すぎて、一瞬目眩がした。
目の前でチカチカと火花が散る。
「……言えなかった」
「ずっと黙ってるのか? 忘れられるのか? そんな状態で」
答えられず、俺は叱られてる子供みたいに俯いて、唇を噛み締めていた。
「お前は、どうしたいんだ?」
煙草をコンクリートに押しつけて、修兄ちゃんは溜め息混じりに言った。
「……わ、わかんない」
ゴシゴシ目を擦ってそう答えると、修兄ちゃんは呆れたように、今度は深い溜め息をついて呟いた。
「……バカな奴」
バカな奴。
修兄ちゃんの言葉が頭の中で何度もリフレインされる。
どうしたらいいのか。もう自分じゃわからないんだ。
さっき修兄ちゃんから言われたことを。拒絶の言葉を。
もし、アイツから言われたら……避けられたら。奇異なものを見るような目で見られたら。
俺は……多分、壊れてしまう。
「とりあえず、お前もう帰れ。便所で顔洗って、家帰って、頭冷やせ。な?」
「修兄ちゃん……」
煙草の吸い殻を携帯灰皿に入れた修兄ちゃんは、いつまでも泣きやまない俺を見て、困ったように弱く微笑んだ。
そして、
「お前は、大丈夫だよ」
と言った。
いつかの言葉だ。
修兄ちゃんの顔が夕陽に照らされて赤い。
きっと、俺もだ。
「なんで、そんな……。そんなの、何の根拠も無い」
「根拠なんか」
言葉を切って、修兄ちゃんは鼻で笑った。
「必要無いだろ。お前のことだ。……俺が思ってるお前は、大丈夫なんだよ」
むちゃくちゃだ。
だけど、そういうことなんだ。
修兄ちゃんは俺を信じている。
こんな、ふざけてばかりのどうしようもない俺を。
バカだな。
買い被りすぎだよ、修兄ちゃん。